第40話国落としと希望

 アルヴィートが消えた。

 だが、目の前にマジカライズ王国が見える以上、立ち止まるワケには行かない。

 アシュクロフト先生は、5人を集めて言う。


「アルヴィートのことは心配ありません。このまま予定通り行動します。いいですね」

「……アシュクロフト先生」

「なんですか、ナカツガワ」

「アルヴィートは一体、何者なんですか?」

「それは今この場で必要な情報ですか? 認識阻害を使っているとはいえ、敵国は目の前にあるのです。集中なさい」

「……はい。申し訳ありません」


 気になることは山ほどあったが、中津川は息を整える。

 アシュクロフト先生やアナスタシア先生はあくまで補助。全ての指示は自分たちが出さないといけない。

 

「ふぅ……朱音、兵士たちを指定の位置に移動させるように、各隊長たちに伝達。オレたちはマジカライズ王国内への侵入準備。それと時枝、下山さんに認識阻害を解かないようにもう一度言っておいて」

「わかったわ、将星」

「りょうかーい、勇者ショウセイくん♪」


 朱音と時枝は兵の元へ向かい、熊澤と羽山も中津川の元へ。


「おい中津川、アルヴィートはどうしたんだよ?」

「……わからない。いきなり様子が変わって」

「…………」

「ん? どうしたんだよ羽山」

「う~ん、ちょい気になってね……あのさ、アシュクロフト先生が『緊急停止コード』って言ってたのが気になって……まるで、ロボットを停止させるような」

「はぁ~? なにがロボットだよ、こんな馬車が走ってるような異世界に機械なんかあるわけねぇだろうが」

「……まぁ、そうだけどさ」

「…………」


 羽山と熊澤のやり取りを聞いていた中津川だが、羽山と同じ事を考えていた。

 アルヴィートの様子は、あきらかに人間ではなかった。

 点滅する目、機械音声のような声、そして魔力使わない何かが現れ、アルヴィートは一瞬で消え去った。


「……とにかく、オレたちは町へ行くぞ」

「おう」

「……了解」


 中津川は、朱音たちと合流してマジカライズ王国内へ侵入した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 マジカライズ王国内は、とても賑わっていた。

 冒険者や商人が町を歩き、露店が建ち並び、魔術学園の生徒が重そうな荷物を抱えて歩いている。

 中津川たちは、その光景を眺めながら話していた。


「……本当に、これが魔王の治める王国なのか?」

「確かに……普通の町にしか見えないわね」


 中津川と朱音は、周囲を見ながら歩く。

 

