第37話 1-34 プレ・オープン

「それで、コータ殿が面会に来てくれたと言う事は、屋台を開業する場所が決まったと言う事か?」

「ああ、そうなんだよ。昨日、商業ギルドでレゾナの旦那と待ち合わせして、情報を教えてもらったんだけど、夜間の営業をするなら歓楽街以外は商売にならねぇって言われてな」

「うむ、確かに王都で夜になってから営業するならば、歓楽街だな。しかし、あの場所での営業は厄介だと聞き及んでいるが……」

「やっぱり、知っていたんだな。だけどなグロリア、ひょんな事から歓楽街の中で屋台を開ける事になったんだよ」

「なんと、それは幸運だったな。それにしても歓楽街で営業とは、凄いな。シルビアもそう思わんか?」

「そうだな、あそこへ出店している料理店は、どれも美味い料理ばかりで、出店するのに審査があると聞いていたぞ」

「はははは……。それがな、ブルーバード姉さん、聞いてくれ。俺の料理は、その審査に一発で合格したんだよ」

「成る程、キー殿の料理を実際に食しているから信じられるが、食した事の無い者であれば、信じないだろうな。いや、良かったな……。それはそうとキー殿、そろそろ、そのブルーバード姉さんは、止めてくれぬか? シルビアと呼んで良いぞ」

