第5話お荷物の相沢センセー
異世界こと『オストローデ王国』に来て早一ヶ月。
俺は、王国支給の片手剣を腰に下げたまま、地面に突っ伏していた。
現在、俺は中津川とアシュクロフト先生と一緒に、基礎訓練を行っていた。
内容は単純。体力作りのランニングと筋力トレーニングだ。それだけで俺はグロッキー、これで準備運動だから参っちまうよ。
「······センセイ、しばし休憩を」
「す、すんま、せん······」
アシュクロフト先生の疲れたような視線ももう慣れた。それに、一緒に訓練してる中津川は汗一つ掻いてない。
「ではナカツガワ、いつも通り」
「はいっ‼」
アシュクロフト先生と中津川は、それぞれのチートから生み出された固有武器を具現化させる。そして、模擬戦という名の戦いが始まる。
俺は肩で息をしながらようやく座り直し、二人の模擬戦を観察する。
「·········はぁ」
中津川は、まるでヒーローだった。
たぶん、クラスで一番強くなってる。このオストローデ王国最強と呼ばれるアシュクロフト先生と互角に打ち合ってるし。まぁ二人とも本気じゃないらしいけどな。
中津川だけじゃない、他のみんなもかなり強くなった。チートのレベルも上がり、新しい能力を覚えた生徒もたくさんいる。
俺はというと·········。
********************
【名前】 相沢誠二
【チート】
○壊れた物を修理することが可能
********************
相変わらず、コレだった。
支援グループに混ざってチートの訓練をしたが、まるで修理が発動しない。割れた花瓶や折れた剣、ヒビの入った壁とかいろいろ試したが、直るどころか発動すらしない。
俺はとんでもない役立たずだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕食が終わり、自由時間になる。
生徒たちは、このオストローデ城を学校みたいな感覚で出歩いていた。部屋に遊びに行ったり、こっそりと城下町にでかけたり、城で仲良くなったネコミミメイドとお話したり。もう日本のことは忘れてるかもしれない。
「······はぁ」
俺は自室でエール(この世界のビール)を飲んでいた。
今や、俺の楽しみは訓練後のエールだけだ。実は陰ながら聞いちまったんだよね······騎士団の連中が、俺のこと「お荷物」って呼んでたの。
確かに、基礎訓練だけで精一杯だし、剣の訓練なんて身にも付かない。俺にできることはぶっちゃけ何もない。
生徒たちたの差は開くばかり、生徒たち頼みと言ったけど、これじゃあまりにも酷すぎる。
俺は、金属の壺に入ったエールをグラスに注ぎ、ツマミのソーセージを食べる。なんか情けなくなってきた。
すると、ドアが小さくノックされた。
「ん······誰だー?」
『せんせ、わたし、しおん』
「三日月か? なんか用か?」
『入っていい?』
「んー······いいぞ」
『おじゃましまーす』
入って来たのは三日月しおん、そして二匹のネコだった。
「せんせ、お酒飲んでる」
「俺の楽しみだからな」
三日月はベッドに座り、足元でじゃれつくネコを抱き上げる。
「どうした、なんか用事か?」
「ううん、ヒマだから来ただけ。あかねやみんなは騎士団長のところに行っちゃったし」
「アシュクロフト先生のところへ? なんで?」
「なんかゲームやるんだって。この世界のチェスみたいな遊びを教えてあげるって言ったら、女子はほとんど参加しちゃった」
「お前は行かないのか?」
「うん、キョーミないし。この子たちがいるからね」
異世界のネコは日本にいるネコと変わらない。
こいつらは、三日月のチート『ネコあつめ』で三日月が呼び寄せて友達になったらしい。
三日月は猫使い、支援系チートだ。ネコはどこにでもいるし、偵察や情報集めをするのに最適だとか。
ちなみにここにいる二匹のネコは、最初のネコ友達らしい。トラ猫が『とらじろー』で白猫が『しろすけ』だ。
「せんせ、疲れてる?」
「あー······どうかな」
疲れてる······肉体的にか、精神的にか、どっちもかな。
グラスを飲み干しおかわりを注ぐ······ありゃ、もうないや。
「せんせ、負けないでね」
「ん?」
「せんせーは、せんせーが思ってる以上に、みんなは大好きだよ? わたしも優しいせんせーが好きだよ」
「はは、ありがとな。せんせーは負けないぞ、ってか何に負けるんだよ?」
「······騎士の人たち、せんせーのこと悪く言ってた」
「あぁ、ほっとけほっとけ。俺は騎士団に好かれたくて頑張ってるんじゃない、クラスのみんなが家に帰れるように頑張ってるんだ。お前だって家に帰りたいだろ?」
「······うん」
「そうか。そう思ってくれてるだけで、せんせーは頑張れるんだ。お前たちを家に返してやりたい、俺にできることは何でもやる、そう思えるんだ」
