第18話 1-15 食材

 俺の食った真っ赤な果物は、見た目とは違って、もの凄く酸っぱい味だった。

 レモンか、夏みかんか、そう言った酸っぱさとも違い、もっと刺激のある酸っぱさだ。

 俺は、噎せ返ってしまいながら、別の果物を口に放り込む。

 今度のは、もの凄く甘く酸っぱさが和らいで行く。


「この赤いのは、もの凄く酸っぺぇな……。あぁ、酷ぇ目に遭った」

「ご、ご主人さま、申し訳ありませんでした。その赤い果物は、甘い果実を食べた後に、口直しで食べて口の中をさっぱりさせるのです」

「そうだったか。見た目が甘そうだったので、騙されちまったよ」

「その赤いのは、屋台のおばさんがサービスで入れてくれたのですよ、ご主人さま」

「へえ、俺は酸っぱいのは苦手でな……まして、甘いと思って食ったら不意打ちで酸っぱかったから、余計にびっくりしたんだ」

「も、申し訳ありませんでした」

「ポチットは悪くねぇよ、気にするな」

「そうですよ、ポチットちゃん。意地汚く目立つ赤い果物を行きなり食べた、ご主人さまの自業自得です」

「……レイ、お前の言う事は、間違っちゃいねぇけど、事実を指摘されると、やっぱり少し凹む」

「他の果実は、みな甘くて美味しいので、どんどん食べて忘れてください」

「ああ、そうするよ」

(くそっ、レイめ、覚えてろよ……)


 数種類の果物を食いながら、レイに幾らだったかを尋ねると、一皿で錫貨10枚だったとの事で、それを5皿買ってきたと言う。

 これだけの果物を買って、しかも皮を綺麗に剥いてカットまでしてあるのに、錫貨50枚だ。

 日本じゃ、恐らく1000円以上は確実にするだろうし、都内の有名な果物屋で買ったら、もっと高いだろう。

 どうも、基本的に食い物は、日本よりも安い気がしてきた。

 錫貨が一枚10円だとすれば、これで500円なんだから。


 三人で、果物を食いつつ、この世界の通貨価値を考える。

 レイもポチットも、果物を次から次へと口に運び、稀にあの酸っぺぇ赤い果物を食う。

 俺は、もう二度と食わなかったけど。

 この世界の通貨は、一番安いのが錫貨で、それが100枚で銅貨1枚と同額となる。

 そして、銅貨10枚で銀貨一枚になる訳だから、やっぱりラーメン一杯は高くても銅貨一枚以下が、庶民でも食ってくれる上限だろうなあ。


 そう言えば、グロリアがくれた盗賊団の討伐報奨金って、幾ら入っていたのだろう。

 未だ、革袋の中を見ていなかったので、判らなかったけど、こんな人混みの多い所で、かねの入った袋の中身を勘定するほど、俺も間抜けじゃねぇし。

 硬貨は、奴隷商人の持ち金から、銅貨と銀貨をより分けてあるから、それを使っている。

 錫貨は、あまり入っていなかったけど、かさばるからだろうか。

 グロリアや、レゾナが支払ってくれた銀貨は、まとめてレイの収納へ入れてあるから、スリにあったり、落としたりしても全財産を失う事もねぇし。


 レイとポチットは、果物で腹一杯になった様で、少しだけ残っていたけど、また後で食えば良い。

 レイに収納へ仕舞って置けと言うと、大きな葉っぱに包み直して、収納へ入れる。

 収納は、時間が進まないと言うから、腐ったりもしねぇから便利だ。

 カットした果物は、問題なく収納へ仕舞う事が出来たけど、カットしてない丸ごとの果物が収納できるかどうかも試してみたかった。

 まあ、何処かで買ってから、また試してみればいいか。


 俺達は、焼き鳥と果物で腹一杯になったので、市場を再び探索してみる事にする。

 特に何かを買う必要はねぇんだけれど、どんな商品が売られているのかを知りたかったのと、物価を調べたかったので、市場調査が目的だ。

 少なくとも、衣類や布よりも食品の物価が安い事だけは判ったので、他の日曜雑貨も調べておけば、大凡の物価を知る事ができるかも。

 屋台が集まっている場所から、少し歩いて行くと、色々な食材を売っている露天が集まっているエリアがあった。

 此処ならば、この王都で流通している食材を知ることが出来る筈だ。


 穀物系は、どうやら麦がメインの様で、パンにしたりするのだろう。

 他にも、トウモロコシや、芋なども売られていて、日本とそう違いは無かった。

 しかし、しかしだ。

 日本人の主食となる米は、何処にも売られて居なかった。

 グロリアは、米を知っていたので、この市場でも売られていると思ったんだけど。

 ひょっとすると、庶民の市場と、貴族の市場は違う物が流通しているのかもしれねぇので、今度会った時にでもグロリアに聞いてみよう。


 まあ、俺の屋台には、炊きたての飯がジャーに入っているので、毎日でも食えるんで、別に米が恋しくなっている訳じゃねぇんだ。

 まあ、どうみても日本じゃなくてヨーロッパみてぇな世界だから、米が無くても不思議じゃねぇし。

 米がねぇんだから、当然ながら味噌も醤油もねぇってわけだ。

 俺としては、味噌が欲しかったんだけど、現状は入手困難品に決定されちまった。

 俺の屋台にも、残念ながら味噌は積んでねぇんだ。

 醤油は、スープに使うんで、補充用に少し積んであって良かった。


 食材のエリアには、肉の塊も売っていたけど、冷凍はもちろんの事、冷蔵すらされてねぇんで、ちょっと怖えな。

 肉塊の周りをハエが飛び回っていて、不衛生極まりねぇよ。

 魚も同じで、あまり鮮度は良さそうじゃ無かったし、見た感じから川魚に見える。

 この王都の近くには、海がねぇのかも。

 加工された肉や魚も売られていて、殆どが乾物になっている。

 肉は、乾物じゃなくてビーフジャーキーみたいな感じの干し肉だけど、塩胡椒が貴重なんだから、味もそれなりに想像できるけれど。


 俺が食いたい食材と言えば、鮪の刺身だったんだけど、そんな物は影も形もありゃしねぇ。

 むかし、アルバイトで築地の買い出しの手伝いをして居た頃、帰り際に朝飯を食ったんだけど、あの時食った、鮪のぶつ切り定食が忘れられねぇんだ。

 しかも安くて、量も多くて、そして美味いと三拍子そろっていて最高だった。

 築地も、場外じゃ無い方が安くて美味いよ。

 その築地も、豊洲へ移転だとか言ってたけど、もう死んぢまった俺にゃ関係ねぇ事だけど。


 食材エリアを回って、気になる食材をチェックしながら、当面料理に使える食材がねぇか調べてみたけど、野菜類は豊富に出回っていたから、また後で買い出しに来よう。

 当面は、ラーメンだけで勝負してみてぇしな。

 そろそろ、太陽も西へ傾い来たんで、此処から商業ギルドへ向かうとするか。

 近くの露天のお姉さんに、商業ギルドの場所を尋ねると、愛想良く教えてくれた。

 お姉さんの店は、何やら訳の判らねぇ食材を売っていたけど、使い道が判らなかったので、買わなかったけど。

 一応、礼を言って錫貨を一枚渡すと、笑顔で愛想を振りまいてくれた。

 きっと、この露天の看板娘なんだろう。

 美人が居れば、店はそれなりに繁盛するって事だ。


 俺達は、また人混みの中を掻き分けて、市場を抜けて王都の通りへ出てから、商業ギルドへと歩き始めた。







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