第34話 1-31 それぞれの過去

 俺達は、歓楽街を抜けて王都の通りを歩いている。

 人通りは、それ程多くは無く、商店らしい店も開いていない店が多い。

 時間は、まだ8時を過ぎた頃なので、これから開店する店が多いのかもな。

 取り敢えずは、商業ギルドまで歩いて行く事にして、昨晩は馬車で来た道を三人で歩く。

 商業ギルドまで行って、レゾナの商会の場所を尋ね、無事に歓楽街での屋台運営が許可された事を伝えないとな。


 暫く歩いて行くと昨晩、レゾナが教えてくれたコンロン・チュラ学校がある場所まで来た。

 木々が多く植えられており、公園の様にも見えるが、既に学生らしき若い男女が大勢、中を闊歩している。

 ここも圧倒的に女子学生が多く、まばらに男子学生の姿が見える程度だ。

 女子学生は、一様に黒いタイトなスカートを穿き、真っ白なブラウスを着て、更に黒いフード付きのガウンの様な服を纏っていた。

 男子学生はと言うと、こちらは黒いズボンに白のYシャツらしき姿で、女子学生同様のフード付きガウンという姿だ。

 どうやらら、学校の制服が制定されているみたいだが、見た目は高校生位の年頃に見えるし、制服もフード付きガウンを別にすれば、高校生みたいだ。


 何処の世界でも、女子高校生が集まるとキャッキャとお喋りしながらの登校だし、男子学生は数が少ないので、あまり固まっての登校はしていない様だ。

 中には、学校内を馬車で送り迎えしている様にも見える学生もおり、上流階級か貴族の子なのだろうか。

 そう言えば、俺の通っていた高校にも、朝晩を車で送迎されていた奴がいたな。

 いけ好かない奴だったけど、お坊ちゃまなら公立高校じゃ無くて、一流の私立高校へ行けば良いのにと思っていたが、未だに何故公立高校へ通っていたのか謎だ。


「学校か……懐かしいな」

「ご主人様も、学校へ行っていたのですよね?」

「ああ、10年前の事だけどな。訳あって、高校までしか行ってねぇけどな」

「訳とは?」

「俺が高校三年の時によ、両親が事故で死んじまったのさ。それで大学進学を諦めて、高校卒業だけはなんとかして、直ぐに働き始めたんだ」

「ご両親が亡くなられていたのですか……」

「ああ、もう10年も前の事だけどな。家のローンなんかを死亡保険で支払ったんだけど、それでも足らなくて、結局家は売り払って、残った金で高校だけは卒業したんだ」

「苦労されたのですね……」

「まあ、親戚の厄介になるのも嫌だったから、丁度良かったさ」

「それで、中華そば屋さんで修行されたのですか?」

「直ぐにじゃねぇけどな。色々とアルバイトや派遣社員やらも経験したな。そんでもって、やりたかったラーメン屋台屋を目指したんだ」

「そして、開業直前に事故に……」

「そう言う事だ。でも、レイのお陰で、この世界……この国で開業出来る事になって、本当に有り難うな。感謝しても仕切れねぇよ」

「それは、私も同じです。朽ちるしか無かった私を蘇らせてくれたのは、他ならぬご主人様ですから。本当に感謝しています」

「はははは……。お互い様って事だな。正にお互い相棒だな」

「はいっ!」


「ところで、レイは何で彼処に居たんだ?」

「はい。前のご主人様が身体を壊してしまい、廃業されたのです。廃業直後は、ご自宅に置いていただいたのですが、寝たきりになってしまい……私は息子さんに売られてしまいました」

