第37話聞きたくない

 いろいろあって頭が混乱しているが、この人がナハティガル理事長なら話は早い。頭を切り換える。

 ナハティガル理事長は、俺に言う。


「まず、おぬしがオストローデ王国より召喚された人間というのは事実かの?」

「本当です。ウソじゃありません」

「ふむ、ならば、まずはわらわの質問に答えておくれ。その後、おぬしの聞きたいことに答えよう」

「……わかりました」


 目を合わせてわかったが、この人は柔らかく受け止めるような眼差しでありながら、その奥にある深い部分を見せないような……よくわからんが、只者じゃない。

 俺は、ナハティガル理事長の質問に正直に答える。

 召喚された場所、召喚した人物、そして生徒達の年齢や人数、オストローデ王国で何をしていたか、訓練の内容や騎士達の様子、町の様子などを詳しく話す。 

 そして、俺がここにいる理由。

 ブリュンヒルデのことや、俺の持つチート能力などを話した。


「ふむ……なるほど、やはりヴァンホーテンめ、大陸統一を諦めておらなんだ」

「……どういうことですか」

「そのままの意味じゃ。ヴァンホーテンの目的は、このアストロ大陸の統一じゃ。おぬしたち異世界人は、オストローデ王国の戦力として召喚されたのじゃよ」

「……間違いないん、ですね?」

「うむ、間違いない。ヴァンホーテンの野心は魔王と呼ばれている我々8人の中でも突出しておった。過去にも、異世界人には強いチートが宿るという言い伝えを信じ、無茶な異世界召喚魔術に手を出しておった……結果は失敗続き、召喚に失敗した魔術師は反動で死に続けたが、それでもヴァンホーテンは止めなかった。どうしてあんなに大陸統一をしようとしたのかはわからんがのぅ」

「……じゃあ、召喚された生徒たちは」

「間違いなく、オストローデ王国の都合のいい道具じゃの。創られた歴史を刷り込まれ、親身になって世話をし、豪遊させ、女と男をあてがい、鍛え育て上げる………立派な兵器の誕生じゃ」

「………く」


 これで、俺の中では決定した。

 オストローデ王国は生徒たちを戦闘マシンとして使うつもりだ。

 ダメだ、思い当たるフシが多すぎる。

 騎士たちの笑顔も、アシュクロフト先生も、アナスタシア先生も、ネコ耳メイドの笑顔ですら洗脳のための道具だったのか。

 中津川を救ったアガートラーム騎士も芝居だったのか? あのミノタウロスも芝居だったのか? じゃあ俺は、俺はなんなんだ? 


「………三日月」

「む?」

「ナハティガル理事長、フォーヴ王国へ行ってたんですよね……」

「そうじゃ。オストローデ王国が異世界人を召喚して数月、チートのレベルも上がり実戦の経験を積ませたあと、最初に狙うのは間違いなくマジカライズ王国じゃからの」

「同盟はどうなったんですか……?」

「…………」


 ナハティガル理事長は黙り、ルーシアも唇を噛んでいた。

 それだけで、答えはわかってしまう。


「……同盟は突っぱねられた。アルアサドのヤツ、魔術など必要ないと抜かしおったわ」


 たぶん、ナハティガル理事長も予想していたのだろう。

 落胆よりも悔しさを感じる。


「ナハティガル理事長、フォーヴ王国に指輪持ちの少女はいませんでしたか?」

「指輪持ち?………ああ、いた。年若い娘が首輪で繋がれておった。あの光景はいつ見ても殺意を覚える。アルアサドの人間嫌いは知っていたが、あそこまでやられると反吐が出る」

「………どんな子でした?」

「む……?」

「その子は、どんな子でした?」


 ドクンドクンと、鼓動が早くなる。

 三日月しおんかもしれない。そんなイヤな予感が。


「……おぬしと同じ、黒髪黒目の少女じゃ。やはり、異世界人じゃったか」


 ドクンと、心臓が跳ねた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 これでフォーヴ王国へ行くのが確定した。

 ナハティガル理事長が見たのは黒髪黒目の少女。それが三日月しおんかどうかは怪しいが、可能性がある以上は確認しないといけない。

 話は、まだ終わっていない。


「ところでその娘……人ならぬ存在らしいの。ルーシアを一撃で沈めたとも聞いた」

「はい。間違いなく。私はブリュンヒルデに敗れました」

『………』

「ふぅむ……ほほぅ、確かにこれは作り物じゃの。なんの感情も浮かばぬ、人ならざる何かじゃ」

「………っ!!」

「おっと、気に障ったかの?」


 俺はナハティガル理事長を睨んでいた。

 ブリュンヒルデへの暴言は許せることじゃない。

 俺が抗議する前に、ナハティガル理事長は言った。


「セージと言ったか、おぬしに頼みがある」

「……なんでしょう」

「どうか、手を貸して欲しい」


 ナハティガル理事長は、椅子に座ったまま頭を下げた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「手を貸せ、とは?」

「これはわらわの予想だが、近々、オストローデ王国の進軍を予想している。可能性が低いと知りつつもアルアサドの元へ同盟を結びに向かったのは、『同盟を結ぶ可能性』をオストローデ王国に見せつけることにより牽制をするためだったからじゃ。だが同盟は結べかったまではいい。問題は……アルアサドのヤツ、このマジカライズ王国への支援、援助は絶対にしないと他国へ言いふらしおった。これがオストローデ王国の耳に入れば、進軍の可能性は一気に高くなる。本来、魔王と呼ばれし国王は皆、自国が大事じゃからの。オストローデ王国のチート集団が相手となれば、手は出せんわ」

