第65話サイクロプス
夜笠さんを乗せて馬車は進む。
今のところモンスターは出ていない。まぁ出てもワニ車が丸呑みしてしまいそうだけどな。
クトネ曰く、ドゥウ樹海に入ってからが本番らしい。
現在、ブリュンヒルデからスタリオンの操作を習ったジークルーネが御者を務めている。
「ドゥウ樹海はフォーヴ王国イチの危険地帯です。モンスターの出現率もレートも高いですし、なにより強敵ばかりです」
「戦闘に特化したD級クランですら全滅したと聞くからな。油断は禁物だぞ」
クトネとルーシアは実に頼りになる。
二人の話を聞きつつ俺の視線は夜笠さんへ。
「まぁみんなで協力すれば問題ないだろ。ですよね夜笠さん」
「·········」
無言。
この人の声聞いてないな。何度話しかけても喋らないし、頷きすらしない。馬車に乗ってくれたから、少しは打ち解けられると思ったのに。
「ととと、とにかく!! いいですかセージさん、これから樹海までの数日、魔術と剣術訓練をしつつ進みますよ!!」
「そうだな······戦闘があるかもしれんから激しくは出来ないが、やれるだけやるぞ、セージ」
「う······お手柔らかに」
『頑張ってください、センセイ』
「え······お、おう!!」
ブリュンヒルデが、俺をねぎらってくれた。
おいおい、こんなの初めてじゃないか? やばい、嬉しい。
嬉しさのあまりクトネとルーシアに微笑み、夜笠さんにも微笑む。
「·········」
夜笠さんは、やっぱり喋らなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからの数日、特に問題なく進んだ。
体力作りということで馬車と並走してジョギング、魔術の修行では魔力操作の練習をした。
魔力操作は、ついに片手五本指に魔力を集中させることができるようになった。
『|石礫(ストーンバレット)』は漬物石をピッチングマシンで飛ばすような勢いで飛ぶようになったし、『|落雷(ライトニング)』は強いスタンガンレベルの電撃を放つようになった。
移動中の馬車でクトネは言う。
「うん。これだけの威力があれば実戦でも使えそうですね。でも、これはあくまでG級魔術ですので、過信しないでくださいよ」
「はい、クトネ先生」
「うむ。では、他のG級魔術をいくつか習得したら、次はF級に移りたいと思います」
「F級······おお」
「言っておきますけど、マシになっただけでG級はまだまだですからね。あたしレベルの『|石礫(ストーンバレット)』になってようやく一人前ですから」
「わ、わかってるよ」
クトネのストーンバレットは岩石を大砲で飛ばすレベルだからな。
もちろん魔力量を増やせばそれくらいの威力は出せるけど、俺のへっぽこ魔力量じゃ数発で打ち止めになる。
ちなみに、魔力量を数値で表すとこんな感じ。
【みんなの魔力量・クトネ調べ】
○俺ことセージ・500
○クトネ・2700
○ルーシア・1900
○ナハティガル・589000
全て、クトネの独断と偏見らしい。
ナハティガル理事長ふざけんなって感じだ。どうやって調べたんだろう?
