第84話Type−HYDER

 オストローデ王国。アシュクロフトの執務室に、1人の少年と2人の少女が呼ばれ、豪華なソファに座ってお茶を飲んでいた。

 少年の名は葉山太一はやまたいち。少女の名は綾野あやのはなと山田志乃やまだしの

 3人は、緊張しながら熱い紅茶を啜っていた。


「お味は如何です? 乾燥したての茶葉なんです」 

「お、おぉお美味しいっす!!」

「ははっ、はいぃ、うまいです。いいぇ美味しいです!!」

「あはは、おおおいしぃぃっ!!」


 掴んだカップがカタカタ揺れている。

 それを見たアシュクロフトはクスクス笑い、3人に言う。


「ははは、そう緊張なさらずに。仕事の前にリラックスしていただこうとお茶に誘ったのですが、どうやら逆効果だったようですね」

「いえいえ、そんなことないっすよ!! なぁ綾野、山田!!」

「そ、そうですよ!! アシュクロフト先生からお茶に誘ってもらえるなんてもう感激です!!」

「ええ、一生の思い出にします!! あと葉山、あたしを山田って呼ぶな」

「えぇ~……じゃあ志乃」

「殺すぞ」

「ひっ……す、すんません」


 少し、空気が和らいだ。

 しばし、紅茶を楽しみ雑談をする。

 

「ところで、チート能力はどのくらい成長しましたか?」

「あ、オレはレベル72まで成長しました!! 魔術は苦手ですけど……」

「私はレベル80」

「あたしはレベル81」

「ぐ……お、オレが一番低いのかよ」


 葉山は肩を落とすが、アシュクロフトは優しく諭す。


「ハヤマ、キミの年齢でレベル70台は素晴らしいことだ。誇っていいですよ」

「あ、いや……あはは、どうもです」

「お二人も。なかなかに順調です。この調子で生徒全員がレベル100になるのも近いですね」

「レベル100かぁ……」

「でも、最近はぜんぜん上がらないのよねー。遠征に行く順番は決まってるし、早くあたしの番にならないかなー」


 このオストローデ王国領土に出現する強いモンスターは、生徒たちの力で楽勝に倒せる。なので、数人のグループを作り、順番で狩りに出かけていた。

 今回、この3人は留守番であり、アシュクロフトにお茶に誘われたのである。

 もちろん、ただお茶に誘われただけではない。何やら秘密の任務があると言われ、緊張しつつも興奮していた。

 お茶が空になったころ、アシュクロフトは言う。


「実は、皆さんにお願いしたいことがあります」

「「「…………ゴクリ」」」

「ああ、そんなに緊張しないで下さい。簡単な偵察任務です」

「偵察っすか?」

「ええ。ディザード王国へ偵察をお願いします」

「……あれ? ディザード王国って砂漠王国ですよね? たしかあそこって、オストローデ王国と協力関係を結んだんじゃ?」

「……いえ、実は少し不穏な動きがありましてね。あなた方には、町の様子とドワーフ王の周辺調査、王国周辺のモンスター調査をお願いします」

「お、なんか面白そうですね」

「バカ、調子乗んなっての」 

「葉山くん、志乃、静かに」


 偵察と聞いてソファから身を乗り出す葉山と志乃を、綾野が黙らせる。

 アシュクロフトは苦笑し、話を続ける。


「くれぐれも、戦闘は最小限に。ディザード王国は協力国となっていますが、はっきり言って信用できません。それは向こうも同じ考えでしょう。あちらの狙いを探って下さい」

「「「······は、はい」」」


 思ったより、根が深い任務だと思った。

 3人は顔を見合わせる。すると、アシュクロフトは言った。


「それと······1人、調査に同行させて下さい」

「へ? ほ、他にもいるんすか?」

「ええ。新しく志願した兵士······いえ、ちょっと特殊な子です」


 そして、タイミングよくドアが開いた。いや、蹴破られた。

 いきなりの狼藉に葉山たちは驚き、アシュクロフトはため息を吐く。  

 そこには、とんでもないスタイルの男がいた。


「よぉぉ〜〜〜、ア〜シュクロフトォ〜」

「ハイドラ······まったく、ドアは開けるもので蹴破るものではありませんよ」

「へへぇ〜〜、悪い悪い〜〜」

「「「·········」」」


 3人は同時に思った。「なんだコイツは」と。

 異世界ではイカれたファッションだった。

 竹箒のように逆だった緑色の髪、ピアスまみれの両耳。鼻や瞼にもピアスが付けられている。

 顔は眉が無く、唇にはルージュが塗られている。そして何より目付きが凶悪すぎた。

 裸の上半身に黒いジャケットを羽織り、黒いズボンとブーツを履いていた。

 まるで兵士には見えない。纏うオーラも粘着質で気持ち悪い。

 男は、首をカクカクさせながら言った。

 

「はぁぉ〜、ひっさしぶりの? うぅん? ひさしぶり? うへへ、言語がま〜だ不安定だわ。なぁアシュクロフト? ひさしぶりでええんか?」

「ええ。久しぶりでいいんです。あなたに仕事を与えます」

「しごと! あぁ仕事ねしごと。んでぇ、誰をシメればいいんですかぁ?」

「シメるのではなく調査です。いいですか、後で任務内容を正確に伝えますから。ここに来てもらったのは自己紹介のためです」

「うぃぃ〜〜」

「「「·········」」」


 薬物中毒者みたいな男だった。

 3人は、この妙な男と一緒なのかと想像し、一気に萎えた。

 アシュクロフトは、3人に紹介する。


「彼はハイドラ。昔、戦いで大怪我をしてしまい、最近まで寝たきりだったのです。ですが、治療を終えて再び前線復帰したのですよ。今回は調整も兼ねて同行させます」

「え、ええと、調整?」

「ええ。まだ本調子ではないので」


 ハイドラと呼ばれた男はボーッとしている。

 綾野と志乃はあからさまに不快な顔をした。


「ふふ、心配しなくても大丈夫。すぐにまともになりますよ」

「は、はぁ」


 葉山は、曖昧に頷くことしかできなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 葉山たちを退出させ、アシュクロフトとハイドラだけになる。


「やれやれ、電子頭脳がまだ不安定のようですね······アナスタシアに調整させますか」

「うぃぃ〜〜」

「ハイドラ、あなたの任務は調査と、あれのテストです。ディザード王国ならうってつけ······どうぞ、おすきになさってけっこうですよ」

「あれ? あぁあれねあれ、ふひふひ、わかってますよアシュクロフトさん。うひふへ」

「全く······戦乙女型の技術で強化されたのに、電子頭脳は幼稚なままか。まぁ『Type-HYDER(ハイドラ)』に頭脳を求めること自体あり得ないはずだからな。六歳児ほどの知能があるだけマシ、か。アナスタシアの再調整に期待しよう」


 『TypeーHYDER(ハイドラ)』。

 オストローデ王国が所有するアンドロイド。全10体の幹部級アンドロイドの一体である。

 かつてアンドロイド軍が開発した特殊個体であり、量産の効かない高級タイプ。アルヴィートに使用されていた技術を持って復活した。


「ああ、それと······code04ブリュンヒルデにはお気を付け下さい」

「·········あ?」

「ディザード王国に向かうなら、出会う可能性もあるでしょう。その時は······」

「·········ははぁっ」


 ハイドラは、舌を出して目を見開いた。

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