第38話 1-35 家探し
俺は、ひたすらラーメンを作り続けている。
配膳係のレイは、俺が作り上げたラーメンを客が待つテーブルへ次々と運んで行く。
そして、客が食べ終わり空になったラーメン丼を、ポチットが回収して来て洗剤で洗ってから、綺麗に拭いている。
困ったのは、やはり箸で食べる事が出来ない客ばかりだったので、フォークの数が完全に不足していた事だ。
これは、グロリアとシルビアが気を利かせて、施設内の食堂からフォークを借りて来てくれたので、難を逃れた。
あっと言う間に40食のラーメンは食い尽くされて、百合組と薔薇組の騎士見習い達は、皆が満足そうな顔をしている。
最初に食べた百合組の女騎士見習い達は、揃って「おぉ~! 美味い! こんな料理は食した事が無い」と、歓声を上げた。
そして、薔薇組の男騎士見習い達も、「何だ、この味は……」と絶句から始まり、「美味い! もっと食べたい」と言う声が続いく。
残念ながら、残りは10食分の麺しか無いので、今日は替え玉は無しにさせてもらう。
これで、麺が品切れにでもなったら、グロリアとシルビアに俺は成敗されちまうからな。
食べ終わった全員が満足そうな顔を顔をして、俺達の方を見ている。
その中で、一番身体の大きな男騎士の見習いが、すくっと立ち上がり俺の方へ歩いて来た。
「いや、美味な料理だった。特にこのスープは絶品だ。貴殿は、どちらで腕を磨いていたのか、聞かせて貰っても良いか?」
「褒めてもらって、有り難うよ。俺は、東の果ての国で修行していたんだ。訳あって、この地へやって来たんだ」
「成る程、東の果てと言うとアズマ国か。流石、伝説の勇者が開いた国だな。料理も申し分が無い。以前、狼人族の里で勇者が伝えた料理を食した事があるのだが、それに勝るとも劣らぬ味だった」
「へえ、それは何て料理だったんだい?」
「確か、お好み焼きと申しておったな」
「ああ、お好み焼きも美味いよな。俺も大好物だよ。そうかい、お好み焼きも有るんだな」
「やはり存じていたか。あの料理も貴殿は作れるのか?」
「ああ、小麦粉と他の食材があれば簡単に作れるけど、専用ソースが無いから普通のソースで代用だけどな」
「確かに、あのソースも美味だったな。是非、機会があれば作ってはくれぬか?」
「ああ、良いとも。食材と手持ちのソースの味で良ければ何時でも作れると思うぜ」
「そうか、是非頼む。それで貴殿は何処でこの屋台の商いをするのだ?」
「おっと、そこまでにして貰おうか」
「何だ、シルビア。何故、止める?」
「何処で営業するかは、まだ秘密だ。時が来れば、私から教えてやろう」
「そうか。ならば、それを待とう。楽しみにしているぞ」
「ああ、また食いに来てくれ」
俺は、歓楽街で営業する事を言おうとしたのだが、それをシルビアに止められた。
止めた理由は、良く判っているさ。
これから、実地訓練が行われるから、志望先に歓楽街を希望させたく無かったからだろう。
シルビアとグロリアの話では、特に薔薇組の男騎士達の志望が多いそうだからな。
まあ、綺麗どころがうじゃうじゃいる歓楽街だから、男共なら志望先に歓楽街を選ぶのは、俺にも良く判るよ。
だからシルビアが歓楽街で営業するのを秘密にしておきたいのも、また良く判るしな。
それに加えて、この世界にお好み焼きが有ると言う事に驚いたよ。
どうやら、伝説の勇者って人が伝えたらしいが、だとすればその勇者って人物は、俺と同じ日本人なんだろうな。
そんでもってアズマ国は、その勇者が興した国だったって訳か。
そうならば、アズマ国、すなわち東国って国名にも納得だよ。
日本人だから、極東に祖国が有るかもしれねぇと思って、東の端まで行ったんだろうな、きっと。
40人ほどの騎士見習い達は、決して満腹では無いのだろうが、皆が満足した表情で席を立ち、レイが持った
代金は、銀貨を入れる者から、銅貨を数十枚入れる者までバラバラだったが、恐らく胡椒の有無で価値観が違ったのかと思う。
薔薇組の男達は、皆が胡椒を追加で投入していたが、百合組の女達は胡椒を追加で投入する者が少なかったのだ。
やはり、この世界は胡椒の有無で料理の価値判断が大きく変わるらしい。
特に、騎士見習い達は、全員が貴族の出なので胡椒の価値を良く知っているのだろう。
さて、客達が全員退室したところで、俺達も遅くなったが昼飯だ。
レイとポチットは、面会所のテーブルを雑巾で水拭きしている。
客は皆、育ちの良い貴族だったので、流石に食いこぼしたりはしてねぇが、ラーメンは麺を食うときに、どうしてもスープが飛び散るからな。
テーブルを汚したままだと、後でシルビアとグロリアに迷惑が掛かっちまうので、綺麗に拭いておくよ。