「おう、そうかい。俺も、その方が呼びやすいさ。俺のこともコータで良いよ」

「判った。そう呼ぶ事にしよう。しかし、グロリア、これで志望先の候補は決まったな」

「うむ、確かにな。しかし、競争率が高い場所だな。特に、薔薇組の連中が多いだろう」

「なんだい? その志望先ってのは何なんだ?」

「志望先とは、騎士養成所を卒業するまでの間、実地訓練として市中警備の任に就くのだが、その場所を希望できるのだ」

「ふーん。それで競争率が高いってのは、もしかして、歓楽街の警備か?」

「そうだ。百合組からは殆ど志望者は出ないのだが、薔薇組の男共はな……」

「なーる程、そりゃ男なら、歓楽街を希望するかもな。いや、俺は単に夜間営業するために選んだだけだぞ」

「はははは……。コータ殿も男であったな。いや、すまん、すまん。それで、良い娘はいたか?」

「何で、そう言う展開になるんだよ。まあ、飲み屋の娘がきっかけて、営業許可を貰えたのは、否定しねぇがな」

「ふーん、詳しい話は後で聞かせてもらうとして、そろそろ昼食時なのだが……コータ殿、約束は覚えておるか?」

「ああ、覚えているさ。でも、ここで屋台を出して料理作っても問題ねぇのか?」

「大丈夫だ。身内の者が一緒ならばな」

「俺は身内じゃねぇけどな……。まあ、友達だから、大丈夫か?」

「うむ、大丈夫だ。あの屋台で、何食分提供出来るのだ?」

「ラーメンなら、50食だな。他の料理も作れば、もう少し大丈夫だけど……」

「よし、ならば我ら以外の者にも提供してやってくれ。無論、代金は支払わせる」

「……よし、恩人二人の同級生なら、断れねぇな。今夜は営業する予定じゃねぇから、50食限定で食わせてやるぞ」

「おお、有り難い。皆も喜ぶだろう。百合組と薔薇組は、全員が自習日なので実は昼食も自分で用意せねばならん日なのだ。よし、シルビア、皆に知らせに行ってくれ」

「うむ、50人までだな、コータ?」

「そうだ。ラーメンに限れば50人だ」

「なら、十分だ。既に自分で昼食を用意している者も居るだろう。では、知らせて来よう」

「済まぬが頼んだぞ、シルビア。私は、ここ居ないと屋台の用意が出来んからな」

「任せておけ……。グロリア、抜け駆けするなよ」

「判っている、心配するな」


 そう言うと、シルビアはドアから出て行き、ドレス姿とは思えねぇ速さで走り去って行った。

 俺は、面会所内の隅へ行き、ラーメン屋台をレイの収納から出して貰う。

 そして、コンロに火を入れて、スープを温め始めると共に、寸胴鍋へポリタンクから水を注ぎ込み、湯も沸かし始める。

 50食となると、ラーメン丼が完全に不足だから、客が食い終わったら直ぐに洗って使い回さねぇと器が足らなくなるな。

 幸い、この面会所にはテーブルと椅子が多数設置されているので、食べる場所には困らない。


 俺は、ラーメン丼を洗う作業場所として、ラーメン屋台の補助テーブルを使う事にした。

 補助テーブルは、屋台を弾く際に使う引き手のパイプの上に、普段は蓋になっている板を開いて乗せるだけだ。

 洗浄用のポリ・バケツを二個取り出し、それぞれに水を注ぎ込む。

 片方は洗剤での洗浄用で、もう片方はすすぎ用だ。

 洗浄は、ポチットへ任せれば問題無いだろう。

 レイは、各テーブルへの配膳要員だ。


 俺が屋台の開店準備をしていると、シルビアが戻って来た。

 そして、その後ろからは続々とドレス姿の若い娘達が面会所へと入って来る。

 むむっ、これが百合組の貴族の姫さん達か。

 人数にして、約30名くらい居そうだが、皆が調った顔立ちをしていて、長い髪を思い思いに束ねたりしているが、シルビアのようにドリル型にカールさせている娘も多い。

 昨晩の"新世界"でのホステス達とは違い、やはり貴族の娘達は育ちが隠せないようで、清純な雰囲気を醸し出している。

 とは言え、ドレス姿だからそう見えるだけで、甲冑姿になれば凛々しく危ねぇ女騎士になっちまうんだろうけど……。


 百合組の女たちは、キャッキャと騒ぐこともなく、小声で話す程度で喧しくは無い。

 流石に、そこは貴族の姫さん達だな。

 そんな女達の後から、今度は大柄の男達がやって来た。

 その数は、10人ほどだ。

 なるほど、此奴らが薔薇組の男共で、貴族の子息達か。

 どこか上品そうな雰囲気に見えるのは、俺の育ちが良くねぇコンプレックスから来る感じなのかもな。


 女達と違い、男共はズボンとシャツ、そしてベストを着込んだり、上着を着込んだりしている。

 貴族の定番とも言える、フリル付きのシャツを着込んでいる男もいるので、やはりあの格好ってのは、貴族用のシャツなんだなと思う。

 男共は、面会所へ入ると俺の屋台の方へ視線を移して、結構、鋭い目つきで俺を観察している。

 最も、俺の直ぐ側には、奴らよりも鋭い目つきで睨み返しているグロリアが居る。

 更に、百合組と薔薇組を先導して来たシルビアも、俺の直ぐ脇へ来てグロリアと共に睨みを効かせる。

 二人の危ねぇ女騎士、いや令嬢に守られるようにして、俺は屋台の開店準備を黙々と進めた。


「よし、湯も沸いた。グロリア、シルビア、準備完了だ。ラーメンだけで良いなら、どんどん作るぞ」

「うむ、判った。皆、聞いてくれ。今日は私とシルビアの友人、コータ・キー殿が異国の料理を振る舞ってくれる事になった。私達二人は、何度も頂いたが今まで味わった事が無い程、美味な料理である事は保障する」

「グロリアの言ったとおりだ。特にスープは絶品だぞ。心して味わうが良い」


 二人の言葉に、薔薇組の男が一人反応する。


「それ程の料理を屋台で作れるのか? まあ、食してみれば判るがな……。で、代金は如何ほどかな?」

「コータ殿、代金は決めたのか?」

「いや、未だだよ。食ってからで構わねぇから、先入観無しで払っても良いと思うだけ、支払ってくれ」

「だそうだ。美味くないと思ったら、それなりの代金で良いと言う訳だな」

「ああ、構わねぇ。みんな貴族なんだから、舌が肥えているだろうし、人によっては美味く無いと思う事もあるだろうしな」

「うむ、ちなみ、私は……」

「グロリア、先入観無しだ」

「むっ、済まん」


 俺は、グロリアが銀貨1枚を支払ったと言うのを止めさせた。

 育ちの悪い奴なら、例え美味くても言い値で構わねぇと言えば、不味かったと嘘を言って代金を踏み倒す事もあるだろうが、仮にも貴族のご子息や姫君ともなれば、そんな事はしねぇだろうと思いたい。

 ある意味、俺のラーメンに対する、貴族の価値観を知る良い機会だ。

 グロリアの場合は、飲まず食わずだった事もあり、過大評価をしてくれたのかも知れねぇしな。

 さあ、奇しくも開店前のプレ・オープンとなったけど、相手が貴族様達とは良い経験が出来そうだ。

 そんな思いで俺は、ラーメン丼を用意して、生麺を煮えたぎった湯の沸く寸胴鍋へ投入したのだった。






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