第29話 1-26 合格、そして……

「へい! お待ち。先ずはフェアにはワンタンだ。そしてサニーは替え玉な。そんでもって、レパードの旦那には、チャーシュー麺だ」

「キー様、有り難うございます。それでは、頂きます……先ほどの麺と違い、こちらは、この変わったスプーンで頂けるのですね。ああぁ、美味しい……なんて、喉越しが良いのでしょう」

「そうだろ。ワンタンは、中の肉を味わうのも良いけど、ちゅるとそのまま飲み込んじまうのも、通の食い方なんだ」

「本当に……この塊を噛み締めると、中の肉の味が口に広がり、スープの味が濃厚になって……。これは、癖になる美味しさですわ。ラーメンでしたか、同じスープでも、こうも違った味わいを楽しめるとは……奥の深いお料理ですわ」

「おお、嬉しい事言ってくれるな。サニーは、どうだ? 替え玉は?」

「美味しいです。少し麺が足りないかなと思ったのですが、これならお腹一杯になります。本当に、飽きませんね、このスープの美味しさは」

「ああ、最初から大盛りって言って、麺を一玉半入れて作る事も出来るんだけどよ、それだと麺が最後の方はスープを吸って伸びちまうんだ。それに、女は食う速度が遅いから余計に伸び易いから、替え玉の方が良いんだよ」

