第23話 1-20 歓楽街

 レゾナの馬車に乗り、俺達は王都の賑わう通りを進んで行く。

 商業ギルドから、西の方角へ進んでいるのだが、商店も多くて流石に王都と言った所だ。

 途中、公園の様な緑の多い場所が目に入ってきたのでレゾナに何かと尋ねるてみた。


「此処は学校でございます。元々は貴族様方のご子息やご令嬢が学ぶための学校でしたが、現在は庶民にも開放されております」

「へぇ~。立派な学校だな。さすがに、この時間じゃ学生も居ないみたいだけど」

「はい、そうですな。名前は、王立コンロン・チュラ学校と申します。入学試験さえ通れば、庶民の場合は授業料は無料ですので、優秀な学生が多数在籍しておりますな」

「授業料が無料とは、凄いな。貴族は?」

「貴族様は、どんなに優秀でも無料ではございません」

「なるほど、取れる所からは取るって事か。参考になるよ」

「そうですな。商店の場合も、庶民向けと貴族様向けでは、価格を変えている場合が殆どですな。もちろん、品質も違うのですが」

「そうだろうな。同じ物を、違う値段で売るのは良くねぇよな」

「はい。私めの商いは、貴族様向けですので、その様な事はございませんが……」


 コンロン・チュラ学校は、その敷地も広くて緑も多いので、公園としても機能している様だ。

 そして、そこから更に西へと馬車は進み、道が少し狭い通りへと入る。

 通りの賑わいは、更に多くなり女だけでは無く、男の姿も多くなってきた。

 その男達の姿も、如何にも貴族ですと言った派手な服装をした男も多い。

 どうやら、此処は庶民だけでは無く、貴族も訪れている様な感じだ。

 馬車は、賑わう通りから、更に脇道の路地の様な細い道へと入り込み、広い広場の様な場所へ着く。

 空き地には、多数の馬車が止められており、どうやら此処は駐車場みたいだ。


「キー様、到着しました。此処からは、徒歩で参りましょう」

「判った。此処は駐車場なのかい?」

「駐車場ですか? 馬車止めの広場ですが、アズマ国では駐車場と言うのですか。確かに、馬車を駐める場所ですから、駐車場ですな。はははは……」


 馬車から降りて、バイソンも御者台から降りてくる。

 俺とレゾナに続き、レイとポチットも降りてきたが、レイとポチットは、周りをキョロキョロと窺っており、挙動が完全にお上りさんだ。

 俺達は、バイソンを先頭にして、先ほどの賑わっていた通りまで出る。

 人混みと言う程では無いが、大勢の男女が行き交っており、これぞ繁華街だ。

 女も、着飾っている者が多いのだが貴族らしさが無く、何処か水商売ぽさが漂っていた。


 駐車場から少し歩くと、如何にも高級そうなレストランと言った建物が、軒を連ねて建っている場所へ着く。

 この辺りが、繁華街のレストラン・ゾーンなのか。

 そのレストラン街の中でも、最も立派な入り口の前まで行き、レゾナが扉の前に立つと傍らに居た女が、「いらっしゃいませ、レゾナ様」と言ってドアを開けてくれる。

 ふーん、レゾナは顔パスで高級レストランへ入れるんだな。

 俺もレゾナに続いて、タキシードみたいな礼服を着た女が開けているドアを潜ると、「いらっしゃいませ、ようこそ」と女が言った。


 レストランの中へ入ると、別の礼服を着た女がレゾナに近づいてきて、「レゾナ様、ようこそお出で下さいました。ご予約の個室へご案内いたします」と言って、初々しく微笑む。

