第30話アンドロイドの戦闘
漆黒の甲冑、漆黒の剣を構える黒騎士ルーシアと、立ったままピクリとも動かないブリュンヒルデの戦いは始まった。
ルーシアは剣を構え、ブリュンヒルデを挑発する。
『どうした、好きに打ち込んで構わんぞ』
『…………』
ブリュンヒルデは、微動だにしない。
だが、その無機質で何の感情も感じられない瞳はルーシアを見続けている。
ルーシアは、剣を構えながらジリジリと距離を詰めた。
『………っ』
だが、ブリュンヒルデは動かない。
息を止めているのか、時間が止まってしまったかのように動かない。その無機質な瞳だけが、ルーシアを見据えたまま動かない。
ルーシアは、得体の知れない恐怖を感じていた。
ブリュンヒルデという|人間(・・)が、あまりにも|人間離れ(・・・・)しているような、そんな錯覚に陥った。
まともな人間なら、ルーシアに対処しようがある。
息づかい、手足の僅かな動き、視線、剣気など、相手を感じる術はいくらでもある。
だが、このブリュンヒルデからは、恐ろしいくらい何も感じない。
得体の知れないバケモノ。
ルーシアは、兜の内側で汗を掻き、ゴクリとツバを飲む。
詰まるところ、ルーシアはブリュンヒルデに圧倒されていた。
ブリュンヒルデは動かず、ただ観察しているだけ。
『………』
『来ないなら……こちらから行くぞッ!!』
焦れたルーシアは、剣を構えて飛び出した。
ブリュンヒルデは、それでも動かなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『………』
『来ないなら……こちらから行くぞッ!!』
視線位置特定。赤外線起動。筋力情報入力。
スタート位置から一歩、歩幅数検知。速度計算。筋情報から剣の入射角計算開始。距離12メートル。約1・542秒後の接触。入射角位置微調整。
『………』
『ハァッ!!』
剣による攻撃・脅威度小。
全情報入力。回避行動開始………回避成功。
『なッ……!!』
甲冑素材分析……分析完了。甲冑素材・高強度チタン合金製。code04ブリュンヒルデ装備一覧。『乙女神剣エクスカリヴァーン・アクセプト』使用制限により使用不可。『レアメタルソード』使用可能。現時点装備では対象の甲冑破壊不可。
使用武器なし。徒手による甲冑破壊可能。パワーレベル調整。殺傷レベル最低に設定。
『無力化します』
『な……ッがっはァァァッ!?』
甲冑腹部破壊。内臓損傷なし。バイタル不安定。生命維持問題ナシ。
『ぐ……ま、まさか、私の剣を、完全に見切って……』
無力化完了。戦闘終了。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦闘は、10秒もかからず終わった。
唖然とする俺とクトネ。そして舞台の中央でうずくまるルーシアと、それを無表情で見下ろすブリュンヒルデ。
ブリュンヒルデは、剣すら抜かなかった。
真っ直ぐにルーシアを見つめ、爆発するような速度で迫ったルーシアに剣を、ほんの半歩だけズレて完全回避。そのままカウンターの要領で強烈なボディブローを叩き込み、ルーシアの鳩尾部分の甲冑を叩き割った。
素人の俺でも分かる。ブリュンヒルデはルーシアの動きを完全に見切っていた。
電子頭脳でルーシアの動きを計算したのか、人間にはまずマネできない戦法だ。
「す、すっげぇです……ぶ、ブリュンヒルデさん、こんなに強かったんですね」
「ああ……すごい」
ルーシアはヨロヨロ立ち上がり、腹を押さえながら言う。
『……完敗だ。ははは、人間と戦った気がしない……キミは何者なんだ』
『私は、冒険者です』
『く、ははは……そうか』
クトネが俺の袖をグイグイ引くので、そのままブリュンヒルデたちの元へ向かう。
ルーシアの部下が舞台に集まっていたが、ルーシアはそれを手で制止、俺たちに向かって言う。
『ふぅ……ここまで完璧に負けたんだ。実力は疑いようがない。合格だ』
「じゃあ、盗賊団の退治は」
『改めて、協力を願おう。キミ達を盗賊団の退治依頼の協力者として、騎士団から逆指名させてもらう』
