第83話野獣王の咆哮
ブリュンヒルデとアルアサドの戦闘は、終盤に向かっていた。
戦況はもちろんブリュンヒルデが圧倒的に有利。それもそのはず、アルアサドの戦力を完全分析したブリュンヒルデが攻撃に転じたのだ。
腕力、速度、手数、全て圧倒的にブリュンヒルデが上。
大斧の攻撃は既に見切られ擦りもしない。
アルアサドのプライドも攻撃してるのか、すぐに終わらさずチマチマと【神槍ロンドミニアゴ】で裂傷を付けていく。
馬上のブリュンヒルデは無表情で攻撃を続けた。
「この、この、この……ガァァァオォォォォォッ!!」
『………』
がむしゃらに振るわれる大斧を回避し、盾で受ける。
そしてついに、決着の時が来た。
「ガォォォォォォォォッ!!」
『無力化します』
アルアサドの咆吼。
ロンドミニアゴを解除し、双剣を構えるブリュンヒルデ。
アルアサドの大斧がブリュンヒルデに向けて振り下ろされ、ブリュンヒルデは大斧目掛けて突っ込だ。
そして、決着。
「ぐぬぅぅぅっ!! ガァァァオォォォォォッ!?」
ブリュンヒルデは、アルアサドの指10本を全て斬り落とし、両足のアキレス腱を切断した。
大斧が振り下ろされた瞬間に突っ込み、すれ違いざまに指とアキレス腱を切りつけたのである。
どんな強者でも、指がなければ拳も武器も握れない。立つことが出来なければ歩くことも出来ない。
「ぬぅぅぅ……ッ!! く、ぉぉぉぉ……」
『終わりです』
「ま、だだ……ここで、やられるワケには……ッ!!」
『………』
ブリュンヒルデは、エクスカリヴァーンを大剣モードに変えて倒れたアルアサドに突き付ける。
だが、アルアサドはブリュンヒルデに目もくれず、セージが消えたドアへ向かって這いずり出したのだ。
クトネたちはブリュンヒルデの元へ集まり、その姿を見て言った。
「な、なんかすごい執念ですね……」
「あれが獣人の王か……よほどの宝を守っているようだな」
「………なんか、かわいそうだね」
『………』
「ブリュンヒルデ、どうした?」
『センセイを守ります』
ブリュンヒルデは、セージたちの消えたドアへ向かうアルアサドを止めようとした。アキレス腱だけでなく、足を切断すれば止まると考えた。
這いずるアルアサドの元へ進み、剣を振り上げる。
『無力化します』
「止めろブリュンヒルデ!!」
振り下ろされた剣がビタッと止まる。
アルアサドの目の前に、セージとジークルーネが現れた。
這いずるアルアサドを見たセージは、ブリュンヒルデが勝ったと悟った。だが、なぜか悲しむような、憐れむような表情をしていた。
「なんだ貴様ァァァッ!! オレを、オレを見下ろして憐れむのかァァァッ!!」
「………」
アルアサドは、セージに向かって吠える。
だがセージはその咆吼を受け止めた。恐怖など感じさせず、アルアサドを見下ろす。
指を全て失い、アキレス腱が断裂していてもその迫力は健在。だがセージはもう逃げなかった。
逃げる必要がなかった。
「あんた……どうして」
「止めろ!! オレを見るな、見るなァァァッ!!」
「………」
セージは、ジークルーネに言った。
「ジークルーネ、こいつの怪我を治してやってくれ」
「はい、センセイ」
アルアサドだけでなく、ルーシアたちも驚愕した。
さすがに黙っていられなかった。
「お、おいセージ、どういうつもりだ!!」
「そ、そうですよ!! なに考えてんですか!?」
「……いいんだ」
「せんせ……?」
ジークルーネは、ナノマシン治療でアキレス腱を修復し、指をかき集めてナノマシンで接着させ、失った血液はあえて再生させずにおく。
アルアサドは、修復された両手を見つめ、足の具合を確かめながら立ち上がった。
自身に起きた変化で頭が冷えたのか、冷静な声でセージに言う。
「貴様……見たのか」
「ああ。その……悪かった」
「………」
「ジークルーネ、ここにいる全員を治療できるか?」
「可能です。メインウェポンの使用許可をお願いします」
「構わない。全員治療してくれ」
「ちょーーーっ!? せせ、セージさん!?」
クトネのツッコみを無視し、ジークルーネはクスリと笑う。
アルアサドと同じく、セージの頭も冷えていた。
アルアサドは、ジークルーネをじっと見る。
『メインウェポン展開。【
ジークルーネの周りに、8枚の花弁を持つ花が12輪現れた。
全てが浮遊し、ジークルーネの周りをフワフワ漂っている。
全てが銀色に輝く美しい花だった。
