第68話素顔のままで

夜笠さんは、破れた前を直し、胸当てを装備して黒い編笠を被る。

 するとたちまち無言になってしまった………さっき、あんなに可愛い悲鳴を上げたのに。

 俺は夜笠さんを見ながら言う。


「あ、あの………さっきは申し訳ありません。決してやましいことをしようとしたワケではなく、心臓が止まっていたから人工呼吸を………」

「…………ッ!!」


 すると、夜笠さんは口元を押さえた。

 やべ、人工呼吸もしたんだった。おっぱい見てキスして……うぉぉ、これってかなりヤバいかも。

 というか、異世界にも人工呼吸ってあるんだな。


「………」

「その、申し訳ありませんでした」

「………もう、いいです」

「え?」

「………その、私を助けようとしてくれたんですよね。ならいいです………その、ありがとうございました」

「あ、いや……ははは」


 夜笠さんが喋ってくれた。

 というかこの人、めっちゃアニメ声だ。アイドルや声優みたいな特徴ある声だな。

 すると、夜笠さんは自分の剣を掴み腰に差そうとして……落とした。


「っつ……」

「夜笠さん、怪我をして……」

「………平気です」

「平気じゃないでしょう!! ちょっと見せて」

「平気です!! 近寄らないで!!」

「………と」


 夜笠さんが怒鳴り、俺は伸ばした手を空中で止めた。

 夜笠さんはハッとして少し俯いたが、俺にはそれがとても悲しく見えた。

 なので、遠慮しない。

 もう一度、俺は手を伸ばす。


「見せて、痛いのは腕ですか? ちょっと袖をまくって……」

「な……や、止めて」

「いいから!!」

「っ……」


 少し強めに怒鳴り、夜笠さんの右腕と左腕の袖をまくる。

 するとやはり、両腕が青く変色していた……酷い打撲だ。


「くそ、ジークルーネがいれば治せるんだけど……とりあえず冷やさないと。ハンカチを濡らして巻いておきましょう」


 俺はハンカチを出し、川で濡らした。

 応急手当だが仕方ない。湿布や痛み止めでもあれば尚いいんだが。

 夜笠さんは、大人しく手当てを受けてくれた。

 両腕にハンカチを巻くと、小さく息を吐いたのがわかった。


「応急手当ですが我慢して下さい。ジークルーネと合流してたら治りますから」

「…………」

「それと、今後のことを話しましょう。たぶん、ウチのメンバーが捜索してると思いますので、少し休憩したら出発しましょう。いいですか?」

「…………はい」


 夜笠さんは、小さく頷いてくれた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 森で薪を拾い、川辺で焚き火をしながら休憩した。

 服も濡れてるしちょっと寒いからな。夜笠さんなんて心臓止まってたし。

 相変わらず編笠を外さないが、俺の言う事を素直に聞いてくれた。


「夜笠さん、寒くないですか?」

「…………」

「食べ物でもあればいいんですけど、全部馬車の中だしな……水はしこたま飲んだし」

「…………」

「あ、そうだ」


 俺は右手のバンドを操作しようとしたが、反応がなかった。

 どうやらジークルーネが操作してるらしく、操作を共有すると俺かジークルーネのどちらかしか操作できないらしい。まぁそのうち見つけてくれるだろ。


「………あの」

「ん、何ですか?」

「………あなた、私のことバカにしないの?」

「………へ? 何でです?」

「だって私、こんな声だし……」

「声って………俺はいいと思いますよ? アニメ声優みたいだし、歌手にもなれると思いますよ」

「………セイユウ? カシュ? なにそれ?」

「ええと、可愛い声ってことです」

「………っ」


 夜笠さんは、プイとそっぽ向く。

 なんか可愛い。今なら言えるかも。


「あの、お願いがあるんですけど」

「………なに?」

「その編笠、取ってください。それで、こっち見てお話しません?」

「………………」


 お………取ってくれた。

 キリッとした瞳に整った容姿、長い黒髪がハラリと流れる。

 さっきも見たが、まさかS級冒険者の『夜笠(よがさ)』がこんな美少女だとは。胸の膨らみは胸当てでガードされてるからわからないし、体付きも黒いマントで隠れてるから、所見じゃ女性だなんてわからないだろう。

 

「あの、夜笠さん」

「キキョウ」

「え?」

「私の名前はキキョウ、誰かに名乗るなんて久し振り……あなたは私を助けてくれたし、私の……その、声を聞いても笑わなかったから教えてあげます。でも、他の人に言ったり私が女だってバラしたら……許しません」

「は、はい。お、俺はセージです、よろしく」

「それと、あなたのが年上みたいなので、敬語はいりません」

「わ、わかった。あの……」

「何でしょう?」

「も、もしかして、今まで喋らなかったのって………こ、声が恥ずかしいから?」

「……………」


 どうやら、このアニメ声は夜笠さん改めキキョウのコンプレックスらしい。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 30分ほど休憩し、服も乾いたので行動を開始する。