「成る程な。それで彼処スクラップ屋に居たのを俺が買った訳か。で、何年位、営業してたんだ?」

「16年でしたね。ですから、私は今、16歳ですよ」

「ふーん、彼処スクラップ屋に居た期間は? かなり長かったんじゃねぇのか?」

「……31年……です」

「そんじゃ、今、47歳じゃねぇかよ」

「せ、精霊は歳を取りません!」

「まあ、いいや。見た目は確かに16歳位だもんな」

「そ、そうです!」

「あ、あの……レイさんは、精霊様なのですか?」

「あ、いや、レイが勝手に、そう思い込んでいるだけなんだ。……可哀想なんだよ、レイは……。察してくれ、ポチット」

「は、はい。余計な事をお聞きして、申し訳ありませんでした」

「ああ、そうだよな? レイ?」

「そ、そうです。精霊だったら、良いなって……」

「そ、そうですよね。レイさんは可愛いので、精霊様みたいです」

「えっ? わ、私、可愛い? ポチットちゃんも可愛いよ!」

「あ、あたしは、そんな事はありません……」


「まあ、俺達の昔話は、そんな訳だけど、ポチットは何で奴隷商に売られちまったんだ? 言いたくなければ、言わなくて良いけど……」

「あ、あたしは……母が病気で亡くなり、そして父が再婚するので……売られました」

「えぇ? 親父が再婚するのに邪魔だから売り飛ばしたってか?」

「……は、はい。再婚相手が、あたしを嫌っていましたから」

「ポチットを嫌っていたって、何か理由があったのか?」

「は、はい。再婚相手は、あたしの幼なじみでした」

「な、何だと! 親父の再婚相手が、幼なじみだと! 再婚相手は、ポチットと同じ15歳なのか?」

「は、はい……」

「何ちゅう、親父なんだよ……とんでもねぇな。お袋さんは、幾つで亡くなったんだい?」

「さ、34歳です。父は44歳です」

「ふーん、19歳の時にポチットを生んだのか……兄弟は?」

「お、居りません。あたしだけです」

「そうか……しかし、自分の娘と同じ歳の嫁を後妻に貰うなんて、良い根性しているな」

「い、犬人族では珍しい事では、ありません。女が多いので……」

「ああ、そうだったな。しかし、ポチットも俺やレイと同じで、あんまり幸せな人生じゃ無かったみたいだけど、これからは楽しくやろうな」

「は、はい。ご主人さまと、ご一緒になら、あたしも幸せになれる気がします」

「ああ、ポチットもきっと幸せになれるさ。なあ、レイ」

「そうですとも。みんなで幸せになりましょう」


 俺達三人は、それぞれの身の上話をしながら、コンロン・チュラ学校の広い敷地の脇道を歩き続け、やがて目指す商業ギルドの建物が見えて来た。

 お喋りをしながらだと、長い距離を歩き続けても、それほど退屈しないな。

 俺達は、商業ギルドの扉を潜り、受付カウンターへ向かう。

 未だ朝方なので、混雑はしておらず受付カウンターにも並んでいる人は、殆ど居なかった。

 受付カウンターには、見知った顔の受付嬢が居たので、その窓口へと行く。


「昨日は、どうも有り難うな。今日は、レゾナさんの商会がある場所を知りたくて来たんだけど、教えてくれるかい?」

「キー様でしたね。はい、レゾナ様の商会の場所でございますね。少し、お待ち下さい」


 昨日、俺達を受付してくれた受付嬢は、俺の名前をちゃんと覚えていたよ。

 少し窓口で待っていると、受付嬢が大きめの羊皮紙を持って戻って来た。


「お待たせしました。これは王都の地図なのですが、ここが商業ギルドです」

「ああ、判るよ。ここがコンロン・チュラ学校かな」

「そうでございます。良くご存じですね。そして、レゾナ様の商会は、ここでございます。歩いて30分程でしょうか」

「成る程。こう行って、左へ曲がって、真っ直ぐ行って右側か。レゾナさんの商会って、直ぐに判るかな?」

「大きな商会ですし、看板にもレゾナ商会と書かれておりますので、直ぐにお判りになるでしょう」

「そうかい、有り難うよ。おっと、後もう一箇所、教えてくれ。貴族街の騎士養成所って、何処だい?」

「騎士養成所は、こちらですね。貴族街への入場は、身分票の検査がありますので、それはこの門で行っております」

「わかった。貴族街の門からは遠く無いんだな。どうも地図まで見せてもらって有り難うな。この王都の地図って、普通に売っているのかい?」

「はい、どこの書店でも販売しておりますよ」

「そうなんだ。そんじゃ、何処かで買うとするよ」

「レゾナ商会の近くにも大きな書店が有ったと思います」

「そんじゃ、その書店にも寄ってみるわ。有り難うな」

「どう致しまして。又のお越しをお待ちしております」

「ああ、また来るよ」


 レゾナ商会の場所が判ったので、俺達は、商業ギルドを後にして、レゾナの商会へと歩き始めた。

 よし、レゾナへ歓楽街での営業が可能になった報告をしたら、貴族街の騎士養成所まで行ってグロリアやシルビアにも、ラーメン屋台の営業場所を報告に行く事にしよう。

 未だ、午前中だから昼飯も何処かで食いたいし、今度は庶民の食う食堂で食って、価格調査もしなきゃな。

 そんな計画を頭に描いて俺達三人は、王都の通りをレゾナ商会へ向かって歩き続けた。






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