第79話いざフォーヴ王城へ

 ブリュンヒルデが連れてきた2匹の猫は、なぜか俺の足下をグルグル回り始めた。

 とりあえず、三毛猫を抱き上げる。

 

「なんだこいつら? シリカの友達か?」

『不明です。いつの間にか馬車の中に潜んでいました』

「ふーん……可愛いな」

『なぁ~ん』『ふな~』

「よしよし……」  


 とりあえず三毛猫を撫で、黒猫をブリュンヒルデに任せる。

 ブリュンヒルデはソファに座り、膝の上に黒猫をのせて撫で始めた。


「わぁ~可愛い~♪ お姉ちゃんお姉ちゃん、わたしにも触らせて~♪」

『拒否します』

「ずるいずるい、わたしも触りたい~」

「ほらケンカするなって。ジークルーネは三毛猫」

「わぁ、ありがとうセンセイ!!」


 よくわからんが、今は猫に構ってる場合じゃない。

 ヴォルフさんにアルアサド国王の謁見を頼んで、三日月を返してもらわないと。

 映像じゃよくわからなかったが、怪我もしてるみたいだしな。女の子だし、ジークルーネにキレイに治してもらおう。

 すると、シリカを抱っこしたクトネとルーシアが戻って来た。


「………クトネ、大丈夫か?」

「セージさん……ええ、あたしはなんとか」

「………行けるのか?」

「ふっふっふ。もちろんですよ!! むしろやる気出て来ました!!」

「そうか……無理すんなよ」

「はい!!」


 たぶん、強がりだろう。

 クトネはまだ14歳なんだ。あんなショッキングな光景見て平気なはずがない。大人の俺やルーシアでさえ辛いんだ。

 

「セージ。ヴォルフ殿に大至急謁見の申し込みをお願いした。チート能力持ちという情報を踏まえての謁見の申し込みだから、早ければ明日には謁見できるそうだ」

「そうか。ありがとな……ルーシア、お前は平気か?」

「ああ。ハッキリ言って、こんな非道を許せるほど腐っちゃいない」

「よし……」


 俺も含め、みんなの準備は整った。


「ところでセージさん、あの猫は?」

「いや、まぁ、ブリュンヒルデが連れてきた」

「ほうほう、お……シリカ?」

『なぁ~ご』『にゃ~』『にゃお~』


 シリカは三毛猫と黒猫に近付き、ネコ語で何か喋ってる。

 するとシリカも俺の周りをグルグル回り始めた。なんなんだよ?


「なんだ? 腹減ったのか?」

『うなぁ~ご』


 うーん………わからん。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夕方。俺たちの顔色を察したヴォルフさんは、宴会の予定を取りやめ、俺たちの部屋にオードブルを運んでくれた。

 ヴォルフさん、リカルド、リュコス、ランの四人と俺たち。そしてシリカで食事をとり、ついでに二匹の野良猫にもエサをやった。


「謁見は『キバ』の名前で通した。申し訳ないが、クランの名前を出すと後々不利益になるかもしれんからな。謁見日は······明日の朝だ」

「フツーはよ、謁見の申請をしてから翌日に会えるなんてないぜ。オレらですら謁見申請をしてから最短でも4日後ぐれーだからな」


 ヴォルフさんとリカルドがエールを飲みながら言った。

 やはり、チート持ちというのは有利に働くらしい。


「·········本当に、何から何まで」

「気にすんじゃないよ。あんたにはリカルドの腕の恩があるからね」

「そうです。お兄ちゃんを助けてくれて、ありがとうございます!」


 リュコスとランはワインをチビチビ飲みながら言った。

 でも、ここまでしてくれるなんて思わなかった。

 この人たちは、獣人の所業を知っているのだろうか。

 でも、食事中にあんなモノを見せるわけにも、聞くわけにもいかない。

 そうだ。クラン『ウルフドッグ』はみんないい人、それでいい。


 明日······三日月を取り返す!


