第80話ぶっ潰せ

 俺たちはあっという間に囲まれた。

 そりゃそうだ。ここは獣人の国にして城。兵士なんて吐いて捨てるほど居る。

 だけど、俺はそんなことでうでもよかった。


「ジークルーネ、治るか?」

「問題ありません。ナノマシン治療でキレイになりますよ」

「頼む……」

『なぁ~……』『にゃぉ……』


 三日月に寄り添うように、三毛猫と黒猫が身体を擦りつける。

 俺は気を失った三日月の身体を抱き起こし、ジークルーネは瞳を赤く光らせて手をかざした。

 それにしても、周囲がやかましい。


「うぉぉぉぉっ!!」「この家畜がぁぁッ!!」「ぶっ殺せ!!」

『…………』


 迫り来る獣人兵士を、ブリュンヒルデが半殺しにしていた。

 レアメタルソードで四肢を切断し、顔面を陥没するレベルでぶん殴る。ただそれだけ。

 最初は華奢な小娘と侮っていたが、5人ほどやられた時点でその認識は変わった。

 そもそも、ブリュンヒルデの腕力は見かけ通りじゃない。

 腕力、防御力、攻撃力、速力、何もかもが規格外。

 ぶん殴られた数百キロはありそうなクマの獣人が吹っ飛び、壁を貫通して隣の部屋の壁にめり込んだ瞬間を見て、数人の獣人兵士がたじろいだ。

 だが、ブリュンヒルデは容赦しない。

 俺が降した命令が『こいつら全員ブチのめせ』だ。相手がビビろうと逃げようと、ブリュンヒルデがやることは変わらない。

 15人目の獣人の両腕が切断され、腹部に杭打ち機数百倍の威力はありそうな前蹴りがヒット、大砲で発射されたような速度で吹っ飛び、アルアサドの脇を通り抜けて壁に激突した。


「……ほう、やるようだな」

『………』

「どうやら、オレ様の出番のようだ」

『危険度小。メインウェポン展開。【乙女神剣エクスカリヴァーン・アクセプト】起動』

「ガキが」


 エクスカリヴァーンを装備したブリュンヒルデと、巨大戦斧を肩に担いだアルアサドが向かい合う。というか……アルアサドのセリフが小物っぽく聞こえてしょうがない。

 ルーシアはというと、俺やジークルーネを守るように立ち回りを演じていた。

 

「セージ、その少女は無事か?」

「ああ。大丈夫……」

「そうか……」


 戦闘中なのに、こっとにも気遣いをくれる。ルーシアは本当にいい奴だ。

 クトネも、無詠唱で炎球を打ちまくっていた。


「いやー……少しは苦戦するかと思いましたけど楽勝ですね」

「そ、そうか?」

「はい。だってこの獣人さんたち、力任せに突っ込んでくるだけですもん。あはは、魔術師の恐ろしさを知らない無知なバカは扱いやすいですねー……ナハティガル理事長と手を組めば、最強の軍勢ができるというのは間違ってないです。この突進力は安心できますよ。後衛の魔術師が安心して詠唱できますもん」


