第7話最後までかっこよく
バケモノ、感想はそれだけだった。
ミノタウロスって、モンスターにありがちなウシのバケモノだよな。それが現実の存在として目の前にいる。
「アガートラーム‼ 手を貸せ‼」
「承知‼」
アガートラーム騎士は中津川よりも早く飛び出し、他の班の引率騎士たちと連携した。騎士が四人なら相手できるのか。
「四班‼ 他の班の人たちをここから引き離せ、早く‼」
「はは、はいっ‼」
「わわ、わっかりましたっ‼」
ミノタウロスに少なからずビビっていた青木と岩城が敬礼し、武器を持ったまま倒れてる生徒の傍へ。俺も三日月も生徒の傍へ向かうが、中津川だけは騎士たちと並んだ。
「ナカツガワ‼ キミも」
「大丈夫······やれます」
「·········わかりました。ただし、貴方の任務は私たちのサポートです。いいですね」
「はい‼」
あいつ、とんでもなく勇敢だ。それとも自信過剰なバカなのか。
とにかく、俺は生徒たちを引っ張り、すぐに逃げられるようにアガートラーム騎士が蹴り開けたドアの近くへ誘導する。
「あかね‼」
「しおん······無事でよかった」
「こっちのセリフだよ、ばかばか」
「ごめんね······」
俺は全員の怪我の状態を確認する。とりあえず大怪我を負った生徒はいないようだ。ホントによかった。
とりあえず、三日月と抱き合ってる篠原に事情を聞く。
「篠原、何があったんだ? ここはG級のモンスターしかいないんじゃなかったのか?」
「······わかりません。あれは、突然現れたんです。私たち1班が、この最下層のモンスターと戦って引き返そうとしたら、この空間に、なんの前触れもなく······」
「なんだって······?」
篠原の身体は震えてる。無理もない、まだ十六歳の女の子が、突然現れたバケモノと戦わざる得ない状況に追い込まれたんだ。
「とにかく、あのミノタウロスとかいうモンスターは騎士に任せてっ熱ッ⁉」
突如、ズボンの右ポケットから熱を感じた。
すぐに収まったが、俺は気になってポケットに手を突っ込む。
「·········これ」
さっき拾った宝石だ。
透き通るような星型のガラスみたいな結晶。まるで、生きているような。
「せんせ、どうするの?」
「あ、ああ······とにかく、安全な場所へ」
俺はミノタウロスと戦う騎士と中津川を見る。
「中津川‼ 無理すんな、こっちに戻って来い‼」
「く······」
普段、アシュクロフト先生と模擬戦をしてる中津川だが、動きが鈍いのは俺でもわかる。そりゃそうだ、訓練ではいい動きができても、これは実戦だ。命のやり取りなんだ。
現に、アシュクロフト先生の部下である騎士たちのが中津川よりいい動きをしていた。
「ナカツガワ、下がりなさい‼ ここは私たちに任せて‼」
「でも、でも······っ‼」
「まだわからないのですか⁉ 邪魔です‼」
「ッ‼」
アガートラーム騎士は冷酷に告げる。
これも中津川のためを思ってのこと。その優しさは俺にははっきり理解できた。でも、戦闘中に突きつけられた事実は中津川の動きを鈍くする。
『GAAAAAAAーーーーーッ‼』
「ッ⁉ しまっ······っ‼」
「中津川っ⁉」
ミノタウロスの大斧が中津川を襲う。
「はァァァァーーーーッ‼」
そして、大斧と中津川の間にアガートラーム騎士が滑り込み、中津川を蹴り飛ばす。そして不安定な体制で大斧を剣で受けた。
『BOOOOOOーーーーーッ‼』
「ぐがっ、あァァーーーッ⁉」
次の瞬間。アガートラーム騎士の左腕が、肩から切断された。
鮮血が飛び、その血が中津川の顔を濡らす。
「アガートラーム‼」「くそ、撤退だ‼」「ここを封鎖するぞ‼」
騎士の一人が中津川を抱えて俺の傍へ。
「センセイ、彼を頼みます」
「ど、どうするんですか······」
「ここから撤退します。ミノタウロスをこの空間に閉じ込めて、ドアを魔術で封印します。その後討伐隊を編成してヤツを始末するしかないでしょう」
俺は、呆然としてる中津川を支えながら聞いていた。
確かに、それしかない。
「ぐ······くぅ」
「アガートラーム、しっかりしろ‼」
もう一人の騎士がアガートラーム騎士を支えて来た。残りの一人が何やら光る鎖のような物でミノタウロスを拘束している。恐らくあれもチートだろう。
「アガートラーム、封印魔術は」
「もう、しわけ、ありま······せん。こ、この状態では、まともな、魔術は······ぐっ」
「く······ザイード、ガインと三人でやるしかない」
「ああ」
中津川を引っ張って来た騎士がザイード、ミノタウロスを光る鎖で拘束してるのがガイン、アガートラーム騎士に肩を貸してる騎士がラヴィンというらしい。
「皆さん、ご覧のように緊急事態です。このまま部屋を出たらドアを魔術で封印します。落ち着いて部屋から出て下さい」
ザイード騎士がそう告げる。
俺は生徒たちに言う。
「みんな落ち着け、落ち着いて騎士の言うことを聞くんだ。ほら中津川、自分で立って歩け」
「あ······」
「中津川‼ しゃんと立て‼」
