第14話 1-11 王都

 馬車は、宿屋の馬車置き場となっている中庭を出ると、そのまま宿場町の真ん中を通っている王都への街道へと出て、西へと向かい速度を上げた。

 俺とレゾナは、進行方向を背にして座席に座っていたので、二人の女騎士の間にある小窓から、後方の様子も見えている。

 後方からは、少女の馬人間が手綱を握る荷車が、ピッタリと付いて来ていた。

 それにしても、乗り心地が悪い馬車だぜ。

 道路の凸凹が、もろに尻へ伝わって来る感じで、サスペンションが装備されてねえんじゃなかろか。


 座席は、一応クッションというか、綿の入った布団の様な感触だったけど、このクッションが有って、この振動は半端じゃねぇ。

 車輪が木製なのも、影響しているんだろうな。

 これで長距離の移動は、慣れないと相当にキツイもんが有るぜ。

 未だ、朝も早い時間なのだが、どの位走れば王都に着くのか聞いてみた。


「この速度で走って、どの位で王都へ着くんだい?」

「そうですな、街道が混んで居なければ、昼過ぎには到着するでしょう。もっとも、到着してから王都へ入るには、大分待たされるでしょうが」

「待たされるとは、何でなんだ?」

「王都へ入るには、検問で身分票の検査や、積み荷の申告などが有りますからな。多分、到着する頃には、相当の待ち行列になっているでしょうな」

「ふーん。何処でも、渋滞の元は検問なんだな」

「キー様の国でも、同様な事が有るのですかな?」

「ああ、あるぜ。検問って言うか、料金所の門で車が並ぶんだよ。自動で門を通過出来る車もあるけどな」

「成る程、おお、そう言えば騎士様お二人は、貴族様専用の門をお使いになられるので、待ち時間は関係ありませんでしたな」

「うむ、悪いが、待ち行列に並んだ所で、我々は下ろして頂こう」

「はい、もちろんでございます。キー様もご一緒でしょうか?」

「そうだ、色々と事務手続きをせねばならんので、同行して貰う事になる」

「そうなんだ。ああ、ポチットの件も有るしな。宜しく頼むぜ」

「案ずるな。我らに任せておけ」

「宜しく頼むよ。俺は何にも判らねぇからよ」

「うむ」


 成る程、一般市民と貴族では、王都へ入る門が違うのか。

 まるで、飛行機に乗る時のエコノミー・クラスとビジネス・クラスの違いみたいだな。

 以前、派遣社員の仕事で飛行機に乗る事があって、チェックイン・カウンターで行列が出来ていたんだけど、やけに空いてて誰も並んで居ねぇ窓口があったんで、そこへ行ったら「ここは、ビジネス・クラス専用カウンターです」って言われて追い返され、結局は混んでいる窓口に並ばされたんだよ。

 まったく、地獄の沙汰も金次第とは、良く言ったものだぜ。


 それと、騎士って、貴族だったんだな。

 家名を持っているから、貴族なのかもしれないけど、その辺は良く判らねぇな。

 そう言えば、レゾナも俺の事をキー様って呼んでいるので、俺を貴族と勘違いしているのかも知れねぇな。

 こんな育ちが悪くて、品の欠片も無え俺を、まさか貴族と間違う事はねぇと思うけど。

 まあ、勘違いするのは、レゾナの勝手なので別にどうでも良いや。


 それからは、レゾナが一方的に喋り始め、俺やグロリア、シルビアは、聞き手に回る。

 たまに、俺や女騎士達へ質問して来たが、差し障りになりそうな事は知らぬ存ぜぬで通したぜ。

 なんしろ、口は災いの元だからな。

 余計な事は、喋らないに限るぜ。

 ただ、生まれ故郷は何処だと聞かれた時は、「日本だ」と答えると「何処にある国でしょうか?」と言われちまった。

 俺は、「ずっと東の国で、海を渡った島国だ」と言うと、「アズマ国とは違うでしょうか?」と逆に尋ねられたので、「知らねぇな」と答えておく。


 どうやら、この世界の東の果てには、アズマ国という国が有るらしい。

 そりゃ、そうだよな。

 この世界に、日本が有る筈はねぇもんな。

 レゾナは、女騎士の家名なども巧みな話術で聞き出して、どうやらシルビアの家、ブルーバード家とは、取引が有るらしく「毎度、お世話になっております」と、破顔して喜んでいる。