「平和だねぇ~……なんか、ふつーによさげな町じゃん」

「ったく、なに平和ボケしてんだよお前ら。オレらの任務は魔王の討伐だろ。のほほんとした裏がどんなにクセェかわかったモンじゃねぇ。シャキッとしろや」

「ぷふふ……熊澤くんに言われるなんてね」

「んだと羽山!!」


 5人は、ゆっくりと町を歩く。

 認識阻害のおかげで、5人の存在が認知されることはない。魔術学園でもある王城に難なく侵入し、ナハティガルの行方を捜していた。


「王城がそのまま学園になってるとは、魔術師の育成に力を入れてるんだな」

「そうね……どんな授業をしてるのか、かなり興味あるわ」

「じゃあさ、ここがオストローデ王国の領地になったら、朱音が管理すればいいじゃん。ヴァンホーテン国王やアシュクロフト先生に言えば、都合してくれるんじゃない?」

「む……」


 時枝の一言に、朱音の心が揺れた。

 自身も『|雷の魔女(エクレール・ウィッチ)』と呼ばれている『雷』属性に特化した魔術師なので、このマジカライズ王国が刻んできた魔術の歴史には非常に興味があった。


「2人とも、そこまで。どうやらここみたいだよ」


 中津川の一声に空気が変わる。

 朱音、時枝、熊澤、羽山の目が細くなる。実戦経験こそ少ないが、16歳の少年少女とは思えないくらい、戦闘用に意識を切り替えるスイッチを持っていた。

 到着したのは『元・謁見の間』で、現在は学園長室である。

 気になったのは、扉の前に誰もいないことだ。


「……けっこう人がいるな。6……いや、7人か」

「なぁ、オレらは見えてねぇはずだろ? なんかおかしくねぇか?」

「う~ん……下山ちゃんのチートはちゃんと発動してるけど」


 中津川が室内を分析し、熊澤と時枝が首を傾げる。

 だが、目的地が目の前なのだ。ここで立ち止まるわけにはいかない。


「羽山、頼むよ」

「はいは~い、じゃあみんな、わたしにお任せね~」


 羽山が木製のドアに手を触れると、ドアには水面のような波紋が広がる。

 そのまま羽山はドアを開けることなく潜り抜ける。まるで水面に投げられた石のように。当然ながら、身体が濡れることはない。

 羽山に続き4人はドアを潜り……見た。


「………なるほど、ね」


 中津川は苦笑した。

 何故なら、学園長室には6人の騎士がいた。

 全員が、闘志を漲らせ中津川たちを注視している……間違いなく、見えていた。


「下山さん、認識阻害を外してくれ」


 中津川たちは、ナハティガル理事長とルーシア達の前に姿を現した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 玉座に座る美しい女性、全身甲冑の黒騎士、黒い鎧を装備した騎士が5人。

 中津川は、玉座に座る女性が『夜の女王ナハティガル』と瞬時に看破した。


「初めまして。オレたちはオストローデ王国から来た『勇者一行』です」


 朱音たちを抑え、中津川は一礼する。

 敵であってもこの国を治めてる魔王である。穏便に済ませたいというのが中津川の本音で、生徒たちの手前強気で言っていたが、争いはしたくないのが本音だった。

 だが、ナハティガル理事長はクスクス笑う。


「勇者、勇者といったか……クックック、許可無くわらわの国に、王城に侵入した小僧どもが勇者とな。片腹痛いわ」

「……仰るとおりです。無駄な争いを避けるため、このような手段になってしまったのは申し訳なく思います」

「……ふむ、なかなか冷静で頭も回りそうじゃの」


 ナハティガル理事長は、中津川に向かって微笑む。

 朱音たちは中津川に任せたのか、何も言わない。


「用件を言わせて頂きます………全面降伏を。このマジカライズ王国を解放し、オストローデ王国の統制下に」

「愚問」


 中津川の話は途中で切られた。

 だが、中津川は軽く息を吐き、憐れむようにナハティガル理事長を見る。


「お願いします。王様の前や仲間の前では過激なことも言いましたけど……余計な争いはしたくない。この町を混乱に陥れたくないんです。あなたが降伏し、オストローデ王国の統制下に下るだけでいいんです。それだけでいいんです」

「……そして、強力な魔術を扱う魔術師たちを使い、強化魔導兵士を作る材料を手に入れるというわけじゃの。フォーヴ王国の奴隷もそうだが、あそこはまだ『人間』という存在を多少は容認していた。だが……オストローデ王国はそれ以下、人間なんて補充の利く道具程度にしか見ておらん。そんなクソ国家の下につき、定期的に材料を提供しろと?」


 ナハティガルの返答に、中津川は眉をひそめる。


「………貴女が何を言ってるのか理解出来ないが」

「ああそうか、おぬしたちも道具だったのう。こんな話をしても無駄というわけか」

「………仕方ない」


 中津川は一歩前に出て右手をかざす。

 すると、右手に光が収束し、1本の美しい|長剣(ロングソード)が現れた。


「力尽くで、従わせます」


 中津川の殺気が室内を満たす。

 熊沢は「待ってました」と言わんばかりに両手を打ち付け、朱音は「やはりこうなったか」という表情で右手から黄金の雷をバチバチ放電させる。時枝は手をスナップさせ、羽山はニヤリと笑う。

 ルーシアは剣を抜き、中津川に突き付ける。


『来るぞ!!』


 謁見の間で、戦いが始まった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 異世界召喚された子供たちは、全員がチート持ちだ。


