第41話ブリュンヒルデvsアルヴィート
時は、少し遡る。
俺とブリュンヒルデとクトネは、マジカライズ王国近郊で魔術の訓練を行っていた。
「ふぅぅぅ………大地の礫よ飛べ!! 『|石礫(ストーンバレット)』!!」
バシュッ………ガツッ。
野球ボールくらいの石が、小学生の全力投球みたいな速度で飛んで的に当たる。
魔術を習ってそこそこ日数が経過したが、今の俺にできる精一杯の威力だ。
「ふむむ、まぁまぁですね。気付いてると思いますが、速度も威力も上がってますよ」
「だな。ちょっと自信付いてきた」
俺はスタリオンのブラッシングをしてるブリュンヒルデに言う。
「おーいブリュンヒルデ、俺の魔術どうだった?」
『威力、速度共に危険度微。現在の威力ではG級モンスターの討伐も不可』
「………正直で助かるよ」
「ま、まぁまぁ。そこがブリュンヒルデさんのいいところじゃないですか」
というかブリュンヒルデ、こっち見て話せよ。
小休憩をするため、俺もスタリオンに近付いて優しくなでる。
「ははは、よしよし」
『ブルルルル……』
『センセイ、彼女は喜んでいます』
「お、マジで? ははは、ようやく俺にも慣れたか」
「あ、あたしはまだ怖いですけど……」
荷車からジュースの瓶を3本取り、俺たちは日差しを浴びながら休憩する。
「……ふぅ。平和だなぁ」
「ですね。ナハティガル理事長からも何もないし、こうして魔術訓練できますけど」
「ああ。内心ちょっと焦る……フォーヴ王国にも行きたいし、ホントに生徒たちがここに来るのかね?」
「ナハティガル理事長が言うんだから間違いありません!!」
「はいはい……それに、遺跡のこともなにもわからんし、こうして魔術習ってるだけ……はぁ」
あの白い通路は、いろいろ調べたけど何もなかった。
開くような予感はするから調べてはいるけど、何が足りないのかわからない。でも……来たるべき日がくれば開く、そんな気がしてならなかった。
あそこに眠ってる物は、間違いなく俺たちに必要だ。
これだけは確信してる。まるで、俺のチートがそう囁いているようだ。
「とにかく、やれることをやる。生徒たちを説得するし、フォーヴ王国にも行く。オストローデ王国の好きにさせてなるもんかよ。なぁブリュンヒ……」
『センセイ、この場から離れてください』
「え?」
ブリュンヒルデは、上空を見上げていた。
俺とクトネは顔を合わせ、ブリュンヒルデの視線の先を追う。
「……なんだ?」
「何か光ってますね……」
『危険度最大。緊急事態です。制限解除します』
「お、おいブリュンヒルデ」
ブリュンヒルデは『乙女神剣エクスカリヴァーン・アクセプト』を展開した。
ブリュンヒルデに注意しようと視線を逸らした瞬間だった。
「な……なんですか、あれ」
クトネの驚愕した声。
俺はもう一度上空に視線を移した。
「………え」
銀色の何かが、ブリュンヒルデに向かって飛来した。
ブリュンヒルデはエクスカリヴァーンで銀色の何かを正面から受け止め、そのまま思い切り剣を振って何かを弾き飛ばす。
俺たちはようやく、銀色の飛来物の正体を知った。
「こ、これって………ブリュンヒルデ、なのか?」
「も、もう1人の、ブリュンヒルデさん?」
それは、ブリュンヒルデそっくりの少女だった。
少女は、まるで精巧な作り物のような、完璧な造形をした人形のように見えた。
背中の中程まであるクセの付いた長い銀髪に真紅の瞳、美しつもあり機能重視な白銀の軽鎧を纏ったスタイル抜群の美少女だ。
ただ、背中にはジェットエンジン付きの戦闘機の翼みたいなのを背負っている。
ブリュンヒルデは言った。
『code07アルヴィートを確認。攻撃の理由を説明せよ』
『code04ブリュンヒルデを確認。攻撃の理由は簡単。貴女が……オストローデ王国の脅威となり得る存在であるから。だから破壊する!!』
こ、コード7って……まさか、この子も戦乙女型なのか?
いやでも、姿も鎧もそっくりだし……というか、なんで動いているんだ?