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日。ウルフドッグの馬車に乗せてもらいフォーヴ王城へ。

 なぜか離れようとしない野良猫二匹も仕方なく乗せ、俺たちはほぼ無言で城へ向かう。

 俺は、最終確認をした。


「まず、話をする。俺は三日月を取り戻せるなら命以外は差し出すつもりだ。構わないな?」

「······私は構わん。だが、相手の出方次第では容赦しないぞ」

「うっひ〜、一国の王相手にケンカ売るんですね〜。こりゃヤバヤバですよ〜」

「もちろん、戦闘は最終手段だ。三日月さえ取り返せば、この国に用はないからな。可能な限り、相手の要求を飲もうと思う·········まぁ、ろくな要求は来ないと思うけどな」

「考えられる可能性は、チート能力の開示ですかね。はっきり言って、あたしたちのチート能力が、アルアサド王の望むモノとは思えませんけどねー」

「確かにな······でも、三日月は返してもらう。そもそも、三日月は攫われただけだ、正式な奴隷じゃない」


 俺はブリュンヒルデとジークルーネに言う。


「ブリュンヒルデ、メインウェポンの使用を許可する。ただし、殺すなよ······半殺しだ」

『はい、センセイ』

「ジークルーネ、三日月の負傷を治せ。一切の痕を残さず治療可能か?」

「もちろんです。原型を留めてなくても修復可能です」

「よし······」

「せ、セージさん、なんか怖いです」

「まぁ·········キレてるからな」


 三日月をあんな目に合わせやがって。

 本当なら、あの城をぶっ壊してやりたいくらいムカつく。


「············見えた」


 フォーヴ王城。さぁ、三日月を返してもらおうか。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 王城の門番に御者さんが話をすると、あっさりと入城できた。

 御者さんとは別れ、ここからは俺たち『戦乙女ヴァルキュリア』だけになる。さしずめ、ライオンの檻に放り込まれた餌だろうな。案内してくれる亀の獣人も無言だし······気は抜けないな。

 

「………セージ、気を抜くな」

「わかってる……」


 俺でもわかる。

 通りすがるメイド、獣人、兵士。全てが妙な視線を向けている。

 だが、そんなモン関係ない。

 あの映像を見てからの俺は、ハッキリ言ってキレている。

 自分で言うのもなんだが、俺はキレると静かに溜め込むタイプだ。騒いだり、喚いたりするようなことはしない。

 クトネはガチガチに緊張し、ルーシアは静かに歩き……いや、こいつも冷静に怒りを溜め込む性格っぽい。 ブリュンヒルデはいつもと変わらず、ジークルーネはニコニコしながら歩き、シリカと二匹の野良猫はトコトコ付いて………あれ? いつの間にか野良猫二匹もいるし。

 むぅ………まぁいいや。ここで引き返すのもアホらしいしな。

 すると、亀獣人が言う。


「……こちらが謁見の間です」

「どうも」


 そして、やたらデカい門の前に来た。

 大きいな……5メートル以上ある。もしかしてアルアサド国王のサイズに合わせたのかな。

 そして、力自慢のゴリラ獣人が2人で門を開ける。


「では、失礼のないように……」

「………」


 案内の亀獣人はそのまま下がった。

 俺たちは、やたら広い謁見の間へ進む。

 天井がやけに高く、横幅もかなり広い。この謁見の間だけで、学校の体育館くらいの広さはありそうだ。

 そして、謁見の間奥にある特注の玉座に、獅子の獣人はいた。

 5メートル以上の体躯、丸太を3本ほど束ねたようなゴッツ太い手足。黄金のような鬣に何でもかみ砕けそうな牙、そして椅子に立てかけてある巨大戦斧。

 巨大戦斧は獅子のレリーフが施され、斧刃はダイヤモンドを削ったような形をしている。

 そして、玉座の両サイドを固める豹の獣人と虎の獣人。


「せ、セージさん……」

「……チ」


 門が閉じられ、両壁に設置してあるドアから何人もの獣人が出て来た。

 今出て来たドア、門の前に立ちニヤニヤしてる。どうやら……ここから出ることは出来なさそうだ。

 いいだろい、やってやろうじゃねぇか。

 俺たちは前に進み、この国の王である『超野獣王ビースト・オブ・ビーストアルアサド』の前に立つ。

 アドレナリンが分泌してるのか、恐怖は感じなかった。

 そして、俺とアルアサド国王の視線が交差する。


「人間………チート能力を見せろ」


 アルアサド国王の第一声が、これだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ふざけんなこのライオン野郎、三日月を返せ!!……と言えたらどんなにスッキリするだろう。

 わかったのは、このライオン野郎は俺たちを見下してる。謁見を受けたのも『受けた』んじゃない、連行することも可能だが、自分の足で来るなら余計な手間を掛ける必要がない。そういうことだ。

