第30話 1-27 高級宿
フェアの案内で、ニヤタ通りを西へと歩いて行く。
途中ですれ違う通行人は、俺の引いている屋台が珍しいのか、殆どの通行人がしげしげと屋台を見ている。
まあ、通行人の邪魔にはなっていねぇので、俺は無視して進んで行く。
フェアとサニーの働いている"新世界"の前を通り過ぎる際には、表に居た女達が集まって来たが、殆どはサニーと話をしていて、フェアには頭を下げたりするだけで、話しかけて来る女は一人も居ない。
なんだ、フェアは"新世界"のホステス達の間では、ぼっちだったのかな。
サニーは、「超美味しい料理でしたよ~」と言っており、女達はその言葉を聞いて、「今度、私も食べたい~」とか言いながら、キャッキャッと騒いで居る。
どこの世界でも、若い女達は同じだなと思いながら、俺はフェアの後を屋台を引きながら歩き続けた。
"新世界"から、10分程ニヤタ通りを歩いて行くと、通りの雰囲気が変わり始めた。
それまでの飲み屋街と言った風景から、少し静かな感じだ。
そして、公園の様な場所が見えてきて、その先は、再び煌びやかでちょっと妖しい店が集まっている様に見える。
すると、フェアが俺の方を振り返り、説明をしてくれた。
「この公園の先は、娼館が集まっている場所ですが、キー様はご利用なさいますか?」
「娼館……って、娼婦の沢山居る風俗店って事か?」
「風俗店? 良く判りませんが、娼婦達がそれぞれの娼館に集っておりますので、気に入った娼婦を選んで頂き、後は……」
「そこから先は、言わなくても判るさ。いや、取り敢えず、間に合っているよ」
「左様でございますか。ご利用になる場合は、ご紹介させて頂きますので、何時でも承ります」
「あ、ああ。そん時には、頼むかもな……。いや、そんな予定はねぇけど……」
「上級の娼婦となりますと、一見様ではお相手して頂けませんので、私がご紹介致しますわ」
「そ、そうなのか……。いや、そん時は頼むわ」
「はい。キー様もやはり殿方でございますわね……」
「そりゃ、見た目のとおり健康な男だよ」
「はい、安心致しましたわ。この公園の中を行った先が、宿になります」
「へぇ、公園の中に宿があるのか」
「そうでございます。ニヤタは賑やかで夜遅くまで眠らない通りですので、宿は公園の奥の静かな場所にございます」
「なるほど、そりゃ良く考えてあるな」
「実は、この公園も宿の所有する土地なのです」
「えっ、公園じゃ無くて宿屋の庭だったのかよ」
「はい。公園として機能していますが、宿の庭でもあります」
「へぇ~、凄い宿だな」
公園、いや宿屋の広い庭を歩いて行くと、前方に大きな洋館が見えて来る。
どう見ても、宿屋と言うよりは豪邸と言った外観だ。
玄関の両脇には、黒い服を着込んだ若い男が二人立っていて、俺達の姿を向けると腰を折り挨拶をして来た。
俺は、引いていた屋台を駐めて、レイに収納してしまう様に言いつける。
レイは、「はい、ご主人様」と言って、ラーメン屋台を消し去った。
皆、レイの背負っているリュックが収納鞄だと思っているので、誰も驚く様子は無い。
便利な能力だよ、神様がレイにくれた収納能力は。
豪邸の様な宿のドアは、観音開きになっており、そのドアを両脇に立っている若い男が片側づつ開けた。
二人は
そんな、高級なホテルには、行った事がねぇから知らねぇけど。
フェアは、何も言わずに開かれたドアを潜って、観るからに高級そうな宿へと入って行く。
俺達は、フェアに続いて中へと入って行くが、俺と同じ様にレイ、ポチット、そしてサニーまでもが、キョロキョロ、おどおどしながら入って行く。
用心棒のレパードは、全く動じる事無く前方のフェアをしっかりと見ている。
流石に、用心棒だな。
フェアは、ロビーの様なフロアの奥にある受付カウンターへと進んで行くが、まるで自分の家の様だよ。
受付カウンターには、二人の美人受付嬢が中に居り、フェアの姿を見るなり深々と頭を下げた。
俺達は、少し離れた場所から、その受付カウンターを見ている。
フェアは、何やら受付嬢達に話をしているが、小声なので内容までは聞き取れない。
