第39話プログラムされた感情

 オストローデ王国・アシュクロフトの執務室にて。

 シンプルで機能性を重視した飾り気のないデスクには、騎士団の予算案件や新入隊員のデータ、隊員編成についての意見書などが細かく小分けされ並べられている。

 アシュクロフトはそれらに目を通しながら、執務室のソファに寝転がる1人の少女に視線を送る。


「アルヴィート、生徒のみなさんと仲良くやれてますか?」


 ソファを占領し寝転がる少女ことアルヴィートは、センセイであるアシュクロフトの声に身体を起こす。


「うん!! あのねセンセイ、みんなわたしにいろんなことを教えてくれるの!! ショウセイやアカネは『愛』しあっててね……う~ん、でも愛ってよく理解出来ない」

「……愛とは、人間を理解する上で最も大事な感情です。よく学びなさい」

「はい、センセイ!!」

「それと、あなたの使命も忘れずに」

「もちろん!! わたしの最優先プログラムだもん。センセイがわたしにくれた、わたしの宝物!!」

「その通りです。ではアルヴィート、あなたの使命を言いなさい」

「うん!!」


 アルヴィートは立ち上がり、ビシッと手を上げた。


「わたしの最優先プログラムは、オストローデ王国に仇なす者を排除することです!!」


 無邪気な笑みとともにアルヴィートは言う。

 それが彼女の存在理由であり、大好きなセンセイが望むこと。

 アシュクロフトは、満足そうに微笑んだ。


 これが『戦乙女型アンドロイドcode07アルヴィート』だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 マジカライズ王国への進軍準備はほぼ整い、生徒たちは教室に集められた。

 教壇にはアシュクロフト先生とアナスタシア先生が立つ。


「皆さん、明日はいよいよ出兵です。そして、皆さんの戦いの始まりでもあります」


 教室には闘志が満ちている。誰1人として怖じ気づく者はおらず、その自信が個々の実力の表れでもあった。

 

「ここで改めて説明します」


 マジカライズ王国への出兵目的。

 それはこの世界に7人存在する魔王の1人、『|夜の女王(ニュクス・クィーン)ナハティガル』の討伐であり、悪しき魔王からマジカライズ王国の住民を解放する戦いである。


 オストローデ王国からの兵の数は3000。普通に考えればかなり少ないが、1人1人が強力な『改造魔導兵士』であり、通常の魔術師10人分の魔力に騎士団10人分の腕力と剣技を持つ。もちろん生徒達は改造魔導兵士の正体を知らず、オストローデ王国が誇る最強の実戦部隊としか聞いていない。


 少数精鋭で国を落とす。

 それが可能なのは、生徒たちのチートがあり得ない成長をしてるからである。

 まず、生徒の1人のチートで3000人の兵士に『認識阻害』を掛け、その存在そのものを互い同士でしか感知できないようにする。

 奇しくも、これはミノタウロスのいた古代遺跡で、セージたちの班にいた下山美土里の能力であった。


 そして、オストローデ王国に潜伏していたマジカライズ王国の密偵は全て始末された。これも超索敵探知能力を持つ生徒の|只見裕太(ただみゆうた)が、常にオストローデ王国全域に網を張っているおかげで、オストローデ王国からの出兵や情報が漏れることはなかった、


 3000人と中津川たち選抜メンバー5人、そして生徒の約半数。不測の事態に対するため、アシュクロフトとアナスタシアが同行する。

 残りの生徒はオストローデ王国で待機という編成だ。

 中津川たちを除いた生徒は25人。そこから10人を連れて行くことになっているが、その選抜は中津川たちに一任され、5人で相談しながら選んだ。

 

 マジカライズ王国奪還作戦。

 作戦はシンプル。必要最低限の犠牲でナハティガルを倒し、国を解放する。

 マジカライズ王国への入場門は3つ。認識阻害を掛けたまま1000人ずつ配置。その後、中津川たち主要メンバー5人が王国内へ侵入。王城を目指し、ナハティガルを討伐するという作戦だ。

 こんなシンプルな作戦なのも、マジカライズ王国の防御が脆弱であるからであり、生徒たちのチートがとてつもなく優れているからである。

 それに、マジカライズ王国はフォーヴ王国との同盟を結べなかった。

 これはチャンスであり、ナハティガルのミスであった。

 この機会を逃すわけにはいかない。魔王の1人を討伐するチャンスである。


 出兵は2日後。生徒たちの魔王討伐が始まった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 2日後。中津川率いる3000の兵士と、14人のチート持ち、アルヴィート、アシュクロフト先生、アナスタシア先生のマジカライズ王国奪還部隊は出発した。

