第10話とりあえず落ち着いて

 えーと、落ち着けお茶漬け。じゃなくて落ち着け。

 まず、状況を整理しよう。

 俺は相沢誠二。二八歳の高校教師。受け持ちは社会科、一年一組の担任。

 帰りのHRで異世界転移に遭い、クラスメイト三〇人と異世界に転移して来た。そしてオストローデ王国とかいう国に召喚され、この世界に存在する悪しき魔王を倒すために生徒たちと一緒に力を合わせて頑張ろうとしていたんだ。

 そして、この世界に来た俺たちは『チート』と呼ばれる特殊能力を得た。

 俺の能力は『|修理(リペア)』と呼ばれる、壊れた物を修理する能力……でも、直せるのはどうやら、この世界の物でも遥か昔に作られた『古代の物』に限られる。たぶん。

 まぁ案の定、俺はお荷物。むしろメキメキ強くなる生徒たちの足を引っ張る存在だったな。

 そして、強くなった生徒たちの実戦演習にムリヤリ同行し、ミノタウロスとかいう超強いモンスターと遭遇……そして、三日月のネコを助けるために自らを犠牲にした。

 そして、死を覚悟した瞬間、俺のチートが発動。遺跡そのものを修理し、そこに眠っていた存在の力を使ってミノタウロスを退けた。

 あとは遺跡の機能である転移システムを使い脱出しようとしたが、転移システムがウィルスに侵されていたため、遺跡の外とはまるで違う場所に転移したってわけだ……ははは。

 さて、ここまでが今までの出来事。

 そして現在。俺は何もない平原で立ち尽くしていた。


『……………』

「……………」


 まず、この俺をジッと見つめたまま動かない人形みたいな少女・『ブリュンヒルデ』だ。彼女は古代遺跡から現れたアンドロイドで、どうやら俺のチート能力によって修理されたらしい。

 人間離れした美しい容姿、長くキラキラした銀髪、スタイル抜群のボディに、白銀の軽鎧を着けた、まさに『戦乙女』って感じだ。年齢は16歳くらいかな、どことなく幼い感じがする。

 作り物めいた表情からは、感情の色は感じられないな……アンドロイドか。

 とにかく、この状況をなんとかしないと。


「あー、ブリュンヒルデ。とにかくここから移動しよう」

『はい、マスター』

「ええと、なんでもいいからさ、人の気配とか痕跡とか、見つけたら教えてくれ」

『はい、マスター。私のセンサーでは半径300メートル圏内に人為的痕跡は発見できませんでした』

「………ええと、じゃあ、行こうか」

『はい、マスター』


 うーん、いきなり詰んだ気がする。

 とにかく、こういうときは川を探そう。水の確保は重要だし、魚とかいれば食料にもなる。ちなみに、オストローデ王国の異世界授業で、サバイバル系の訓練も行った。

 というか、こんなところで死ねるか。


「ブリュンヒルデ、川を探そう。というか、お前って燃料は何だ?」

『私のエネルギーは太陽光です。太陽光を毛髪型ナノ繊維ユニットが吸収し熱エネルギーに変換します。他には人間と同じ食物を体内に摂取し、エネルギー変換することも可能です』

「ほぉ……便利だな」


 キラキラ光る銀髪がソーラーパネルみたいになってるのか。

 それに、食事もできるのはいい。ブリュンヒルデを造った人はわかってるな。


「よし、行こう」

『はい、マスター』


 こうして、俺とブリュンヒルデは歩き出した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さて、ここで俺の持ち物を紹介する。

 まず、俺が着ているオストローデ王国支給の軍服。これは着た人間の身体にフィットする魔術が掛けられている。そしてボタンや飾りの装飾品は銀で出来た高級品だ。

 次に、王国支給の片手剣。こいつは訓練でも使った剣で、その辺の武器屋に売ってそうなごく普通の鉄の剣だ。まぁ訓練中は木剣だったし、あまり使ってないからキレイなもんだ。

 そしてサバイバルナイフに、オストローデ王国から支給された娯楽用のお金、スーツに入れっぱなしで念のためポケットに入れておいた日本製のオイルライターくらいだ。ぶっちゃけ使える物は少ない。

 俺は当てもなく歩き、ブリュンヒルデはロボットのようにピッタリ付いてくる………あ、そういえばロボットだっけ。


「はぁ、はぁ……くそ、ヤバいな」


 思わず声に出る。

 何故なら、かれこれ一時間は歩いているのに、何もない平原がひたすら続いている。日の高さからしてお昼は過ぎただろうか………腹も減ったし、喉も渇いた。


『マスター、体温が上昇しています』

「ああ、わかってる………」


 ブリュンヒルデに言われなくても分かる。このままじゃ熱中症になる。

 当てずっぽうに歩くのは失敗だった。せめて地図でもあれば……くそ。

 ああ、なんか頭が痛くなってきた。


「ふぅ、ふぅ……」

『マスター。現在地より北西280メートル先に雑木林を発見。人為的痕跡はありません』

「雑木林……そうか、水源があるかも!!」


 ブリュンヒルデが、北西にある雑木林を見ながら言った。

 雑木林ってことは木が生い茂ってる。つまり、水脈があるってことだ。


「ブリュンヒルデ、行くぞ……」

『畏まりました。マスター』

 

