第36話 1-33 貴族街
俺達は、本屋を後にして貴族街へと向かう。
レゾナ商会や本屋のあった商店街からは、貴族街の検問所までは徒歩で1時間ほど要した。
王都の構造は、城壁の直ぐ内側が所謂、下町となっており一般人の住居や商店、公共施設などが存在しており、その下町から貴族街へと入るには、再び城壁を潜らないと入れない。
外側の城壁よりはかなり低い城壁だが、それでも簡単によじ登って入るのは手間が掛かる高さだ。
そして、貴族街へ入るには身分票の検査があり、一般人は許可証が無いと入る事も出来ないそうだ。
しかし、身分票に家名まで記録されている者は、貴族として扱われるので、身分票のチェックさえ行えば入れると言う。
俺達は、貴族街の検問所へ着いたので、衛兵に用件を伝えて身分票のチェックをしてもらう。
「コータ・キー殿ですな。ご用件は、騎士養成所の知人を訪ねるのですね?」
「そうです。ちなみに、知人の名前も言った方が良いのでしょうか?」
「差し支えなければ、教えて下さい」
「騎士養成所で学んでいる、グロリア・スカイラインさんと、シルビア・ブルーバードさんです」
「判りました。従者の方の身分票も調べさせて下さい」
「判りました。レイ、身分票を出してくれ」
「はい、ご主人さま。私の身分票です」
「レイ殿ですね。確認しました。もう一人の従者は……キー殿の奴隷ですな?」
「そうです。ポチットと言います」
「首輪の身分票を調べますが、宜しいですね?」
「もちろんです。どうぞ」
「はい、確認しました。今日は、貴族街の中で宿泊しますか?」
「いいえ、今日中に戻ります」
「そうですか、それでは下町へ戻る際には、必ずこの門を通ってください。外へ出た事を確認しますので」
「判りました。騎士養成所は、どう行けば良いのでしょうか?」
「この通りを真っ直ぐ行き、大きな十字路を左へ進んでください。直ぐに養成所が見えてきますよ」
「どうも、ありがとう」
「どういたしまして」
貴族街へ入る検問所の衛兵は、見た目は怖そうな兄さんだったが、親切に俺達へ接してくれた。
俺は、貴族でも何でも無いんだけど、家名を持っていると言うだけで、貴族という扱いをしてくれるらしい。
俺も、丁寧な言葉遣いをして、ボロが出ないようにしたけど、それも良かったのかな。
衛兵の持っている青い石版は、俺達の身分票やポチットの登録票に反応して、記録されている内容が表示されるタブレット端末みたいなんだが、どういう理屈で動作しているのかは、さっぱり判らねぇ。
この世界に、電子機器が有るとは思えねぇので、あの端末みたいなのも、魔法で動いているのだろうか。
なんだか、とっても文明の利器がちぐはぐな感じだよ。
タブレット端末もどきが存在しているのに、羊皮紙ばかりで普通の紙が全く存在していねぇんだから、紙の製造でもしたらボロ儲けが出来そうだな。
と言っても、俺は和紙の作り方しか知らねぇんで、
和紙の作り方は、有償だったけど体験コーナーで実際にやった事があるから、やれるかもしれねぇ。
ラーメン屋台が上手く行かなかったら、紙製造にでも手を出してみるか。
そんな皮算用をしながら、衛兵の教えてくれた道を歩いて行く。
予め、本屋で買った王都の地図で騎士養成所までの道順は判っていたんだけど、念のために衛兵に聞いたら、下調べと同じ道順だった。
20分ほど歩いて行くと、大きな十字路が有ったので、それを左に折れる。
すると、前方に高い塀で囲われた場所が見えた。
あの塀の場所が、騎士養成所だろう。
一応、学校なのだろうけど、あの高い塀は、どう見ても脱走防止用にしか見えねぇよ。
騎士養成所って、そんなに厳しい学校なんだろうか。
高い塀の所まで歩いて行くと、ここにも検閲の関所が有る。
俺は、甲冑を着込んだ騎士姿の衛兵が立っていたので、面会をしたいと伝えた。
「あのー、面会をしたいのですが、取り次いでもらえますか?」
「間もなく昼食の休みに入るので、それまで待っていただけますか?」
「はい、大丈夫です。待たせてもらいます」
「それでは、身分票の掲示をお願いします」
「はい、どうぞ」
