第20話 1-17 鑑定

 ドアがノックされレゾナが「どうぞ」と言うと、バイソンと共に若い女性が入室して来た。


「私は、商業ギルドで鑑定を担当しております、チェリーと申します。宜しくお願いを致します」

「おお、この度はお世話を掛けますな、チェリー殿。何時も貴女の鑑定で助かっております」

「レゾナ様、お戯れを……。私の方こそ、何時もご指名を頂き、ありがとうございます」

「紹介が未だでしたな。失礼しました。こちらに居られるのは、コータ・キー様で、なんと上等の胡椒をお譲りいただける事になりましてな。それを鑑定していただきたいのです。加えて、キー様がお持ちの不要品の査定をしていただき、それを商業ギルドで買い取って頂きたいとの事です。そですな? キー様」

「ああ、そうなんだよ。手間を掛けて悪りぃけど、この武器やら装備品を買い取って欲しいんだ。入手先の説明も必要かい?」

「そうですか。武器や装備品が盗品で無い事を示して頂ければ、問題なく買い取りは可能です。キー様、何か証明書の様な物はお持ちでしょうか?」

「証明書か……。ああ、有るよ。実は、此処にいるポチットも奴隷って事で、俺が引き取る事になったんだけど、その手続きも商業ギルドでしてもらえって言われてるんだ。この書類で大丈夫かな?」


 俺は、グロリアから貰ったポチットの譲渡手続きに必要な書類と、奴隷商人が持っていた売買契約書を、鑑定人のチェリーに渡す。

 チェリーは、「拝見します」と言って、二つの書類を受け取り読み始める。

 俺には、何が書いてあるのか、ちんぷんかんぷんだったけど、この世界の文字も読み書きできるレイに読んでもらったところ、ポチットの譲渡手続きを無料で行い、代金は騎士団へ請求する様にと書いてあったそうだ。

 そして、俺がポチットを引き取る事になった顛末も細かく書いてあったと言うので、俺の売り払おうとしている武器や装備が、盗賊団の持ち物であった事の証明書にもなっているだろう。


「成る程、街道で盗賊団に襲われた奴隷商人を助けるため、キー様が盗賊団を成敗しようとし、それを騎士見習いのお二人が助太刀なさったと言う事ですね。判りました。この武器や装備は、全て商業ギルドで買い取らせて頂きます。そして、奴隷……ポチットの譲渡手続きも当方でさせて頂きます。胡椒の鑑定が済み次第で宜しいでしょうか?」

「ああ、構わないよ。レゾナの旦那の目的は、胡椒の買い取りだったしな」

「承りました。それでは、早速さっそく胡椒の鑑定作業に移らせて頂きます」

「チェリー殿、宜しく願います。それにしても、あの盗賊団を成敗したのが、キー様やスカイライン様とブルーバード様だったとは……驚きですな」

「済まねぇな、レゾナの旦那。昨夜は、本当の事を話そうとしたら、グロリアやシルビア……ブルーバードの姉さん達に、睨まれちまったんで言えなかったんだよ」

「いや、いや、騎士としては当然の振るまいですからな。それにしても、キー様は武芸にも精通しておられるとは、やはり貴族様だったのですかな?」

「いや、俺は料理人で商人だよ。朝方馬車の中での話も、グロリア達に釘を刺されていたんで、本当の事を言えなかったんだけど、俺の出身地は、日本じゃなくてアズマ国だよ」

「おお、やはりそうでしたか。成る程、それで全て納得です。キー様の容姿は、伝説の勇者様と良く似ていらっしゃるので、ひょっとしたらと思っておりましたが、やはりアズマ国のご出身でしたか」

「伝説の勇者? まあ、それは置いといて、日本……いやアズマ国では家名を持っている人間が多いんだよ。だけど貴族じゃねぇんだな、これが」

「はい、そのお話も良く存じております。そうですか、キー様はアズマ国から、この国にいらっしたのですか……。それで貴重な胡椒もお持ちだったのですね。私めは運が良かったと言うしかありませんな。はははは……」