 よし、まずは水だ……はやく、水分補給しないと


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 頭痛を堪えながら歩き、ようやく雑木林が見えてきた。

 歩くペースが非常に遅い。ブリュンヒルデが何度も警告をしてきたが、ようやく到着した。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

『マスター。体温上昇、バイタル不安定』

「わかってる。ブリュンヒルデ、この変に川とか池はあるか……?」

『……サーチ完了。現在地より北に80メートルに泉を発見』

「よし、行くぞ……」


 頭がガンガンして吐き気もする。こりゃ軽度の熱中症だ。

 水分補給して日陰で休めばなんとか……でも、これ以上悪化するのはヤバい。

 身体を引きずりながら進み……到着した。

 そして。


「……………マジ、か」


 目の前にある泉は、真っ黒に濁っていた。

 泉というよりドブに近い。どう見ても飲料できるような水じゃない。


「は、はは……」


 俺は膝から崩れ落ち、真っ黒な泉を見る。

 ありゃ生物が住んでるようにも見えない……詰んだな。

 

「悪いブリュンヒルデ、少し休む………」

『はい、マスター』


 俺は近くの木に寄りかかり、そのまま気を失った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 冷たくて、柔らかくて、気持ちいい。

 そして不思議と温かい。なんだろう、これ。

 ひんやりとした感触が額にあり、柔らかい何かが唇に押しつけられ、そこから何か冷たくて気持ちのいい液体が流れてくる……あ、これ水だ。

 まるで、カラカラの砂漠に水を垂らしたように、俺の身体に吸収される。

 それと同時に、意識が覚醒する。


『お目覚めですか、マスター』

「……………」

『身体機能が低下していましたので独断で水分補給をしました。このまましばらくお休み下さい。水分がまだ足りないので補給します』

「………………………むぐ?」


 ブリュンヒルデの顔が、目の前にあった。

 そして、ブリュンヒルデの唇が俺の唇と重なる。すると冷たい水が流れ、俺の口に満たされ………え?

 ウソ、まさか俺……ブリュンヒルデとキスしてる?


「っ!? っぷおぉぉぉっ!?」

『意識完全覚醒を確認。体調はいかがですか、マスター』

「ななな、なにを、水!?」

『はい。泉の水を私の体内に取り込み浄化冷却し、マスターの体内に送り込みました』

「あ……そ、そうなんだ」

『はい。更に、近くを飛んでいた鳥を投石で打ち落とし捕獲しました。調理をして栄養の摂取を』

「………あ、ああ」


 衝撃的だったがブリュンヒルデは何とも思っていないようだ。

 ブリュンヒルデの手には、真っ黒い鴨みたいな鳥がいる。どうやらまだ生きてるらしく、ピクピクと動いている。

 食べたい気持ちはそんなでもなかったが、水を飲んで落ち着いたのか、腹が鳴った。

 とにかく、死なないためには食わないと。


「あ、ありがとう、ブリュンヒルデ」

『お役に立てて幸いです』


 俺はブリュンヒルデから鳥を受け取り、血抜きをするためにナイフを手に取った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 血抜き、羽抜き、内臓処理をして、ブリュンヒルデが集めた枝と枯れ葉で火を起こす。そして鴨モドキを豪快に丸焼きにする。こんなの漫画でしか見たことない。

 今更だが、かなり暗いことに気が付いた。どうやら気を失っていたのは数時間……夕日も落ち、夜が来る。


「今日はここで野営か……ブリュンヒルデ、交代で休憩しよう」

『私に休息は必要ありません。体内ナノユニットが常時メンテナンスを行います。理論上の稼働時間は無限です』

「そ、そうか……マジでハイテクだな」

『ありがとうございます』


 ブリュンヒルデは、鴨モドキもいらないらしい。

 飲食は可能だが、あくまで緊急時のエネルギー補給方法なので、普段は髪の毛から吸収した日光をエネルギーとして蓄えられるから、夜でも問題ないらしい。

 鴨肉から肉汁が滴り落ち、いい具合に焼けてきた。


「……う、美味そうだな。ブリュンヒルデ、本当にいいのか?」

『はい』


 うーん、無感情だ。俺をジッと見たまま正座して動かないし。

 とにかく腹が減った……俺は食べるぞ。


「じゃ、いただきます……………うまっ」


 ナイフで鴨肉を裂いて食べると、柔らかくジューシーでハラハラほぐれる肉が口一杯に広がった。しかも鶏肉なのに濃厚な肉汁があふれてくる。

 これ……今まで食べた肉の中で最高に美味い!!


「…………」

『…………』


 俺は、一心不乱に肉を囓った。ブリュンヒルデにも構わず、ひたすら肉を囓る。気が付くと、鴨肉の三分の二を一人で完食してしまった。

 ようやく落ち着いたので、これからのことを話し合うか。

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