第52話銀の乙女

 洞窟内に入ったコヨーテは、ゴブリンの集団が奥から来る足音と唸り声に驚き、近くにあった大きな岩陰に隠れた。

 すると、武装したゴブリンが集団で駆け抜けていく。その数は10や20じゃ利かない、30、40、50……まだ増える。

 もしかしたら、洞窟内部にいる全てのゴブリンが外へ出たのかも……コヨーテはそう判断し、ゴブリンたちが外へ出たのを確認して奥を目指す。

 

「………真っ暗だ。よし、こんな時のために」


 コヨーテは、落ちていた棒に着ていたシャツを巻き、ポケットに忍ばせておいた油の小瓶を振りかけ、火打ち石で火を付ける。洞窟探検用にいつも忍ばせている探検セットが役に立った。

 そして、父親から無断で拝借したナイフを鞘から抜く。


 セージたちには両親の許可を取ったと言ったがもちろんウソだ。

 帰ったらお仕置きは確定。外出も禁止されるだろうが構わない。大好きなアルシェを救えれば、自分はどうなっても構わないとさえ思っていた。

 冒険者たちには悪い事をしたと思う。作戦は聞いていたが、洞窟内にアルシェがいると考えたら、自然と身体が動いてしまったのだ。

 アルシェが攫われる瞬間、木の上で震えてるだけだったコヨーテ。


「もう、怖くない……」


 松明を掲げ、コヨーテは洞窟の奥へ進む。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 上半身裸、右手にはナイフ、左手に松明を持ったコヨーテは、ゴブリンに出会わず洞窟内を進んで行く。

 どうやら、洞窟内部にゴブリンはいない。

 可能性は低いと思っていたが、どうやら本当に全ゴブリンが外へ出たようだ。これも知能の低さ故なのか、コヨーテには幸運だった。

 そして、ほぼ一本道の通路を進んで行くと、奥が明るいことに気が付いた。


「………最深部」


 冒険者たちの話では、ブラックゴブリンとかいう召喚術士がいるはずだ。

 コヨーテはナイフを力強く握る。

 たいそうな名前が付いていても、ゴブリン1匹程度なら自分でも……コヨーテはそう考えた。

 コヨーテは松明の火を消し、最深部へ到着した。

 そして………。


「……………ある、しぇ」


 最深部は、半円形の空間になっていた。

 最奥には祭壇のような物が設置され、殺された家畜が供えられ、汚い文字のような物が壁や祭壇に書かれていた。文字の色は赤……家畜の血だ。

 祭壇だけやけに明るいと思ったが、どうやら洞窟の天井が開かれ、陽光が差しているせいだ。

 そんな祭壇の中央に、1人の少女が全裸で寝かされていた。

 少女の前に、真っ黒な顔をしたゴブリンがいた。

 この瞬間、コヨーテは爆発した。


「アルシェーーーーーーッ!!」

『ナニッ!?』

「この、ゴブリンんんんーーーーーーッ!!」


 黒いゴブリンが驚いたように振り向く。

 コヨーテは、ナイフを構えてブラックゴブリンに突撃。コヨーテの存在に気が付かなかったブラックゴブリンは、その肩にナイフを突き立てられた。


『グォォォォッ!?』

「この、バカヤローーーーッ!!」

『グガッ!?』


 コヨーテは、ナイフを突き立てて力の限りタックルした。

 ブラックゴブリンはもんどり打って倒れる。その隙にコヨーテは祭壇で横になるアルシェの元へ。


「アルシェ、アルシェ!! 目ぇ覚ませ、アルシェ!!」

「…………う、あ、あれ……こ、コヨーテ?」

「アルシェ………よかった」


 アルシェは、生きていた。

 コヨーテは怪我を確認するためアルシェの裸体を隅々まで確認する。

 好きな少女の裸体に赤面したが、右手の手のひらがナイフで斬りつけられ出血してるのを確認した。どうやら怪我はこれだけのようだ。

 コヨーテはハンカチを取り出し、怪我をした手に巻く。


「ごめん、アルシェ……ごめん」

「コヨーテ……ううん、ありがとう。助けに来てくれた……」

「アルシェ……うん」


 アルシェは身体を起こし、コヨーテを見つめる。

 コヨーテもアルシェを見つめ、アルシェがすっぽんぽんだということを思い出して赤面、顔を逸らす。

 アルシェも赤面して胸を隠した。


「よ、よし!! ここから脱出しよう!!」

「う、うん」


 コヨーテも上半身裸のため、アルシェに着てもらう服がないので我慢してもらう。

 2人はしっかりと手を繋ぎ、脱出しようと入口へ向かおうとして、ようやく気が付いた。


『逃ガスト思ウノカ……?』


 ブラックゴブリンが、立ちふさがった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 コヨーテはアルシェを庇うように前に立ち、ナイフがブラックゴブリンの肩に刺さったままにになってるのを見た。

