第64話ウルフドッグ

 円滑な関係を結ぶには自己紹介から。

 俺は右手を差し出しながら頭を下げる。


「初めまして。俺はクラン『|戦乙女(ヴァルキュリア)』のリーダー、セージです。まだ駆け出しで至らないところもあり迷惑を掛けると思いますが、どうかご指導のほどよろしくお願いします」

「…………クラン『ウルフドッグ』リーダ-、ヴォルフだ。よろしく頼む」


 お、ヴォルフさん握手してくれた。

 もしかして、いい人かも。


「駆け出しと言うことは合同依頼は初めてか?」

「はい。なので、わからないことのが多いですが……」

「ケッ、素人が」

「黙れリカルド。お前はあっちにいってろ」

「んだとヴォルフ……テメェ、リーダーだからっていい気になるんじゃねぇぞ!!」

「ふん、オレに負けたお前がそれを言うのか?」

「ほう……それは宣戦布告か?」


 あわわ、なんか仲間同士で険悪なんだけど。というか、俺の存在忘れてない?

 すると、仲間の女性獣人2人が言った。


「やめな兄貴!! リカルドもいい加減にしな!!」

「やめてよお兄ちゃん!! ヴォルフさんもやめて!!」

「む……なんだリュコス。これはオレとリカルドの……」

「黙ってろラン!! ヴォルフはオレの!!」


 ええと……もしかして兄妹クランなのか?

 灰色のロングヘアをポニーテールにしたリュコスと、茶発のツインテールのランか。

 えーと、ヴォルフとリュコス。リカルドとランか。

 ってか、俺は完全に置き去りなんですけど……。


「はぁ、リカルド、この話は今度だ。出発まで時間がない」

「へっ、命拾いしたな……」

「ったく、男ってのはバカだねぇ、ラン」

「あはは。お兄ちゃん、血の気が多いから」

「あ、あの……」

「っと、すまんなセージ殿。バカが迷惑を掛けた」

「んだとテメェ!!」

「あーもう、話が進まないからリカルドはこっち!!」

「お兄ちゃん、あっちでおやつ食べよう!!」

「ちょ、こら離せ!!」


 リカルドは、リュコスとランに連れられ、自分たちの馬車へ戻っていった。

 とにかく、これで話が出来る。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 話は、夜の間に行う見張りのことだった。

 見張りは各クランから1人ずつ、計2人で交代で行うようにした。


「あ、夜笠さんはどうします? ってかあの人ドコ行った?」

「………本当に知らないのだな。S級冒険者は基本的に自由行動だ。仕事はキッチリこなすから放っておいていい」

「はぁ……まぁそういうことなら。ではそういうことで」

「ああ、よろしく頼む………セージ殿」

「はい?」

「お前は、この地域の獣人が怖くないのか? 人間税だの差別だの、人間はフォーヴ領土に近付こうとしない。来る人間と言えば、奴隷で連れて来られるような人間か、犯罪者まがいのような者か、お前のような変わり者ぐらいだ……」

「…………」


 う~ん……俺としては、この世界の常識を知らないから来れるのであって。

 それに、獣人が悪い人だけだなんて思わない。タマポンさんみたいないい人もいるし、依頼主のアリゲイツさんもよさげな人だ。


「いやぁ、俺は世間知らずですから……逢う人みんないい人に見えます。そりゃ冒険者ギルドの受付嬢や、遺跡で絡まれた人攫い獣人みたいに頭くるヤツもいます。でも、みんながみんな怖い獣人だなんて思いませんよ。それに、こうして喋ってるヴォルフさんも、悪い人には見えませんし」

「…………」

「なので、気になることや悪いことがあったら、遠慮なく言って下さい。同じ冒険者同士、仲良くやりましょう」

「………ああ、わかった」


 ヴォルフさんは自分の馬車へ戻った。

 すると、アリゲイツさんが商会から出て来た。出発の時間だ。


「では護衛の皆さん、よろしくお願いします!! ぐぁっぐぁっぐぁっ!!」

『ぐぁっぐぁっぐぁっ!!』


 アリゲイツさんとワニ車の咆吼は、この世界で一番恐ろしく聞こえた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ウルフドッグの馬車が先頭、アリゲイツさんのワニ車が真ん中、俺たちの馬車が後方という布陣で進む。

 ワニ車は背中に荷物を乗せ、上に乗ったアリゲイツさんの命令でノッシノッシと歩く。

 というかワニがデカすぎて怖い、目算でも25メートルくらいありそうだぞ。マジで思うけど護衛なんていらないんじゃないか?

