第35話 1-32 本屋

 商業ギルドで教えてもらった道順で30分ほど歩くと、大きな商店が並ぶ通りへ着いた。

 それぞれの商店には、看板が掲げられているのだが、俺は文字が読めないから店の名前は判らねぇ。

 予めレイには、レゾナ商会の名前を伝えてあるので、レゾナ商会の看板探しはレイ頼みだ。

 看板には、判りやすく絵が描かれている店も有る。

 その昔、日本でも文盲率が高かった江戸時代なんかは、特徴のある絵や印で何を商っているかを知らせたと言うが、この異世界の王都でも同じなんだろうな。


 ポチットも、簡単な単語や数字は読めると言っていたけど、やっぱり絵は判りやすいよ。

 俺でも判る店が、何軒か有るもんな。

 ガラスによるショウ・ウィンドウでが有る店も皆無なので、店の中の商品が何だか直ぐに判らねぇ。

 やっぱりガラスも高価なんだろうし、大型のガラスともなれば尚更だから、無理もねぇか。

 だから、幾ら大型の商店だろうが、店の中は全く何が置いてあるのか判らねぇんで、看板だよりだ。


「ご主人様、レゾナ商会の看板が有りました。あの店です」

「おお、見つけたか。有り難うよ」

「かなり大きな商会ですね」

「ああ、四階建てとはな。結構、繁盛しているみたいだな」


 レイがレゾナ商会の看板を見つけ、俺達は商会の前までやって来て、その建物の大きさに驚いた。

 周りの商会は、二階か3階建てが多いなか、レゾナ商会は四階建てで間口も広かったのだ。

 商会のドアも大きくて、観音開きの構造で、ガラスの窓も両方の扉に設けてある。

 俺は、ドアを開けて「御免下さい」と挨拶の言葉を言い、商会の中へと入る。

 レイとポチットも俺の後から、商会の中へと入って来た。

 レゾナ商会の中は広く、複数の椅子とテーブルが設置されており、商談コーナーになって居るようだが、商品自体は全く展示されていない。


 俺達が中へ入ると、受付の様なカウンターから「いらっしゃいませ、ようこそ、レゾナ商会へ」と、女の声がした。

 声の主は、若い女でスカートとブラウス、そしてベストを着込んでいて、蝶ネクタイをした如何にも商人と言った出で立ちだ。


「俺は、コータ・キーって言う者だけど、レゾナさんは居るかな?」

「はい。居りますが、お約束でしょうか?」

「ああ、来る時間までは約束してねぇけど、店に来てくれと言われていたんで来たんだ。取り次いでくれるか?」

「はい、かしこまりました。それでは、そちらの椅子にお掛けになって、少々お待ち下さい」

「悪いな。そんじゃ待たせて貰うよ」


 若い女は、そう言うと、店の奥へと消えて行った。

 俺達は、一番近い場所の椅子へ座り、レゾナが来るのを待つことにした。

 俺達の他には、客は一人も居らず、なんだか繁盛している店とは思えない程だ。

 受付カウンターには、奥へ消えた若い女と入れ替わる様に、別の女のが現れて此方を見ている。

 さっきの女と同じ服装をしているので、どうやらレゾナ商会の制服みたいだ。

 そして少しの間、待っていると見慣れた男が二人、早足で現れた。


「キー様、ようこそ我が商会へお出で下さいましたな」

「おはようございます、キー様」

「ああ、レゾナの旦那、早速寄らせてもらったよ。バイソン、おはよう」


 俺が椅子から立ち上がると、レゾナは「そのまま、そのまま、今をお茶をお持ちしますので」と行って、俺を再び椅子に座らせた。


「それで、キー様、歓楽街の管理者とは、お会いできたのでしょうか?」

「ああ、会えたよ。そんでもって、屋台の営業許可ももらったさ」

「おお! 何と素晴らしい。僅か一日で歓楽街での営業許可を頂くなど、未だ聞いたことがございませんぞ!」

「そうなんだ……。これが、営業許可の印だよ」


 俺は、首に掛けていた金属チェーンの許可票をレゾナに見せた。


「なんと! 金属メタル許可証とは……。普通は、革の許可証からですぞ。拝見します……。うむ、ちゃんとコータ・キー様の名前も彫り込んでありますし、歓楽街の刻印も本物ですな。いや、キー様は、管理者に余程、気に入られたのでしょう。羨ましい……」

