第36話夜の女王ナハティガル
クトネが同行宣言をして数日。クトネはマジで休学届けを出して旅の支度をしていた。
しかも、学校から重そうな魔術書をいくつも借りてきた。
家のでそれらを読みながら、皿洗いをしてる俺に言う。ちなみにブリュンヒルデはシリカを抱きながら座っている。
「ふむふむほうほう、なるなるへそへそ。よーしわかった‼」
「ふんふんふ〜ん♪」
「セージさんセージさん、それ終わったら町の外へ行きましょう‼」
「んん? また薬草採取でもするのか?」
「ちーがーいーまーすっ‼ セージさんでも使えそうな魔術を教えますっ‼」
「お、マジか?」
「はいっ‼ せっかく学校から『雷属性・初級魔術書』を借りてきたんで、セージさんでも使える魔術をいくつかやってみましょう‼」
「おぉ、ついに来たか‼」
「はいはい、お皿洗い中も集中集中っ‼」
指の魔力集中は、2本までこなせるようになっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドへ馬車を取りに向かい、そのまま町の外へ。
街道から少し外れた先の見渡しのいい平原で馬車を停めた。
俺とクトネは馬車から少し離れ、ブリュンヒルデはその様子を眺め、馬のスタリオンは雑草をムシャムシャ食べていた。
クトネは長い杖をクルクル回す。
「まず、あたしとセージさんの共通属性である『土』から教えましょう」
「はい、クトネ先生」
「うんうん。先生とは実にいい響き·······っと、いいですか。土属性はその名の通り大地に干渉する魔術です。つまり、土さえあればどこでも使えますね」
「なるほど。逆に室内じゃ使えないな」
「魔術の発動は簡単です。詠唱を理解し、魔力を込め、放つだけです」
「え、それだけ?」
「はい。じゃあ、土属性の初歩中の初歩、『|石礫(ストーンバレット)』をやってみましょう。お手本を見せますね」
クトネは俺の横に並び前を向く。
視線の先には、腰掛けるのにちょうど良さそうな岩があった。
クトネは杖を岩に向ける。
「大地の礫よ飛べ、『|石礫(ストーンバレット)』」
「おぉっ‼」
クトネの杖の先に黄色い魔法陣が展開、そこから漬物石みたいな形の石が発射され、岩に直撃した。あんなの食らったら骨折どころじゃ済まない。
「と、こんな感じです。魔力も抑えてだいぶ手加減しましたけど、込める魔力によって石の大きさは変わります。詠唱呪文は『大地の礫よ飛べ』です。まんまですね」
「よーし……」
俺は右手を突き出し気合いを入れる。
くくく、人生初の魔術……やってやるぜ。
「大地の礫よ飛べ!! 『|石礫(ストーンバレット)』!!」
ポヒュッ…………ポトッ。そんな擬音が似合う光景だった。
3センチもない小石が魔方陣から現れ、1メートルも飛ばずに落下した。
子供の投擲よりもヒドい光景だった。
「………」
「ま、初めてにしてはいい方ですね」
「ウソだろ絶対。なにこれ」
「あのですね、発動しただけでも大したモンですよ。初詠唱で魔術を発動させられたなんて、あたしも初めて見ましたよ」
クトネはマジで言ってる。どうやらヘタな慰めではないようだ。
それから何度かストーンバレットを試したが、結果は全て同じだった。
「コツは魔力を放出するイメージです。ただ詠唱するんじゃなく、詠唱に合わせて放出するイメージですよ」
「むむむ……イメージ、イメージ」
これはアレだ。子供の頃に意味も無くやった、手から気功をを放つイメージだ。
手が痺れたりジーンとした痛みが意味もなくあると、何故か気功が打てるような気がして力を込めたりしたもんだ。つまりそういうことだ。
いける、飛ばせる。礫を放つ!!
「ふぅぅぅ……大地の礫よ飛べ、『|石礫(ストーンバレット)』!!」
ポヒュッ…………ポトッ。
結果は変わらなかった……ちくしょう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
雷属性の魔術は、クトネにもアドバイスしにくいようだった。
片手に魔術教本を持って話している。
「いいですか、雷属性は攻撃が殆どの魔術ばかりです。えーと、初歩中の初歩魔術は……『|落雷(ライトニング)』ですね。指定したポイントに小規模の雷を落とす魔術です」
「使い方は?」
「えーと……身体中に電気を流すイメージで魔力を練り、ポイントを指定して詠唱する。詠唱文は『落ちろ紫電のイカズチ、『|落雷(ライトニング)』……です」
「よーし」
俺は言われた通り集中し、的である岩に向けて手をかざす。
全身が痺れてるイメージ。正座したあとの足みたいに痺れてるイメージ。
よし、いける!!