「わかった」
『ぐ……すまんな、詳しい話し合いは明日、ギルドに依頼を出すので受けてくれ』
「わかった。それより、大丈夫なのか?」
『……問題ない』
ルーシアは、腹を押さえながら答えた。
たぶん、部下の前で情けない姿は見せたくないんだろう。
『ブリュンヒルデ、また手合わせ願いたい。今度は……私も本気でやろう』
『センセイの許可があればいつでもお受けします』
『そうか……では、また明日』
そう言って、ルーシアは去って行った。
よし、これで騎士団の協力は得られたってわけだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最近、マジカライズ王国周辺にある遺跡を根城にし、盗賊団が活動をしている。
その盗賊団は『|夜は俺の庭(ナイト・マイ・ガーデン)』という規模の大きい盗賊団で、冒険者ギルドに討伐依頼が出ているが、個人や数人程度のグループでは討伐が困難。そこで冒険者ギルドは『|暗夜騎士団(ナハトナイツ)』に討伐の依頼を出したのだ。
そこで現れたのが俺とブリュンヒルデ。
俺たちの目的は遺跡調査。だがどこにいるかわからない盗賊団のいる遺跡地帯で安全に遺跡調査なんてできない。ブリュンヒルデなら盗賊団が軍隊レベルで襲ってきても返り討ちできるだろうが、レアメタルソードだけでは多人数に対処出来ないらしい。だからと言ってあの『乙女神剣エクスカリヴァーン・アクセプト』を使えば虐殺現場みたいな光景になるし、いくら盗賊団とはいえ可哀想だ。
なので、ここは騎士団に協力して盗賊団退治をする。
盗賊団の位置はホルアクティを使って探査すればいいし、戦闘になってもブリュンヒルデだけじゃなく頼りになる騎士団の皆様もいる。
それに、冒険者ギルドが騎士団に投げた依頼を騎士団が受け、騎士団が協力者として冒険者ギルドに助っ人を依頼する。それが俺とブリュンヒルデであり、冒険者ギルドが騎士団に支払うはずだった報酬も俺たちに入るってわけだ。もちろん騎士団と山分けだから微々たる報酬だがな。
そして、冒険者ギルドには騎士団から指名依頼が入ってる。
盗賊団退治の依頼を受け、明日再び騎士団の修練場に向かおう。
「……という流れだな」
「なーるほど。というかセージさんとブリュンヒルデさん、そこまでして遺跡を調査したいんですねぇ」
「ま、まぁな……」
現在、クトネの家で夕食を終え、明日の予定について話していた。
するとクトネがため息を吐いてテーブルに突っ伏す。
「はぁ~……あたしも行きたいですけど、明日から学校が始まるんですよ」
「いやいや、盗賊退治だぞ。いくらなんでもお前は連れて行けないぞ」
「わーかってますー。ちょっと言っただけですー」
だいぶ回り道してるけど、少しずつ進んでいる。
ブリュンヒルデをチラリと見ると、やはりシリカを抱っこしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜、自室の机の上でホルアクティが休んでいる。
俺は鉄の頭を指でなで、ベッドに座ってバンドを操作する。
目的はもちろん、ホルアクティが集めた映像データと音声データの確認だ。
「まずは音声データから……再生」
【音声データ・1】
*****************************
『聞いたか、ナハティガル理事長が帰ってくるらしいぜ』
『マジか? 理事長ってたしか、『|超野獣王(ビースト・オブ・ビースト)アルアサド』のいる『フォーヴ王国』に行ってたんだろ?』
『ああ、噂じゃ『オストローデ王国』に対抗するため、同盟を結ぶとか……』
『フォーヴ王国か……あそこって獣人の国なんだろ? オレら食われたりしねぇよな』
『同盟ならそんな心配ねぇだろ。それに、オストローデ王国にとっ捕まって人体実験されるよかマシだっての』
『おい、その噂マジなのかよ?』
『ホントらしいぜ。オストローデ王国の住人は全員が魔導兵士らしいって知り合いの冒険者が言ってた。さっすが血も涙もねぇ『|不死王(ノスフェラトゥ・キング)ヴァンホーテン』の国だぜ』