 なんだか、凄え場違いな感じがするんだが、まあレゾナがご馳走してくれるんだから、気にしない、気にしない。

 俺の後に続いてくるバイソンは、何時もどおりの表情だが、レイは周りをキョロキョロと興味津々で、ポチットはと言えばオドオドとして挙動不審の子犬の様だ。

 まあ、田舎の村で生まれ育ったポチットだから、仕方が無いだろうな。


 礼服を着た女に案内され、レストランの奥へと行く。

 一番奥まで行くと、またドアが有り、そこを女が開けて「ご予約の個室でございます。どうぞ」と言う。

 どうやら、この部屋がレゾナが予約してあった個室らしい。

 部屋の中へ入ると、テーブルが二つ用意されており、どちらも同じ大きさのテーブルだ。

 ただ、一つのテーブルには、椅子が二つ対面で用意されていたが、もう一つのテーブルには、椅子が四つ有った。

 女は、「レゾナ様、此方へどうぞ」と言って、二つの椅子が有るテーブルへ案内し、椅子を引いてレゾナを掛けさせる。

 そして、レゾナが座ると、俺にも同様に「どうぞ」と言ってから椅子を引いてくれた。


 レゾナと俺が座ると、バイソンとレイ、ポチットへ向かって、「使用人の方々は、そちらのテーブルへどうぞ」と言うだけで、椅子を引く事は無かった。

 どうやら、主と使用人でテーブルが分かれていた様だ。


「キー様、通常レストランでは、使用人の同席はマナー違反になります。ただし、個室の場合はその限りではございません」

「へえー、そうなんだ。それじゃ、普通は使用人や奴隷は、レストランへは入れねえって事かい?」

「はい、そうなりますので、一緒に食事をする場合には、個室を事前に予約して置く事をお勧めいたします」

「なーるほど。教えてくれて有り難うよ」

「いえ、いえ、アズマ国とは仕来りや習慣が異なるので、お気になさらず。それでは、料理を運んで貰いましょう」

「畏まりました。お飲み物は如何なさいますか?」

「食事の後、飲みに参りますので、軽く果実酒を頂きましょうか。コータ様、宜しいでしょうかな?」

「ああ、俺は何でも大丈夫だ」

「それでは、果実酒をお願いします。使用人達には、果実汁を頼みます」

「承りました。それでは、少々お待ち下さい」


 礼服姿の女は、頭を下げながらドアを開けて出て行く。

 さすがに、使用人達には酒は飲ませねぇんだな。

 もっとも、レイもポチットも未成年だし、バイソンは御者なんで飲んだら飲酒運転になっちまって、騎士に捉まって成敗されちまうのかもな。

 しかし、俺も普段ならただ酒を飲めるってだけで、嬉しくなっちまうんだが、高級レストランで飲む酒なんて初めてだ。

 そもそも、高級レストランなんて、死ぬ前にも行った事なんてねぇんだから、俺にはさっぱり判らねぇ。

 それでも、個室になっているので、周囲の目を気にする事なく飯が食えるんだから、レゾナには感謝しねぇとな。


 レイとポチットの座っているテーブルへ目をやると、レイはウキウキとしているが、ポチットは相変わらずオドオドとして、今にも泣きそうな顔だ。

 まあ、レイが図太過ぎるんであって、ポチットの挙動が正しい田舎者の姿だよな。

 暫くするとドアがノックされ、「失礼致します」と女の声が聞こえた。

 ドアが開き、先ほどの女とは別の女がワゴンを押して「お待たせしました。お飲み物と前菜でございます」と言いながら部屋へ入って来る。

 俺とレゾナの前に、飲み物の入ったグラスと、前菜の盛りつけられた皿を並べた。

 同じように、レイ達のテーブルにも飲み物と皿を並べるが、グラスと皿が違う。

 皿に盛られている料理は同じ様に見えるので、どうやら主と使用人では器さえも違うみたいだ。


「それでは、キー様。今日はお疲れ様でした。そして、我らの出会いを導いて頂いた女神様に感謝を込めて、乾杯」

「ああ、本当にレゾナの旦那と会えたのは、助かったよ。それじゃ、乾杯」


 グラスに注がれていた果実酒は、ワインとも違うさっぱりとした味の酒で、アルコールの度数は、さほど高くなさそうだが、飲みやすい酒だった。

 これなら、幾らでも飲めそうだな。

 テーブルに置かれていたフォークとナイフで、前菜の盛られた皿から料理を食う。


「うん、美味ぇな、これ」

「キー様の調理なさいます料理に比べると、いささか味は平凡でございますが、お気に召してなによりですな」

「いや、あの宿屋の朝飯がなあ……それで、正直なところ期待はして無かったんだけど、これは普通に美味えよ」

「はははは……あの宿屋の朝食は、酷かったですな。正直申しまして、夕食が品切れで幸いでした。そのお陰でキー様の美味な夕食も頂けたのですからな」

「本当だな。俺も、あの宿屋の夕飯、食わなくて良かったよ。あははは……」


 それから、色々な料理が運ばれてきたが、どれでも流石に高級レストランと言う味で、正直な所を言えば、味が薄目である事を除けば、どれでも美味かった。

 そして、メインの料理は、分厚いステーキだ。

 何の肉かをレゾナへ尋ねると、「牛の肉でございます」と言う。

 和牛とは違い、脂身の少ない赤身の肉だったが、柔らかくて美味い。

 だが、やはり塩と胡椒が不足気味な味付けで、濃厚なソースに助けられている感じだ。


 食後のデザートは、果物だったが、これも市場で買った果物とは違って、甘く香りも良くて美味だ。

 そして、デザートと一緒にお茶も運ばれて来たが、これは明らかに紅茶だった。

 俺は、紅茶は滅多に飲まないので、高級なのかどうかは判らねぇけど、香りが良いのできっと高級な紅茶なんだろうな。

 お茶も飲み終え、レイとポチットの居るテーブルを見てみると、先ほどとは全く違う表情のポチットが満足そうな顔をしている。

 レイも同様に、満足げな表情だったが、いまいち不満げでもある。

 彼奴の場合、中華そば屋台の精霊なので、どうもラーメン以外は本当に満足しないのかもな。

 すると、レゾナがお茶を飲み終えて言った。


「それでは、キー様、酒を頂ける店に移動しましょうかな。残念ながら、その店は使用人は同伴できませんので、馬車で待たせる事になります」

「ああ、判った。そう言う事なら仕方がねぇな。レイ、ポチット、バイソンと一緒に馬車で待っていてくれ」


 俺がレイとポチットへ、そう言うとレイが俺の耳元まで近づいてきて、レゾナに聞こえない様な小さな声で囁く。


「仕方が無いですね。文字の読み書きがある場合は、ご注意くださいね。絶対にサインだけは、しない様に……」


 レイの言葉に俺は無言で頷いてから、再び二人へ言う。


「ああ、判った。ポチットもレイの言う事を聞くんだぞ」

「は、はい。ご主人さま。行ってらっしゃいませ」


 そして俺達は、高級レストランを出て二手に分かれた。

 レイとポチットは、バイソンと共に馬車を駐めてある駐車場へ行き、俺とレゾナは酒を飲む店へと向かって行くのだった。






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