「それはつまり、ウチの生徒たちがここを攻めてくると?」

「可能性は高い。国落としなど、チート集団の初陣に相応しい手柄になる」

「……マジカライズ王国の戦力は?」

「騎士団と魔術師。あとは一般兵士じゃな。魔術のレベルこそ高いが、戦争など経験したことのない温室育ちの魔術師ばかりじゃ。騎士や兵士にしてもそう、マジカライズ王国は戦争経験がない。今オストローデ王国に攻められれば、間違いなく沈む」

「俺に、何をしろと?」

「おぬしには、チート集団の説得をしてほしい。おぬしの顔見知りなら、言う事を聞くかもしれん」


 そりゃ願ったり叶ったりだ。

 生徒たちと話すチャンスであり、真実を伝えるチャンスでもある。

 それに、戦争になれば生徒たちの危険が増す。命を落とす可能性もなくはない。

 まさか、戦いが始まって『俺の生徒だから攻撃しないで下さい』なんて話が通じるわけがない。


「……わかりました。手伝います」

「かたじけない。報酬はたんまりと用意する。山のような金貨と……ルーシアなどどうじゃ?」

「は?」

「な、ナハティガル理事長!? な、なにを!!」


 その意味を正確に理解したルーシアと、まさかの予感に震える俺。

 するとナハティガル理事長は、イタズラ小僧のように微笑む。


「ルーシアの身体をおぬしが飽きるまで好きにして構わん。ちなみにこやつ、生粋の処女じゃ。初モノじゃぞ?」

「ぶっ!?」

「………ッ!!」


 噴き出す俺、真っ赤になり口をパクパクさせるルーシア。

 もしかして、男女のアレ的なことをルーシアとしていいの?

 ゴクリとツバを飲む音がルーシアにバレた。


「せせ、セージ貴様……ッ!! そ、そんなに私を!!」

「ちち違う!! というか別にそんなのいらないって!!」

「そんなの!? そんなのとはどういうことだ!! この歳で経験がないのがそんなに悪いのか!!」

「誰もそんなこと言ってないだろ!?」

「はっはっはっはっは」

「何笑ってんだこの理事長は!? おいルーシア!!」

「だ、黙れ!! こっちを見るなバカ!!」


 一気にカオス状態になった。

 とにかく、話を逸らす。


「そ、そうだナハティガル理事長!! 遺跡地帯のことで質問があるんだけど」

「む、なんじゃ?」

「実は……」


 俺は赤面するルーシアを無視し、遺跡で見つけた空間の説明をした。

 もし、マジカライズ王国に伝わる鍵的な何かがあればと思ったんだけど。


「うーむ……すまん、わからんのぅ」

「そうか……じゃあ、マジカライズ王国に伝わる鍵とか、武器とか、古文書とかは?」

「聞いたことがない。そもそも、遺跡地帯の調査結果は『歴史的価値ナシ』だったからの。ここ数年、調査などしておらぬ」

「そっか……」


 あの空間の秘密は、マジカライズ王国にも伝わってない。

 そりゃそうか。開けたのだってつい先日だしな。

 あの通路の先にある何かが気になる。開かない宝箱みたいでな。


「とにかく、近々オストローデ王国周辺に密偵を送る。戦争の兆候が見られるまで、おぬしたちにはこの国に滞在してほしい」

「それは構わない。むしろ、いなくちゃいけないだろ」

「うむ。ルーシア」

「はい」


 するとルーシアは、持っていたカバンの中から袋を取り出しテーブルの上に置いた。

 ジャラッと大きな音を立てたからわかった。これ、金貨だ。


「協力の前金じゃ。マジカライズ王国を救った暁には、これの倍とルーシアを払う」

「ちょ、ナハティガル理事長!!」

「わかった」

「な、セージ!?」

「契約成立じゃ。では、連絡があるまで暫し待て」

「わかった」


 ナハティガル理事長は立ち上がり、振り返ることなく家を出た。

 ルーシアも、赤面しつつ慌てて後を追う。

 俺は、冷め切った紅茶で喉を潤し、全く喋ることのなかったブリュンヒルデに聞いた。


「ブリュンヒルデ、やっぱり……オストローデ王国は、悪い国だった」

『はい、センセイ』

「なぁ、これからどうなると思う?」

『はい。オストローデ王国が攻めてきた場合、私はセンセイを守るため戦います』

「………はは、ありがとう」

『はい、センセイ』


 ブリュンヒルデは、どこまでも変わらなかった。

 クトネは………あれ?


「おいクトネ?」

「…………」

『センセイ、クトネは来客時からずっと気を失っています』

「あー……ナハティガル理事長がここに来たの、よっぽどショックだったのか。ブリュンヒルデ、ベッドまで運んでやってくれ」

『はい、センセイ』


 ブリュンヒルデは、クトネをベッドに運ぶ。

 俺はリビングルームで1人になり、息を吐いた。


「………今は、待つしかない。やれることをやろう」


 全ては、オストローデ王国の動き次第。

 生徒達が来るなら説得する。俺の言葉は届くだろうか?

 でも、やるしかない。


「………もう一度、あの遺跡を調査してみるか」


 あの白い通路の遺跡。

 周辺をもう一度洗い、別な入口がないか調べよう。

 大変だけど、やれることをやる。





 だが、事態はそんなに甘くなかった。

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