『ああ、しかもあの国、とんでもねぇチート持ちを30人くらい呼び出したって話だぜ』
『マジかよ、そんなバケモン共、何に使うんだ?』
『決まってんだろ、戦争だよ戦争……』
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【音声データ・2】
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『なぁ知ってるか、同盟の話……』
『知ってるよ、あの野獣の国とだろ』
『ああ。ナハティガル理事長が直々に交渉するくらいだし、可能性はあるよな』
『でもよ……あの国って人間を家畜みたいにこき使ってる国だろ? しかも『|超野獣王(ビースト・オブ・ビースト)アルアサド』は大の人間嫌いって噂だぜ?』
『でもよ、他にねぇだろ。この辺りじゃアルアサドか『|鮫肌王(パパ・シャーク)スクアーロ』か『|精霊王(アニマスピリッツ)オリジン』しかいねぇじゃん。スクアーロは『海底王国ブルーオーシャン』だし、オリジンに至ってはエルフの聖域から出てこねぇ。海の底と人間が入ったことのない森しかないんじゃなぁ』
『だよなぁ……』
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【音声データ・3】
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『ねぇねぇ聞いた? 冒険者の知り合いから聞いたんだけど、フォーヴ王国の奴隷に新しい人間が加わったんだって』
『なによそれ、そんなの珍しくないじゃん』
『それがね、その人間ってのは指輪持ちの奴隷らしいよ。なんでも行き倒れてたのを獣人が拾ったって、それを見ていた冒険者が言ってたよ』
『ふーん。それがどうしたのよ』
『ナハティガル理事長がフォーヴ王国に同盟を求めた理由って、オストローデ王国に対抗するためでしょ? もしかしたら、その指輪持ちも戦力にするためとかじゃない?』
『ばーか、考えすぎよ。それに、フォーヴ王国の奴隷待遇を知らないの? あそこの人間は家畜扱いの消耗品、衣服はもらえず男女とも素っ裸、マズいご飯で一日中働かされるって話じゃん』
『あー……『お前ら、家畜に服を着せるのか?』とか獣人が言ってたんでしょ? 全ての獣人がそうじゃないって知ってるけど、フォーヴ王国の獣人は人間嫌いで有名だからねー。オストローデ王国を牽制する前に、マジカライズ王国とフォーヴ王国が戦争しちゃうんじゃない?』
『かもねー………って、奴隷の指輪持ちから戦争の話って、飛躍しすぎだっての』
『あはは、そうかもね。そう言えばその指輪持ち……』
*****************************
音声データを中断し、俺は息を吐く。
「………なんてこった。オストローデ王国はやっぱり」
噂レベルでこれだけの情報。
ナハティガル理事長は不在。魔王の1人『|超野獣王(ビースト・オブ・ビースト)アルアサド』と同盟を結ぶため、『フォーヴ王国』とやらに向かっている。そして近日中に帰って来る。
オストローデ王国は、やはり人体実験の噂がある。
噂レベルでこれだけ言われてるんだ。信憑性は高い……くそ。
「やっぱり、あの国は……生徒たちが、危ない」
俺は息を吐き、心を落ち着かせる。
そう言えば、映像データもあった。ナハティガル理事長は不在だが、どんな映像が撮れたのかな。
俺はなぜか震える指でタッチパネルを操作した。
「あ、やべ」
操作を間違え、【音声データ・3】の残りを再生してしまった。どうやら思った以上に動揺してるのか、タッチパネルの再生停止を押そうとし……固まった。
【音声データ・3】の、最後の言葉が突き刺さった。
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『そう言えばその指輪持ち、2匹のネコを連れてたみたいだよ』
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