第29話ディナーと依頼
レストラン内は、一目で高級と分かった。
調度品は高級完溢れ、シャンデリアはまばゆく光り、流れてくる音楽は生オーケストラ。何気なく歩いてる絨毯も、とんでもない高級品なのだろう。
緊張しつつ、俺はルーシアをエスコートしていた。
ブリュンヒルデは俺たちの後ろに続き、予約しておいた席へ座った。
「セージ、葡萄酒は好みか?」
「ああ、酒ならなんでもいける」
高級そうな葡萄酒を注文し、食前酒で乾杯する。
高いワインは伊達じゃない。異世界のワインめっちゃウメぇ……。
それから、料理が運ばれてきて気が付いた。日本のコースマナーでいいのだろうか?
とりあえず、外側のナイフとフォークを手に取ると、ルーシアも同じように外側から取り、ブリュンヒルデも同じように外側から使用し始めた。
やばい、マナーなんて覚えてない……だ、大丈夫かな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なんとかデザートまで終え、食事の味もよくわからないまま終了した。
今はテーブルの上にある果物を摘まみながら、食後の紅茶を飲んでいる。
食事中、会話はほとんどなかった。まぁベラベラ喋りながら食べるのはマナー違反だし、食事は味を楽しむ場でもあるからな。
というわけで、今はお喋りの時間だ。
ルーシアは紅茶を啜りながらクスリと笑う。
「こうして誰かとディナーを楽しむのも、男性と一緒に食事をするのも久し振りだ」
「そうなのか? 騎士団長なのにか?」
「ああ。普段は甲冑と兜で全てを覆い隠してるからな。私を男だと思う者がほとんどだ。団員たちですら私を男だと思っている」
「そうなのか……」
「副団長と幹部は知っているがな。それとナハティガル理事長も」
「へぇ、なんで正体を隠してるんだ?」
「別に隠してるワケじゃない。あの甲冑姿を見て女だと思うか? それに、公の場では必ず甲冑姿だから、私の正体を知る者は身内だけというわけだ。それに、吹聴することでもないしな」
「なるほどな。勿体ないな……」
「え……?」
「あ、いや、ははは……」
「………」
やべ、勘違いさせたかも。
というかルーシア、もしかして男に免疫がないのかね。チョロいというか、ちょっと勘違いさせただけで赤面してしまう。
なんか、少し危ういな。オークとかに連れ去られたら「くっ、殺せ」とか言いそうだ。
おっと、そんなことより本題に入ろう。
「あのさ、今日冒険者ギルドで遺跡調査をしようと思って聞いたんだけどさ……盗賊団が出たんだって?」
「……そうだ。この辺りでは有名な盗賊団である『|夜は俺たちの庭(ナイト・マイ・ガーデン)』という組織だ。名前の通り、夜のアイツらは手が付けられんほど俊敏でな。遺跡地帯を転々としながら盗みを繰り返している」
「そうか……あのさ、相談があるんだけど」
「む?」
ようやく本題だ。
ここでルーシアが協力してくれればありがたい。ブリュンヒルデだけに戦わせる必要もなくなる。
俺は紅茶のカップをどかし、ルーシアに向かって身を乗り出す。
「俺とブリュンヒルデの目的は遺跡調査なんだ。でも、盗賊団がいたら満足な調査ができない。だから……盗賊団の退治に協力させてほしい」
「協力?……ふむ、それは戦力としてか?」
「ブリュンヒルデはな。でも俺は違う」
戦力なら騎士団がいるから問題ないといいたげだ。だが、ブリュンヒルデの強さは騎士団よりも強い。それに、盗賊団20人を1人で倒した経緯もある。
それに、俺にはこの世界にはない『技術』の力がある。
俺は右手を上げて指輪を見せる。
「俺の『チート』は広範囲の探知ができる。盗賊団の位置を探して一気にたたみかけることも不可能じゃない……どうだ?」
「ほぅ……出会って1日の私に、自分のチートを話すのか。たかが遺跡調査でそこまでするとは……何かあるな?」
「いや、そんなことはない。単純に遺跡を踏み荒らされるのがイヤなだけさ」
「ふむ……いいだろう。セージの話を信じよう。お前を協力者として騎士団から冒険者ギルドに指名を入れる。もちろん報酬も払おう。だが、ブリュンヒルデはダメだ」
「は? な、なんでだよ」
「決まっている。彼女の実力が未知数な以上、戦闘が避けられない戦いに連れて行くワケにはいかん」
