第53話依頼完了と伝説の始まり

 コヨーテとアルシェは、ブリュンヒルデから目が離せなかった。


『【乙女神剣エクスカリヴァーン・アクセプト】第一着装形態へ移行。【乙女剣エクスカリバー】・【女神剣カリヴァーン】展開』


 魔術?らしき光がブリュンヒルデを包み、巨大な剣?らしき物が分解され、ブリュンヒルデの軽鎧と合体した。魔術に詳しくない少年少女でも、これは魔術じゃない現象だと理解した。

 だが、そんなことよりも、ブリュンヒルデが美しかった。

 陽光を浴び、銀色の髪を煌めかせながら剣を握る姿。もうコヨーテとアルシェに恐怖はなかった。もしブリュンヒルデが現れなかったら、2人は死んでいたであろう。

 ブリュンヒルデと対峙したゴブリンキングは言う。


「小娘、楽に死ねると思うなよ」

『…………』

「ふん、人形のような顔をしおって……!!」

『…………』


 ブリュンヒルデは取り合わない。

 彼女にとってゴブリンキングはそこらのゴブリンと変わらない。センセイに命じられたのは、コヨーテとアルシェの救出だ。


「いいだろう、復活した我の獲物一号は、貴様だ小娘!!」


 ゴブリンキングが、大剣を振り上げてブリュンヒルデに迫る。

 ブリュンヒルデは双剣を構え動かなかった。冷静に……という言葉は適切ではない。ただゴブリンキングの挙動や身体数値を一瞬でデータ化してボディに反映させているだけだ。

 なので、喋る必要もない。


「砕けろッ!! このっ!! 小娘ッ!!」

『…………』


 大剣による兜割りを躱し、横薙ぎを紙一重で避け、袈裟斬りを逸らす。

 ハッキリ言って、アルヴィートとは比べ物にならない遅さだ。もしブリュンヒルデに人間らしい感情があったら、失笑していたかもしれない。

 ブリュンヒルデが攻撃を躱したのは、収集したデータ検証のためである。事前にスキャンした情報に微修正を加え、反撃に移った。


「この……避けるなこのガキがァァァァァーーーーーーッ!!」

『わかりました。迎撃します』


 大剣による兜割りを躱した瞬間。ピピピピピピッと風を切る音が聞こえた。

 

「へ?」

『両腕部破壊』


 それは、大剣の兜割りを躱したブリュンヒルデが、一瞬でゴブリンキングの両腕を細切れにした音だった。

 この程度の大剣を躱すなんて造作もない。ブリュンヒルデは始末しにかかる。


「う、腕、腕が……こ、こんな、復活したばかりなの……」


 シュパッと、最後まで喋ることなくゴブリンキングの首は切断された。

 ゴブリンキングの首の断面から血が噴き出し、そのままドスンと倒れた。

 

『戦闘終了。各部チェック問題ありません』


 こうして、ゴブリンキングは復活して数分で始末された。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「さて、あらかた片付いたな」

「ですねー……はぁ~、エーテルうまうま」

「………」


 洞窟外での戦闘が終わり、俺とクトネとルーシアは一息ついていた……ゴブリンの死体が山積みになっている場所で。

 ゴブリンの数は100匹くらいだろうか。

 俺が倒したのは10匹くらい、クトネの魔術で50くらい、ルーシアは格闘と剣で30くらい倒し、10匹ぐらいをブリュンヒルデが倒して洞窟内へ向かった。なので実質一番倒していないのは俺だ。

 俺は地面に座り込んで息を整えていると、ルーシアが言う。


「セージ、武器の血と油を拭き取っておけ。まだ戦いは終わりじゃない」

「あー………ゴブリンキングだっけ?」

「ああ。先程感じた強大な魔力、恐らくだが……」

「ま、ブリュンヒルデなら大丈夫だろ」

「あー……確かに、ブリュンヒルデさんなら……」


 エーテルをジュースみたいにゴクゴク飲んでるクトネがそう言った瞬間、何か叫び声のような音が聞こえた。


「どわぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!?」

「きゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!?」


 声は上空から聞こえたのでそちらを見ると、エクスカリヴァーンを着装したブリュンヒルデが、両脇に子供2人を抱えて飛んでいた………どゆこと?