普通の人は平均で100だとすると、俺の魔力量はそこそこ高いらしい。よくあるチート主人公じゃなくて良かったよ。何事もほどほどが一番だ。
「魔術師の平均魔力は2000〜くらいですよ。あたしはまだ14歳でこのレベルですから将来有望なんです!!」
「お前、そういうのは自分で言うなよ」
それから、クトネから新しい魔術を教わった。
『乱礫(ストーンブラスト)』・『地割(アースクエイク)・』『岩隆起(ロックブレイク)』の3つと、『雷槍(サンダーランス)』・『雷光(ライトボルト)』の計5つ。これから練習して使いこなせるようになってやる。
剣術は、あまり練習できなかった。
野営の見張りは一人ずつだし、休める時に休まないなんてあり得ない。
日中は常に移動してるからジョギングしか出来ない。でも、おかげで体力は付いたと思う。
やっぱり俺、魔術師寄りの剣士の『魔法士(ツァオベラー)』が似合ってるのかも。
ルーシアは、身体が鈍らないように一緒にジョギングした。
大きなお乳がブルンブルン揺れて眼福だったが、見てるのがバレて思い切り蹴られた。
ジークルーネは、ブリュンヒルデと交代で御者を務め、スタリオンの世話を楽しそうにしていた。
本人曰く、「言葉やデータでは伝わらない交流が、ココロSYSTEMにいい影響を与えてくれる」だそうだ。
ブリュンヒルデは、いつもと変わらず無表情だった。
スタリオンの世話をジークルーネと交代で行うようになり、時間が余るとクトネやルーシアとよく喋っていた。これもいい傾向だと思う。
ウルフドッグとの交流はほとんどない。
夜の見張りもちゃんと立ててるし、仕事はきっちりこなしてる。まぁ和気あいあいを期待したわけじゃないけど、ちょっと寂しい。
夜笠さんは、いつの間にかいたりいなかったりを繰り返していた。
食事とかどうしてるんだろうとか思わなくもない。だけど全く喋らないし、コミュニケーションが取れない。
クトネやルーシアは余り関わるなって言うけど、同じ冒険者として協力はしたいと思ってる。
そして数日。ついにドゥウ樹海入口に到着した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドゥウ樹海の入口は、ジャングルみたいに茂っていた。
「では冒険者さん、ここからが本番ですぞ!! ぐぁっぐぁっぐぁっ!!」
『ぐぁっぐぁっぐぁっ!!』
アリゲイツさんの叫びに呼応したワニ車も独特な叫びを返す。
おいおい、茂みの入口がガサガサ動いたぞ。今の叫びにビビってモンスターが逃げ出したんじゃないか?
すると、ウルフドッグのヴォルフが俺たちのところへ来た。
「いいか、アリゲイツ殿が言ったように、ここからが本番だ。特にセージ殿、ここまでの移動を見ていたが、無駄に動きすぎる。体力は温存しておけ」
「は、はい。ありがとうございます」
どうやら、ヴォルフさんは激励してくれたようだ。
クトネとルーシアは渋い顔をしていたけどな。
俺はブリュンヒルデとジークルーネに言う。
「いいか、ここで一番守るべきは依頼主のアリゲイツさんだ。ブリュンヒルデ、ジークルーネ、俺を優先しないでアリゲイツさんを守れ、いいな」
『········』
「ホントはイヤだけど·········はい、センセイ」
「ブリュンヒルデ、返事は?」
「········はい、センセイ」
「よし」
俺はブリュンヒルデとジークルーネの頭をなでる。
ブリュンヒルデは無表情だったが、ジークルーネはネコみたいに顔をほころばせた。
その表情が、三日月と重なる。
「センセイ、どうしたの?」
「······いや、なんでもない」
再び馬車に乗り込み、ドゥウ樹海の中へ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
樹海の中は、かなり気味悪かった。
キィキィギーギーと得体の知れない鳴き声が響き、道もほとんど整備されていないから馬車はかなり揺れる。しかも、樹海というよりジャングルみたいでムシムシした。
「······暑いな」
「······ですね」
「センセイ、大丈夫? ええと、現在の温度37度、湿度83%です」
「嘘だろ······ジャングル並みじゃないか」
ブリュンヒルデとジークルーネ以外はグロッキーだった。
アンドロイドの彼女たちは汗も欠かなければ水分摂取も必要ない。こればかりは羨ましく感じる。
揺れる馬車の中でゲンナリしていると、ジークルーネが言った。
「あ、センセイセンセイ、モンスターがいるよ」
「はいはい、モンスターね·············え?」
すると、馬車とワニ車が止まり、前からヴォルフさんの叫び声が聞こえてきた。
「モンスターだ! 全員戦闘態勢を取れ!!」
それを聞いて、ルーシアの目がスッと細くなり馬車を飛び出し、遅れてクトネが飛び出す。
ブリュンヒルデはすでに剣を抜き、周囲を警戒している。
「センセイ、行かないの?」
「い、行くさ。ジークルーネ、お前は」
「わたし、戦闘能力はゼロだから。人間よりちょっとだけ身体能力が高いくらいのスペックしかないの。でも、怪我したら直してあげるね」
「お、おう」
俺は刀を掴み、馬車を飛び出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦いは始まっていた。
「な、なんだありゃ!?」
ヴォルフたちは、一つ目の巨人と戦っていた。
4メートルくらいの巨体に青い身体、頭はハゲで角が生えている。
数は5体、すでにルーシアたちも戦闘に入っていた。
「セージ!! こいつはサイクロプスだ、今のお前では荷が重い、アリゲイツ殿を守れ!!」
「わ······わかったぁっ!!」
俺はサイクロプスに向けて剣を振るルーシアと、魔術で援護してるクトネを見つつ、ワニ車から降りてワタワタしてるアリゲイツさんの元へ。
「アリゲイツさん!!」
「あわわわっ、ぼぼ、冒険者さんっ!!」
俺は剣を抜いてアリゲイツさんを守るように立つ。
ここから全体を見回せる。
まず、クトネとルーシアのコンビが一体、ヴォルフとランのコンビが一体、リカルドとリュコスのコンビが一体、そしてブリュンヒルデが二体······二体!?