そして、話が済むとフェアは、俺達の居る方へと戻って来て言った。
「キー様、部屋が取れましたわ。後は宿の者が部屋まで案内致します。明日の朝食も手配致しましたので、朝食が終わった頃に案内の者がキー様を管理者様の所までご案内致します」
「おお、有り難うよ。この宿から、管理者の居る所までは近いのかい?」
「はい、直ぐ近くでございます。歩いて十分から十五分程度でございましょうか」
「そりゃ、近いな。そんじゃ、明日は宜しく頼むよ」
「はい、管理者様には伝えておきますので、ご心配なく。私はご一緒できませんが、間違いなく屋台での商いは許可されるでしょう」
「そ、そうか。助かるよ。また後で礼はしっかりとするからな。フェアは、あの"新世界"だっけ、に居るのか?」
「何時もではございませんが……何か、ご用があればサニーに言って頂ければ、私に伝わる様にしておきます」
「そうか、そんじゃ、必ず礼はするからよ。本当に、今回は有り難うな」
「いえいえ、私の方こそ、あの様な美味しいお料理を頂き、本当にありがとうございました。これからも、宜しくお願い致します」
フェアは、そう言うと頭を下げてから、「それでは失礼致します。お休みなさいませ、キー様」と言ってから、ドアの方へと歩いて行った。
その後に、サニーが「キー様、今夜はご馳走様でした。またね~」と頭を下げてから続く。
最後に、強面の狼人レパードが、俺の方へ目礼をしてからドアへと向かって行った。
三人が宿から出て行くと、受付カウンターの中から受付嬢とは別の女が出てきて、俺達の方へと近づいて来る。
「キー様、お部屋へ、ご案内致します」
「お、おう。頼むよ」
「はい。お荷物はございませんか?」
「ああ、大丈夫だ」
「それでは、此方へどうぞ」
俺とレイ、ポチットは、案内係の女に連れられ、ロビーの奥に有る広い階段を上がって行く。
階段は、二階、三階、四階、そして五階まで続いていて、日本なら絶対にエレベーターが完備していると思う。
そして、五階まで上がると、今度は広い廊下を歩いて行くのだが、廊下には厚手の絨毯が敷き詰められていて、ふかふかだ。
こんな絨毯なら、そのまま寝られそうだよ。
そして、廊下の突端まで行くと女はドアに鍵を差し込みドアを開き、「此方のお部屋でございます」と言った。
女の開けてくれたドアを潜り、部屋の中へ入ると、そこは尋常では無い程、広々とした客室だった。
こんな凄い部屋の宿屋なんて、日本で言えば所謂、スイート・ルームってやつだよ。
俺達に続いて、案内をしてくれた女が入って来て、部屋の中を案内してくれる。
部屋は、なんと一室では無く、広々とした部屋の他にベッド・ルームが二つ有り、更にバス・ルームやトイレなども全て完備していた。
風呂には、既にお湯がバスタブに満たされており、湯気が立ち上っている。
いや、本当に凄い客室だよ。
まさか風呂に入れるとは、夢にも思わなかった。
「何か、ご用がございましたら、この紐を引いて下さい。係の者が参ります」
「あ、ああ、判った。有り難う……。朝食は何時からだい?」
「朝食は、6時からご用意できますが、何時にお持ち致しましょうか?」
「ええ? 部屋へ持って来てくれるのか?」
「はい、勿論でございます」
「……フェアの使いは、何時に来るんだろうな……」
「フェア様からは、9時頃にお迎えがいらっしゃると伺っております」
「そ、そうか。それじゃ、朝食は7時に頼むかな」
「畏まりました。それでは、ごゆっくりお過ごし下さい。お休みなさいませ」
案内の女は、深々と頭を下げてから部屋から出て行った。
凄い、凄すぎるよ、この超高級宿。
ベッドはふかふかで
俺も驚いたけど、レイも驚いているし、ポチットなんて空いた口が塞がらない上、目も開いたままだだよ。
取り敢えず、落ち着きたかったので、俺は風呂へ入る事にした。
この世界へやって来て、初めての風呂だ。
俺は、レイとポチットへ風呂へ先に入るから適当に寛いで居る様に言って、浴室へと一人入って行った。
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