『私はセンセイを守ります』
「ふん……なら、その力を示してもらおうか」
「………」
なんとなくわかった。
ルーシアのやつ、ブリュンヒルデと戦う口実が欲しいんだな。
『それは、あなたと戦えということでしょうか?』
「そうだ。お前が戦えるということを証明して欲しい。準備がよければ明日、騎士団の修練場で模擬戦を行う。受けるか?」
『はい、センセイを守るために必要なら戦います』
「よし……では明日」
そう言ってルーシアは立ち上がり、お嬢様のような雰囲気ではなく、騎士のようなしっかりした足取りで去って行った。もうスイッチ入ってるとしか思えん。
『センセイを守るのは私の役目。その邪魔をする者に容赦しません。排除します』
「いやいや、殺すなよ」
明日、騎士団長ルーシアとブリュンヒルデは戦う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
再び金貨1枚を支払いクトネの家へ……残り金貨78枚。
家に入ると、下着姿でシリカとだらけるクトネがいた。
「…………へ? せ、セージさん?」
「ただいま」
「は……はい、おかえりなさい?……あれ?」
「なんだよ」
「………っひ」
クトネは、安っぽそうなショーツに、僅かな膨らみを感じさせる胸をスポーツブラで隠しているだけの姿だった。それに、メガネを外して髪を解いているおかげで、別人のように見える。
すると、クトネはみるみる内に真っ赤になって1階にある自室に飛び込んだ。
クトネは部屋の中から叫ぶ。
「なぁぁぁーーーッ!! なんでセージさんとブリュンヒルデさんがいるんですかっ!!」
「なんでって……食事が終わったから」
「はぁぁぁっ!? しょ、食事だけっ!? ふ、フツーは食事の次はホテルでしょうがっ!! てっきりあたしは騎士団長とブリュンヒルデさんの3人でお楽しみかと思って今日は1人だと思ってたのにぃぃっ!!」
「アホかお前は!!」
『センセイ、お楽しみとはどういう意味でしょう』
「し、知らんでいい!!」
すると、クトネが恨みがましそうな顔でドアから顔を見せた。
なんだよその顔……下着姿見られたの、俺のせいなのか?
とにかく、クトネには頼みがある。
「クトネ、明日騎士団の修練場に案内して欲しいんだけど」
「へ? なんでです?」
「実は、かくかくしかじか」
「うまうまがじがじ、なるほど……ブリュンヒルデさんが」
「ああ……ってわかってんのか?」
「いえノリで。なんとなくブリュンヒルデさんが関わってるような気がして」
「まぁ当たってるけど……」
俺は、遺跡調査の件と盗賊の件、そしてルーシアに協力を仰いだ件を伝える。
するとクトネはニヤリと笑った。
「いいでしょう。明日、騎士団の修練場に案内しますね」
「おお、ありがとう」
「むひひ、ブリュンヒルデさんと騎士団長のバトルなんて面白そうじゃないですか。それに、盗賊団の退治なんて……」
「お前は関係ないだろ……」
「いえいえ、あたしはセージさんたちの保護者ですから!!」
「それも関係ないだろ……」
頭を抱えながらブリュンヒルデを見る。
『…………』
『うなぁ~ご』
何故か、ブリュンヒルデはシリカを抱っこしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなわけで翌日。
今日は完全な冒険者装備をして徒歩で騎士団の修練場へ向かう。
「ちなみに、騎士団の修練場は『マジカライズ王立魔術学園』の敷地内にあります。理由は、騎士を育てるための学科が学園内にあるからですね」
「学科?」
「はい。その名も『|魔騎士(マジックナイト)科』です。ここでは魔術と剣術を融合させた『魔剣術』を重点的に教え、将来は『|暗夜騎士団(ナハトナイツ)』の配属が決まっています。ですがここは一定以上の魔力量と技量がないと入る事は出来ない狭き門である学科なんです。男子生徒の憧れの学科でもありますね」
「へぇ……いかにも男子が好きそうな学科だしな」
「ええ。ちなみにあたしは『|魔術師(マジシャン)科』の特待生です。見ての通りエッリィートなんですよ」
「……見ての通り?」
「む、なんでしょうかその視線は」
クトネは胸を張って説明するが、悲しきかな、山はとても平坦だった。