「そ、そうなのか? なんだか、正体不明の女だったけどよ。名前も名乗ってくれなかったし、仮面をしていて顔も判らなかったしな」

「女性でしたか……。いや、噂では壮年の男性だと言う話は聞いた事がございますが……」

「う~ん、家族で歓楽街を管理しているのかもな」

「成る程。それで、屋台は何処で営業を許可を頂けたのでしょうか?」

「ああ、歓楽街の何処でも構わねぇってさ。道路の交通さえ邪魔しなけりゃな」

「な、なんと! それもまた、前例の無い事ですぞ!」

「そうなんだ……。いや、屋台で商いする事自体が、どうも歓楽街じゃ初めてらしいぞ」

「そう言われると、そうですな。今まで歓楽街で屋台は見たことがございませんな」

「だから、優遇してくれたんじゃないのか?」

「そうかもしれませんし、別の思惑が有っての事かもしれませんな。それが何かは、未だ判りませんが……」

「まあ、許可されたって事で、構わないさ。一応、約束だったから、報告に来たんだけどな」

「はい、有り難うございます。いや、良かったですな。これで何時でも、キー様の美味しい料理が食べられるので、私めも我が身の様に嬉しい事です」

「ああ、有り難うよ。これもレゾナの旦那のお陰だよ」

「それで、営業するための費用などは?」

「悪りぃな。契約内容は言えねぇ契約なんだ。管理者と会った場所もな」

「成る程、それは他の歓楽街で営業する者達と同じですな」

「まあ、契約書の内容自体は、特に変わった点は無かった……なあ、レイ?」

「はい。至って普通の契約書でした。特に違反事項や罰則事項なども書かれていませんでしたし」

「はい、歓楽街での営業は、商業ギルドのそれよりも規制が少ないのは、良く知られておりますからな」

「そうなんだ……。まあ、商売が順調に行けば、歓楽街以外の場所でも営業してみるさ」

「左様でございますか。その際には、私めも非力ながら協力させて頂きますので、是非お声をお掛け下さい」

「ああ、そん時は頼むよ。そんじゃ、朝っぱらから邪魔して悪かったな。そろそろ行くわ」

「もっと、ゆっくりされても構いませんが、またお時間が有る時には、何時でもお寄り下さい」

「そうだな。また寄らせて貰うよ。そんじゃな」

「はい、何時でも構いませんので、お寄り下さい。従業員にもキー様のお名前はしっかりと覚えさせて置きますので」

「有り難うよ。じゃあ、またな」


 俺達は、途中で出されたお茶を飲み干してから、「ご馳走さん」と言って席を立ち、レゾナ商会を後にした。

 未だ、昼飯時には大分時間が有るな。

 よし、商業ギルドで教えてもらった本屋へ寄って王都の地図を買って行こう。

 王都は広くて、地図が無い事には、絶対に迷子になっちまう。

 レイに本屋の看板を探してくれと言って、商店の並ぶ道を見物しながら歩いて行く。

 目的の本屋は、直ぐにレイが見つけてくれた。

 商業ギルドの受付嬢が言ったとおり、レゾナ商会からは本当に近かったよ。


 本屋へ入り、店主らしい老人に「王都の地図をくれ」と言うと、直ぐに商業ギルドで見せて貰った地図と同じ様なサイズの地図を引っ張り出して来た。

 価格を尋ねてみると、銅貨で30枚だと言う。

 安いのか、高いのかはさっぱり判らねぇけど、買えない価格じゃ無いので店主の言い値で買ったよ。

 どうも羊皮紙ばかりなので、価格も高いのかも知れねぇな。


 本棚に並んでいる本も、殆どが羊皮紙を束ねた本みたいだし。

 俺は、この世界の字が読めねぇから、本を手に取る事もしなかったが、字の読めるレイは何冊か手にとって読んでいやがる。

 ちくしょう、俺も字を読める様になりたかったよ。

 ケチ臭ぇ神様よ、お願いだから俺も字を読める様にしてくれ……。






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