 ブリュンヒルデは着地、驚く俺の傍に来て言う。


『センセイ、任務完了しました』

「え……あ、ああお疲れさん。その子が? ってかどうして飛んできたんだ?」

『はい。ゴブリンに攫われた少女で間違いありません。最奥には祭壇があり天井が開いていたので、そこから跳躍した方が早く戻れると判断しました。センセイ、少女の掌部に裂傷がありますので治療を』

「そうか、ってかなんで裸なんだ?」

『ゴブリンの儀式の際に着衣は不要と判断されたのでしょう』


 ブリュンヒルデは気を失ってる少女とコヨーテを地面に降ろした。まぁ、あんな飛び方したら気を失うよな。

 と、12歳の子供とはいえ女の子だ。ジロジロ見るのは悪い。

 クトネが鞄から毛布とポーションの小瓶を取り出し、手の裂傷を消毒し、巻いてあったハンカチをまき直す。

 すると、コヨーテとアルシェちゃんが眼を覚ました。


「う、うぅ~ん……あれ、ここは?」

「起きたかコヨーテ。それと、君がアルシェちゃんだね」

「あ、おっさん!!」

「あ、あの……」

「クトネ、アルシェちゃんを頼む。それとコヨーテ、お前はお説教だ」

「ささ、アルシェちゃんはこっちこっち。お腹空いてますよね、それとあたしので悪いけど着替えもありますよー」

「え、あの……コヨーテ」


 クトネがアルシェちゃんを馬車に連れて行き、俺とルーシアはコヨーテを説教、ブリュンヒルデは大量のゴブリンの死体を一纏めにしてもらっていた。

 他人の子供だけど叱るべき時は叱る。現代日本じゃ出来ないけど、この異世界ならできる……っていう考えもおかしいが、コヨーテのせいで危険になったのでちゃんと叱る。

 というか、怒るルーシアメッチャ怖い……俺の出番ほとんどなかった。


 ゴブリンの死体はまとめて焼却し、クトネの土魔術で洞窟の入口を完全に塞いで、ここでの作業は完全に終了、撤収する。

 アルシェちゃんは、少し手を切って衰弱していたけど、ポーションを飲んで軽食を食べたら元気になった。12歳なのにクトネの服がピッタリだったのはツッコまないでおく。

 こってり絞られたコヨーテは大人しくなり、アルシェちゃんはずっと馬車の中で寝ていたシリカを抱っこして眠ってしまった。


 さーて、これで依頼は完了だな。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 


 集落に帰った俺たちを待っていたのは、アルシェちゃんに熱い抱擁をする集落長。そしてコヨーテの親父の鉄拳だった。

 コヨーテは吹き飛ばされて気を失い、俺たちに必死で頭を下げる親父さんを宥めると、コヨーテを引きずって帰って行った。後から聞いた話では、コヨーテは外出禁止になったらしい。

