『彼女の行き止まり』 6/6
視界いっぱいに満ちた光が弱まってやがて消えると、ひづりと夜不寝リコは見知らぬ田舎道の真ん中に立ち尽くしていた。凍原坂の携帯電話に連絡を入れた直後のことだった。
「ひづり!」
声に振り返ると道の向こうから天井花イナリと凍原坂がこちらへ駆けて来るのが見えた。
「天井花さん、《転移》ありがとうございます。バスには間に合いましたか?」
合流すると同時にひづりと夜不寝リコも彼女達と一緒になって走り出した。
「ああ、ギリギリであったがな。それよりお主らこそ……ふふ、良い話し合いになったようじゃな?」
彼女はひづりのやや腫れた右頬や土埃にまみれた夜不寝リコの衣服を見比べて面白がるように言った。《未来視》で事前に《見て》いたのか、それともただの勘だったのか、どちらにせよやはり彼女はひづりと夜不寝リコがああしたやり取りをするだろう事は最初から分かっていたらしかった。
「あれ? ひづりさん、頬、どうされたんですか? リコちゃんも服が……」
凍原坂も気付いて心配そうな顔をしてくれた。
ひづりと夜不寝リコは走りながら互いの顔を見た。先ほどのどうしようもないような言い合いやら殴り合いやらが思い出され、そしてそれはひづりだけでなく夜不寝リコの方も同じだったらしく、二人揃って「……ぷはっ」と吹き出してそのまま笑ってしまった。「え、え?」と凍原坂は戸惑っていた。
「見えて来たぞ。あの正面の山の辺りじゃ」
天井花イナリが道の先を指差した。それは地図で見た筑波山の威容と比べると少々低く、起伏もなだらかな横長の山だった。ひづり達が走る田舎道も先ほどから民家や畑が続くのみで、どうやらこの辺りはもう筑波山神社の観光地エリアからはすっかり外れているようだった。
「……そうです。あの山の麓……あそこに蚕影神社が……」
十四年前の婚前旅行、その当時の事を思い出して来たらしい、凍原坂が独り言のように呟いた。
ひづりは凍原坂の背の《フラウ》を見た。彼女は相変わらずおとなしく眠ったままでいる。対の存在である《火庫》の身に何かあれば彼女にはすぐに分かるという話であったから、とりあえず今のところは蚕影神社に居るであろう《火庫》に予想外の危険などは及んでいない、という事なのだろう。
昨日の《火庫》の様子をひづりは思い返した。虚ろな暗い顔をして、仕事も何も手につかない。あんな彼女を見たのは初めてだった。
《火庫》さんはどうして今日凍原坂さんに黙ってこんな遠出をしたのだろう。筑波山神社や蚕影神社に関係する《記憶》に、彼女は一体何を見たのだろう。彼女の心をこの地に縫い止め、凍原坂の事さえ意識の外にしてしまう程の何かがこの先に存在するなど、これまでの二人を見て来たひづりには正直想像もつかなかった。
十四年前の西檀越雪乃の《過去》に一体何が残されていたというのだろう。
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