「おぉぉぉぉぉぉっ!!」

「ん? あんた、もしかして……」


 熊澤真之介に向かって突っ込んでくるのは、鎧を脱ぎ捨て上半身裸になったグロンだ。

 グロンは、ナハティガル理事長を守るためなら相手が子供だろうと容赦しない。力を込めれば岩をも砕き、締めれば鎧ともなる筋肉を膨張させ、渾身のストレートをおみまいした。

 だが、熊澤はピクリとも動かない。

 薄く微笑み、グロンの拳をモロに喰らった。


「ぬぅ……ぐ、がぁぁぁぁっ!?」


 次の瞬間、グロンの拳が砕け散った。

 熊澤の顔面は当然ながら無傷。熊澤は顔をポリポリと掻いた。


「オレと同タイプか。ま、大したことねぇな」


********************

【名前】 熊澤真之介 異世界人

【チート】 『|鋼の戦士(メタルソルジャー)』 レベル88

 ○筋力増加 レベル88

 ○肉体強化 レベル95

 ○体力増加 レベル85

 ○肉体硬化 レベル82


 ○固有武器・《轟拳タイラントフィスト》

********************


 右手を押さえ蹲るグロンの前に熊澤は立つ。


「ま、オレのが強ぇってこっ……だぁっ!!」

「ぶごっ!?」


 熊澤の両手に、鋼のグローブが装着された。

 そして、圧倒的な腕力を持ってグロンの顎にアッパーを叩き込み宙に浮かせ、落下してきたグロンの身体に恐るべき量のラッシュを叩き込む。


「うらららららららららららららららららららーーーーーーッ!」


 グロンはすでに意識を手放していた。

 そして、ボコボコにされたグロンに向かい、熊澤は渾身の右ストレートを叩き込んだ。


「吹っ飛べゴラァぁぁぁッ!!」


 砲弾のような速度で吹っ飛んだグロンは、謁見の間の壁にめり込んで動かなくなった。

 熊澤は、つまらなそうに呟いた。


「へ……楽勝らくしょっおおっ!?」


 ガッツポーズを取る熊澤は、いきなりの轟音に驚き思わず体制を崩していた。

 何事かと思い音の方を見ると、そこにいたのは篠原朱音だ。


「うわー………相変わらず容赦ねぇなぁー……オレのがずいぶん優しいぜ」


 凍り付くような冷たい目をした少女、篠原朱音。

 彼女の足下には、黒焦げになった肉塊が3つ転がっていた。

 その肉塊が、騎士ラッツ、騎士アラト、騎士ユーラだと判別するのは不可能。当然ながら既に事切れていた。


「終わったわ、そっちは?」

「お、おう、終わったぜ」

「じゃあ残りは………終わったようね」


 時枝の足下には、騎士トマトが宙に浮いていた。

 正確には浮いているのではない。目に見えない極細の鋼糸で吊られているのだ。

 もちろん、すでに息はない。


「おいおい、騎士ってこんな程度かよ」

「ま、あたしたちが強すぎるのよ。あとは……」

「みんな、おわったぁ~? まったく、ドンドン騒ぐから音漏れしないようにするの大変なんだからね~?」

「おう、サンキューな羽山。オメーの空間も便利だよなぁ」


 朱音を除いた3人は談笑を始め、朱音は中津川の戦い……いや、戦いにすらなっていない。

 鎧を砕かれ、顔が剝き出しになったルーシアは、膝を付いて蹲っていた。


「女の人だったんですね……」

「ぐ……貴様、本当に人間なのか……!!」

「申し訳ありません。オレたち、負けられないんです」


 ルーシアは、己の内に眠る『|理不尽な力(チート)』が、目の前の少年に通じないことにショックを受けたが、それ以上にこの少年が全く本気でないことにショックを受けた。この少年にとって、自分など敵ですらない。目の前にいたから倒した、それだけ。