「ブリュンヒルデっ!!」
「センセイ、お姉ちゃんなら問題ないですよ」
「って、ジークルーネ」
いつの間にかジークルーネが隣にいた。
ニコニコしながらアリゲイツさんに質問する。
「あの、アリゲイツさん。この子の名前はなんていうんですか?」
「へ? ああ、メスなのでクロコですけど」
「クロコちゃんですか。可愛いですね!」
「ぐぁっぐぁっぐぁっ!! 同族でもないお方が可愛いとは。ははは、お嬢さんは珍しい考えをお持ちですな!!」
「ってちょっと!! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
ジークルーネは巨大ワニがずっと気になってたようだ。
巨大ワニのクロコちゃんをサワサワしてるジークルーネは笑顔で言った。
「センセイ、お姉ちゃんは『近接戦闘型』なんですよ? たとえチートを使ってもお姉ちゃんに勝てる存在はありません」
ジークルーネは、確信していた。
視線の先は、ブリュンヒルデに向いていた。
「ほら、センセイ」
「え······」
ブリュンヒルデは、二体のサイクロプスの攻撃を紙一重で躱していた。
「もう分析が終わってますね。お姉ちゃんは、戦った相手のデータを全て保存し、自らの動きに反映させる戦闘をします。つまり、戦えば戦うほどお姉ちゃんは強くなる」
ブリュンヒルデは、サイクロプスのパンチを紙一重で躱し、一瞬の抜刀術で腕を切り落とす。
背後にいたもう一体のサイクロプスがパンチを繰り出すが、振り向きもせず身体を一歩ずらして回避、その場で回転した勢いでサイクロプスの胴を切断した。
「な、なんてやつだよ」
「お姉ちゃんのパワーなら造作もないですね。それよりセンセイ」
「ん、どうした?」
「こっちにサイクロプスが3体来てますけど」
ジークルーネがみんなが戦ってる方向とは逆を指差すと、藪を掻き分けて3体のサイクロプスが現れた。
「ぐぁっぐぁっぐぁっーーーっ!?」
「おわぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」
『ぐぁっぐぁっぐぁっーーーっ!!』
「わぁ、大っきいですね」
アリゲイツさん、俺、クロコちゃんが叫び、ジークルーネがのほほんと言う。
俺は剣を構えたが、どう考えても勝てるワケない。
「どどどど、どうする、よよよし、ここはまかせろろ!!」
「ぼ、冒険者さん、呂律が回っておりませんぞ!?」
これが二度目の実戦。
やばい、剣もだが魔力も練れない。ゴブリンとはケタ違いの恐怖だ。
ええと、ストーンバレットじゃなくて、ええと。
『『『ウォォォォォォーーーッ!!』』』
「ち、ちくしょーーっ!!」
こうなったらやってやる。
俺だって戦えるんだ。こんな一つ目巨人倒してやる。
見てろ、俺が主人公だ。
次の瞬間、サイクロプスの一体が爆発した。
「え?」
「·········」
サイクロプスの背後に、真っ黒な編笠を被った『夜笠』がいた。
サイクロプスも身の危険を感じたのか、俺を背にし夜笠に向き直る。
だが、それと同時にサイクロプスが爆発した。
「な、なんだこれ······爆発?」
「違います。あの剣を抜いてサイクロプスを切り刻んでいるんですよ。人間なのにすごい速度ですね」
よく見ると、地面には細かな肉片が落ちている。
爆発して吹っ飛んだのではなく、肉の断面から見ると、切られたように均等な大きさの肉だ。
あっという間にサイクロプスは一体に。
『グ、ゥゥゥ······』
「··········」
『グォォォッ!!』
あ、サイクロプスが逃げ出した。
夜笠さんは追わず、腰の剣に手を添える。
そして、キィン······と鍔鳴りがしたと思ったら、遠く離れたサイクロプスが爆発したのが見えた。
こうして、サイクロプスは討伐された。
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