 たぶん、下流に向かって歩けば森を抜けられる。このままここでジッとしてても仕方ないし、向こうは護衛依頼を優先するだろうから出口で合流するのがいい。

 気になることはいくつかあったが、時間が勿体ないので歩きながら話すことにした。

 火の始末をして、下流沿いに歩き出す。

 キキョウは編笠を被るが、俺が見えるように浅く被っていた。


「腕は大丈夫か?」

「はい。なんとか」

「仲間と合流したら治してやるから我慢してくれ」

「ええ、ありがとうございます」


 うーん、もしモンスターが出たら俺が戦うしかないのかな。

 いくらキキョウがS級冒険者でも、両腕を封じられたら闘えない。

 というか、なんでここに来たんだろう。


「なぁキキョウ、どうしてこの護衛依頼を受けたんだ?」

「……別に、依頼なんてどれでもいいんです。私にとってモンスターはただの的だから。それに、フォーヴ王国は獣人の国、強い獣人やモンスターがいっぱいいるはず………私が斬れないものだって、きっとある」

「………斬れない物?」

「………はい。私の『|異能(チート)』と『固有武器』に斬れない物はありません」

「ふーん……なんか、苦労してそうだな」

「………聞きたいですか?」

「うん。というか、聞いて欲しいんだろ? その性格だと、誰にも言えなかったんだろ?」

「………そうですね」


 キキョウは、おかしそうに笑った。

 なんか年相応の少女みたいで可愛いな。


「私は、どこにでもある農村の出身ですが、生まれつきどんな物でも切り刻んでしまう『能力(チート)』を持っていました。もちろん、こんな力を持つ私は疎まれ、10歳にして村を追放され冒険者になったのです」

「き……切り刻む?」

「はい。『斬真刀(ざんまとう)』というチートです。詳しくは言えませんが、あらゆる物を斬ることが出来ます。この2本の剣も私の固有武器です」

「固有武器……え、常に出してるのか?」

「ええ。クセになってしまって……」


 ちなみに、キキョウの持つ3本の内の2本は『濡羽鴉(ぬればがらす)』と『八咫烏(やたがらす)』というらしい。めっちゃカッコいいな………って、今気が付いた。


「………………」

「どうしました?」

「……………ない」

「え?」

「俺の剣…………ない」


 腰に差していた『名もなき刀(サムライソード)』がない。

 川で流されたのか? ほとんど使ってなかったとはいえ、俺がこの世界で初めて買った武器なのに……そんな馬鹿な。


「あ、あの……武器をなくしたのですか?」

「………たぶん、川に流された」

「………」

「………なぁ、武器は2本の刀なんだよな? その1本は……?」

「これですか?」


 ずっと気になっていた、最後の1本。

 なんというか、すごくカッコいい。

 鞘はぶっとく取っ手のような部分があり、柄も独特な装飾が施されている。なんとなく、この世界観に合わない武器だ。時代劇でサムライがマシンガンを背負ってるような。


「それ、どうしたんだ?」

「これは遺跡で見つけたんです。見た目から剣のように見えたので持っていたのですが、どうにも鞘から抜けなくて。旅をするついでに、大陸中の武器屋に見せているんです」

「へぇ~……遺跡か」

「ええ。遺跡に住み着いたモンスターの討伐依頼中に発見しました」


 うーん、これはもしかしてもしかすると。

 遺跡というワードに心惹かれ、更なる質問を重ねようとした時だった。


「なぁキキョウ」

「動かないで」

「え………」

「チッ……」


 キキョウが剣を抜いて俺に向けていた。

 だが、俺に向けてるんじゃない。これは俺でもわかる……殺気だ。

 ザワリと、背中の産毛が逆立つような感触。

 キキョウは、小声で言った。


「……セージさん、ゆっくりこちらへ」

「…………」


 俺はゆっくりとキキョウに背を向け、後ずさる。

 そして、ほんの10メートル先に、バケモノがいるのを確認した。


「さ、サイクロプス……」

「正確には、ジェネラルサイクロプスです。サイクロプスの上位種で、ああ見えて魔術も使います。等級はB……」


 サイクロプスは青い身体だったが、こいつは真っ赤な身体をしていた。

 身長は5メートルほど、ツノは3本生えている。

 ジェネラルサイクロプスは、ほんの10メートル先を歩いていた……まだ、こっちには気付いていない。


「な、なんでこんなところに」

「………」


 ゆっくりと後ずさる。

 身長がでかいからか、足下の俺たちは見えていない。

 息が荒くなる。もし戦闘になったら勝ち目はない。怪我したキキョウと俺じゃ勝てない。

 ゆっくり、ゆっくりと後ずさり………。


 パキッ!!


「っ!!」

「チ……ッ」


 枝が、やけに大きな音を立てる。

 ジェネラルサイクロプスが、こっちを見た。 

 もう、逃げられなかった。


『グゥゥゥゥゥオォォォォォォxーーーーーーッ!!』

「チッ、セージさんどいて!!」

「キキョウッ!!」


 戦闘が、始まってしまった。

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