第66話転落

 サイクロプスを全滅させたが、被害はゼロではなかった。

 ブリュンヒルデばかり見てて気が付かなかったが、サイクロプスは本来D級モンスター。D級クランとG級クランだけで相手をするような敵じゃない。

 クトネはだいぶ魔力を消費したみたいだし、ルーシアも肩で息をしていた。 

 俺は二人に駆け寄り、水のボトルを渡す。

 

「お疲れ、大丈夫か?」    

「なんとかな。チートを使おうと考えたが、使わずに済んだよ」

「あ、あたしはグロッキーですぅ〜」


 こっちはなんとか無事そうだ。

 でも、問題はウルフドッグだ。


「クソ、クッソ!!」

「動くなリカルド、止血できない!!」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」

「ラン、落ち着きな!!」


 リカルドがランを庇い、サイクロプスの一撃を腕に食らった。

 リカルドの右腕は千切れかけ、血がボタボタと流れている。ありゃ痛そうとかいうレベルじゃねぇぞ。

 するとルーシアが言う。


「獣人は人間より身体能力が高く回復力もあるが······あれでは、冒険者は引退するしかないだろうな」

「えっ······」

「うぅ、痛そうです〜」


 さすがにちょっと可哀想だ······あ、そうだ。

 俺はブリュンヒルデのメンテナンスをしてるジークルーネに聞いた。


「ジークルーネ、確かお前、怪我病気を治せるんだよな?」

「はい。できますよ?」

「じゃあ、リカルドの腕も治せるか?」

「あちらの獣人の方ですか? もちろんできます。みなさんの戦闘は一部始終見てましたので、データはバッチリです!」

「じゃあ、治してやってくれないか」

「はい。じゃあ行ってきまーす」


 ジークルーネは、軽い足取りでリカルドの元へ。

 ちょっと心配になったので俺も付いていく。すると、案の定リカルドはキレていた。

 なので、俺がジークルーネの前に出て言う。


「なんだお前ら!! あっちに行ってろや!!」

「ま、まぁまぁ落ち着いて下さい。その、ご迷惑でなければ、彼女のチートで怪我を治します」

「んだとコラァ!!」

「落ち付けリカルド!! セージ殿、そんな事ができるのか······?」

「ええと······」


 ジークルーネを見ると、笑顔で頷いた。

 するとジークルーネは前に出て、リカルドの傍でしゃがむ。


「ちょっと見せて下さいね」

「おいガキ、オレに触る······っ」


 ジークルーネの瞳が、赤く輝いていた。

 リカルドは息を呑み、ヴォルフさんやリュコスとランも驚いていた。


『右腕損傷率79%。ナノマシン散布による修復が必要と判断。対象右腕修復後自壊プログラム入力。ナノマシン散布開始。肉体の一部をアップデートします』

 

 ジークルーネがブリュンヒルデみたいな喋り方をした。

 リカルドの右腕に手を添えると、リカルドの右腕がグニャグニャとあり得ないほどブレまくった。

 声も出せずにいると、ブレが収まりジークルーネが手を離す。するとリカルドの右腕はキレいサッパリ治っていた。


「はい、おしまい。修復率100%、完璧です!」

「···········お、おお、す、すげぇ!!」

「ど、どうだリカルド?」

「どうもこうも、痛くねぇし指も動く······ん、ちょっと待てよ?」

「お、お兄ちゃん?」

「リカルド、どうしたのよ」


 リカルドは立ち上がり、自身の武器である片手斧を持ってブンブン振り回す。そしてジークルーネを見た。


「おいお嬢ちゃん、オレになにをした?」


 リカルドはジークルーネに質問した。

 ヴォルフたちや俺はワケもわからず首をひねると、ジークルーネはにっこりして言った。


「いえ、あなたの戦闘を見て気付いたんですけど、その片手斧は見た目に対してかなり重量がありますよね? それで武器を振るう際に身体のバランスが崩れていたので、全身の筋量を20%アップさせました。多少は動きやすくなったと思います」