 少年の背後では、可愛い部下が全滅していた。

 壁にめり込むグロン。黒焦げとなったラッツ、アラト、ユーラ。宙づりになってるトマト。

 勝ち目が薄いのはわかっていた。だが、騎士としてのプライドが引くことを赦さなかった。


 そもそも、こんなに早くオストローデ王国が攻めてくることは想定外だった。

 セージとナハティガルが出会ってから2ヶ月も経っていない。何もかも準備不足で、ナハティガルの守りだけは整えていた状態での奇襲だった。

 

「………」


 ルーシアは、必死に活路を探す。

 せめて、ナハティガル理事長だけは守らなければ……。


「もうよい、わらわの負けじゃ……この身、好きにするがよい」

「な……ッ!! ナハティガル理事長!?」

「すまぬルーシア。わらわも戦いたいが……もう、魔力が殆ど練れんのじゃ」

「え………」


 ナハティガルは、中津川に言う。


「マジカライズ王国は、オストローデ王国の統制下に入ろう。お前たちに言っても無駄だと思うが……どうか、民たちを頼む」

「もちろんです。貴女の身柄は一時預かりますが、すぐにどうにかなるわけじゃない。オストローデ王国の文官を派遣し、これからのことを話し合うことになるでしょう」

「…………うむ」

「そんな、そんな……ナハティガル理事長!!」


 ナハティガルは、ルーシアに優しく言った。


「すまんなルーシア」

「え……?」

「お前は、行け」


 次の瞬間、ルーシアの足下に白銀の魔方陣が広がった。


「な、何を!!」

「さらばじゃ、ルーシア!!」

「ナハティガル理事ちょ……」


 ルーシアの身体は、魔方陣に吸い込まれるように消え去った。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 朱音は魔力を漲らせ、ナハティガルに言う。


「今のは転移魔術。貴女、あの人をどこへやったの?」

「さぁのう……むっぐ!!」

「もういいわ。この国は落ちた、それでいい」


 朱音は、ナハティガルの喉に魔術を掛け、一切喋れないようにした。

 そして、羽山に言う。


「羽山さん、アナスタシア先生に連絡を。後始末と今後のことは大人達に任せて、私たちは帰りましょう」

「はいはーい。それより、あたしの空間に穴を開けるなんて、その人すっごいね。さっすが魔王様!」

「へへへ、これでマジカライズ王国はオストローデ王国に落ちた!! 残り魔王は6人だぜ」

「そうね。犠牲も最小限で済んだし、好スタートじゃん」

「でも、今回は楽勝だったけど、他の魔王はそうはいかない。油断せずにいこう」

「へいへい。中津川は真面目だぜ……」


 ナハティガルは喉に魔術をかけられただけで、拘束らしい拘束はされていない。その気になれば逃げられるかもしれない。だが、国王として国民を見捨てて逃げる事はできなかった。

 ルーシアを逃がしたのは、ほんの僅かな希望。

 

「…………」


 そういえば、この少年少女たちにセージのことを伝えていなかった。

 もし、セージのことを言えば、この少年はどんな顔をするだろうか。

 ナハティガルは、苦笑する。

 セージの事を言わなかったのは、ちょっとした嫌がらせだ。戦う前に言ったとしても、この少年達は信じなかっただろう。だが、心に希望という光を灯す可能性はある。

 これだけ好き勝手やられてナハティガルは面白いわけはない。それなのに、この少年少女が希望を持つというのは何とも許しがたいことだった。

 

「…………」


 ルーシア、あとは頼んだ……ナハティガルはそう思った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ルーシアは1人、マジカライズ王国近郊の森で倒れていた。


「う………」


 身体を起こし、自身の状態を確認する。

 剣は折れ、鎧は砕かれ、少なくない傷を負っている。

 だが、生きている。


「………ナハティガル理事長」


 今、あの場に戻っても捕まるだけ。

 ナハティガルがルーシアを逃がした理由。ルーシアは正確に理解していた。


「………必ず、必ず戻ります」


 ルーシアは立ち上がり、拳を握る。

 向かうべき場所は、決まっていた。

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