「せんせー······」
「だから、ふぁ······お前も頑張ってくれ。頼むぞ······」
呑みすぎたのか、少し眠い。
三日月がネコと戯れてるのを眺めていると、意識が遠のいてきた。机の上に頬杖をついたまま、重くなる瞼に抗えない。
「せんせ、ありがと······」
そんな声が、聞こえた気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからさらに一ヶ月。
生徒たちは、それぞれが猛者と呼べる存在になっていた。
もはや戦闘グループは騎士団じゃ相手にならないレベル。この頃になると、生徒たちは自分のステータスをひけらかすことはなかった。隠し玉でもあるのかね。
今日は、戦闘グループと支援グループを集めてミーティングをしていた。
「皆さんの成長は予想以上です。当初の予定を大幅に短縮して尚かつ、ここまでの強さを手に入れるとは、ボクを含めて誰も予想していませんでした。そこで、少し早いですが、パーティーを組んで実戦に挑みたいと思います」
実戦。つまり、モンスターと戦う。訓練ではない命のやり取りだ。
「ついに来た‼」「へへ、モンスターなんて雑魚だぜ‼」
「でもさ、ウチらもかなり強くなったし」「だよねだよねー」
生徒たちは興奮してる。その気持ちはわからんでもない。
「では、ボクとアナスタシアが、それぞれのチートを踏まえて組んだパーティーを発表するので、名前を呼ばれた人は前に」
アシュクロフト先生が名前を呼ぶ。
チームは五人一組、計六チーム。
俺の名前は呼ばれなかった······うん、わかってた。
「あの······俺は?」
「······センセーの実力では、モンスターと戦うのは厳しいかと」
「·········」
確かに、アシュクロフト先生の言うとおりだ。
はっきり言って、俺はクラスのお荷物教師。支援グループよりも弱いし、役立たずチートは未だにレベル1。
でも、俺は教師でみんなは俺の大事な生徒たちだ。
「俺も同行します。させて下さい」
「ですが······」
「生徒が命賭けるんです。教師の俺はここで待ってるなんてできません。お願いします‼」
俺は生徒の前で頭を下げる。
かっこ悪くても、情けなくてもいい。俺はみんなの担任教師だ。
「わたしからも、お願いです」
「ちょ、しおん⁉」
すると、俺の隣に三日月が並んで頭を下げた。篠原の静止を振り切って。
「せんせーは、わたしたちのせんせーだから。みんなと一緒がいいの」
「三日月······」
「オレからもお願いします」
さらに、中津川も前に出た。
「相沢先生は、ずっとオレと訓練していました。確かに基礎訓練で参ってたけど······みんなの5倍ある訓練量の、オレの基礎訓練に付いて来てた。きっと頼りになる」
「5倍⁉ ウッソだろ⁉ 初めて聞いたぞ⁉」
「え······知らなかったんですか?」
俺は思わず叫んでいた。あの訓練、フツーの5倍もあったのか。
俺の中津川へのツッコミに、みんなが爆笑していた。
アシュクロフト先生は苦笑し、息を吐く。
「······わかりました。では、ナカツガワのグループに、センセーを配属します」
「······はい‼」
よし······やってやる‼
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺たちが向かったのは、オストローデ王国近くにある遺跡。どうやら大昔からあるらしく、地下にはモンスターが住み着いているらしい。
遺跡前でアシュクロフト先生が真剣な表情で言う。
「この遺跡は、遥か昔に作られた古代遺跡です。地下は三階まであり、全ての階層にモンスターが住み着いています。モンスターの種類は、グリーンゴブリン、グリーンアント、グリーンワームの三種類。どれもG級のモンスターですが油断は禁物ですよ」
モンスターはA〜G級の階級に分かれ、Aに近くなればなるほど強いらしい。ちなみにAよりも強いSや、さらにその上もあるとか。
生徒たちのグループは六で、それぞれ引率の騎士団員が一人付く。今回は三階層まで進み、三種類全てのモンスターと戦闘して帰還するのが目標だ。
「では、第一班。準備はいいですか?」
第1班は城島率いるグループだ。城島のヤツはああ見えて面倒見がいい、野球部で鍛えられているからか。
そして、第二第三グループが出発し、第四班······俺の所属するグループの番が来た。
「よし、行こうみんな‼」
中津川がリーダーシップを発揮し、みんなを鼓舞する。
「せんせ、いこ」
「ああ」
三日月に袖を引かれ、俺は遺跡へと入って行く。
これが、全ての始まりだった。
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