第39話 1-36 孤児院

 俺達は、王都の貴族街を抜け、屋台を引きながら再び商業ギルドを目指して歩く。

 真っ昼間の街中を屋台を引いて歩く姿は、流石に人の目も引いたようで、すれ違う人々は皆、俺達の方を見ていた。

 しかし、それは屋台を引く姿が珍しいからでは無く、どうやら奴隷のポチットが屋台を引かず、俺が屋台を引いているからのようだ。

 ポチットは、「わ、わたしが屋台を引きます。ご主人さま!」と言っているが、この屋台を引くのは全く苦にならないのだ。

 何せ、この世界には無い電動アシスト付き屋台だからな。

 とは言え、通行人から奇異な視線を浴び続けるのは、幾ら苗字が紀伊だからとは言え、駄洒落にもならない。


「そんじゃ、ポチット、代わってくれ」

「は、はい。ご主人さま」


 俺は、屋台を引く手摺りの中から出て、代わりにポチットが中へ入る。

 先ずは、ポチットに何も教えずに屋台を引かせてみた。


「うっ、重いです。これを軽々と引き続ける、ご主人さまは、凄いです!」

「重いよな、確かに。それでも、ポチット、その小さな身体で、良く引けるな。驚いたよ」

「じゅ、獣人族は、人族よりも身体能力が高いのです。ご、ご心配なく」

「ご主人様、意地悪しないで、速く電動アシストを教えてあげて下さい」

「む、悪かった。レイの言う通りだな。いや、本当はポチットじゃ、引けないだろうと思ったのさ」

「私も、電動アシスト無しでは、無理だろうと思いましたが、ポチットちゃんの力、凄いです」

「な、何なのでしょうか? その、でんどうあしすととは?」

「ああ、ちょっと止めてくれ」

「は、はい」

「屋台を引く時にな、このスイッチを最初に、こう入れてだな。そんでもってこのレバーを握って屋台を引くんだ。やってみな」

「こ、これを赤い所へ切り換えてから、この取っ手を握りながらですね。あっ! 全く重く無くなりました!」

「そうだ、それが電動アシストだぞ。楽ちんだろう?」

「は、はい。ご主人さま。これなら、普通に歩くのと全く変わりません。す、凄いです!」

「はははは、そうだろ。ああ、この装置は、秘密だからな。絶対に他人には言うなよ」

「は、はい。もちろんです。絶対に喋りません」


 電動アシスト機能なしでも、ポチットはこの重装備の屋台を引いた事に俺もレイも驚いたが、それよりも電動アシストの効果に誰よりも驚いたのは、他ならぬポチットだった。

 ポチット、まるで普通に歩くかのように、軽々と屋台を引いて行く。

 これで、他の人の目には、奴隷が屋台を引き、主人である俺の後に付いてくるという構図に見えるだろう。

 俺としては、獣人とは言え15歳の少女に屋台を引かせて、何気ない顔をして歩くと言うのは、中々受け容れ難い光景に思えるのだが、郷には入れば郷に従えだ。

 こうして、ポチットに屋台を引いてもらい、俺達三人は商業ギルドまでやって来た。


 レイとポチットには、商業ギルドの外で待つように言い、俺だけが中へと入って行く。

 商業ギルドでは、朝方に対応してくれた受付嬢の窓口へ、またまた並ぶ。

 別に気がある訳じゃねぇんだけど、愛想の良い娘なので話しやすいだけだ。


「朝方は、ありがとな。無事にレゾナ商会にも行けたし、貴族街へも行けたよ」

「それは、ようございました。それで、今回は、どんなご用件でしょうか?」

「ああ、安い借家を紹介して貰えねぇかと思ってな。宿へ長期間泊まるよりも安い借家って有るかな?」

「安価な宿よりも安い借家だと、かなり限られてしまいますね……。一人住まいだと尚更ですよ?」

「やっぱりな……。一応、俺の他に二人なんだけどな。従業員が二人いるんだよ」

「三人でお住まいになるのであれば、一番小さな借家でも十分ですね。少し、お待ち下さい。資料を持って参ります」

「悪りぃな、頼むよ」


 少しだけ、受付窓口で待っていると、受付嬢が沢山の羊皮紙が綴じてある分厚い資料を持って戻って来た。


「お待たせしました。ご予算は、どの位をお考えですか?」

「その辺りの相場も聞きてぇんだ。安い宿へ1ヶ月宿泊すると、王都じゃどの位かかるんだい?」

「そうですねえ。1ヶ月の宿泊だと割引価格になるのが普通ですので、食事付きですが安い宿ならば金貨一枚くらいでしょうか」

「なるほどな。それじゃ、金貨一枚で住める借家だな」

「そうなりますと……北地区の方面しか物件は有りませんが、お勧めは出来ません」

「ああ、北地区は治安が悪いって、俺も聞いたよ。そんなに悪いのかい?」

「はい、良くありません。特に、お連れが女性では、尚更お勧めいたしかねます」

「そうかあ……。歓楽街の近くじゃ、もっと相場が高いんだろうな」

「はい。金貨一枚の借家物件は……。おや、この物件は? 一件だけ、ございました」

「へぇ、それどうなんだい?」

「いえ、本日、登録されたばかりの物件ですが、これは掘り出しものですよ」

「そんじゃ、その物件、仮押さえして見せて貰う事は出来るかな?」

「はい。地図を持って参りますね」

「いや、教えてもらった本屋で買った地図があるぞ」


 俺は、収納鞄に入れてある王都の地図を取り出し、受付嬢に見せる。


「ここですね。もう、本当に歓楽街に近いというか、歓楽街の裏手になりますから、歓楽街までは十分もかかりません」

「本当だな。歓楽街に近いって言うより、歓楽街の中って言っても良い場所だな」

「でも、ここに施設が有るので、安いのかもしれません」

「施設って、何の施設だ?」

「孤児院です。それも正規の教会が運営する孤児院ではなく、私設の孤児院です」

「ふーん、まあ孤児院なんて珍しくも無いし、多少ガキどもが五月蠅い位だろ?」

「小さな子供が好きでは無い大人も多いですから……」

「別に、俺は大丈夫だ。なにせ、ガキみてぇな従業員が二人もいるからな」

「ならば、問題は無いかと存じます。えっと……借家の鍵は、その孤児院の院長さんがお持ちなので、まずは孤児院を訪ねてください」

「判った。そんじゃ、行ってみるわ。仮押さえしてもらっていれば、契約は後でも大丈夫かい?」

「はい。大丈夫です」

「そんじゃ、さっそく行ってみるよ。毎回、ありがとうな」

「はい、良い物件だと思いますので、宜しくお願いします」

「ああ、そんじゃな」


 俺は、商業ギルドの外で待っていたレイとポチットのところへ行き、受付嬢に教えられた歓楽街の裏通りにあると言う私設孤児院を目指し、再び屋台をポチットへ引かせて、王都の街を歩いて行くのだった。






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