俺は、5人前の麺と、そしてワンタンを茹でている。
そう、今日はワンタン麺だ。
もちろん、仲間内だけなのでプラスでチャーシューをトッピングして、チャーシュー・ワンタン麺だよ。
これで足りなければ、未だ麺は5食残っているので、替え玉のサービスだ。
「グロリア、シルビア、待たせたな。大勢のお客を連れて来てくれた礼に、チャーシュー・ワンタン麺だ。さあ、伸びない内に食ってくれ」
「おお、これはまた、豪華だな。ラーメンとワンタンを同時に味わえるとは」
「うむ、しかも美味な焼き豚、チャーシューだったかも沢山乗っているな」
「ああ、二人は特別だからな。さあ、食え、食え」
「うむ。ああ、やはり美味いな」
「チャーシューで麺が見えないのは、食欲をそそるな。あっ、ワンタンも美味い!」
「そうかい、嬉しいよ。レイもポチットも、伸びない内にさっさと食えよ」
「それでは、頂きます」
「い、いただきます」
「俺も食うぞ。頂きます!」
俺は、チャーシューを飯を盛った丼に乗せ、少しだけスープを上からかける。
ラーメン屋での修行中に賄い料理で、時間が無い時に良く食ったチャーシュー丼だ。
そして、ラーメンとワンタンを交互に食い、再びチャーシュー丼を食う。
うん、我ながら美味いな。
俺の食っているチャーシュー丼を見ていた女騎士見習いの二人は、口を揃えて同じ言葉を発した。
「「私にも、その炊いた白米をくれぬか」」
「はいよ、ライスだな。レイとポチットはいるか?」
「わたしは、大丈夫です」
「あ、あたしは……」
「よし、ポチットもだな。はいよ、ライスの大盛りだ」
「うむ、何度食べても実に、このスープと白米は合うな」
「そうだな。このチャーシューと白米もな。いや、本当に美味だ」
「お、美味しいです。ご主人さま。あたし、幸せです」
相変わらずレイはライス無しのラーメン一筋だったし、ポチットは大げさとも思える歓喜で、食べながらではあるが尻尾が激しく千切れんばかりに振られている。
「替え玉、いるなら言ってくれ。未だ麺が5食分あるぞ」
「いや、白米……ライスだったかを食したので、もはや満腹だ」
「私もだ。いや、本当にコータ殿の料理は美味いな。これならば、王宮の晩餐会でも絶賛されるだろう」
「王宮? そんな王様に食べて貰うような料理じゃねぇよ。庶民向けの料理さ。特にラーメン・ライスは労働者の味方さ」
「うむ、確かに騎士見習いではなく、嫁修行をしている娘では、食し切れぬだろうな」
「ああ、腹一杯に食べる満足感と、身体を動かす為の食事だからな。貴族様や王様には向かねぇよ」
「ところで、コータ。屋台を営業する場所は決めたが、住む場所は決めたのか?」
「いいや、未だ決めてねぇよ。昨晩は、歓楽街の中にある公園みたいな大きな庭付きの高級宿へ泊まったけど、今夜はどうするかな……」
「宿へ長期滞在するよりは、借家を探した方が安いぞ」
「そうだろうなあ。商業ギルドへ行って、斡旋してもらうか……」
「それが良かろう。あまり治安の悪い場所の物件だけは避けろよ」
「ああ、市中の警備をするあんた達が言うんだから、危険な場所には近づかねぇさ。で、王都じゃ、何処が危ねぇんだい?」
「王都のスラムは、北地区にある。安い物件は有るが、あそこは止めておけ」
「判った。北地区だな。やっぱり、スラム街って有るんだな」
「中々、無くす事が出来ないのだが、必要悪だとも言う役人も居るがな」
「そうか……。歓楽街の治安が良いだけでも、幸いだったよ」
「歓楽街の借家もあるが、殆どは彼処で働く女達で、中々空き部屋も無いと聞くな」
「ふーん。無い訳じゃねぇんだ。なら、一応、歓楽街の借家も聞いてみるか」
「一般居住区よりも、割高だぞ」
「やっぱりな。色々、参考になったよ。有り難うな」
「気にするな。今度は、我らが歓楽街を訪ねる事にしよう」
「ああ、待っているよ。何時でも来てくれ。グロリアとシルビアなら、何時でも大歓迎だ」
「うむ、それでは、ご馳走になった。また、会おう」
「ああ、そんじゃ、またな」
俺とレイ、ポチットは、グロリアとシルビアに別れを告げ、騎士養成所を後にした。
未だ、若干の食材が残っているので、屋台を引いて貴族街を出て行く。
検問所では、身分票のチェックだけで、屋台を引いている事に関しては、別に何も言われなかった。
さて、帰る寝場所も無い宿無しのホームレスなんで、これから商業ギルドへ行って、安い借家を紹介してもらうとしよう。
歓楽街の中に有ると言う借家なら、フェアに聞いてみるのも良いかもな。
俺達は、王都の通りを屋台を引きながら一路、商業ギルドへと向かって歩いて行った。
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