『半径50メートルに治療用ナノマシンを散布します』
ジークルーネの指示で12輪の花は天井近くに移動し、全ての花弁が大きく開くと、キラキラとした花粉のような物を吐き出した。
「わわわっ、なんですかこのキラキラ?」
「ほぉ……美しいな」
「鱗粉? じゃない……?」
『………』
ブリュンヒルデは、アルアサドとセージが何かを話しているのを見ていた。
セージは、話し終わると優しく微笑んでいた。
アルアサドは、セージの話を聞いて目を見開き、そのまま走ってドアの奥へ消えた。
「センセイ、あとはナノマシンが勝手にやってくれるよ。ついでに麻酔も投与したから、しばらくは起きないよ」
「そっか。じゃあ帰ろうか」
「はぃぃっ!? ちょ、セージさん!?」
「おいセージ、わけがわからないぞ!!」
「せんせ、何があったの?」
「……ま、とにかく帰ろう。たぶん……もう大丈夫」
「はい、センセイ」
『はい、センセイ』
セージは振り返り、ドアを見つめる。
「………ったく」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺たちは、堂々と歩いて城を後にした。
恐らく、アルアサドによる報復はないだろう。確証はないが、大丈夫な気がする。
城の近くで待機していたウルフドッグの馬車に乗り、そのままウルフドッグのクランホームへ向かう。
クランホームに到着した俺たちを、ヴォルフさんは驚きつつも迎えてくれた。
「まさか帰って来るとは……こんな言い方はアレだが、もう戻って来ないと思っていた」
「あはは……ご迷惑をおかけしました」
「気にするな。それで、取り返したんだな?」
「はい。この通り」
俺は、三日月の頭をなでながら言う。
無事に取り返せて本当に良かった。
「ヴォルフさん、俺たち、このまま出発します」
「……そうだな。約束通り出発の準備は済んでいる。いつでも出発できるぞ」
「はい、ありがとうございます。お世話になりました」
「ああ、また会おう」
ヴォルフさんには、朝のうちに出発の準備をしてもらった。
食料などの荷物を積んでもらい、荷車の点検やスタリオンの世話をしてもらったのだ。
三日月を助けたあと、すぐに城から脱出できるように手配してくれたのである。
「あの、セージさん……なにがなんだか」
「う、うむ……お前は一体、城で何を見たんだ?」
「まぁ、後で話すよ。今はこの国から出よう」
「せんせ、おなかへった」
「はいはい、ちょっと待ってろよ。この国から出たらな」
『センセイ、馬車の支度をします』
「あ、わたしも行くよお姉ちゃん」
馬車に乗り込み、ウルフドッグに別れを告げる。
急ぎでフォーヴ王国から脱出し、街道沿いを馬車で進んでいた。
「目的地はオゾゾだな。ひとまず戻って、これからのことを考えよう」
「そうだな。私も剣が折れてしまった、新しいのを新調したい」
「っと、そのまえに……そろそろネタばらししてくださいよ、セージさん」
「ああ、そうだな……」
「セージ、お前は城で何を見たんだ?」
「………」
俺は、城で見た光景をゆっくり話し始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【side・アルアサド】
アルアサドは、セージの言葉を聞いてすぐに螺旋階段を駆けていた。
5メートル以上ある身長は2メートルほどに縮み、人間よりやや大きな獅子の獣人としての姿になる。
慌てて転びそうになりながらも頂上へ辿り着き、ドアを開けた。
「シュリッ!! アラド!!」
それは、最愛の妻と息子の名前。
人間である妻シュリ、|半獣人の息子アラドであった。
そこには、40代ほどの女性と20代前半の青年がいた。
「あ、あなた……」
「父さん……!!」
「お、おぉぉ……おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
アルアサドは、大粒の涙を流しながら2人に駆け寄り、熱い抱擁を交わす。
シュリとアラドも涙を流し、アルアサドの抱擁に負けない強さで抱き返す。
シュリは、アルアサドに言った。
「あの人が……ここに来た人間の少女が、治してくれたの」
「オレの怪我もすっかり治してくれたんだぜ。ははは……こんな奇跡あるのかな、父さん」
「よかった……よかった」
アルアサドの人間嫌いの原因。それは、最愛の妻と息子が人間の手で殺されそうになったからである。
