第41話 1-38 お稲荷さん

「フェア、夕飯を一緒にどうだ?」

「……宜しいのですか?」

「ああ、構わねぇよ。ラーメンは、五食分しかねぇけど、飯はまだ有るから大丈夫だ」

「宜しければ、私の他に、孤児院の子達にも食べさせてあげたいのですが……」

「ガキども、何人いるんだ?」

「キー様に、料理を教えて欲しい年長の子達が、四人居ります」

「四人なら、大丈夫だろう。全員だと何人いるんだい?」

「十八人、居ります。夕食後には、夜の間だけ預かる子達も来ますが……」

「そうかあ……。十八人は、ちと無理だな。全員へは別の日に食わそう。今日は四人だけ連れて来いよ」

「宜しいですか?」

「ああ、作るところから見せてやる。何事も最初は見て覚えるのが大事だからな」

「はい。それでは、連れて参ります」

「あいよ、俺は屋台を家の中へ運んで来る」

「ご、ご主人さま、それは、あたしが……」

「そうだな、そんじゃ、ポチット頼む」

「は、はい!」


 フェアは、家を出て孤児院へ向かう。

 ポチットもフェアに続いて、外へ出る。

 俺は、玄関のドアを開けおき、ポチットが屋台を運んで来るのを待つ。

 この家のドアは、何故か大型で屋台もすんなり通れる程大きい。

 しかも、観音開きなので、普通の出入りには片側だけの開閉で出入りできる。

 屋台を通すために、俺は両方のドアを開け広げた。


 ポチットが屋台を軽々と引いて来た。

 そして、玄関を抜けて厨房の方へと引いていく。

 厨房には竈が設置しあるが、薪を焚かないと使えない。

 しかし、俺の屋台には文明の利器、ガス・コンロが有る。

 小型LPGボンベが積んであるので、薪など不要だ。

 何れは、竈での調理もやらなきゃならねぇだろうが、今はガス・コンロだ。


 ポチットに厨房の脇へ屋台を運んでもらう。

 そして、移動形態から営業形態へと手動変形を開始だ。

 レイとポチットも手伝い、変形作業は直ぐに終わる。

 ガス・コンロに火を入れ、料理の準備開始だ。

 昼間、騎士養成所で使ったままなので、寸胴鍋には麺を茹でる水も入っている。

 それを再加熱して湯を沸かす。

 同時に、かなり量が減ったがスープの寸胴のコンロにも火を入れる。


 俺達が屋台の準備をしていると、フェアが戻って来た。

 後からは、十歳くらいのガキどもが付いて来る。

 男のガキが一人と、女の子が三人だ。

 この世界の男女比率のとおりだな。

 男のガキは、悪戯小僧っぽい。

 女の子三人は、なんだか不安そうな表情だ。


「キー様、この子達が、孤児院の年長組です」

「おお、良く来たな。俺は、キー、キー・コータだ。よろしくな」

「おじさんが、料理を教えてくれるのかい?」

「ああ、そうだとも。って、おじさん呼ばわりは止めろ。せめて、お兄さんと呼べや」

「わかった、お兄さんだね?」

「そうだ、それで良い」

「うふふふふ……。キー様も、お歳を気になさるのですわね」

「あたりめぇだ。まだ、おじさんはねぇだろう?」

「キー様、おいくつなのですか?」

「……まだ二十八だ。もうすぐ二十九だけど」

「見た目は、もっと若く見えますわ」

「ありがとうよ……って、どうせ、童顔だよ。十年前からな……」

「うふふふ……。若く見えるのは羨ましいですわ」

「まあ、そんな事は、どうでも良いんだ。で、ガキども、これから料理するから、よく見ておけ」

「「「「はいっ」」」」


 ガキどもは、声をそろえて良い返事だ。

 くそっ、どさくさに紛れて、フェアに俺の歳を聞かれてしまった。

 逆にフェアの歳を聞きたかったが、女に歳を聞くと面倒な事になる。

 それは、俺の十年の社会経験から学んだ結論だ。

 だから絶対に女の歳は聞かねぇ。

 会話の中で女の方から自然と言うまでは、絶対に聞かねぇってのが揉め事回避の秘訣さ。


 さて、今夜は食材が少ねぇ割には、ガキどもも増えたんでどうするか。

 とにかく、湯が沸いたんで、残り五食分のラーメンを茹でる。

 スープは人数分の分量は未だ有るから、醤油タレでスープにするか。

 飯もまだたっぷり残っているから、これでチャーハンにしよう。

 幸い、厨房には大きな皿が何枚もあった。

 この皿へ山盛りのチャーハンを作る。

 中華バイキングで良く見るチャーハンだ。


 ガキどもは、俺が麺を茹でながら、中華鍋でチャーハンを手際よく作って行くのをガン見していた。

 そして、中華鍋を大きく振ってチャーハンが中を舞うと、「おぉ~」と歓声を上げる。

 そうだ、もっと驚けガキどもよ。

 チャーハンを大皿へと盛りつけ、レイにテーブルへ運ばせる。

 次に、茹でた麺をしっかりと湯切りして、これも五食分を一纏めにして大皿へ盛りつけた。

 最後に、人数分の丼へスープを注ぎ込み、刻み葱をちらせ胡椒を少し振りかける。

 スープの味は、少し濃い目にしている。

 