すると、アルヴィートと呼ばれた少女の両手にモザイク光が輝く。
『【乙女武装ブリテン・ザ・ウェポンズ】展開。武装No.1《高周波剣アロンダイト》。武装No.2《超高熱剣ガラティン》展開』
なんと、アルヴィートの両手には巨大なレーザーブレードが握られていた。
アルヴィートは背中のジェットエンジン付きウィングを噴射させ上空に舞い上がる。
『武装No.3《背部殲滅砲トリスタン》展開。個体名【戦乙女型・近接戦闘アンドロイドcode04ブリュンヒルデ】確認。破壊開始!!』
「ちょ、おいおい待て待て!!」
『センセイ、この場から離れてください。code07は止まりません』
ブリュンヒルデは巨大剣を構える。
『【乙女神剣エクスカリヴァーン・アクセプト】着装形態へ移行。【乙女剣エクスカリバー】・【女神剣カリヴァーン】展開。補助武装展開』
すると、ブリュンヒルデもエクスカリヴァーンを分解し、全身に装備させて双剣を握る。
俺は未だに事態が飲み込めなかった。なんで機能停止してるはずの戦乙女型アンドロイドが動いて、しかもオストローデ王国の脅威とか言ってるんだ。なんでブリュンヒルデを狙うんだ。
「せ、セージさんセージさん!! ここから離れましょう、危険です!!」
「あ、ああ……」
クトネがいつの間にか御者席に座っていた。
俺はブースターを噴射させて上空に舞い上がったブリュンヒルデを見送り、馬車に乗り込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車は人外の戦いから離れていく。
俺は事態を理解し始めたが、クトネはそう行かなかった。
「な、なんなんですかあのバケモノはッ!! あんな得体の知れない魔術……いえ、チート? わからない、ブリュンヒルデさんそっくりで……ああもうっ!!」
「落ち着けクトネ、あれは……ブリュンヒルデの姉妹機だ」
「は? 姉妹、き?」
「……ああ。ブリュンヒルデは人間じゃない。大昔に作られたアンドロイドなんだ」
「あんど、ろいど? 人間じゃない?……え?」
「とにかく、今はそう理解しとけ!!」
この世界に機械が存在しない以上、証明は難しい。
ブリュンヒルデにナイフを渡して、腕の皮膚でも引っぺがしてもらうか。そして「俺はサイボーグだ」と言えば信じるだろう。ってそんな状況じゃない。
「とにかく、なんなんだよアレは!! なんで戦乙女型アンドロイドが動いてるんだ!!」
「あ、あたしが知るわけないですよ」
くそ、つい叫んじまった。
馬車は人外の戦いから200メートルほど離れた場所で停車した。
とにかく、状況を……と思ったがそれどころじゃなかった。
馬車の真横にブリュンヒルデが墜落したからだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地面にクレーターが現れ、その中心にブリュンヒルデが倒れていた。
俺とクトネはギョッとしたが、ブリュンヒルデはすぐに起き上がる。
『センセイ、逃げてください』
「な……なら、お前も!!」
『不可能です。code07のターゲットは私です。一緒に行動すればセンセイも狙われます』
「でも!!」
すると、上空から銀色の少女が現れ、数メートル先に着陸した。
意外にも、声の張りに人間らしさがあった。
「無駄だよお姉ちゃん。お姉ちゃんのスペックじゃわたしを倒すことはできない」
『…………』
両手に剣、背中にはジェットエンジン付きウィング、両肩にキャノン砲を装備したアルヴィートだ。というか、なんだよこの武装は。めっちゃゴテゴテしてやがる。
「お姉ちゃんはcode04・近接戦闘に特化した個体だけどわたしは違う。わたしはcode07総合安定型。code01かからcode06までの戦闘データを反映した『戦乙女型』の最終兵器。この【乙女武装ブリテン・ザ・ウェポンズ】は全ての戦乙女型に搭載されたメインウェポンの完成形。code04ブリュンヒルデの勝利確率はゼロ。大人しく破壊されて?」
い、いきなりラスボス級の戦乙女型アンドロイドだ。
こういうのって、普通は最後に出てくるモンじゃないのか?
