第67話乙女神技
セージが、崖下に転落した。
なぜ夜笠がセージを庇ったのか知らないが、今はそれどころではない。
こうしてる間にも、サイクロプスたちの投石は続く。
「くぅぅ······ま、まずいです」
「くそ、私の魔術では決定打を与えられん!!」
「·········お姉ちゃん?」
『·········』
クトネは土魔術で壁を作り、崖上のサイクロプスたちによる投石を必死に防ぎ、ルーシアは水魔術で水弾を作りサイクロプスに向けて発射するが効果は薄い。
近接戦闘しかできないウルフドッグは、クトネの壁の内側に侵入してくる岩を破壊するので精一杯、アリゲイツとクロコちゃんはワタワタしているだけだった。
ジークルーネは、ブリュンヒルデの様子がおかしいことに気がついた。
『メインウェポン展開』
ブリュンヒルデの手には、2メートルを超える機械の大剣が握られる。
『code04ブリュンヒルデ・【|乙女神技(ヴァルキリー・フィニッシュ)】を使用します』
「え······ちょ、お姉ちゃんストップ!!」
ブリュンヒルデが剣を掲げると、エクスカリヴァーンが黄金に発光する。
刀身が分解し、黄金のオーラは天に登る。
莫大な光が周囲を包み、ルーシアとクトネ、ウルフドッグ、アリゲイツとクロコちゃん、サイクロプスたちも度肝を抜かれていた。
「なな、なんですかこれ!?」
「わ、わからん!! おいブリュンヒルデ!!」
「だ、ダメだよお姉ちゃん!!」
ジークルーネが止めるが、ブリュンヒルデは止まらない。
これから何が起こるか、この場にいる全員が理解した。
これこそ、code04ブリュンヒルデの最終奥義。
『広域殲滅剣【|戦乙女の理想郷(アーヴァロン)】発動します』
黄金の大剣が振り下ろされた。
それは破壊ではなく、完全な消滅だった。
黄金の光が地面を焼き尽くし、恐るべき轟音と爆音がドゥウ樹海を飲み込んでいく。
山の頂上が消滅し、ブリュンヒルデから直線距離で50キロほどの景色が更地となった。
「·········」
「·········」
クトネとルーシアは、あまりの衝撃に現実を受け入れられなかった。
それはウルフドッグたちも同じで、言葉を失うだけ。
ブリュンヒルデの全身から煙が上がり、エクスカリヴァーンは解除されて膝をつく。
『全エネルギー開放。ボディに深刻な破損確認。メンテナンスをお願いします』
「もう!! 【|乙女神技(ヴァルキリー・フィニッシュ)】なんか使ったらこうなることはわかってたでしょ!? 変えのパーツなんてないし、今はセンセイがいないとパーツの修理なんてできないよ!!」
『申し訳ありません。ですが私の意思ではありません。《ヴァルキリーハーツ》が深刻なエラーを起こし、今の行動を取りました。早急のチェックをお願いします』
「それって·········はぁ、わかったよ。センセイを傷付けられて頭にきたんだね」
『………』
「ふふ、お姉ちゃんの『ココロSYSTEM』も順調に成長してるんだ。これもセンセイのおかげかな」
『センセイの捜索を行います』
「待って。既にホルアクティを飛ばしたから大丈夫。下流のほうに向かってるから、このままみんなと一緒に山を下りて合流しよう」
戦乙女型アンドロイドの2人で会話をする。
クトネたちやウルフドッグは置いてきぼりで。
すると、ルーシアが恐る恐る聞いた。
「じ、ジークルーネ……い、今のは一体」
「お、驚いたなんてモンじゃないですよ……地形が変わっちゃいましたよ!?」
「あはは、驚かせてごめんなさい。今のは『戦乙女型アンドロイド』の最終兵器です。メインウェポンにインストールされてる最終コード、通称【|乙女神技(ヴァルキリー・フィニッシュ)】って言うんです。本来はパパの許可……いえ、今はセンセイの許可が必要なんですけど、お姉ちゃんは使えちゃったみたいです」
「つ、使えちゃったって……ありですか?」
「うーん……たぶん、《ヴァルキリーハーツ》が予備の物だから、制御システムが上手く作用してないとか? 調べないとわかんないです」
「それより、セージをなんとかしないと」
「それも大丈夫。センセイからホルアクティの使用権限を共有しましたから、現在調査中です。川の流れから下流に向かったと思われるので、このまま山を下りつつ捜索しましょう」
「じ、ジークルーネさん、すっごい冷静です」
「そうでもないですよ? 早くセンセイを探したくてたまらないです」
ジークルーネは苦笑した。
なので、慌てず焦らず、センセイを助けるために最善の行動を行う。
「お姉ちゃん、ナノマシンで出来るだけメンテするけど、戦闘力は72%はダウンするからね。センセイと合流するまでは戦闘禁止!」
『わかりました。至急お願いします』
ジークルーネがブリュンヒルデのメンテナンスを始めた頃、ルーシアの元にアリゲイツとヴォルフが来た。
「……おい、セージ殿は」
「見ての通り、落ちて流された。セージは意識を失わず落下したし、流れは速いが溺れるほど深くはないはず、『|夜笠(よがさ)』と一緒なら恐らく大丈夫だろう。アリゲイツ殿、申し訳ないが……」
「ぐぁっぐぁっぐぁっ!! もちろん、下流を捜索しながら進みましょうぞ!! 今の光が何でどういう現象なのかサッパリですが……命が助かったことをよしとします」
「済まない。ウルフドッグは……」
「オレらもそれでいい。助けられっぱなしじゃD級クランの名に傷が付く、道中の護衛はオレらに任せろ」
「ありがとう、助かる」
準備を整え、ルーシアたちは出発した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…………う」
身体が痛い……あれ、なんか冷てぇ。
ああ……そうか、確か崖から落ちたんだっけ……んで、川の流れがけっこうキツくて、息は出来たけど岩に身体をぶつけて……なんとか陸に這い上がって……そのまま……。
「あ………そ、そうだ、っててて……くそ、身体は……」
俺はボンヤリした意識を覚醒させ、身体を起こす。
岩石のシャワーを浴び、川に流され、水中で岩にぶつかったが、打ち身や擦り傷程度で済んだようだ。
それより、ここはどこだ?