「そうなんですか。奥が深いお料理なんですね、ラーメンて……。私、ラーメン大好きになりました。何時でも食べられると嬉しいな」

「そうかい、嬉しいな。何時でも食える様になるかどうかは、フェアの判断に掛かっているんだけどな……。レパードの旦那は、どうだ? チャーシュー麺の味は?」

「う、美味い。こんな美味いスープを飲んだのは初めてだ。しかも、この肉は最高に美味い。何の肉なのか教えてくれ」

「あんたもかよ。その肉は、焼き豚って言って、豚肉を煮て作るんだ。あんまり高級じゃねぇ豚肉でも、そうやって調理すれば美味い肉になるって見本だな」

「豚肉なのか……信じられない。しかも、煮た豚肉なのに臭みが全く無いとは……貴方は、凄い料理人なのだな」

「凄くはねぇよ。でも、その焼き豚は、俺の自信作だから、褒めて貰えて嬉しいよ。麺は、どうだい?」

「少し食べにくいが、美味い。このスープの味が麺に絡んで、何とも言えぬ美味さだ」

「そうかい、そりゃ良かった。強面のあんたが嬉しそうに食う姿を見ると、俺もラーメン屋冥利に尽きるさ」

「……そんなに、俺の容姿は怖いか?」

「ああ、強そうだし、実際に用心棒なんだから凄く強いんだろう?」

「ランクは、Cのメタル・ランカーだ」

「……また、判らねぇ言葉が出たけど、上から三番目に強いって事だな? レパードの旦那」

「上から数えれば4番目だ。Aランクの上にSランクが居る。それから、俺の事を旦那と呼ばんでくれ。レパードと呼んでくれて良い」

「ああ、判った。俺の国じゃ、用心棒は、旦那とか先生って呼ぶんだけどな。俺の事はキーでも、コータでも、どっちでも呼び易い方で呼んでくれて良いからな」

「レパード、キー様とお呼びなさい」

「は、はい。お嬢……フェアさん」


 レパードは、フェアの一言で口答えもせずに頷く。

 それは、美女に飼われている狼犬の様に従順な姿だ。

 美女と野獣とは良く言ったもんだが、まあ男は美女に弱いんだよな。

 それは、何処の世界でも同じだと言う事なんだろう。

 俺は、レパードの首をしげしげと見たが、奴隷の首輪はしていねぇ。

 手の甲にも、奴隷のスタンプは押されていねぇので、レパードは奴隷じゃなくて、正真正銘の雇われ用心棒みたいだ。


 それにしても、ラーメン屋台が大盛況なのは、本当に嬉しい。

 やっぱり、客が多くねぇとラーメン屋台を商いするにも張り合いってもんがねぇからな。

 もっとも、客の内、レイとポチットは従業員なんで、実際の客は5人なんだけど、それでも俺のラーメン屋台にとっちゃ大盛況だ。

 俺が目指す、行列の出来るラーメン屋台にはほど遠いけど、客が来ねぇラーメン屋にだけは成りたくねぇからよ。

 上手く、フェアがラーメンとワンタンを気に入ってくれて、この歓楽街で夜間営業が出来る様に管理者を紹介してくれれば良いんだけど、どうなる事か……。

 俺は、フェアの顔色を窺いながら、みんなが食い終わるのを待った。


「ご馳走さまでした。本当に美味しゅうございましたわ」

「あ、有り難うよ。で、どうだい? 味は合格かい?」

「もちろんですとも、キー様。こんなに美味しいお料理を、他の場所で商いさせてしまったら、私は管理者様に怒られしまいますわ」

「おおっ! って事は、管理者へ取り次いでくれるんだな?」

「はい、今夜は、もう遅いので明日で宜しいでしょうか?」

「あ、有り難うよ! フェア。もちろん、明日で構わねぇよ。で、何処へ行けば良い?」

「キー様は、今夜のお宿は、もうお決まりでしょうか?」

「いいや、レゾナの旦那に世話になろうかと思っていたんだが……レゾンの旦那、構わねぇよな?」

「もちろんですとも、キー様。我が家の離れをお使い下さい」

「有り難うよ。こんな遅くちゃ、もう宿も取れねぇだろうから、助かるよ」

「キー様。お宿を取っておられないのであれば、お宿をご紹介いたしますわ。もちろん、宿泊費用は、管理者様がお支払いになってくださいますので、ご心配は無用です」

「えっ? 宿まで面倒みてくれるってか?」

「はい。この歓楽街の中にあるお宿でございますから、明日の朝にお迎えに上がる様、管理者様には伝えます。近いので、その方が便利でございましょう」

「そ、そうだな。朝からの面会となれば、確かに近い方が良いさ。それじゃ、頼むよ。レゾナの旦那、そう言う事だから悪りぃけど、俺達は、その宿へ泊まるよ」

「そうですか……残念ですが、先ずは歓楽街の管理者とお会いになるのが先決ですからな。当家には、又の機会に是非ともお越し下さい」

「ああ、判った。必ず寄らせてもらうよ。レゾナの旦那の家って、商業ギルドで尋ねれば判るよな?」

「はい、左様でございます」

「そんじゃ、そう言う事で、明日の事の顛末は、また後で報告させてもらうわ」

「判りました。それでは、私め達は、そろそろおいとまさせて頂きましょう」

「ああ、気を付けて帰ってくれ。バイソンもまたな」

「はい、またもや美味しい料理を頂きまして、有り難うございました」

「良いって事よ。そんじゃ、俺達はフェアの紹介してくれる宿へ行くから」

「「それでは、また、お会いしましょう」」


 レゾナとバイソンは、自分たちの馬車へと駐車場の中を歩いて行く。

 残った俺達は、既に全員がラーメン丼のスープを全て飲み干していたので、このままラーメン屋台をレイに収納させても良かったのだけど、折角だから宿まで屋台を引っ張って行く事にする。

 未だ午前零時を回っていねぇから、もしもラーメンを急に作る事なっても良い様にしておく事にする。

 俺は、空になったラーメン丼やレンゲ、フォークを回収して、ささっと水で洗い棚へ仕舞う。

 そして、屋台を商いモードから移動モードへと手動変形する。

 レイやポチットも、椅子を畳んだりテーブルを拭いてから畳む。

 ポチットも、すっかり屋台の仕組みを理解した様で、従業員らしくなったよ。


「フェア、待たせたな。そんじゃ、その宿へ案内してくれよ」

「はい、キー様。ご案内致します。その屋台、重い様でしたらレパードに引かせますが?」

「いや、心配無用だよ」

「そうでございますか。それでは、ご案内いたします」


 俺は、フェアとサニーが先導する歓楽街の道を、屋台を引きながら歩いて行く。

 屋台の後には、レイとポチットが続き、最後尾に強面の狼人族、レパードが付いて来る。

 まだまだ、人通りが多い歓楽街ニヤタ通りを、フェアに遅れない様、俺は屋台を引きながら、フェアが紹介してくれると言う宿へと歩いて行くのだった。






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