第33話 1-30 仮面の女

 俺と、レイ、ポチットは豪華なソファーに座って、管理者が現れるのを待っている。

 ポチットは、「わ、わたしは奴隷ですので、ご主人さまの後ろで立っております」と言って、中々座ろうとしなかったのだが、言い聞かせてレイの隣に座らせた。

 暫くするとドアがノックされ、「失礼します」と女の声がした。

 そして、部屋へ入ってきたのは、メイドが二人だった。

 メイドは、手押しのワゴンを押しながら「お茶をお持ちしました」と言って、俺達の目の前のテーブルへ、お茶を三人分用意してくれる。

 ちゃんと、ポチットの分も用意してくれたので、どうやら奴隷も頭数に入っていた様だ。


 お茶と茶菓子の様なものをテーブルへセットすると、メイドの二人は「今暫くお待ち下さい」と言って、部屋を出て行った。

 メイドの女達は、揃いのメイド服を着ており、白いエプロンをその服の上に着ており、秋葉原のメイド喫茶の様な姿だ。

 いや、本物のメイド服姿を秋葉原のメイド喫茶が真似たのだろうが、俺はメイド喫茶なんて行った事もねぇから、詳しくは知らねぇ。

 メイド喫茶のニュースやら、画像をスマートフォンのニュースか何かで見た事が有るだけだ。

 決まり台詞は、確か「お帰りなさいませ、ご主人様」だっけ。


 今となっては、この台詞をレイやポチットが使うので、私設メイド喫茶だな。

 そんな事を考えていると、再びドアがノックされて、女の声で「失礼します」と言う声が、ドアの外から聞こえて来た。

 そしてドアが開き、一人の女が部屋の中へと入って来る。

 この女が、管理者なのか……。

 そ、それにしては、怪しすぎる女だ。

 部屋へ入って来た女は、上品そうなドレスを着ており、まるでヨーロッパの人形の様な姿だ。

 ただ一点を、除いてはだが。


 女は、顔の半分を覆う様な仮面を着けていたのだ。

 その仮面は、鳥の羽の様な格好をしており、目の部分だけに穴が開けられ、その穴から俺達を見つめる眼が見える。

 髪の毛は、金髪の巻き毛で、まるで何とかの薔薇に登場する様なドリルの様な巻き毛が、両肩にまで届いていた。

 う~ん、怪しい格好だが、どことなく上品な姿で、この女が管理者なのだろうか。

 俺達三人は、一斉にソファーから立ち上がり、そして一斉に頭を下げた。


「そのままで、宜しくってよ。初めまして、私が歓楽街を管理しております。訳有って名乗る事は出来ませんが、許して下さいな」

「は、はい。俺は……いや、私は、コータ・キーと言います。よ、宜しくお願いします。連れの者は、仕事の従業員で、レイとポチットです」

「レイです。キー様にお仕えしております。宜しくお願いします」

「ポ、ポチットです。キー様の奴隷です」

「はい、宜しく。さあ、キー様、お掛けになって下さいな」

「はい、失礼します」


 俺が再びソファーに腰を下ろすと、仮面の女もテーブルを挟んだ反対側のソファーに腰を下ろした。

 レイも俺の隣に腰を下ろしたが、ポチットはオドオドして立ったままだ。

 俺は、小さな声で「ポチットも座れ」と言うと、やっとレイの隣へ静かに座った。

 俺達三人が座ると、再びドアがノックされて「失礼します」と言う男の声がする。

 そして、部屋の中へ入って来たのは、俺達をこの部屋へ案内してくれた執事長のティーアールだった。

 彼の手には、何やら布を被せたお盆の様な物が乗せられていて、そのままティーアールは仮面の女の後ろへ立つと、そのままの姿勢で何故か、にこにこと笑みを浮かべる。

 なんだか、凄く薄気味が悪りぃんだけどよ、爺さん。


「さて、キー様。フェアから聞いたお話では、歓楽街で屋台を営みたいとの事ですが、それで宜しいでしょうか?」

「はい、商業ギルドの管轄する地区では、夜間の営業は意味が無いと言われまして、夜間営業を行うなら歓楽街になると……」

「そうですわね。王都で夜間の営業を行おうとするならば、この地区以外に無いでしょう。それで、屋台での営業との事ですがフェアの話では、とても美味なお料理と、異国のお酒も出されるとか」

「そうです。ラーメンという料理でして、スープと一緒に麺を食べる料理です。酒は、やはり夜の商いですので、用意はしています」

「ラーメンですか。私も、近々食させて頂きますが、フェアによると間違いなく大盛況になるだろうとの事。フェアも舌が肥えているので、その評価は間違いないでしょう。一日、どの位の客を想定なさっていますのかしら?」

「はい。材料の関係で、ラーメンは50人分となります。他の具材も加えれば60人程度かなと思います。あぁ、酒の客は別勘定です」

「成る程、50人ですか。それでラーメンの販売価格は、如何ほどでしょうか?」

「それなんですが、未だ決めていないんです。ある貴族や商人は一杯、銀貨一枚の価値はあると言っていますが、正直なところもっと安くして、庶民でも食べられる価格にしたいと思ってます。逆にお尋ねしたいのですが、歓楽街の料理って、一食あたり如何ほどの値段なのでしょうか?」

