第38話アルヴィート

 時間は少し遡り、オストローデ王国にて。

 マジカライズ王国への遠征が決まり、生徒たちは更に力を付けるべく訓練に明け暮れていた。

 そのおかげなのか、戦闘チームの個々の実力はA級冒険者を遥かに上回るレベル、支援チームもチートのレベルを伸ばしていた。

 そして訓練所では、二人の剣士が王国支給の鉄剣で打ち合いをしていた。


「はァァァッ‼」

「·········」


 一人は、クラス最強であり『光の勇者』と呼ばれている少年・中津川将星。

 もう一人は、涼しい顔で中津川の剣を捌く少女・アルヴィート。

 中津川の剣筋は超一流レベルと言っても過言ではない。だがアルヴィートはその剣を躱し、受け流し、捌く。

 もちろんチートは使わず、剣技と体術のみであるが、中津川は内心で驚愕していた。


 まさか、自分の剣にこれほど付いてくるとは。


 もちろん、アルヴィートを侮ってるわけではない。

 輝く銀色の髪をなびかせ、柔らかな微笑みを浮かべながら剣を振るうアルヴィート。

 美しく、戦姫の名に相応しいと中津川は思う。

 そして、決着の瞬間。


「シッ‼」

「はっ‼


 互いの剣が交差し、互いの首に切っ先が届く寸前で止める。

 つまり、引き分けだった。

 二人は、ゆっくりと剣を引き······中津川は苦笑した。


「今日も引き分け、だね」

「ふふ、そうだね」


 アルヴィートは、華のような笑みを浮かべた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 中津川とアルヴィートは、訓練所の壁に寄りかかり話をしていた。


「それにしても、アルヴィートはかなり強いね。さすがオストローデ王国最強の戦士だ」

「えへへ、ありがと、ショウセイ」

「うん。というか······今までどこにいたんだい? 城の中では見たことなかったし、任務とか?」

「ううん、ずっと寝てた。いろいろあったのよ」

「ふーん、もう大丈夫なのかい?」

「うん。とりあえずはね。まだ完全じゃないけど、問題ないよ」

「そっか······」


 ふと、会話が途切れる。

 この訓練所には中津川とアルヴィートしかいない。二人の訓練は実戦形式で派手になるので、巻き添えを食らわないようにとアシュクロフトが立ち入りを禁止していた。  

 この訓練所を使用できるのは、選ばれた生徒たちだけ。


「あ、いたわね」

「朱音、来たのかい」

「こんにちは、アカネ」

「こんにちはアルヴィート、それと将星·······」

「な、なに? 朱音」

「うぅん別に? アルヴィートと二人きりのところを邪魔して悪いなーって思って」

「な······何言ってるんだよ‼ アルヴィートはそんなんじゃないし、オレには君がいるだろ‼」

「······っ、ま、まぁわかってるならいいわ」


 中津川と朱音は顔を赤くして反らす。するとアルヴィートは二人の顔を交互に見た。

 

「二人は、『愛し合ってる』んだよね? それってどんな感情なの? 『愛』ってなに?」

「あ、愛って、ええと······朱音、任せた」

「ええっ⁉ そ、そんなこと言われても」

「データでは『お互いを思い合う』とか、『交尾する』とかなんだけど。交尾は二人でしてたよね? それってどういう気持ち? 交尾は子孫繁栄の行為だよね? それが愛に繋がるの?」

「ちょ、ああ、アルヴィート⁉ こ、交尾って」

「夜に二人でしてたよね? お互いの着衣を脱がして、ショウセイがアカネの」

「ストップ、ストップ‼」


 朱音はアルヴィートの口を塞ぎ、中津川は頭を抱える。

 このアルヴィートという銀髪の少女は、何も知らない子供のようだった。

 知らないことがあると、内容に関わらず近くの相手に質問責めにして困らせることは日常茶飯事。

 純粋無垢で、何も知らない子供のようだ。


「あのね、センセイが言ってたの。おもしろいことや知らないことは、みんなから聞けって。わたし、知らないこといっぱい、いっぱいあるの。だから教えてほしいの」

「ちょ、アルヴィート」


 アルヴィートは、朱音にグイッと近づき顔を寄せる。

 美しい銀髪、ルビーのような瞳、あまりにも整いすぎた容姿が朱音の眼前に迫り、女同士なのに朱音の心臓は高鳴る。

 すると、助け舟というわけではないが、こちらに来る数人の生徒たちがいた。


「おーい、何してんだよお前ら、ずいぶんと楽しそうじゃねーか」


 ニヤニヤしながらポケットに手を突っ込んで来たのは熊澤真之介。元ボクシング部のエースで、クラス最強の一人である。

 逆だった短い金髪に、鍛え上げられた身体はその実力の高さを物語っている。


「アルヴィート、まーた中津川くんに迫ってるじゃん? いや〜勇者サマはハーレムを目指すのかな?」


 からかうような喋り方をしたのは時枝つばめ。

 元体操部であり、同じくクラス最強の一人である。

 ミディアムヘアを揺らし、スレンダーで柔らかそうな身体つき、だが弱さは微塵も感じられない。


「ハーレム······なるほど、やっぱり中津川くんは勇者のテンプレであるハーレムを目指すのね‼ 朱音ちゃんはすでに食べたし、次はアルヴィートちゃん、そしてつばめちゃん、そしてそして、わたし、わたしも······っきゃぁーーっ‼」