「な、なぁ……なんでブリュンヒルデを狙うんだ?」
俺は思いきって聞いた。
ぶっちゃけ怖い。でも、説得できれば争いを回避出来るかも。
するとアルヴィートは答えてくれた。
「そんなの決まってるよ。お姉ちゃんはこの世界では失われた技術の結晶。わたしがいるとはいえ、お姉ちゃんがオストローデ王国に牙を向けばタダじゃ済まない。オストローデ王国に仇なす者を排除するのがわたしの最優先プログラムだから、お姉ちゃんはここで壊さなきゃ」
「お、オストローデ王国って……なんでキミ、オストローデ王国に」
「決まってるよ。わたしを起こしてくれたのが、センセイだから。センセイはわたしにオストローデ王国を守って欲しいっていうから」
「え……せ、先生?」
「お姉ちゃんの《ヴァルキリーハーツ》と電子頭脳を破壊すればいい。センセイも褒めてくれる」
ワケがわからん。なんでここでオストローデ王国が出てくる?
それに、センセイって……誰のことだ?
「センセイはマジカライズ王国に来てる。ショウセイやアカネも来てる。みんなみんな、マジカライズ王国を倒すために頑張ってる」
「…………え、ま、待て!! 将星って中津川か!? 中津川と篠原がマジカライズ王国に来てるのか!?」
「うん。魔王を倒すためにみんな来てるよ。もう城に入ったんじゃない?」
「な………」
中津川たちが、マジカライズ王国に来てる。
そんなバカな。ナハティガル理事長からは何の情報も聞いていない。来るにしたって何かしらの情報が入るはずだ。オストローデ王国に密偵を放ったって言ってたし、戦争準備となればそれなりに動きがあるはず。
とにかく、中津川たちと話すチャンスだ。
「あ………」
『…………』
じゃあ、ブリュンヒルデは?
アルヴィートの狙いはブリュンヒルデ。ブリュンヒルを連れてマジカライズ王国へ向かえば……ダメだ。とんでもない惨事になる。こんな兵器の塊を連れて行けない。
じゃあ、ブリュンヒルデを見捨てるのか?
「あ、ああ……ぶ、ブリュンヒルデ」
『センセイ、行って下さい。ここは私がcode07を引き受けます』
「ば、バカ言うな……その、か、勝てるのか?」
『現在の私のスペックでは勝利は不可能。ですが時間を稼ぐことは可能です。センセイ、私はここで破壊されますが、本来の目的を果たして下さい』
「え……本来の、目的って」
手が、声が震えた。
ブリュンヒルデは、死ぬつもりだ。
いや、自身が破壊されることを許容した上で行動してる。
そして、いつもと変わらない機械音声で言った。
『センセイの最優先事項は、生徒たちを救うことです』
俺は、動けなかった。
マジカライズ王国に戻り中津川たちを説得するか、ブリュンヒルデを連れて逃げるか。
俺の最優先事項は、生徒たちを救う。
でも、ここでブリュンヒルデを見捨てるのが、正しい選択なのか。
「お話はおしまい。いくよお姉ちゃん、少しは抵抗してね」
『code07を敵機と認定。code04ブリュンヒルデ全能力を持って破壊します』
アルヴィートは再び上空へ、ブリュンヒルデも鎧のブースターを噴射させる。
俺は、聞いた。
「お世話になりました。センセイ」
ブリュンヒルデは、空高く舞い上がった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺はその場で動けなかった。
ここから離れたのであろう、一瞬の光が遠く離れていくのを見た。
「セージさんセージさん、行きましょう!! よくわかんないですけど、ブリュンヒルデさんがくれたチャンスなんですよね!? あの人がくれたモノを無駄にしちゃいけません!!」
「…………」
クトネが、涙をボロボロ零していた。
アルヴィートの会話の意味はわからないだろう。でも、ブリュンヒルデがもう戻らないということだけは理解出来たようだ。
「………そうだな、行かないと」
中津川たちを、止める。
俺がするべき事は、生徒たちを救うこと。
『はい、センセイ』
そう、そうだけど……そうじゃないんだ。
ブリュンヒルデは、俺をセンセイと呼んだ。
センセイなんだ。俺は、あの子のセンセイなんだ。
「クトネ、行くぞ」
「はいっ!!」
馬車に乗り、俺は手綱を握る。
「頼むスタリオン、全力で走ってくれ!!」
『ブルルルルルっ!!』
「よし、行きましょう!!……って、マジカライズ王国はこっちじゃないですよ!?」
「行くのはマジカライズ王国じゃない、あの地下遺跡だ!!」
「はぁっ!? な、なんで!?」
驚くクトネを無視し、俺はスタリオンに命令する。
ひたすら走れ、全力で走れと命令する。
「ブリュンヒルデは言った、生徒たちを救えって……なら、ブリュンヒルデを助けるのも俺の最優先事項だっ!!」
あの遺跡ならブリュンヒルデを救える。絶対に救ってみせる!!
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