「は、はい······」
すると、鎖を操ってたガイン騎士がこちらへ来た。ミノタウロスは鎖でがんじがらめにされているが、ピキッピキッと軋むような音がする。
「長くは持たない、脱出するぞ‼」
ガイン騎士の一声で、生徒たちは壊れたドアを潜って隣の部屋へ。そして三人の騎士が両手を掲げる。
「いいかやるぞ‼」「呼吸を合わせろ」「封印魔術は専門外だけどな······」
三騎士の両手が淡く発光し、魔術を発動する際に現れる魔法陣が展開する。どうやら封印魔術とやらは一人じゃ発動できないらしい。
『BGAAAAAAーーーーーッ‼』
ミノタウロスは暴れ、光る鎖がピキピキ音を立てる。
そして、光る鎖が破裂するように弾けて消えた。
「ぐ······オレの『タルタロス』が破られた」
「集中しろ、あと少し······」
「封印すれば、あとは······」
ミノタウロスはキョロキョロし、こちらを見た。
まだ封印は終わっていない。このままじゃヤバい。
「もう少し、もう少しだ······え?」
ガイン騎士が信じられない物を見た。
ガイン騎士だけじゃない、俺も、生徒たちも、重症のアガートラーム騎士も、全員が|それ(・・)を見て驚いた。
『にゃあん?』
それは、白いネコ。
三日月の連れていたネコが、封印魔術を施してる最中のドアをすり抜け、ミノタウロスのいる部屋へ入ったのだ。
「·········しろ、すけ?」
三日月の絶望したような声。
いつの間にか、ネコが足元にいないことに今気がついたようだ。
そして、封印魔術は完成寸前まで差し掛かる。
ガイン騎士は言った。
「諦めろ············え」
きっと、俺は馬鹿なのだろう。
生徒たちを家に返してやりたいと心から思う。からかわれても、バカにされても、やっぱり俺は生徒を守る『先生』なのだ。
守るとは、命を守るだけじゃない。
悲しそうな顔をさせたくないから、笑顔を守る。これも先生の努めだと俺は思う。
「せん······せ?」
だから、俺は飛び出した。
入口の封印とか、ミノタウロスとか関係ない。
三日月のネコを救うために、ミノタウロスの部屋へ飛び込んだ。
俺はネコをキャッチすると、そのまま入口に向かって投げた。
動物を投げるなんて良くない、でも緊急事態だし勘弁してくれ。
「悪いな、あとは頼んだぞ、中津川」
そして封印は完成、俺はミノタウロスの部屋に取り残された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
封印された金属のドアはビクともしなかった。開けようとしたんじゃなく、ミノタウロスが大斧をぶちかましても破られなきか確認した。
俺は、最後まで『先生』でいられただろうか。
『BRRRRRRッ‼』
「·········」
目の前にいるミノタウロスに、不思議と恐怖はなかった。
怖すぎて頭のネジが飛んでしまったのか。恐怖よりも生徒たちが心配になってしまう。
「·········なんか、ビール飲みたいな」
俺は床に座り手を付いた。
少し後悔があるとすれば、もっと異世界の美味いメシをたらふく食べてみたかったことだ。
エールは不味くなかったけど薄味だったし、ウィスキーとか焼酎とか探せばあったかもしれない。
「まぁ······仕方ないか」
ミノタウロスは、ズンズンと迫ってくる。
たぶん、俺を食うのか殺すのか。どうせなら食って欲しい。内臓ぶち撒けた死体なんて生徒たちに見られたくない。
「·········はは」
ミノタウロスとの距離は、十メートルもない。
なんか、泣けてきた。俺の人生、ここで終わりか。
次の瞬間、床に触れていた俺の手が発光した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
床に触れた手が光り、室内の床全体に幾何学的な文字や数字がカラフルに描かれた。モザイクのような光やオーロラのような波打つ光が空間を満たす。
「な······何だ⁉」
これは、魔術ではない。
魔術を使用する際に現れる魔法陣じゃない。そもそも、これはあり得ない。
「これ········英語、日本語、数字も······地球の言語だ」
空間を満たす文字は、紛れもなく俺も知ってる言語。
『BOO⁉ BOOOOーーーッ⁉』
ミノタウロスも混乱してる。
可能性があるとすれば、いや間違いない。
「まさか·········『|修理(リペア)』なのか」
俺が、何かを『修理』した。
床を伝って、この部屋にある何かを修理した。
発動しなかったチートが、ここに来て発動した。
「お······おわっ⁉」
突如、部屋が明るくなった。まるで蛍光灯のような白く明るい光。これは壁や床が白く発光してるんだ。
そして、部屋の変化はそれだけじゃなかった。
俺とミノタウロスの中間地点の床が、まるで機械仕掛けのような動きでガシャっと開き、地面から何かがせり上がった来た。
「な·········なんだよ、これ」
それは、培養器のような透明なガラス製で、円柱の筒だった。中には何かが入って······え?