 視線だけで左右を見回すが、武器になりそうな物はない。アルシェを助けるときに祭壇を見たが、あったのは供物らしき巨大な剣でコヨーテには使えそうになかった。

 つまり、完全な丸腰。

 ブラックゴブリンは肩のナイフを抜くと、ナイフは一瞬で炎に包まれて灰になった。


『小僧、楽に死ネルと思ウナヨ。貴様ハコノ私……イヤ、我ラガ『王』ノ獲物第一号ダ』

「我らの、王……?」

『ソウダ、クックク……ニンゲン共メ、儀式ヲ嗅ギツケタヨウダガ、モウ遅イ。儀式はスデニ成ッタ!! 我ラガ王ハココニ君臨スル!! ハッハッハッハッハ……ッハ、ハハハ……クハハハハッ!!』

「な、なんだ……」

「コヨーテ、怖い……っ」


 ブラックゴブリンが高笑いする。するとブラックゴブリンの身体がボコボコと音を立てて変化していった。

 コヨーテは、裸で抱きつくアルシェを守ろうとするが、たかが12歳の少年に何かが出来るほど強くない。抱きつくアルシェの手を握ることくらいしかできない。


『ハハ、ハハハッ!! オ、オォォォォォッ!!』


 ブラックゴブリンの身体が黒から白に変色する。

 子供のように小さかった身体は2メートルほどになり、一流戦士のような体付きに変化した。

 コヨーテは思い出す。馬車の中でクトネが言った言葉を。


「供物、処女の生き血………強い、ゴブリン」


 そう、ブラックゴブリンは自らの身体を依代にし、ゴブリンたちの王である『ゴブリンキング』を召喚したのだ。

 純白の筋骨隆々とした身体、ゴブリンとは思えない凜々しい表情。子供でもわかる、この存在は危険だと。

 そして、ブラックゴブリンとはまるで違う、流暢で逞しい声で言った。


「ふむ……久し振りの現世か」


 ゴブリンキングは首をコキコキ鳴らし、コヨーテたちを見た。

 それだけで、ビリビリした何かが2人の身体を叩く。そして、コヨーテの足はガクガク震え、アルシェはジョロジョロと失禁した。

 2人は、ついにその場でへたり込んだ。


「くくく……王の帰還だ、ゴブリンたちよ。我を滅ぼした人間共め……目にもの見せてやるわ!!」


 ゴブリンキングは祭壇の中央に刺さっている供物である大剣を注視する。

 ブラックゴブリンの記憶から、大体の知識は獲得している。あの武器は王である自分の武器で間違いないと。だが……その通路を、2人の少年と少女が邪魔をしていた。


「王の道を塞ぐ人間、万死に値する!!」


 ゴブリンキングは拳を握り、邪魔なコヨーテとアルシェを排除しようとした。

 アルシェは目をつぶり、コヨーテはアルシェを庇おうと押し倒すように抱きついた。

 コヨーテは、最後の最後までアルシェを守ろうと身体を張った。


「アルシェは、オレが守る……!!」

「コヨーテっ!!」


 ゴブリンキングの拳が幼い2人に迫る。

 そして。


『ははぁぁぁっ!!………っは? ぶげっ!?』


 何かが、コヨーテとアルシェの頭上をかすめていった。

 何かが、激突する音が響いた。

 何かが、目の前に立っていた。

 コヨーテとアルシェは、恐る恐る目を開いた。


『お怪我はありませんか?』


 そこにいたのは、銀色の少女・ブリュンヒルデだった。

 ブリュンヒルデの立ち位置はちょうど天井の陽光が射す場所で、コヨーテとアルシェの目の前にいるブリュンヒルデは、陽光でキラキラ輝いていた。

 こんな状況なのに、コヨーテとアルシェはブリュンヒルデから目が離せなかった。

 12歳の少年少女の感性でも、美し過ぎて目が離せないという現象が起きていた。

 それくらい、目の前の少女は銀色に輝いていた。


「…………」

「………き、れい」


 この光景を、コヨーテとアルシェは一生忘れないだろう。

 自分たちに手を差し伸べる、『銀の乙女』の存在を。

 すると、ブリュンヒルデの跳び蹴りを背中に喰らい吹き飛んだゴブリンキングが、祭壇にあった大剣を掴んで叫ぶ。


『貴様ァァァァァーーーーーーッ!! 舐めたマネをしおってぇぇぇぇっ!!』

『…………』


 ブリュンヒルデは、2人の脇をすり抜けて言った。

 2人に向けられた言葉ではないが、2人はしっかり聞いた。


『これより敵を排除します』


 ブリュンヒルデの背を、コヨーテとアルシェは見つめていた。

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