俺は、再び身分票を騎士姿の衛兵へ差し出す。
ここでも衛兵は、青いタブレット端末もどきの石版で、俺の身分票をチェックする。
「コータ・キー殿ですね。誰と面会をご希望でしょうか?」
「えっと、グロリア・スカイラインさんか、シルビア・ブルーバードさん。出来れば、お二人とも一緒にお会いしたいのですが」
「判りました。それでは二人に取り次ぎましょう。では、そこの面会所の中でお待ち下さい。従者の方も一緒で構いませんが、面会所からは出ないで下さい」
「はい、どうも有り難うございます。では、待たせてもらいます」
「あと30分ほどで午前中の鍛錬が終了しますので、それまで待っていてください」
「はい。ちなみに昼休みは、どの位の時間があるのですか?」
「2時間ありますので、一緒に食事も出来ますよ。ただし、面会人と一緒に食堂を利用する事になります」
「そうですか。判りました」
騎士姿の衛兵は、丁寧な対応で俺達に接してくれ、別の若い女騎士が、面会所の建物まで先導してくれた。
衛兵の詰め所の直ぐ裏手が、面会所の建物になっていて、幾つものテーブルと椅子が中には設置されている。
若い女騎士は、「何処でも構いませんので、座ってお待ち下さい」と言って、面会所から出て行った。
俺達三人は、入り口に近いテーブルの椅子に座り込んで、入り口の脇にある窓から外を眺める。
騎士養成所の中は、広いグラウンドのような広場があり、そこには大勢の騎士姿をした男女が走り込んだり、剣の練習などをしている。
当然ながら、圧倒的に女騎士の姿が多い。
騎士達の歳の頃は、18歳くらいに見えるが、まるで体育学校のようだ。
それにしても、甲冑姿でグラウンドを走り回るとは、凄いの一言だよ。
グロリアやシルビアが、甲冑姿で平然と走った事を考えると、やはり日頃の鍛錬の結果なんだなと改めて感心する。
まあ、日本でも警察学校や防衛大学校では、こういった訓練を行っているんだろうなと思う。
国と人民、そして治安を守るためには、そう言った基礎体力が不可欠なんだな。
俺達は、暫くの間、まどから見える騎士の卵たちの訓練姿を見ていた。
やがて、何処からともなく鐘の音が「キ~ン、コ~ン、カ~ン、コ~ン」と聞こえて来た。
すると、グラウンドで修練を行っていた騎士予備軍達が、全員整列し始める。
そして、教官らしき騎士が整列した若い騎士の卵達の前に立ち、大きな声で「解散!」と言う。
その言葉に、騎士予備軍達は、声をそろえて「有り難うございました!」と答え、全員が駆け足で、グラウンドから去って行った。
どうやら、あの鐘の音は、午前中の授業の終わりを告げる鐘の音だったようだ。
なんだか、この情景は、高校生時代を思い出すな。
俺は、自分の高校時代の事を思い出しながら、窓の外を見ていると、ドアが行きなりバタンと開く。
そして、そこには女騎士とは全く違った姿の若い女が二人見えた。
「コータ殿、良く来てくれた」
「キー殿、久しいと言う程では無いが、元気そうだな」
「……本当にグロリアとシルビア……いやブルーバード姉さんかい?」
「何を戯けた事を申している。私がグロリア以外に見えるのか?」
「いや、顔はグロリアだけど、その姿は……。ブルーバード姉さんもだけだよ」
「ああ、この姿か。はははは……。コータ殿は甲冑姿しか見て無かったからな。これは我らの私服だ。今日は非番の自習日だったのだ」
「キー殿、私の私服は、そんなに変か?」
「いや、まさか二人とも、西洋人形のようなドレス姿とは、本当に驚いたよ」
「西洋人形? それは知らぬが人形のように見えるか?」
「ああ、いや良く似合っているよ。ちゃんと貴族の娘に見えるさ」
そう、グロリアとシルビアは、貴族の娘らしいフリルが沢山のドレス姿だったのだ。
胸元は、かなり大きく開いていて、二つの膨らみが強調されている。
いや、この二人、甲冑姿よりもドレス姿の方が絶対に似合うよ。
俺は、昨晩の"新世界"のホステス達に続いて、今日は貴族の姫様達との再会に、別の意味で嬉しくなってしまった。
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