「ま、マジか?」
それは、素っ裸の女の子だった。
長い銀色の髪に、一糸纏わぬ裸体。歳は16歳くらいだろうか、かなりスタイルがいい。
だが、驚くべきはそこじゃない。
「嘘だろ······これって」
少女の右腕が、人間ではあり得なかった。右肩から指先にかけて、機械のような腕だったのである。
機械腕の細さからして、まるで皮膚が剥がされたような感じがする。
少女に魅入っていた俺だが、ミノタウロスもバカじゃない。
『GAAAAAAーーーーッ‼』
大斧を振り上げ、少女の入った培養器に向けて突進してきたのである。
「やべぇっ⁉」
『防衛システム起動。電磁拘束起動』
「え?」
すると、ミノタウロスを囲うように四本の柱が現れ、まるで檻のように電気が流れた。
呆然として見ていると、培養器から音声が流れる。
『修復率65パーセント。自動修復システム停止。精神中枢核《ヴァルキリーハーツ》損失。再起動不可能』
「もしかして······この子、ロボットなのか?」
俺はゆっくりと培養器に近付く。不思議とミノタウロスは怖くなかった。
俺は、自分の右手を見つめ······そっと培養器のコンソール部分に手を乗せて念じる。もしかしての可能性が、俺の身体を動かした。
するとビープ音が鳴り響き、アナウンスが変わる。
『特殊チート確認。チート
すると、少女の右腕がみるみる変わっていく。まるで逆再生のように、指先から白い皮膚が腕を覆っていく。
『修復率100パーセント。再起動不可能。精神中枢《ヴァルキリーハーツ》を投入して下さい』
「あ··········もしかして」
俺はポケットを探り、透明な星型の宝石を取り出す。
すると、わかっていたかのように、コンソール部分がスライドして、何かを投入する穴が現れた。
「·········よ、よし」
俺は、意を決して宝石を投入する。
宝石が穴に飲み込まれた。
『《ヴァルキリーハーツ》投入確認。電子頭脳チェック。記憶回路一部消失。
『BOOOOOOOOOーーーーーッ‼』
培養器の音声が終了と同時に、ミノタウロスを拘束していた電気の柱が大斧で砕かれた。
「うわっ⁉」
『BOOOOOOOOOーーーーーッ‼』
ミノタウロスは培養器に一直線、俺は尻もちを付き転んでしまう。
そして、大斧が培養器に振り下ろされた。
『危険度G。殲滅します』
大斧が培養器を破壊、少女を一刀両断······ではなく、培養器を破壊した大斧を、少女は素手で受け止めていた。
『特殊兵装召喚』
少女は、右腕を真横に付き出す。すると幾何学模様とモザイクのような光が収束し、一本の大剣が現れた。
「で·······デカっ!?」
二メートルはあるゴテゴテした大剣だ。でも装飾がおかしい。まるで鍛冶屋がカンカン打ったような剣ではなく、何人もの技術者が集まり、科学の粋を集めて作り出したような機械的な剣だった。
『乙女神剣エクスカリヴァーン・アクセプト起動。危険度Gモンスターを殲滅します』
少女は、剣を横薙に振るった。
それだけで、ミノタウロスは消滅した。どういう理屈なのか、ミノタウロスは蒸発したように消えてしまった。
『戦闘終了。各部チェック。問題ありません』
「·········」
俺は、尻もちを付いたまま、素っ裸の少女を見た。
これが、俺と少女の出会い。
戦乙女型アンドロイド・ブリュンヒルデとの出会いだった。
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