第12話 『それが間違いでも、後悔でも』





 あの時はただ、自分がやるしかないと思った。家族のために、自分のために、それが必要なことだと思った。そして自分にはそれが可能だった。だからやった。


 そうだ。あの時の自分は、自分と家族の身の安全のために行動した。それは事実で、この先もそれは変わる事はない。二年前に両親は不幸な事故で死んだが、弟も妹も、そして姪も甥も、今でも健全に健康に、まっとうな世界で生きている。


 家族の平穏な幸い。二十一歳の私は当時それを願って行動した。今なお親族が無事に暮らしている事を何より喜ばしく思う。その気持ちは揺るがない。


 ……けれど。


 後悔などするはずがない、と、そう思っていた。長女として、家族のためなら何だって出来ると信じていた。


 でもそうじゃなかった。


 二十七年前のあの日、自分が何もしなくても、世界は、自分と家族を守ってくれる未来を用意していた。それを後から知った。


 決意に意味は無かった。震える足を奮い立たせた事も。


 ただ、この両手を数え切れない人間の血で汚しただけだった。


 一人の小娘が企てたはずのその計画は、しかし、亡くなる直前になっても警察官であった父に気づかれることは無く、ついに誰から咎められる事も無く果たされた。


 無意味に、いつそれが白日の下に晒され糾弾されるだろうかと怯え、あるいは陥れた《奴ら》に感づかれ、自分と家族が地獄の様な世界に落とされる明日を想像して神経をすり減らす、そんな日々が始まっただけだった。


 もし未来を知っていたなら。きっと自分はあんな馬鹿な真似をしなかっただろう。この心を汚し、歪め、後悔と恐怖に眠れない夜を過ごす、こんな人生を送る事にはならなかっただろう。


 『やらなくては家族を守れなかった。今の己の幸せがあるのは、この両手を汚した結果に他ならない』……そう思い続けられたなら、一体どれだけ良かっただろう。事実を知ってしまった後、もはや自分の感情を騙す事すら出来なくなっていた。


 ああ、それでも。


 十七年前、たった一つの光が官舎甘夏の人生に射した。それは運命の出逢いだった。


 彼女が私の心を救ってくれた。悔恨に満ちた歳月で歪みきっていた、この私の心を――。





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