 つまり、治すだけじゃなく改造。

 リカルドだけじゃなく俺たちもあ然とした。

 ジークルーネ、やりすぎだろ。


「·········チ、確かに斧が軽い。マジらしいな」

「おいリカルド、大丈夫なのか?」

「おう。むしろ調子いいぜ、今ならオメェに借りが返せそうだ」

「ほう、面白いことを言うじゃねぇか」

「へへ··········っと、その前に」


 リカルドは、ヴォルフにケンカを売ったと思いきや、俺とジークルーネの元へ。

 そして、頭をボリボリ掻きながらそっぽ向いて言った。


「あー·········その、助かった」

「いえいえ、センセイの命令ですから。感謝するならセンセイにして下さいね」

「ふん、まぁ······いろいろ言って悪かった」

「いやいや、無事で何よりです。俺たちも安心しました」

 

 2メートル越えの人狼に礼を言われるなんてな。

 それに、リカルドの妹のランがジークルーネにお礼を言ってる。兄貴を救ってくれてありがとうありがとうだって。

 リュコスも、ジークルーネの肩を抱いて嬉しそうに笑い、ジークルーネもニコニコしていた。

 すると、ヴォルフさんが来た。


「セージ殿、感謝する」

「いやいや、冒険者同士協力し合おうって言ったじゃないですか」

「·········ふ、そうか」


 こうして『|戦乙女(ヴァルキュリア)』と『ウルフドッグ』は、最初の難関をクリアした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 トラブルもあったが、戦闘は終わり後処理をして進む。

 サイクロプスは同族意識が強く、仲間の死に過敏な反応をするので、この場から早々と撤退する。

 俺たちは馬車の中で一息入れる。


「はぁ〜、まさかサイクロプスとは。でも幸先いいですね、強いモンスターと戦えば戦うほど、あたしの評価は上がります!」

「評価? なんだそりゃ?」

「もちろん、学園の評価ですよ。冒険者になってもあたしは魔術学園の生徒ですからね。提出するレポートや戦闘したモンスターの素材を提出しないと」


 クトネは、サイクロプスの角の先っぽを見せてくれた。いつの間に採取したんだよ。

 ルーシアは関心したように言う。


「なるほど、大したものだ。騎士団にもクトネのような魔術師がいればな」

「あ、あたしは騎士より魔術師ですから」

「ははは、冗談だ」


 戦闘後のまったりタイム。

 馬車の外は相変わらずジャングルで、荷車はともかくスタリオンが心配だ。

 荷車から身を乗り出すと、後ろを夜笠さんが歩いていた。

 そういえば、さっきのお礼してないや。


「夜笠さーん、ちょっといいですかー?」

「········」

「ちょっとお話があるんですけどー、馬車に乗ってくれませんかー?」

「········」


 お、夜笠さんが馬車に飛び乗ってくれた。

 クトネの「おいまたかよ」的な視線は無視し、編笠のせいで全く顔の見えない夜笠さんに席を勧める。

 俺は改めてお礼を言った。

 

「夜笠さん、先程は助けていただき、ありがとうございました」

「·········」

「お礼と言ってはなんですが、何かお手伝いすることはありますか?」

「ええと、遠慮なく言って下さい」

「·········」


 無言。

 ダメでした。全くお話してくれません。

 夜笠さんは何も言わず、荷車の端にドカッと座る。

 まぁ、荷車で休むくらいならいくらでも使って欲しい。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 それからモンスターに会うことなく馬車とワニ車は進む。