 御者をブリュンヒルデに任せ、後方を警戒しながらのんびりする。


「センセイ、センセイのホルアクティの操作権限を共有していい?」

「ん、ああいいぞ。俺よりジークルーネのが上手く使えそうだしな」

「ありがとう。それと、データもインプットするね。この時代の情報はまだ完璧じゃないから……」

「ああ、好きにしてくれ」


 ジークルーネは俺の隣にチョコンと座り、空中投影ディスプレイを出してタッチパネルをいじってる。

 クトネとルーシアは面白そうに眺めていた。


「それにしても面白そうですね~」

「ああ。魔術の光とは違う輝きだ……美しいな」

「えへへ、ありがとうございます。そうだ、クトネさんとルーシアさん、この時代のことを知りたいんで、質問していいですか?」

「もっちろんです!! なんでも聞いていいですよー」

「私の知識が役に立つなら協力しよう」

「やった、ありがとうございます!!」


 うんうん。ジークルーネは社交的だな。

 ココロSYSTEMだっけ、それが成長すればこんなに感情豊かになるのか。

 ブリュンヒルデにもこうなる可能性があるなら嬉しいな。

 俺は御者席に移動し、手綱を握ったまま前を向くブリュンヒルデと話す。


「なぁブリュンヒルデ、お前にも『ココロSYSTEM』が搭載されてるんだよな?」

『はい。全てのヴァルキリーハーツに書き込まれた特殊システムです。他者との会話や精神的ショックなどで成長し、人間のような複雑な思考パターンを入手可能。ジークルーネやcode07のような感情データを入力するには膨大な時間が必要です』

「ふーん。じゃあジークルーネやアルヴィートも、今のブリュンヒルデみたいな時代があったのか」

『はい、センセイ』

「そうか。じゃあブリュンヒルデもジークルーネみたいに感情豊かになってもらおう」

『センセイ、それは難しいです。膨大な時間が……』

「大丈夫。みんないるし、少しずつ少しずつ行こう」

『……はい、センセイ』


 俺はブリュンヒルデの頭を優しくなでた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そう言えば、夜笠を忘れてたけど…………あ、いた。

 俺たちの馬車の後方を歩いている。でも、さすがに歩きじゃ疲れるだろ。

 ブリュンヒルデに馬車のスピードを落としてもらい、荷車の後ろで言う。


「あの、夜笠さーん!! よかったら乗りませんかーっ!!」

「ぶっふぉ!? せ、セージさん何言ってんですかこら!!」

「いや、あの人歩きだし……これから何日も掛けてフォーヴ王国に行くんだぞ、疲れるだろ」

「こ、このアホたれ!! 相手はS級冒険者ですよ!?」

「アホたれって……クトネ、最近なんか冷たくない?」


 S級冒険者とかすごいけど、相手は人間だ。

 夜笠さんは馬車に追いついた。相変わらず顔は見えない。疲れてるようにも見えないな。

 デカい刀3本も差して邪魔じゃないのかね?


「ささ、よかったらどうぞ」

「…………」

「先は長いですし、遠慮なさらず」

「…………」

「ちょ、セージさん……あんまり無理強いしなくても、ってぇぇっ!?」


 お、夜笠さんが馬車に乗ってくれた。

 端っこに座り、腰の刀3本を外して1本だけを肩に立てかけて座る。

 残りの2本は近くに………あれ?


「あの、夜笠さん。その刀……」

「…………」


 夜笠さんの刀のうち1本が、どうも変な形してる。

 なんというか、機械的特徴があるというか、この時代にそぐわないというか。

 うーん、ちょっと気になるな。


「あの、よかったらその刀、見せてもらえませんか?」

「…………」

「えーと……」

「…………」

「も、申し訳ありませんでした」


 ダメだった。

 なんとなくだけど、どうも鞘が機械で出来てる気がする。もしかして古代の武器かと思うんだけど……まぁ仕方ない。本人は何も言わないけど、許可がないなら触れない。

 この黒い編み笠も外そうとしないし、ホントに変わった人だ。


 でも、まさか俺と夜笠さんにあんなことが起こるとは……この時は思わなかった。

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