「あいててて………けっこう流されたのか?」
見上げると、なかなか高い崖が見える。
背後は森に繋がっており、川沿いは流れが緩やかで、渓流釣りなんやったら楽しそうな気がする。
どうやらかなり流されたみたいだな。
「ええと……とにかく、情報を集めないと………って」
周囲を見回して気が付いた。
丸い大きな岩の上で、夜笠さんが海老反りで倒れていた。
黒い編み笠はそのままで、マントや胸当てがボロボロになり、岩の下には夜笠さんの刀が3本落ちていた。
そうだ、俺はこの人に助けられたんだ。
サイクロプスが俺目掛けて投げた岩石から、この人は守ってくれた。
「くそ………死んでないよな」
俺は立ち上がり、夜笠さんに近付き右手の脈を取る。
「………ウソ、だろ」
脈は止まっていた。
右手首じゃ脈が取れないので、心臓に耳を当てる。だが、胸当てが邪魔で聞こえない。
「く、心臓が止まってるのか!? ちくしょう、夜笠さんスマン、外すぞ」
俺は胸当てを外し、心臓の音を直に聞くため夜笠さんの着ていた服を剥ぎ取った。申し訳ない、後で必ずべんしょ…………。
ぷるんっ。
柔らかそうな、2つのカタマリがこぼれ落ちた。
「…………………え?」
なにこれ?
ぷるっぷるで柔らかそうなカタマリ?
ええと、手のひらじゃ若干持てあましそうな大きさに、薄桃色の先っぽ。
これ、もしかして……お乳ですか?
「………………………………………え、マジで?」
俺は海老反りで岩の上に倒れてる夜笠さんを抱き起こす。
すると、真っ黒な編笠がポロリと落ち、黒く長い髪がハラリと落ちた。
「……………………わぉ」
本当に驚いた。
夜笠さんは、とんでもない美女……いや、美少女だった。
年齢は18~9歳くらいだろうか、真っ黒な長髪に目を閉じてもわかる整った容姿、なかなかに立派なお乳を持つ、大学生くらいの女子だった。
「可愛い………って、そんな状況じゃない!! ええと、心マしないと、それとAED……はないから、ああもう!! とにかく心マだ!!」
俺は夜笠さんを岩から降ろし、平らな地面の上に寝かせて心音を聞く。だが鼓動は感じられない。
救急救命の指導を受けたばかりでよかった。今なら助かるかもしれない。
「夜笠さん、絶対に助けます!!」
俺は心臓マッサージを開始する。
おっぱいとか考えてる場合じゃない。生きるか死ぬかの状況だ。
「1、2、3、4、5、6、7、8、9………」
講習を習ってよかったと本当に思う。
そして人工呼吸……申し訳ないと思うが、勘弁してくれ。
俺は気道確保し、口を合わせて息を送り込む。重ねて申し訳ない。
「くそ、死ぬな、死ぬな………」
心マの手は止めない。
この人は、俺を助けてくれた。次は俺が助ける番だ。
そして……。
「っ………………かふっ!? げぽっ、ごっほ!!」
「夜笠さん!!」
「げっほ!! ごっほがっほっ!!」
「夜笠さん!! 俺がわかりますか!? 返事をして下さい!!」
「ぁ…………」
夜笠さんは、コクコク頷いてくれた。
俺は安堵の表情を浮かべ、その場にへたり込む。
両手が痙攣してるのに今気が付き、救急救命の講習で使った人形とはまるで違う、命を握った感触が両手にズッシリとのしかかる。
俺は自分の両手を見つめ、そのまま顔を覆った。
「……………よかった」
夜笠さんは、ゆっくり身体を起こした。
「…………」
「夜笠さん、助かってよかっ…………あ」
「…………?」
「あ、いや、その………申し訳ない、服は弁償します」
「…………………………………………ぁ」
そこにいたのは、黒髪ロングの美少女。
おっぱいを丸出しにし、自分の編笠がないことに気が付き、俺が顔を逸らしたことで自分の姿を自覚し、一瞬で顔を真っ赤にして涙ぐみ、胸を押さえてプルプル震え…………。
「いやぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~っ!!」
可愛らしい声を上げる、1人の少女だった。
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