 さあ、中華つけ麺とチャーハンのでき上がりだ。

 レイとポチットが、出来上がった人数分のスープをテーブルに運ぶ。

 大皿に盛りつけたチャーハンは、俺が運んで行く。

 チャーハンを取り分ける小皿も用意して、これで夕食の準備完了だ。

 そうそう、食い盛りのガキどもと、成長真っ盛りのポチットには、特別料理も出してやろう。


「さあ、晩飯の準備完了だ。どうだ、ガキども?」

「すげぇーよ、おじさん……ゴメン、お兄さん」

「ほんとうです。こんな短い時間に、美味しそうな料理を作るなんて……」

「美味しそうな匂いです~」

「見たことの無いお料理」

「おう、もっと褒めて良いぞ。食った後にだけどな。さあ、冷めねぇ内に食おうや」

「はい、キー様。しかし、どの様に食すのですか?」

「ああ、こうやって食ってくれ。おっと、ほんじゃ、頂きます」


 俺は、大皿に盛った麺を箸でとり、それを丼のスープへ入れてから食う。

 おっと、このガキ共も箸は使えねぇな。

 厨房にあったフォークも準備してあるので、それを使って食って見せる。

 次に、これも厨房にあったスプーンで、チャーハンを小皿へとり、それを食う。


「こうやって食うんだ。さあ、食え、食え」


 俺の声で、一斉にガキどもが麺をスープに入れ食い始めた。


「美味いよ~、おじさん……じゃなかった、お兄さん!」

「美味しいです。このスープも」

「お肉も入ってます~」

「初めて食べました。なんて美味しいの」

「そうか、そうかい。こっちも食え」

「私も頂きます。これは、替え玉の食し方と同じなのですね」

「ああ、そう言う事だ。つけ麺って言うんだ」

「この炒めた、ご飯も美味しいですわ」

「チャーハンだ。焼き飯とも言うがな」

「中華つけ麺も、たまに食べると美味しいですね、ご主人様」

「お、美味しいです。ラーメンとは違った味です」

「スープが濃く作ってあるからな。麺の量が少ねぇから、チャーハンも食えよ」

「は、はい。頂きます!」


 ガキどもは、一心不乱につけ麺とチャーハンを食っている。

 フェアも、チャーハンは初めてだったから、そちらを主に食う。

 相変わらずレイは、麺一筋かと思ったが、チャーハンもしっかり食っている。

 ポチットは遠慮しがちに、ガキどもが麺をとった後、自分も麺をとっているが、もう残り少ない。

 よし、ポチットとガキどもは未だ食うだろう。

 俺は屋台のクーラー・ボックスに入れてある品をとりに行く。


「ガキども、まだ食えるだろう?」

「まだ料理が有るの?」

「ああ、有るとも。これを食ってみろ」


 俺はクーラー・ボックスから出してきた品を、テーブルに出す。


「これは、稲荷寿司という食い物だ。さあ、食え、ガキども。ポチットもな」


 ラーメン屋台のお披露目会の前日、俺が仕込んでおいた稲荷寿司だ。

 お祝いの席だったから、やっぱり寿司は欠かせねぇ。

 本当は五目寿司にしたかったんだけどな。


「これも美味しいよ! おじさん……お兄さん!」

「甘くて、しょっぱくて、酸っぱくて、そして冷たいなんて……」

「嘘みたいなお料理です~」

「凄い美味しいです。生まれて初めてばかりの、お料理」

「ポチットも食え、フェアも食ってみな」

「は、はい。頂きます。……お、美味しいです。本当に甘辛くて、冷たくて」

「私も、お腹いっぱいですけど、一つだけ頂きますわ。な、なんと言う食感でしょう。これはデザートでしょうか?」

「まあ、祝い事なんかで食うんだけど、普通にも食うんだ。俺の国の食い物だよ。有る意味、今日はお祝いだからな」

「ご主人さま、わたしもお祝いなので頂きます」

「おお、レイも食え。たまにはラーメン以外も食わねぇとな」

「稲荷神社のお使いの狐さんの気持ちが、今初めて判りました……」

「はあ?」

「お友達のお稲荷さんが……」

「そこまでにしておけ、レイ」

「はい……」


 俺はレイが中華そば屋台の精霊だった事を忘れてたよ。

 それにしても、レイの友達にお稲荷さんの狐がいたとはな。

 俺の夢に引っ張り込んで来なくて良かったよ。

 狐に取り憑かれたなんて、洒落にならねぇ。

 まあ、中華そば屋台の精霊に取り憑かれたんだから、似たようなものかもな……。






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