「そうですわね……爺や、幾ら位なのかしら?」

「そうでございますね、下は銅貨5枚くらいから、高級店であれば銀貨一枚以上は致します。私も、そのラーメンとやらを食してみねば、判断出来かねますが……」

「そうなの……。キー様、値段を仮に銀貨一枚とすれば、一晩の売上は銀貨50枚から60枚。更にお酒の売り上げも合わせれば、銀貨にして80枚から100枚になります。そうであれば、十分に採算は取れるでしょう。歓楽街には、貴族様方も毎晩、大勢いらっしゃいますから、それは請け合いますわ」

「そうなんですか。でも、それは貴族相手ですよね。私は、正直な話、一般庶民に食べて貰いたいのです。それが、屋台のラーメン屋だと思っています。どうでしょうか?」

「おほほほほ……キー様、欲が無いのですわね。管理者の私としては、売上が多い程嬉しいのですけれど、庶民を客にしたいとは、本当に変わっておりますわね。判りました。販売価格は、キー様にお任せしましょう。その代わり、歓楽街での営業費用は、売上の一割と言う事で、宜しいでしょうか?」

「売上の一割ですか。それは、毎日、それとも毎週とか、毎月でしょうか?」

「一日の売上の一割です。毎週と言うのは判りませんが、支払いは毎月一回で構いません。休みの日の勘定は差し引いて計上してくださいな」

「わ、判りました。それでは、売上の一割を上納すると言う事で……。しかし、売上の計上が正しいかどうかは、誰が判断するのですか?」

「それは、キー様を信用しての事。嘘、偽りが有れば、その時は歓楽街での営業もお終いとなるだけです」

「成る程、信用商売が商いの基本ですからね。管理者様を裏切る様な事はしませんよ」

「はい。それはお互い様ですわ。では、そう言う事で、歓楽街の何処でも自由に営業してくださいな。ただし、通行人の妨げにはならぬ様にお願いします」

「何処でもと言うと、例えば馬車置き場とか、あの高級宿の庭先とかでも?」

「構いません。時折、歓楽街の警備の者が調べる事もございますので、その時は許可証を必ず掲示してください。爺や、あれを」

「はい、お嬢様。キー様、この許可証を、営業する際は、必ず身につけておいてください」


 爺……ティーアールは、布を被せたお盆から、銀色の鎖に繋がれた小さな銀色のプレートが付いたネックレスの様な物を俺に渡してきた。

 どうやら、この金属プレートの付いた鎖のネックレスが、歓楽街での営業許可証らしい。

 俺が、それを受け取ると、仮面の女は仮面に開けられた穴から覗く眼が、僅かに微笑んだ様に見えた。

 仮面の穴から覗く眼の色は、薄いガラスで覆われていているので、本当の色が判らなかったが、黒い瞳では無い様に見える。


 許可証と共に、羊皮紙を二枚渡されて、これが契約書らしい。

 俺は、レイに契約内容を読んで貰い、レイが特に不利な事は書かれていないと言うので、俺の名前を漢字で二枚の契約書へ記入する。

 先ほど、仮面の女が話した内容以外の事として、営業費用などの契約内容を第三者へ漏らさない事や、管理者の住まいの場所や執事、メイドなどの名前などを漏らさない事などが書かれているとレイが言う。

 所謂、機密保持契約と言われる事も、この契約書には記されていた。

 特に、俺にフルになる様な事でも無いし、仮面を着ける程、自分の身元を明かしたく無いなら当然の事などで、それに関しては俺も言うつもりは無いしな。

 署名した一枚の羊皮紙を、爺……ティーアールへ渡し、残りの一枚は、レイの収納へ保管してもらった。


「それでは、キー様、屋台が繁盛する事を祈っておりますわ。いずれ、私も寄らせていただきます」

「はい、お待ちしております」

「では、何れまた」


 仮面の女は、そう言うとソファーから立ち上がり、部屋から出て行く。

 俺達も、ソファーから立ち上がると、執事のティーアールが、俺達を玄関まで先導してくれ、そのまま玄関のドアを開くと、深々と頭を下げ「それでは、商売の繁盛を祈っております」と言った。

 玄関にドアを潜ると、表には強面の狼人族レパードが待ち受けており、俺達を屋敷の外まで引き連れて行き、鉄の格子扉を開けてレパード自らも表へ出てから俺達を見送ってくれる。


 よし、これで歓楽街での営業権利をゲットだ。

 後は、ラーメンの販売価格さえ決めちまえば、明日からでも営業できる。

 おっと、その前に寝場所を確保しなきゃならねぇな。

 あの高級宿へ毎晩泊まれる程の稼ぎは、どう考えても得られる訳は無かった。

 先ずは、市場調査と寝場所の確保だ。

 俺は、レイとポチットを引き連れ、歓楽街を出て王都の街並みを探索する事にした。






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