 なんでだろう……不思議とわかる。

 それに、普段ならビビっているが、自然と言葉が出て来た。


「その前に、お聞きしたいことがあります」

「おい人間!! 家畜の分際で頭が高ぇぞ!!」

「アルアサド国王、この国に指輪持ちの少女が来たはず……その子は自分の身内でして、返して頂けないでしょうか? もし返して頂けるのなら、貴方の要望をお聞きしますが」

「おいテメェ!! 話を聞いてんのかガルルゴラァッ!!」


 俺は、怒り狂う虎の獣人を無視した。

 こんな下っ端どうでもいい。


「…………知らんな」

「…………ウソですね。ここにいるという確証がなければ、こんな国に来たりしません」

「こ、この家畜……ッ!! 親父殿!! この家畜を始末する許可を!!」

「まぁ待ちなさいバーグ。指輪持ちの少女ですか……ふふふ、知ってますよ。ねぇ我が王」

「…………」

「ああ、我が王は興味がなかったようで……くくく、私は知っています」


 豹の獣人はニヤニヤと笑いながら、近くの獣人に指示を出す。

 そして、沈黙するアルアサド国王を一瞥し、俺に語った。


「あの少女……とんでもない役立たずチートの持ち主でねぇ。この私に恥を掻かせてくれたのです。だから……ちょっとお仕置きをしました」

「………あ?」

「ふふふ、運が良かったですねぇ。あと1日遅かったら挽肉にしてブタのエサにするところでしたよ」

「……………」


 壁際のドアが開いた。

 獣人が、何かを引きずっていた。

 それは、ボロ切れのような肉の塊に見えた。


「………………………………みか、づき」


 獣人は、その肉の塊を乱雑に放り投げた。

 ゴロゴロ転がり、俺の足下まで転がってくる。


「み、みかづき………三日月ッ!!」


 俺はしゃがみ、それを抱き起こす。

 それは、ボロボロに打ちのめされ、叩き潰された三日月しおんだった。

 顔は腫れ上がり、爪は剥がされ、全身痛めつけられたのか打撲だらけでピクピクと動いている。

 意識が朦朧としてるのか、口がパクパク動いた。


「せ………………せ」

「ッ……!!」


 なぜか、2匹の野良猫がこちらに来た。

 俺は涙が零れ、三日月しおんの顔に手を添える。


「三日月、三日月……もう大丈夫だ。先生が助けに来たぞ」

「……………あ」

「大丈夫、だいじょうぶだ………」


 潰れた目から、血の涙が流れた。

 俺はマントを脱ぎ、三日月の身体に巻いてやる。

 すると、耳障りな声が聞こえてきた。


「ふふふ、感動の再会ですね。ですが、ここで問題が1つ」

「…………」

「その家畜を購入するのに、金貨500枚も使ってしまったのですよ。そこで提案ですが……あなた方を新たな家畜として迎えようと思います。ふふふ、メスが4匹、オスが1匹、そしてチート能力持ちが3人……我が王、いかがでしょう?」

「いいだろう。ではレパード、家畜どものチートを確認しろ」

「はい、我が王」

「…………」


 何かが、俺の中でキレた。

 ぷつん、と……本当に、何かがキレた。

 近付く豹の獣人が視界に入る。

 醜悪な笑みを浮かべる、薄汚い豹の獣人が。

 俺は立ち上がり、豹の獣人を睨み付ける。


「ふふふ、怖い怖い……ですが、この城に入った時点で、あなたはすでに家畜だったのですよ。獅子の檻に自ら入る、憐れで間抜けな家畜さん。では……腕を出せや」

「ブリュンヒルデ」


 豹の獣人が、俺の右手に手を伸ばす。

 俺は、自分でも驚くようなのっぺりした声で言った。


「やれ」

『はい、センセイ』

「あぁ? ッッっっぶべがぁぁっ!?」


 ブリュンヒルデにぶん殴られた豹の獣人が、吹っ飛ばされて壁に激突した。

 俺は振り返り、仲間たちに言う。


「ルーシア」

「構わん。正直……私も限界だ」

「クトネ」

「いいですよー。あたしもまさかここまで狂ってるとは思いませんでした。こりゃ戦わないと帰れそうにありませんね」

「ジークルーネ」

「はい、センセイ。彼女を修復後、戦闘に参加します」

「ブリュンヒルデ」

『はい、センセイ』


 俺は、本当にキレていた。

 後の事なんて知ったことか、三日月しおんをこんな目に遭わせた報いを受けさせてやる。

 人間が家畜……ふざけるな。

 俺はブリュンヒルデに命令した。


「持てる全てを使って……こいつら全員ブチのめせ!!」

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