第25話 1-22 北方酒

「キー様、何をお飲みになりますかな?」

「酒なら何でも飲むけど、ビール……麦の酒で発泡酒はあるかな?」

「麦の酒ですか、発泡酒? ああ、成る程、北方酒ほっぽうしゅですな。それでは、私めは白ワインを頂きましょう。」

「畏まりました。北方酒と白ワインでございますね」

「それから、適当に軽い料理を頼みます。貴女方も好きな飲み物を頼みなさい」

「私は、キー様? と同じ北方酒をお願いします」

「あたしは、果実汁を下さい」

「はい、それでは、少々お待ち下さいませ」


 そう言うと、支配人らしき赤い髪の女は、部屋を出て行った。

 しかし、発泡酒と言ったら、北方酒になっちまったけど、どんな酒が来るんだろう。

 麦の酒と言ったから、ビールか焼酎かだと思うけど、まあ何でも良いや。

 隣の座っている青い髪の女も、同じ酒を頼んだのだから、不味くは無いのだと思いたいけどな。

 俺は、隣に座っている青い髪、青い瞳の女を見る。

 すると、女も俺の方を見ており、俺の眼と女の眼が合った。

 ドキッとする位に澄んだ瞳は、まるでTVで見た南の国の海色の様だ。


「申し遅れました。私はフェアと申します。ご指名を頂き、誠に有り難うございます」

「お、おう。俺は、キー、コータ・キーって言うんだ。宜しくな」

「コータ・キー様……。貴族様でございましたか。それは失礼を致しました」

「いいや、俺は貴族じゃねぇよ。家名は有るけどな。商人って言うか、料理人だよ」

「料理人……お若いのに、珍しいご職業ですわね」

「そんなに若くねぇよ。もう二十八歳だからな」

「十分にお若いですわ。でも、見た目はもっとお若く見えますわね」

「そうかい。まあ、昔から童顔って言われていたけどな。姉さん……いやフェアさんは、幾つなんだい?」

「キー様、女に歳を聞くものでは、ございませんわ……」

「ああ、悪りぃ悪りぃ。そうだよな。忘れてくれ。はははは……」


 意外にも、最初の印象と違い、青い髪をした女、フェアは良く喋ってくれた。

 まあ、ホステスの仕事は、会話がメインだから、そう言う意味ではプロなんだろうな。


「あたしは、サニーと言います。よろしくお願いします」

「サニーか、私はレゾナ。この王都で商人をしているので、宜しくな」

「はい、レゾナ様、キー様。宜しくお願いします」

「サニーは、若そうだな。幾つになる?」

「あたしは、十九歳になったばかりです。まだ若輩者ですが、ご贔屓ひいきにお願いします」


 流石、十九歳だな。

 歳を聞かれたら、素直に答えられる歳だよ。

 すると、傍らに座っているフェアが、俺の耳元で小さな声で囁く。


「キー様も、もっと若い娘をご指名されれば良かったのに……」


 フェアの甘ったるい声が、俺の耳をくすぐった。

 そして、最後に吐息とも、悪戯とも判らねぇ彼女の息が、耳へ吹きかけられた。

 俺は、フェアの方を見ると、目の前に青い瞳があった。

 本当に、飛び込んでしまいたくなる程、青く澄んだ瞳だ。


「い、いや。フェアも俺からすれば、十分に若いからよ。それより、その髪の色は、染めているのかい?」

「青い髪が珍しいのでしょうか? 生まれた時から、この髪の色でございます。母も、祖母も、同じ青い髪でございましたが」

「へえ、本当に青い髪だったんだな。いや、初めて見たよ。綺麗だな」

「お上手ですわね、キー様。確かに多くはございませんが、王都には他にも居りますわよ」

「そうなんだ……。それで、瞳の色が赤くて、首の辺りまでの長さの髪なら、俺の国じゃ凄ぇもてるんだけどな」

「瞳の色は変えられませんが、髪を短く切れと仰るなら、私を嫁にしてくだされば、直ぐにでもお好みの長さで切りますわ」

「よ、嫁って……。ああ、そうか、独身の女は、髪を切らないんだっけ」

「キー様のお国では、その様な仕来りが無いのでございますか?」

「ああ、無ぇな。未婚も既婚も、女は好きな長さで切ったり伸ばしたり自由だ」

「……キー様のお国は、どちらなのでしょうか?」

「に、……いやアズマ国だ」

「アズマ国でしたか。ずいぶんと遠い国から来られたのですね。そう言われれば、救国の勇者コジロー様のお姿に、キー様はとても良く似ていらっしゃいますわね。黒く短い髪、そして黒い瞳。伝説のとおりですもの」