「落ちろ紫電のイカズチ、『|落雷(ライトニング)』!!」
パリッ…………パチン。そんな擬音が聞こえた。
岩の真上に紫の魔方陣が現れ、静電気みたいな音にほんの一瞬の発光が見えた。
たぶん、発動したけど……ストーンバレットとどっこいどっこいだ。
「お、出ましたね」
「静電気の間違いじゃないか?」
「いえいえ、ちゃんと発動しましたよ。ショボいだけで」
「一言よけいだっつの」
「あはは。ではでは、魔術が発動することはわかったので、あとは魔力が無くなるまで練習あるのみです!!」
「おーし、やってやる」
魔術は発動した。つまり……俺は魔法を使った。
その事実に興奮し、魔力が切れるまで魔術を交互に発動させる。
クトネは俺の指導、ブリュンヒルデはスタリオンをなでたり、櫛でマッサージをしていた。
気が付くと、お昼をとっくに過ぎていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔力が尽きて、俺はへばっていた。
馬車の近くで腰を下ろし、ブリュンヒルデが差し出した果実水を一気に煽る。冷たく甘い柑橘系の液体が俺の身体に染みこんでいく……はぁ、美味い。
「セージさん、初めてにしては筋がいいですよ」
「はぁ……ありがとう」
「あとは、毎日練習あるのみです!!」
「ああ。G級魔術くらいは使えるように頑張るよ」
「その意気です!!………あれ? あれって」
「ん?」
するとその時、街道を走る5台の馬車が目に入った。
前方に2台の馬車、真ん中に豪華な装飾の馬車、後尾に2台の馬車が走ってる。これってどう見ても真ん中の馬車を護衛してるんだよな。
「あ、あれ……やっぱり!! セージさんセージ、あれはナハティガル理事長の馬車ですよ!! 真ん中の馬車にマジカライズ王国の紋章が刻まれてます!!」
「そうなのか? じゃあフォーヴ王国から帰ってきたのか」
どうやらナハティガル理事長は無事のようだ。獣人の王国から帰ってきませんでした、なーんてことにはならなかったようだ。
ナハティガル理事長が帰還したってことは、ルーシアが面会を取り付けてくれる日も近いって事だ。
よし、今夜にでも聞くべき事をまとめておくか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜、クトネの家で夕飯を食べてノンビリしていると、ドアがノックされた。
クトネがだらけているので俺がドアを開けると、そこにいたのは普段着姿のルーシアだった。
「夜分に失礼するぞ、セージ」
「ルーシア、こんな夜更けにどうしたんだ……って、そうだ、馬車のお礼がまだだった。本当にありがとう」「ああ待て待て、中に入れてもらってもいいか? 実は私1人じゃないんだ」
「ん? ああ、誰かいるのか?」
「そうだ」
ルーシアの背後には、ローブで顔と身体をスッポリ覆った人がいた。
顔が見えないので男なのか女なのかもわからん。
とりあえず、家の中に入れて席を勧める。
「んぁ? セージさん……どなたですかぁ?」
「お前な……ルーシアだよ」
「ルーシア?………って、騎士団長じゃないですかぁっ!!」
「邪魔をするぞ。夜分にすまんな、ブリュンヒルデ」
『問題ありません』
テーブルに突っ伏してだらけていたクトネはガバッと起き上がり、袖でヨダレを拭う。汚ねーな。
すると、ブリュンヒルデは台所へ向かい、お茶の支度を始める。これもブリュンヒルデが覚えた『人間らしい行動』の1つだ。
それよりも、気になることがある。
「なぁルーシア、そちらの方は?」
「ん、ああ………私は、後日でいいと言ったのだが、今日の今日がいいと仰られてな」
「は?」
すると、その人はフードを上げた。
「………………え」
「ぶっ」
「あー、まぁ、そういうことだ」
俺はその人が余りにも美しくて驚き、クトネは生気を失ったように吹き出し、ルーシアは頬をポリポリ掻きながら苦笑した。
その女性は、20代後半くらいだろうか。整った輪郭にシャンプーのCMにでも出れそうな黒髪、美しいエメラルドグリーンの瞳を持ち、顔のパーツがこれでもかというほど完璧に整っていた。まるで物語に出てくるお姫様のようであり、女王のような風格も感じる。
「紹介しよう、この方はマジカライズ王国女王にして魔術学園理事長のナハティガル様だ」
「夜分にすまんな。どうしても今日、そなたと話したかったのじゃ」
まさかの、ナハティガル理事長だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ナハティガル理事長の来訪にクトネは生気を失い、ブリュンヒルデは何も変わらずお茶を出していた。
俺でさえ驚いてる。だって、今夜にでも質問をまとめておこうとしたのに、本人がここに来てしまったからな。
すると、申し訳なさそうにルーシアが言う。
「ナハティガル理事長は先程お戻りになられたのだが、私の上げた報告書を見るなりここに来ようとしてな……引き留めるのは不可能だった」
「これルーシア、その言い方だと、わらわが子供のようではないか」
「はぁ……とにかく理事長、話を済ませて城へ戻りましょう。今日このことは、謁見の手間が省けたと考えることにします」
「むぅ、仕方ないのぅ」
ええと、どういうことだろう。
なんか理事長、子供みたいに頬を膨らませて可愛いな。年齢的にもドストライクだし、スタイルはわからないけど顔はメッチャ俺好みだ。
すると、ルーシアがジト目で言う。
「何を考えてるか顔でわかるから言っておく。ナハティガル理事長の年齢は90を超えているぞ」
「…………………え」
「こ、これルーシア!! 乙女の年齢を暴露するとは何事じゃ!!」
「申し訳ありません。さぁお話をどうぞ」
「ぐぬぬ……」
こ、この見た目で90歳なの?
う、ウソだ、嘘に決まってる……とんでもない厚化粧なのか?
「はぁ……もういい。さっさと話を済ませよう。まずはオストローデ王国のことじゃな」
ようやく、本題に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます