第9話後悔しても遅い、だから進む
実戦演習は、当然ながら中止となった。
生徒たちは軽傷。重傷を負ったアガートラーム騎士はすぐに城へ搬送され治療を受け、城に帰還した生徒たちは、言われるがまま『教室』と呼んでいる修練場の大部屋へ集まった。
事情を知ってる班は全員が沈み、残った生徒は事態の重さを知らなかったり、ミノタウロスと戦った生徒の武勇伝を聞こうと興奮している者もいた。
そして、アシュクロフト先生が教室に入ると、生徒たちは席について静かになる。
そして……アシュクロフト先生は言った。
「センセーは、お亡くなりになられました」
究極の静寂が教室に流れた。
そして、事情を知ってる中津川が、思い切り机を叩いた。
「………オレの、オレのせい」
「違います。全てはセンセイの判断ミスです」
自分を責める中津川を、アシュクロフト先生は冷酷に返す。
すると、今度は三日月が嗚咽を漏らし始めた。
「ひっく……ちがうの、わたしが悪いの……せんせ、しろすけを助けて……」
「それも違います。何度も言いますが、センセイの犯したミスです。あなた方に落ち度は一切ない、気を落とさず」
「うるせぇっ!! なにが落ち度だ、なにが先生の犯したミスだ!!」
岩城が立ち上がり、アシュクロフト先生を怒鳴りつける。
だがアシュクロフト先生は、真っ直ぐな眼差しで岩城を見た。
「先生は、先生は……三日月のネコを助けようとした!! 先生のしたことは間違ってねぇ!! 目の前の命を救おうとして飛び出したんだ!! それが判断ミスだってのかよ!!」
「はい。その結果がセンセイの死です。わからないのですか? 死んだら終わりなのですよ?」
「……ッ!!」
岩城は、歯が欠けそうになるほど食いしばる。
アシュクロフト先生は、いつもと変わらぬ微笑を浮かべて言う。
「遺跡の再調査は二週間後に行います。せめて亡骸は回収して、みなさんで弔ってあげましょう」
「な、に、二週間!?」
青木が叫ぶ。
なぜ、それほどの期間を空けるのかさっぱりわからなかった。
「ミノタウロスは遺跡に封じたので最奥の部屋から出てくることはないでしょう。それに、二週間もあれば間違いなく餓死します。無駄な戦闘を避けるのは戦術の基本ですよ」
「……それは、そうですけど」
力なく青木が俯く。
もしかして、万が一の可能性……そんなことを考えている顔だった。
「みなさん、今日はお疲れのようですのでこのまま解散します。明日の訓練は中止にしますので、ゆっくりと休んでください」
そう言って、アシュクロフト先生は教室を出た。
解散したにも関わらず、誰も立ち上がらず、誰も喋らない。
身近な人間を失った実感が沸かず、悲しんでいいのか泣いていいのかわからなかった。
「…………みんな、聞いてくれ」
中津川将星は、ユラリと立ち上がる。
全員が、その挙動に注目した。
「オレは……先生の最後の言葉を聞いた。先生は、『後は頼む』って、オレに言った……」
中津川の瞳から、透明な雫が落ちる。
それに釣られ、何人かの生徒たちも涙を流した。
三日月はネコを抱きしめ、そんな三日月を篠原が抱き寄せる。
青木は顔を覆い、岩城は歯を食いしばる。
「オレ……弱かった。強くなったと思ってた……でも、実際の戦闘は違った。怖くて、リアルで……チビリそうなくらいビビって、身体が動かなかった」
みっともなくても、ここで本音を語る。
情けなくても、中津川将星という人間はこんなにも弱い。それをみんなに知って貰いたかった。ちやほやされ、もてはやされても、中津川将星はいざというときに動けないビビりだと。
「それがこのザマだ。先生は死んだ、もういない、帰ってこない。これが………現実なんだ」
近しい人が死んだ。
異世界という物の恐ろしさを、生徒たちは本当に知った。
ここは日本じゃない。モンスターなんていないし、命の危機とは無縁の生活を送っていた生徒たちにとって、真の死の恐怖を感じた瞬間でもあった。
「先生は、最後に教えてくれたんだ………オレたちに、『死ぬ』ってことを」
全員が、相沢先生の最後の教えを胸に刻んだ。
そして、中津川将星は誓った。
「オレは、オレたちは……もっと、もっと強くなる。先生が胸張って誇れるような、この世界の『勇者』として!!」
こうして、相沢先生の死によって、生徒たちの結束は強くなった。
教室の外にいるアシュクロフト先生は、薄く微笑んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから、生徒たちは変わった。
どこか楽観的な、遊びの延長のような雰囲気は消え、一人一人が訓練に打ち込んだ。もちろん、そうでない者も多少はいたが、それでも生徒たちはメキメキと強くなった。
中でも、中津川将星の成長ぶりは目を見張るものがあった。
チートのレベルアップ、剣技の上達、知識の向上。この世界で必要な物を片っ端から吸収し、己の物にしていく。鬼気迫るような雰囲気もあり、頼もしく思う反面、危うい精神状態でもあった。
そして、ここにもう一人。
「············」
「しおん、入るわよ」
三日月しおんの部屋に、篠原朱音が入ってきた。
手には食事のトレイ。そう、三日月は先生が死んで以来、まともな食事も取らず訓練にも参加していない。ずっと部屋に引きこもり、食事だけでなく風呂やトイレすらままならない状態だった。
そんな三日月の世話を、篠原は積極的にこなしていた。
トレイを部屋の机に置き、ベッドに潜る三日月の傍へ。
「しおん······」
「··········わたしの、せい」
「·········」
「わたしが、しろすけをちゃんと持っていなかったから·······悪いのはわたし、せんせが死んだのは、わたしのせい」
「·········」
三日月は、ずっと自分を責めていた。
相沢先生が死んだのは、三日月のネコを助けるため。飼い主である三日月が責任を感じるのは当然だ。
それをわかってるからこそ、生徒たちは引きこもる三日月を無理に引っ張り出そうとしなかったし、アシュクロフト先生やアナスタシア先生も何も言わなかった。
今の三日月に、言葉は通じない。
「明日······」
「·········」
「明日、遺跡の再調査が行われるわ。そこに、クラスで選抜された上位五名が同行する」
「·········」
「もちろん、私も行く」
「·········」
「もし、しおんが行きたいなら、私がアシュクロフト先生に掛け合う。ちゃんと先生を見つけて、お見送りして、前に進みたいなら······待ってるわ」
「·········」
それだけ言って、篠原は部屋を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。遺跡の再調査隊に選ばれた五名が、城の正門前に揃っていた。
メンバーは、中津川将星、篠原朱音、岩城陽太。そして中津川に次ぐ剣の使い手に成長した|剣崎(けんざき)|晴子(はるこ)と、空手部所属の|君島(きみじま)|健二郎(けんじろう)だ。
そして、同行する騎士は、アシュクロフト先生、ザイード騎士、ガイン騎士の三人である。
篠原は、少しだけ不安だった。
「あの、調査隊の騎士が三人だけとは······」
「ふふ、心配いりませんよ、アカネ」
「ええ、問題ありません」
ザイード騎士とガイン騎士は、笑顔で頷く。
そして、自信たっぷりに言った。
「アシュクロフト騎士隊長がいらっしゃる。この御方なら、ミノタウロスが群れで襲ってきてもなんら問題ない」
「ええ、王国最強騎士は伊達ではありません」
「······全く、お前たち」
どこか子供のようにキラキラした目で語るザイード騎士とガイン騎士に、アシュクロフト先生は苦笑した。
慕われているのがすぐにわかる。まるで、先生を慕う生徒のような雰囲気に、篠原だけでなく他の生徒たちも少し沈む。
空気を察したのか、アシュクロフト先生が言う。
「では、出発します」
「まって‼」
突如として聞こえた声。
篠原たちは振り返り、篠原以外は驚いた。
「······わたしも、行く。お願い、行かせて」
「しおん、来てくれたんだ」
「ごめんね、あかね。わたし······もう泣かない」
三日月は、王国支給の制服を着用し、足元には二匹のネコを連れていた。そして瞳からは強い意思が込められている。
篠原がすべきことは、一つしかない。
「お願いしますアシュクロフト先生、しおんの同行許可を‼」
「······ふむ、しかしシオンは禄に訓練を行っていない。不測の事態が起きないとも限りませんし」
「それなら私が守ります‼ 絶対に‼」
「······」
アシュクロフト先生は少し考える。
そして、小さく頷く。
「······わかりました。ですが、守るのはあなたではない、私たち騎士の仕事です」
「······ありがとうございます、アシュクロフト先生‼」
「ありがとう、アシュクロフト先生」
こうして、調査隊は遺跡へ出発した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こうして、二週間ぶりに遺跡を訪れた一行は、驚くことになる。
封印されたドアを開けると、ミノタウロスの死体どころか先生の遺体すらない。
相沢先生がいなくなったことで機能停止した遺跡の設備、ブリュンヒルデが眠っていたポッド、ウイルスに侵され自壊した転送装置だけが残されていた。
もちろん、これが何を示しているのかなど、わかる人間はいない。
だが、可能性が生まれた。
相沢先生は、『死亡』ではなく『行方不明』と報告された。
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