「勇者……? いや、俺の国じゃ黒髪、黒い眼は普通だ。たまに茶色の髪や茶色の眼の奴も居るけどな。それに髪を染めて金髪や茶色にしている奴も多いし、眼の色を変えている奴もいるさ」

「そうなのですか、それで私の髪も染めてあるとお思いになられたのですね」

「そなんだよ。悪かったな……。綺麗な青い髪と瞳だったんでな」

「お世辞でも嬉しいですわ、キー様」


 フェアは、そう言うと、はにかむ様に微笑んだ。

 やっぱり、プロのホステスともなると会話が上手いな。

 ほんと、青い髪と赤い瞳の無口キャラだったら、どうしようかと思ったけど、その心配は無用だった様だな。

 そんなたわいも無い会話をしていると、ドアがノックされて再び支配人風の女の声で「失礼します。お飲み物とお料理をお持ちしました」と言う声が聞こえて来た。

 ドアが開けられ、ワゴンを押してきた少女と共に、支配人風の女が入って来る。


 テーブルの上に、料理の盛られた皿や、カットされた果物などが入った器と、それぞれの注文をした酒やジュースが置かれる。

 飲み物と料理をテーブルに置くと、「それでは、ごゆっくり」と言って、支配人らしき女とワゴンを押してきた少女は退室した。


「それでは、キー様、本日はお疲れ様でしたな。乾杯と参りましょう」

「ああ、レゾナの旦那にも世話を掛けちまったな。有り難うよ」

「では、女神様に感謝を込めて、乾杯!」

「ああ、乾杯!」

「お相伴に与ります。乾杯」

「頂きます。乾杯」


 大きめのグラスに注がれていた北方酒を、俺は一気に飲んだ。

 何と言えば良いのか、少なくともビールとは違う酒だ。

 しかし、苦みが少ない事を除けば喉越しは似て居なくも無い。

 どうやら、ホップでは無い別の香料が使われている麦の酒の様だ。

 発砲の度合いも少なくて、白い泡も少ししか浮いていなかった。

 決して不味い酒では無いのだが、やはりビールの方が美味い。

 屋台に積んである、クーラーボックスに入っていた筈の缶ビールを、余計に飲みたくなっちまったよ。


 俺の隣で、フェアもビールにはほど遠い北方酒を、上品に飲んでいた。

 向かいのソファーでは、レゾナが白ワインの満たされたグラスを、これまた上品に飲んでいやがる。

 その隣に座っている若いサニーは、果実汁をちびちびと上品とは言えない飲み方で飲む。

 そして俺は、下品な飲み方で北方酒を一気に喉へ流し込む。

 本当は、飲み干した後「ぷはぁ~」とやりたかったのだけど、隣のフェアの目が気になって、それは出来なかった。

 やっぱり、気兼ねなく飲むには、美人はいらねぇな。


「お代わりは如何ですか? キー様」

「ああ、貰おうか。今度は別の酒にするかな……。他にどんな酒があるんだ?」

「隣国も含めて、色々なお酒がございますが、私が好きなお酒をお飲みになりますか?」

「おお、そりゃ良いな。頼むよ」

「はい。レゾナ様は如何なさいますか?」

「それでは、私も、そのお薦めの酒を頂きましょう」

「はい、畏まりました」


 フェアはそう言うと、ソファーから立ち上がり、壁に近寄ると天井から下がっている紐を引いた。

 何も聞こえては来ないが、紐を引き終わると、フェアはソファーに戻ってきて、再び俺の隣に腰を下ろす。

 いや、先ほどよりも俺に密着して座って来たぞ。

 そして、俺の片腕に自らの腕を通した。

 ……フェアさんや、貴女の柔らかい乳が、俺の腕に押しつけられている様な気がするんだけど……。






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