 道は最悪で荷車はよく揺れる。それに蒸し暑くて気持ち悪い。

 道なりに進んで行くと、ジャングルのような道から山道のような硬い土の地面に切り替わってきた。

 木々だけでなく岩や斜面が目立ち、上り坂も増えてきた。


「樹海なのに山道っぽいな」

「ドゥウ樹海は森だけじゃない、山道もあるし大きな川も流れている。気をつけろよセージ」

「ああ、わかったよ」


 ルーシアは常に周囲を警戒している。

 騎士というか、ルーシアって冒険者のが似合ってる気がしてきた。

 ルーシアの注意を受け、馬車は山道へ入っていく。

 ワニ車のクロコちゃんはノッシノッシと山道を登り、スタリオンも自慢の脚力で難なく進んで行く。

 そして、俺たちは山道の頂上近くまで到着した。


「おお、見ろよ、崖下に川が流れてるぞ」


 現在馬車は、右は崖、左は崖下という恐ろしい道を進んでいる。こんな怖いところさっさと抜けたい。

 天気もいいし、山の上は空気が澄んでて気持ちいい。

 ブリュンヒルデは手綱を握り、ジークルーネはなぜかスタリオンの背に乗っていた。

 クトネはシリカをな撫で回し、ルーシアは剣の手入れ、俺はのんびり水を飲みながら、馬車に乗ってからピクリとも動かない夜笠さんを見る。

 この人も指輪をしてるから『能力』を持ってるんだろうけど、どんな能力なのだろうか。

 剣を抜いたように見せない剣技なのか、それとも相手を細切れにする能力なのか······他人の持つチートを聞くのはマナー違反だし、実戦で確認するしかないな。

 無駄かもしれんが、俺は水のボトルを夜笠さんに差し出した。


「夜笠さん、水でもどう······」


 次の瞬間、地面が揺れた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

  

 ズズン、と揺れた。

 地震というか、巨大な何かが落下したような揺れだった。

 夜笠さんは一瞬で馬車から飛び出し、遅れてルーシア、クトネと続く。

 御者席を確認すると、ジークルーネに手綱を渡したブリュンヒルデが飛び出す瞬間だった。

 俺も遅れて馬車から飛び出し、揺れの正体を察する。


「なんだこれ······岩?」

「セージ、上だッ!!」


 ルーシアの怒声。

 上、つまり崖の上······そこにいたのは、大量のサイクロプス。

 崖の上横一列に並び、巨大な岩を持ち上げてぶん投げていた。


「さ、サイクロプス······っ!! 嘘だろ!?」

「クソ、仲間の死に対する復讐······サイクロプスがここまで頭を使うとはな!!」

「あ、あたしが馬車とワニ車を守ります! みなさん、迎撃を!!」

「ダメだ! 私たちの武器では崖上まで届かない!! クトネの魔術で」

「で、でも、投石を防御できるのはあたしだけです!! ルーシアさんの魔術じゃあんなに大きな岩を防御できません!!」


 ルーシアとクトネのやり取りを聞きながら、ウルフドッグを見たが、どうも連中は全員が近接戦闘タイプなのでお手上げ状態だ。

 ブリュンヒルデが俺を見ていた。

 そうか、メインウェポンの使用許可を求めているのか。

 ここは仕方ない、ウルフドッグや夜笠さんに見られるが命が大事だ。アリゲイツさんとクロコちゃんを守らないと。


「よし、ブリュンヒルデ」

「センセイ、危ない!!」


 ジークルーネが叫んだ。

 俺の頭上に、サイクロプスの投げた岩が飛んできた。

 俺は動けなかった。

 ブリュンヒルデも動いていない。いくらブリュンヒルデが強くても万能じゃない。

 

「······っ!!」

「えっ」


 夜笠さんが、俺の前に割り込んだ。

 剣を抜き岩を粉々に粉砕する。

 だが、細かな岩がシャワーのように降り注ぎ、俺と夜笠さんに直撃する。

 さらに不幸は重なる。

 俺の前に立っていた夜笠さんは、岩のシャワーをモロに食らった。

 

「夜笠さ······うわっ!?」

「······ッ!!」


 俺は夜笠さんを受け止め······背後に足場がないことに気付く。

 下は川、しかも流れが早い。

 俺は夜笠さんを受け止めたまま、崖下に転落した。


「セージさんっ!!」

「セージっ!!」

「センセイっ!!」

『·········』


 仲間の叫び声が聞こえ、俺は川に転落した。

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