 クトネに近付く獣人は、炎球であっさり吹っ飛ばされる。

 だが、それでも立ち上がりまた突っ込み吹っ飛ばされる。そんなことを繰り返して力尽きる……を、繰り返していた。

 クトネは、魔力回復薬のエーテルをグビグビ飲んでいた。

 この話が聞こえていたのか、獣人たちは迂闊に近寄ってこない。

 だが、1人のガタイのいい虎獣人が前に出てきた。


「ガルル……へへへ、少しはやるじゃねぇか家畜。アルアサド国王の右腕、バーグ様が相手をしてやるぜ」

「………さっきから聞いていれば、その家畜というのは実に不快だ。私が相手をしてやろう、この毛玉が」

「あぁん? なんだとこのメス……」


 虎獣人の前に出たのはルーシアだ。

 全く怯える様子もなく、剣を構えて前に出る。


「ルーシアさん、援護はいりますかー?」

「不要。そこで見ていろ」

「はーい」


 ルーシアと虎獣人の戦いが始まった。

 不思議と、ルーシアが負ける未来が見えなかった。

 すると、俺の腕の中にいた三日月がモゾモゾ動く。


「ん……」

「終わりました、センセイ」

「三日月……三日月?」

「ん……せんせ」


 三日月は、傷1つない綺麗な顔で俺を見た。

 腫れた顔も、潰れた目も、剥がされた爪も、打撲だらけの身体も……キレイに治っていた。

 俺は、思わず三日月を抱きしめた。


「よかった………ほんとうに、よかった……」

「せんせ……せんせぇっ……」


 泣きじゃくり抱きつく三日月を強く抱きしめる。

 マントが落ち、柔らかい女の子の身体と熱と鼓動が伝わってくる。

 三日月は、生きている。俺の大事な生徒が、俺の腕の中にいる。


『にゃう』『なぁ~ん』

「みけこ、くろこ!!」

「え……知ってるのか?」

「うん。友達のネコ」

「そっか………う」

「せんせ?」

「あ、いや……ほら」


 三日月は素っ裸でネコをなでていた。

 胸も大事なところも全部見えている。けっこうデカいと思っていたが……これはさすがに目の毒だ。

 三日月は自分の状態に気付き、マントをたぐり寄せる。


「せんせ………えっち」

「す、すまん………」

「ふふ。でも、ありがとう……助けに来てくれた。せんせ、生きててくれた」

「そりゃそうだろ。俺はお前たちの先生だからな」


 ポンポンと三日月の頭をなでる。

 すると、ジークルーネが羨ましそうにしていた。


「むー……センセイ、わたしも頑張ったのに」

「あ、そ、そうか……ほら、よしよし」

「えへへー」


 立ち上がり、ジークルーネの頭をなでると、嬉しそうにニコニコしていた。

 三日月は、今の状況を把握しようとキョロキョロしてる。


「なんか女の子がいっぱい……せんせ、どういうこと?」

「ん、ああ。いろいろあってな、彼女たちは旅の仲間なんだ」

「たび? せんせ、今までなにしてたの?」

「ああ、まぁ話すと長いんだけど……」

「ちょーっとそこの人たち!! 今は戦闘中だってこと忘れてませんかー!!」


 ついにクトネからストップが掛かった。

 確かに、ちょっとまったりしすぎた。獣人兵士はまだいるし、クトネが魔術で迎撃しているが、一向に数が減らない。

 よし、俺も戦うか。


「助太刀するぞクトネ!!」

「お願いします。さすがに面倒になってきました……」

「よし、三日月は下がってろ!!」

「うん」


 俺は【魔吸剣キルストレガ】の柄を握る。


『ロック解除』


 カシュンとロックが外れ、ガラスよりも透き通る透明な刃の刀を装備した。

 ゲージの数値は『2/100』だ。ジークルーネからある程度の使い方を聞いたから問題ない。

 俺は柄と鐔の部分にある引き金を引く。すると、透き通る刀身が一瞬で赤く染まった。

 これが魔力放出形態。溜め込んだ魔力を放出するモードだ。


「ブォォォォォッ!!」

「しゃぁぁぁぁっーーーーーーッ、どぉぉっ!?」

「な……」


 豚獣人が振り下ろす剣を受けようとしたら、相手の剣に触れた瞬間にスパッと落ちた……相手の剣が。

 まるで豆腐に包丁を入れたような感触で、豚獣人の剣が折れて……いや、斬れた。

 とんでもない切れ味だ……でも、まだ終わりじゃない。

 俺は剣を振りかぶり、そのまま振り抜く。


「必殺!! 『ブレード光波』ッ!!」

「ブゥゥオォォッ!? いでぇぇぇぇっ!?」


 そう、これが俺の必殺技。

 溜め込んだ魔力を刃として放出する必殺奥義。元ネタは初期アー○ード○アの必殺技。借金5万を繰り返すのはかなり面倒だった……と、そんなことはどうでもいい。

 赤い光刃は豚獣人の腕を斬り飛ばし、壁を突き破って外まで飛んで行ってしまった。


「どうだ!! 斬られたいヤツは前に出な!!」


 赤い刀身のキルストレガを構える。

 すると、ブゥン……と刀身が透明に戻った。

 あ……ゲージが『0/100』になってる。ブレード光波を使ったり時間経過でゲージが減るんだっけ。

 まぁ、切れ味が凄まじいのに変わりない。


「せんせ、すごい」

「任せろ、お前の事は俺が守るからな」

「……うん」


 可愛らしい笑顔で頷く三日月。

 もう、この笑顔を曇らせることはしない。

 俺の生徒は、俺が絶対に守る!!


「こ、の……家畜がっ……ぶっ……殺す!!」


 すると、俺たちの目の前に、ブリュンヒルデにぶん殴られた豹の獣人が出て来た。

 顔はパンパンに腫れ、目が真っ赤に充血してる。


「テメェェェェェっ!! オレの家畜の分際でぇぇぇっ!! ぶっ殺す、ぶっ殺すぞこのクノメスがぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 豹の獣人は、めっちゃキレていた。

 両手にナイフを握り、怒りの形相で俺と三日月を狙う。

 ルーシアは虎獣人とやり合ってるし、クトネは魔術で残ってる獣人を燃やし、ジークルーネは獣人兵士の攻撃を躱している。どうやらこいつは俺がやるしかない。


「下がってろ、三日月」

「うぅん、下がるのはせんせ」

「え?」

「わたし、こいつに殴られた……やりかえす」

「は? い、いや……」

「大丈夫。もうぜんぜん怖くない……せんせがいる、それに、新しい能力も」


 三日月はマントを脱ぎ捨て、白い裸体を晒す。

 青みがかった髪がなびき、柔らかそうな胸やお尻が丸見えになった……って、なにしてんだこの子は!?


「メスが!! テメェはここで喰い殺す!! あの銀髪のガキも、そこの男も!!」

「ムリ。だってあなたはここでやられちゃうもん……わたしに」

「あぁぁぁっ!? ンンだとゴラァッ!!」

「もう全然怖くない。わたし、あなたのおかげで強くなった……」


 ザワリと、背筋が凍り付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る