第40話 1-37 交換条件

 商業ギルドの受付嬢に教えられた歓楽街近くの孤児院は、直ぐに場所が判った。

 歓楽街の中央を貫く道へ入る事なく、孤児院まで行く事が出来る裏通りを進む。

 少し裏通りを進むと、古びた建物だが周りを木々で囲まれた孤児院が見えてきた。

 俺達は、その建物に向かい敷地内へ入って行く。

 敷地内には、家庭菜園のような畑や、鶏でも飼っているのだろうか、鳥小屋なども見える。

 古びた建物の入り口前まで行き、俺はドアをノックして言った。


「こんにちは。商業ギルドで紹介されて来ました。何方かいらっしゃいますか?」

「はーい。少しお待ち下さい」


 建物の中から、女の声で返事がある。

 子供の声ではなく、大人の女の声だった。

 あれ? 何処かで聞いた事の有る声だな。

 そして、少しドアの前で待っていると、ドアが開き、中から女が現れる。

 その女は、何と俺の知っている女だった。


「いらっしゃる頃だと思っていましたわ。キー様」

「……フェア? なんで、孤児院にいるんだよ?」

「うふふふ……。詳しいお話は、中で致しますわ。どうぞ、皆さんお入り下さいな」

「そ、そうだな。それじゃ、邪魔させてもらう」


 俺は、フェアの登場に驚いたが、同様にレイやポチットも驚きの表情を隠せなかった。

 フェアに続いて、俺達も建物の中へと入って行く。

 建物の中は、小綺麗にされており、一見すると孤児院には見えない。

 フェアに続いて歩いて行くと、応接室のような部屋へ案内され、ソファーへと座る。


「今、お茶を用意させますね」

「ああ、悪りぃな。そんで、どうしてあんたが、孤児院にいるのか教えてくれ」

「私が、この孤児院を運営しております、院長ですのよ」

「えぇっ! フェアが孤児院の院長だって!?」

「はい、そうですの」

「そ、そうなのか……。なるほど、孤児院を運営するには資金が必要だもんな。それで、夜はホステスをしている訳か……大変だな」

「えっ? ああ、違いますわ。あの"新世界"も私のお店ですのよ」

「「「えぇ~!」」」


 それは、驚愕の事実だった。

 なんと、フェアは"新世界"のオーナーだと言うのだ。


「……何で、経営者のフェアが、夕べはホステスになっていたんだよ? そんなに人手不足なんか?」

「おほほほ……。昨夜は失礼しました。実は、新人のサニーを教育中だったのです。そこへキー様がいらっしゃって、事もあろうに私を指名してしまったのですわ」

「なんてこった。俺は、"新世界"の経営者を指名したんか……。そうか、それでホステス達が全員、驚いてどよめきと歓声を上げたのか」

「そうなのです。私が一番、驚きましたけど……。普通、白い番号札を着けている女を指名する殿方は、あまり居られないのですが、まさかキー様とレゾナ様が、そろって白札の私達を指名して仕舞うとは……」