 俺たちは集落長の家に呼ばれた


「本当に、本当にありがとうございます!」

「いやいや、助かって本当に良かったです」

「そうですね……では、依頼完了の証書です。お納め下さい」

「ありがとうございます」


 依頼完了の証書。こいつをギルドに出せば報酬が貰える。

 等級アップに必要なポイントも入るし、お金も入る。

 今日は疲れたので明日出発するという話になり、宿を取ろうと言ったら、集落長がぜひ泊まってくれというので、お言葉に甘えることにした。

 そして夜、集落の人たちを招いてささやかな宴会が行われた。

 美味しい料理が山ほど並び、村で育てた仔牛の丸焼きや、村で採れた麦で作られたエールなどが振る舞われた。

 アルシェちゃんも、一眠りして起きたら元気になり、俺たちに精一杯のおもてなしをしてくれた。

 そして、俺の希望でコヨーテもこの宴会に呼んで貰った。

 怒られるようなことをしたとはいえ、コヨーテなりにアルシェちゃんを助けたかった気持ちはよくわかる。なので、怒られた後はしっかりと楽しんでもらおう。

 俺は仔牛の肉とエールをいただき、エールがなくなるたびに集落長が注いでくる。

 クトネは肉をガツガツ食べ、ルーシアはワインをチビチビ飲んでいた。

 そしてブリュンヒルデは、コヨーテとアルシェに懐かれていた。


「あの、銀色のお姉さん、お名前を教えてもらえませんか?」

『ブリュンヒルデです』

「ブリュンヒルデさん……改めて、わたしを助けていただいて、ありがとうございました」


 アルシェちゃんはブリュンヒルデにペコリと頭を下げる。

 コヨーテも一緒に頭を下げると、ブリュンヒルデは言った。


『それは違います。貴女を助けたのはコヨーテです。私はセンセイの命令で貴女たちを迎えに行っただけにすぎません』

「えと、その……はい」

「ぎ、銀色のねーちゃんが助けたことに変わりねーだろ!! オレは何も出来なかったし……」

『いえ。貴方の突撃があったからこそゴブリンを全て討伐できました。戦力としては期待していませんでしたが、作戦は素晴らしかったです』

「え………あ、ははは!! そ、そうだよな、へへへ、ありがとな銀色のねーちゃん!!」

『こちらも感謝します。コヨーテ』

「えへへ……なぁ銀色のねーちゃん、オレもねーちゃんみたいに強くなれるかな!!」

「あ、わたしもわたしも。ゴブリンなんかに負けないくらい強くなりたいです」

『鍛えれば可能です』

「へへへ、決めたぜねーちゃん!! オレ冒険者になる、ねーちゃんと一緒のクラン……いや、ねーちゃんよりも強くなって自分のクランを作る!!」

「わたしも、ブリュンヒルデみたいになりたいです!!」

『では、毎日の鍛錬をおすすめします』

「よーしアルシェ、明日から特訓だ!!」

「うん、コヨーテ!!」


 こりゃたまげた……ブリュンヒルデがあんなに懐かれるとは。

 洞窟にコヨーテとアルシェちゃんを助けに行かせたのは正解だったようだ。

 すると、俺の隣にルーシアが座った。


「ブリュンヒルデに洞窟前のことを言おうと思ったが……止めておこう」

「結果良ければ全て良し、か?」

「いや……コヨーテを止めなかったことが正しいとは思えない。だが、止めなかったからこそあの笑顔があったのかと思うと、文句を言うのもな」

「ま、俺はルーシアが正しいと思うぞ。ゴブリンがウジャウジャ湧き出す洞窟に子供1人で行かせるなんてあり得ないと思う。今回は結果が良かっただけで、1つでも間違っていたら、とんでもない結果になってた可能性だってあった……運が良かったんだよ」

「………そうだな」

「ああ。だからルーシア、これからもブリュンヒルデに遠慮なく怒鳴ってくれ。もちろん俺やクトネにもな」

「………ふ、そうしよう」


 俺はグラスを掲げるとルーシアはワイングラスを掲げ、静かに合わせた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日。

 出発準備を終えると、集落長や集落の人たちが見送りに来てくれた。

 中にはアルシェちゃんとコヨーテもいる。

 俺はクランリーダーとして、集落長に挨拶した。


「では、これで失礼します」

「はい。本当にありがとうございました。この集落にお立ち寄りいただく際は、精一杯のおもてなしをさせていただきます」

「ありがとうございます。では失礼します」


 馬車に乗り込み出発しようとすると、コヨーテとアルシェちゃんがブリュンヒルデの前に来た。


「ねーちゃん、ホントにありがとな!! オレ、強くなるから!!」

「わたしも、強くなります」

『はい。頑張って下さい。訓練は欠かさずに』

「「はい!!」」


 コヨーテとアルシェちゃんは、ブリュンヒルデに頭を下げる。

 俺とルーシアは顔を合わせて苦笑し、クトネは首を傾げた。

 そして馬車に乗り込み出発。御者はルーシアに任せる。

 コヨーテとアルシェちゃんはブンブン手を振り、ブリュンヒルデはそれを見えなくなるまで見つめていた。


「ブリュンヒルデ、あの2人に懐かれてたな」

『理解出来ません。どうしてあんなに質問攻めにされたのか……』

「ははは、あの2人はな、お前に感謝してるんだよ。だから懐かれたんだ」

『迎えに行くだけで感謝されたのですか?』

「迎えだけじゃない。お前、ゴブリンキングをあの2人の前で倒したんだろ? だったらそれは迎えじゃない、2人を守ったってことだ。だから感謝されたんだよ」

『…………』

「ま、そのうちわかるさ。きっとな」


 ゴブリンキングがブリュンヒルデにとってただの障害物、本来の目的であるコヨーテとアルシェちゃんの迎えの前の前座だったとしても、それがああの2人にとってはメインイベントだった。だから格好良くゴブリンキングを倒したブリュンヒルデが眩しく写ったんだろう。

 

「さて、ギルドに報告して報酬をもらおう。クトネ、その後は?」

「もちろん、フォーヴ王国に行くんですよね。フォーヴ王国まではいくつかの町と樹海を越えなくちゃ行けないんで、しっかり準備しなくちゃですね」

「ああ。まずは町に帰ろう……なんか疲れたわ」


 馬車は、ゴトゴト揺れながら町に向かう。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 これは、少し未来のお話。

 

 ブリュンヒルデに影響されたコヨーテとアルシェは、2人で冒険者になるべく修行を始めた。

 コヨーテは集落に立ち寄った冒険者に剣術を習い、アルシェは『光』属性の魔術特性があることが判明、独学で魔術を習得。


 2人は15歳で冒険者登録をしてクランを結成。

 ドブさらいやネズミ退治、薬草採取、ゴブリン退治と実績と経験を重ね、クランのメンバーは徐々に徐々に増えていく。

 後に2人は『陸王(りくおう)コヨーテ』、『輝きのアルシェ』と呼ばれるB級冒険者に成長する。そんな高みを目指すコヨーテとアルシェに惹かれる者、確かな実力を持つコヨーテに師事を求める者、可愛らしく可憐に成長したアルシェに惹かれる者と、いつの間にかクランは100人を越える大クランとなる。

 

 ある日、コヨーテとアルシェは何気なく聞かれた。

 『2人は、どうして冒険者になったのですか』と。

 2人は顔を合わせ、迷いなく答えた。


『あの銀色のねーちゃんが、すっげぇ格好良かったからかな』

『そうだね。わたし、女神様かと思っちゃった』



 これが後に伝説となるA級クラン、『銀の乙女』の創立秘話である。

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