 妄想にふけり、身体をくねらせるのは羽山銀子。

 洒落っ気のない長い髪を振り回し、豊満な胸を揺らしながら一人騒いでる。

 慣れたもので、誰も反応していなかった。


 中津川将星。篠原朱音。熊澤真之介。時枝つばめ。羽山銀子。

 30人の中で最強の5人であり、マジカライズ王国遠征の主力メンバーである。

 訓練所の壁際は、いつの間にか賑わっていた。

 最近の話題はもちろん、決まっている。


「オレらの初陣か·····へへ、腕が鳴るぜ」

「魔術師の王国マジカライズか。確かに、油断はできないな」

「なに言ってんだよ中津川‼ この世界を魔王から守るのがオレらの使命だ‼ 全ての魔王を倒してオレらは帰るんだ‼」

「わかってるよ、熊澤。ただし、無益な殺生は駄目だ」

「へいへい。手を出すのは『歯向かう者と敵意を向ける者と魔王だけ』だろ。耳タコだっての」

「うん。遠征までもう少しだ、少しでも強く鍛えないとね」


 中津川の真面目っぷりに、熊澤は舌を出して渋い顔をした。この中で唯一の男子である中津川とは、自然と距離が縮まっていた。

 女子は女子で会話をしている。


「みんな、レベルはちゃんとあげてる?」

「もっちよもち。朱音こそ、中津川くんとイチャついてるせいで上がってないんじゃないの~?」

「な、バカ言わないでよ、つばめ。それとこれとは話が違うわ」

「くふふ……勇者ハーレムの正妻」

「銀子、あなたもワケ分からないこと言わないの。怒るわよ」

「うっひ、朱音ってばカリカリしないでよ。ねぇアルヴィート」

「アカネ、怒ってるの? なんで怒ってるの? ショウセイと交尾して愛し合ってるんでしょ? どうして怒るの?」

「ちょ、アルヴィート!!」

「?」

「わぉ、交尾って……マジ?」

「うっさい!! アルヴィート、その話は終わり!!」

「うん、わかった」


 純粋無垢な少女アルヴィートは、みんなの癒しでありちょっと困った存在だった。

 知らない、気になることにはどんなことでも首を突っ込み、中でも人間の感情に興味を持っていた。

 特に、中津川と篠原にはよくくっついていた。2人が愛し合っていることを聞き、その感情について学ぶためである。

 中津川としては、こんなに可愛い少女が無防備に踏み込んでくるのに頭を悩ませていた。

 部屋に戻ると何故か全裸でいたり、気が付くと部屋の隅で蹲って中津川をジッと観察していたりと、とにかく突然現れては疑問や質問を投げかけてくる。

 それに、アルヴィートは今回の遠征に連れて行く命令だ。

 確かに、剣士としてはかなりの力を持つ少女だが、中津川は思った。


「…………」

「なに、ショウセイ?」

「アルヴィート、今回の遠征……キミはホントに一緒に行く気なのかい?」

「もちろん。だってセンセイの命令だし」

「センセイって、アシュクロフト先生?」

「うん。わたしを起こしてくれたセンセイ。わたしの大事なセンセイだよ」

「確かにキミは強いけど……あくまで剣士としてだ。オレたちみたいに『チート』がないと、戦いには不利かもしれない」


 アルヴィートは、チートを持っていない。

 もしアルヴィートと全力で戦っても、中津川は絶対に勝てると踏んでいる。なぜなら自分には固有武器もあるし、強化した光魔術や切り札もある。

 だが、アルヴィートは笑っていた。


「心配しなくていいよ。わたし、とっておきの武器があるんだから」


 その返答に、中津川だけでなく全員が首を傾げた。

 アルヴィートは立ち上がり手を伸ばす。


「………あ、センセイの許可がないと使えないんだった」

「ぷ、なによそれ」

「オメー、ホントにそんなのあるのかよ?」


 時枝と熊澤のツッコミに、アルヴィートはケラケラ笑う。

 このメンツなら、どんな敵でも勝てる。中津川だけじゃなく、全員がそう思っていた。

 

 遠征までもう間もなくの日の午後の時間。6人は笑い合った。

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