「それよりセージさん、ブリュンヒルデさんは大丈夫なんですか?」
「なにがだ?」
「いやだって……模擬戦とはいえ、これからあの騎士団長と戦うんですよ? このマジカライズ王国最強の暗黒騎士と呼ばれた黒騎士に!! それなのに……」
クトネは、俺たちの1歩後ろをスタスタ歩くブリュンヒルデを見る。
長い銀色の髪、白銀を基調とした身体にフィットする装飾された鎧。羽をあしらった髪飾り。銀色のグリーブ。若い女性らしい純白のミニスカート。細く華奢な手にフィットする籠手。まるで神に仕える戦乙女のような装備に、武器屋で買った『レアメタルソード』を腰に下げている。
クトネが言いたいこともわかる。ブリュンヒルデはあまりにもいつも通りだった。
「ブリュンヒルデさん、すっごいですね。なんか風格があるというか……」
「いつもあんな感じだけどな」
そしてついに『マジカライズ王立魔術学園』に到着した。
デカすぎる門をくぐり抜けると、めっちゃ広い広場があり、王城へ進む道が伸びている。
ここは公園的な広場でもあり、生徒たちがお昼を食べたりのんびりする憩いの場所らしい。ここから各科のある城へ向かったり、別棟へ向かう道が延びてたりする。学生寮や運動場もあり、様々な飲食店などもあるらしい。この学園だけで1つの町みたいになってるようだ。
「騎士団の修練場はこっちです」
巨大な城の西側に、大きな建物がある。どうやら騎士団の修練場は独立した建物のようだ。
俺とクトネは緊張しながら歩くが、ブリュンヒルデは全く変わらない。こんなときはアンドロイドが羨ましい。
そして、騎士団の修練場入口に到着した。
「こ、ここか……」
「あたしも初めて来ました……」
立派な門の向こう側には、さらに立派な建物がある。
門の向こうを歩く人は生徒なのか、若い少年少女がカッコいい騎士服を着て腰に剣を下げていた。すげぇ、こんな異世界チックな光景をナマで拝めるとは。
建物を見上げていると、横から声を掛けられた。
『よく来たな、セージ、ブリュンヒルデ』
それは、黒騎士姿のルーシアだった。
肌の露出が一切無い漆黒の甲冑に、腰には同じ漆黒の剣を差している。
というか、暑くないのかな。あんなに立派なお乳もあの鎧の下に押し込まれてキツくないのかね……。
『さっそくだが、準備はいいか? 準備運動が必要なら暫し待つが』
『必要ありません。では……』
「ちょ、待て待て、ここじゃないって!!」
俺は剣を抜こうとしたブリュンヒルデを慌てて止める。
さすがに学校前でドンパチするわけがない。
『ははは!! 冗談とは随分と余裕があるな』
「いや、こいつはマジだよ……」
ブリュンヒルデは、俺をジッと見て首を傾げていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルーシアの部下の騎士に俺とクトネは闘技場みたいな場所に案内された。
円の中心に舞台があり、それを取り囲むように客席が階段状に並んでいる。
俺とクトネは、客席の最前列にいた。
「ここが騎士団の修練場ですか……初めて来ましたよ」
「まるでコロッセオだな……」
「へ? なんですって?」
「いや、なんでもない」
「はぁ……あ、来ましたよ!!」
不思議と、圧迫されるような気配を感じた。
チリチリとするような、ゾワゾワと落ち着かないような。
周囲を見回すと、何人かの黒い騎士がいる。たぶん、ルーシアの部下だろう。
すると、選手入場ゲートみたいな場所からブリュンヒルデが出て来た。そして反対側のゲートからは漆黒の甲冑騎士ルーシアが出てくる。
俺はステルス迷彩で肩に停まってるホルアクティの集音機能を起動する。
『ルールは簡単、私を認めさせろ。もちろん、私はチートを使わない』
『わかりました。センセイの言いつけですので、殺しはしません』
『く、ククク……キミは本当に面白い』
ルーシアは剣を抜いて構えた……なんだあの剣、柄も刀身も真っ黒じゃねぇか。
ブリュンヒルデは全く動かず、カメラのような目をルーシアに向けていた。
『さぁ来い!!』
『………』
合図などない。剣を抜いた瞬間に勝負は始まった。
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