「俺だって同じだよ。レゾナの旦那と会えなければ、この王都まで馬車に乗せてもらう事もなかったしな。俺達は、あの宿屋の夕食が品切れだった事に礼を言わねぇとな」

「そうですな。いや、あのキー様がお作りになる美味い料理が取り持つ縁に、感謝ですな。はははは……」


 俺とレゾナが話をしている最中に、チェリーと名乗った女鑑定人は、用意してきた天秤へ分銅を乗せて水平を確かめてから、器の中へ慎重に業務用胡椒の缶から中身を移している。

 胡椒が飛び散らない様に、慎重に作業しており、チェリーの口と鼻を覆うマスクまでしている。

 まあ、胡椒が飛び散ってくしゃみでもしようものなら、大変な事になっちまうので、用意周到と言うべきなんだろう。

 そして、缶の中の挽いた胡椒を全て容器へ移し終わると、反対側の皿へ分銅を乗せていく。

 天秤の示す針が、目盛りの中央を指し示すまで、慎重に分銅を加えていった。


「405グラムですね。それにしても、私も長く鑑定をしておりますが、これほどに純度の高い、いや純粋な挽き胡椒は、初めて拝見しました。普通、挽いた胡椒の場合は、多かれ少なかれ、他の香辛料を混ぜて水増しするのが常識なのですが……。驚きました」

「おお、チェリー殿も驚かれるとは、私めの目に狂いは無かったと言うことですな」

「はい。証明書を作成しますので、暫くお待ちください」

「はい、はい。宜しくお願いしますぞ。キー様、それでは、405グラムと言う事で、代金をお支払いいたします」

「いや、400g分で良いよ。5gはサービスだ。はははは……」

「サービス? 良く判らないお言葉ですが、アズマ国の言葉でしょうか?」

「おっと、済まねぇ。5gは、レゾナの旦那に無料で進呈するって事だよ。気にしねぇで受け取ってくれ。鑑定料も無料じゃねぇんだろう?」

「おお、そう言う意味でしたか。折角のキー様のご厚意、有り難く頂きます。それでは、早速代金を用意しますので、お待ち下さいませ」

「ああ、俺の方の買い取り査定や、ポチットの手続きも未だだから、急がなくて構わねぇよ」


 レゾナは脇に居たバイソンに、小声で何やら指示をすると、バイソンは「はい」と頷いてから、部屋から外へ出て行った。

 代金を用意するってレゾナは言ったけど、商業ギルドに預金でもして有るのだろうか。

 ギルドって言う組織は、高校生だか中学生だった頃に習った覚えがあるんだけど、同業者の組合組織みたいなもんだと思ったんだが、やっぱり俺も王都で商売をするんだったら、商業ギルドへは加入しないと駄目なんだろうか。

 バイソンが退室してから、直ぐに入れ替わるかの様にチェリーが部屋へ戻ってきて、「お待たせしました」と言って、レゾナへ何やら書類を渡している。

 どうやら、渡したのは胡椒の鑑定書類らしく、レゾナは書類を受け取ると笑みを浮かべながら何度も頷く。

 うーん、気持ち悪りぃいぞ、レゾナの旦那よ。


「それでは、キー様の処分する武器や装備の買い取り査定をさせて頂きます」

「ああ、頼むよ。査定に料金はかかるのかい?」

「いいえ、買い取りの場合は、買い取り価格から差し引かれます。宜しいでしょうか?」

「ああ、それで構わねぇ。別に、幾らでも良いんだよ。武器や装備なんて俺には、邪魔なだけだったからな」

「はい。それでは、査定を致します」


 女鑑定人のチェリーは、床に放り出してある大量の武器や装備を、細かく鑑定をし始めたのだった。






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