 派手な出発の儀式などない出発だった。

 3000の兵士達の動きは洗練され、まるでロボットのように統率された動きだったが、そのことについて不信感を抱く者はいなかったし、生徒たちもこれが当たり前だと認識していた。

 認識阻害のおかげでモンスターはもちろん、すれ違う人間ですら気付かない。

 馬に跨がり先頭を進む中津川は、隣にいるアシュクロフト先生に聞く。


「アシュクロフト先生、魔王ナハティガルは……」

「はい。討伐といいましたが生け捕りで。城内は騎士団により守りが固められているでしょうが、あなた方なら問題ないでしょう」

「はい。それと……」

「もちろん、無益な殺生はせぬように。手を掛けるのは覚悟のある者だけです」

「わかってます」


 魔王討伐という話だが、城に乗り込んでナハティガルを殺害するわけではない。

 まず、認識阻害をかけてマジカライズ王国へ侵入。そのままナハティガルの元へ向かい交渉を行うことが目的だ。兵士達はそれぞれ入場門の3つを固め、ナハティガルに脅しを掛ける。

「オストローデ王国に屈服しろ、さもなくば入場門に待機させている3000人の強化魔導兵士を解き放つ」と言えば、国を思う魔王なら従うはずだ。

 戦いは、あくまでも最終手段。

 騎士団の抵抗程度は考えているが、5人なら何の問題もないだろう。


「国民に罪はありません。王であるナハティガルを無力化すればいい」


 その後、ナハティガルを利用して宣言させる。「マジカライズ王国はオストローデ王国と同盟を結ぶ」と。その後は、オストローデ王国主導で国を動かせばいい。


「アシュクロフト先生、オレはやります。魔王を倒して、この世界を救います」

「………ええ、貴方ならできますよ」

「はい!!」


 中津川将星は、力強く返事をした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 マジカライズ王国の目前で、想定外の事態は起きた。

 馬に乗るアシュクロフト先生の隣を歩いていたアルヴィートの一言が、想定外の事態の始まりだった。


「センセイ、わたしの最優先プログラムは、オストローデ王国に仇なす者を倒すこと、だよね?」

「ええ、その通りです。そのために貴女は生まれたのですから」

「うん!! あのね、少し気になることがあるの」

「……なんでしょう?」


 アシュクロフト先生は眉をひそめ、中津川も首を傾げる。

 アルヴィートは、冷たい笑みを浮かべた。


「仇なす者の気配。|お姉ちゃん(・・・・・)の気配がする」


 突如、アルヴィートの気配が変わった。

 アシュクロフト先生の口から、「チッ」と音がした。


「アルヴィート、落ち着きなさい!!」

『メインウェポンの使用許可申請。オストローデ王国に仇なす可能性がある敵機を感知。これは最優先プログラムです。マスターの許可を必要としない単独行動を実行』

「あ、アルヴィート……? どうしたんだい?」


 アルヴィートの瞳が赤く点滅していた。カチカチと、まるでランプのように。

 異常を察知したのか、後方からアナスタシア先生も来た。

 だが、もう遅かった。


『敵成体アンドロイドを感知。個体名【戦乙女型・近接戦闘アンドロイドcode04ブリュンヒルデ】確認。敵機はオストローデ王国に仇なす可能性を秘めた危険度最大の個体と確認』

「アシュクロフト、これは……っ!!」

「まずい、暴走です!! アナスタシア、緊急停止コードを!!」


 中津川は、何が起きてるか理解出来なかった。

 アシュクロフト先生とアナスタシア先生が何かを言い、アルヴィートに向けて何かをしようとしているのを見た。その騒ぎは伝達し、中津川の周りには朱音や熊澤たちも集まる。


「将星!! これはなんの騒ぎ!!」

「わ、わからない、アルヴィートが……」


 そして、アルヴィートは動く。


『位置捕捉。メインウェポン使用可。【乙女武装ブリテン・ザ・ウェポンズ】展開』


 突如、モザイクのような光がアルヴィートを包む。

 その光景に驚愕する間もなく地面が爆発。アルヴィートの姿は消えた。


 国落としとアンドロイドの戦いは、間もなく始まる。

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