「成る程な。偶然だったけど、結果としては良かったよ。なにせ、歓楽街の管理者をフェアに紹介してもらえたんだからな」

「はい、私もキー様とお知り合いになれたのは、幸運でした。女神様に感謝ですね」

「そうか、それで次の疑問だ。なんで、商業ギルドへ借家の物件を出したんだ?」

「それは、もちろんキー様に借りていただくためですわ。直接、私を頼って下さるとは限りませんでしたので……」

「成る程、そこまで先読みしていたのかよ……。それじゃ、最後の質問だ。何で俺にそこまで親切にしてくれるんだ?」

「もちろん、善意……だけでは有りません。キー様にお願いが有ったからです」

「交換条件と言う訳か。……そうだろうな、格安の優良物件の借家だと商業ギルドでは言っていたからな。何か曰く付きかなと思っていたんだけど、やっぱりか」

「はい。こちらの条件を飲んで頂ければ、借家をキー様へお貸し致しますわ」

かねじゃ無さそうだな。俺に出来る事なら、構わねぇけど、事と次第によってだな」

「キー様にとっては簡単な事ですわ。この孤児院の子供達に、料理を教えて欲しいのです」

「はあ? 孤児院のガキどもに、俺が料理を教えるのか?」

「はい。孤児院を出ても、中々、仕事を得られない子が多く、皆が苦労しています。ですので、手に職を持たせて卒院させてやりたいのです」

「ふーん。でも、簡単に料理は覚えられねぇぞ。俺も、結構苦労したからな」

「大丈夫です。皆、賢い子供達ばかりですから」

「そうか……。まあ、良いだろう。屋台の営業は夜になってからだから、昼間なら時間もあるしな」

「有り難うございます。それでは、契約成立ですわね」

「ああ、こっちこそ、良い物件を紹介してもらって感謝だ。ありがとうよ。ところで、なんでフェアは、孤児院を、しかも私設で運営しているんだ?」

「この孤児院に収容されている子供達は、歓楽街で働いていた女性達の子供達です。教会で運営している孤児院にも、中々入れないのが実情なのです……」

「へぇ~。まあ、俺の居た国でも、小さな子の面倒をみる施設は、入居待ちが多かったけどな」

「そうですか。それと、この孤児院は、孤児だけではなく、夜働く女性達の子供や赤子を、あずかる事も行っています」

「ああ、託児所も兼ねているのか。ふーん、フェアの慈善事業って訳だな」

「歓楽街で働く女性は、困っている方が多いのです。少しでも助けになればと思って……」

「フェアは、優しいんだな。よし、俺も協力するよ。任せておけ」

「キー様なら、必ずそう言ってくれると信じておりました。ありがとうございます」

「俺も、18歳の時に両親を亡くしてな……。孤児は人ごとじゃねぇんだ」

「そうだったのですか……。それでは、お茶を飲んだら、借家の方をご案内いたしますね」

「ああ、頼むよ。これで俺達、今夜から宿無しを返上できそうだ」

「別に、宿へ泊まって頂いても宜しいのですのよ?」

「宿って、昨晩宿泊させてもらった高級宿か?」

「はい。あの宿も私が経営しておりますの」

「「「はあ~!?」」」


 フェアの言葉に再び俺やレイ、ポチットの三人は、そろって驚きの声を上げてしまった。

 フェアと話をしていると、お茶が運ばれて来た。

 運んで来たのは、これも見知った顔のサニーだ。

 話によるとサニーは昼は孤児院で働き、夜は"新世界"でも働くそうだ。

 なんとも、この世界、いや歓楽街の女は良く働くんだな。

 寝る時間も、殆どねぇんじゃねぇのか。


 お茶を貰って、フェアが借家へ案内してくれると言うので、孤児院を出て借家へ行く事にする。

 孤児院と借家は敷地が隣り合っていて、孤児院を囲む木を抜けると、その借家が見えた。

 こぢんまりとした小さな家だが、そう古びた感じはしねぇな。

 フェアが借家の鍵を開け、家の中へと俺達を案内してくれる。

 平屋の家なのだが部屋数は三部屋あるそうで、玄関に続く部屋がリビングだ。

 寝室は二つ有り、主寝室と来客用だと言う。


 後は厨房と小さな浴室も完備しているのは、有り難いよな。

 トイレは外に有るとの事で、この世界では標準的みてぇだ。

 ちなみに、二つの寝室にはベッドが既に設置されており、この借家は家具付きの物件だったのも有り難いよ。

 厨房には竈が有って鍋釜も揃っている上、食器類まで有ったのは驚きだよ。

 どうやら、以前住んで居た人の置き土産らしい。

 よし、これで今日から、ここを拠点にして本格的なラーメン屋台を明日から稼働させられる。

 さあ、いよいよラーメン屋台"精霊軒"の開業だ。






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