獣人は獣人同士の婚姻が当たり前の獣人主義、人間は人間同士で結ばれることが当たり前の人間主義が根強い地域で育ったアルアサドはシュリと出会い恋に落ち、1人の可愛い息子が生まれた。
だが、人間主義の連中に目を付けられ、アルアサドの留守を狙いシュリとアラドがいる自宅に火を放ったのである。
シュリは大火傷を負い重傷、一命は取り留めたがノドをやられ、声が出なくなり、身体中の皮膚も焼けただれ、動くことすら出来なくなった。
息子のアラドは両足の切断せざるを得ない重傷だった。
アルアサドが帰ってきた時は、全てが終わっていた。
この日から、アルアサドは人間を激しく憎んだ。
当時のアルアサドは冒険者で、S級冒険者の1人『
事実、当時の国王から何度も依頼を受けては成功させ、信頼もとても厚かった。
当時の国王には跡継ぎがおらず、アルアサドのカリスマ性に目を付けた国王が、次期国王をアルアサドに指名するのも誰もが賛同したし、アルアサド自身も望んでいた。
アルアサドは、国王という立場を手に入れ、人間に復讐を開始した。
王城に秘密の部屋を作らせ、妻と息子を匿った。
毎日見舞い、自らの手で世話をし、食事を作り、献身的に介護をした。
2人の姿を見る度、復讐の炎が心の中で燃え広がった。
妻と息子を治すことができる『チート能力』を探しながら、妻と息子をあんな目に合わせた人間を家畜以下の扱いをした。
これでいい。そう思いながら過ごす毎日。
そして……ついに2人は完治した。
ブリュンヒルデに切断された指とアキレス腱が治ったとき、この力なら妻と息子を治せるんじゃないかと思った。
そして、アルアサドを治したセージと話をした。
「奥さんと息子さんを治す能力を探してたんだな」
「…………ああ」
「なら、もう大丈夫。2人ともキレイに治ってるよ」
「な、なんだと!?」
「あんたが人間を恨む理由がわかったよ。でも……獣人がそうであるように、人間も捨てたモンじゃないってことは、わかってほしい」
「…………」
「奥さんと息子さん、大事にしろよ」
セージは、笑った。
アルアサドの中にある憎しみの炎が消え去った瞬間でもあった。
アルアサドは、セージの脇をすり抜けて走った。
そして……最愛の妻と息子と、再会したのである。
「あなた……あの人は?」
「父さん、オレを助けてくれた人に、ちゃんとお礼がしたいよ」
「…………」
アルアサドは、セージたちがもう居ないことを察した。
こうして自分が戦う気がなくなっても、他の獣人たちに狙われる可能性がある。長居は無用、城から出てすぐに国から出たはずだ。
恐らく、もう会うことはないだろう。
「…………」
「あなた?」
「父さん?」
「………いや、なんでもない」
アルアサドは、小さく微笑み……人間であるセージに感謝した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……と、こんな感じかな」
「へぇ~……そんなことがあったんですね」
「ああ。奥さんを治したときに、人間にやられた怪我だって聞いたんだ。たぶん、アルアサドが人間を恨む理由は、最愛の妻と息子を人間に殺されかけたことだろうからな」
「なるほどな……仕方ないと言うべきなのか、そうではないのか」
「ま、もう大丈夫だと思う。それに、もうこの国には来ないと思うからな」
「そうですね~……はぁ、今回は疲れました」
「確かにな。国王とその配下と戦う経験なんて、そう積めるものじゃない」
「ははは。でも……大事なものを取り返した」
「……ん」
俺は、いつの間にか俺の太股を枕にしてる三日月の頭をなでる。
三毛猫と黒猫を抱きしめ、安らかな笑顔で寝息を立てるネコ少女。こうして一緒にいれるのもみんなのお陰だ。
「さて、三日月は取り戻したし……次はどうするか」
「はいはいはい!! 前も言いましたけど、居住車の購入をしましょう!! あと冒険者とクランの等級を上げて、お金稼いで、新しい馬を買って……」
「あー待て待て、そんないっぺんに」
「じゃあまずはお金ですお金!!」
「セージ、シオンの冒険者登録もするべきだろう」
やれやれ、なんかやることがいっぱいだ。
御者のブリュンヒルデとジークルーネ、騒がしいクトネ、微笑を浮かべるルーシア、そして昼寝する三日月。仲間もだいぶ増えたな。
さて、まずはオゾゾへ戻って少し休むとしますかね。
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