 そして、グロリアの家、スカイライン家とも是非、商いをしたいと言ってセールスを始める始末だ。

 何処の世界でも、商人はアクティブだよな。

 俺も商人なんで、こう言う所は見倣わなきゃいけねぇぜ。


 そして、グロリアとシルビアも、騎士団養成所の事などを語り出した。

 今回の卒業試験の様な試練は、毎年恒例で行われる行事で、脱落者は当然の事ながら養成所を卒業出来ないし、最悪のケースでは死者も出る過酷な試練なんだと。

 試練の場所となった森を抜けるまでは、単独で行動しなければならず、森を出て街道へ出れば今回の様に馬車へ乗せて貰う事は許されていると言い、交渉術も騎士の技量なんだとか。

 騎士養成所では、グロリアとシルビアは、同じ部隊の所属で、名前は百合隊・・・だってさ。


 なんってこった、百合隊かよ。

 まさか、グロリアとシルビアって、百合の関係なのか。

 俺が、「他の部隊の名前は?」と尋ねると、薔薇隊・・・もあって、そちらは男騎士の部隊だとか。

 俺は絶対に、その薔薇隊には近づきたくねぇぞ。

 全くもう……思わず俺は、ケツをガードしてしまいそうになったぜ。

 グロリアが言うには、百合隊も薔薇隊も、近衛騎士団への登竜門で、由緒ある隊なんだそうだけど、なんとも名前が怖すぎるぜ。


 今回の試練には、約20名の見倣い騎士が参加していて、先に王都へ到着した順に成績が高くなるので、馬車に乗せて貰った事で、十分に上位へ入れると、二人の女騎士は喜んでいる。

 しかも、盗賊団の討伐を援護・・した事も評価されるので、成績優秀者として卒業できるだろうと、皮算用までしていやがる。

 まあ、俺にしてみれば、濡れ手に粟で盗賊団や奴隷商の持ち物が貰えたので全く文句はねぇけどよ。

 予定外の扶養家族が増えちまったけど、給料を支払わずに済む従業員が増えたのだから、これも喜ぶべき事なんだよな、きっと。


 レゾナのお喋りも、流石に疲れたのか暫くの沈黙の後、シルビアが声を上げた。


「おお、王都が見えてきたぞ」

「うむ、無事に帰ってこれたな」


 俺は、身を捩らせて馬車のドアの窓から首を出して、前方を見ると、遙か遠くに巨大な城壁が見えた。

 そして、その城壁の内側には、小高い山が有り、頂上には中世ヨーロッパ風の城が見える。

 その城の姿は、千葉ネズミー・ランドに有る灰頭はいかぶり城にそっくりだぜ。

 まるで絵に描いた様な、中世ヨーロッパの城だよ。

 すると、レゾナが俺に言った。


「我らの都市、王都トメマイへようこそ、キー様」

嘔吐おうと目眩めまい? なんだか、具合の悪くなりそうな名前の街だな」

「……トメマイでございますが、キー様、何処か具合が悪くなったのでしょうか?」

「いや、気にしないでくれ。俺の独り言だから……」


 くそ、完全に滑っちまった。

 王都と目眩、いやトメマイへ馬車が近づくにつれ、前方に馬車が延々と行列を作っているのが見えて来た。

 これが、王都へ入るための渋滞の行列かよ。

 まともに並んだら、本当に具合が悪くなって目眩がしそうだぜ。

 馬車の他にも、旅人らしき人の列も馬車の間に並んでいるから、その人数は相当なもんだ。


 やがて、俺達の乗った馬車も、行列の最後尾まで来て停車した。

 すると、グロリアがレゾナへ言う。


「レゾナ殿、世話になった。我らは、此処から徒歩で専用門へ向かう故、此処で下ろして貰おう」

「はい、スカイライン様。お疲れ様でございました。また、お会いできるのを楽しみにしております」

「うむ、家には、レゾナ殿に世話になった事、申し伝えておこう」

「有り難うございます。ブルーバード様も、宜しくお願いを申し上げます」

「世話になったな、レゾナ。また、会おうぞ」

「はい。キー様、それでは商業ギルドで、お待ちしておりますので、宜しくお願いします」

「ああ、有り難うな。助かったよ。そんじゃ、こっちの用事が済んだら、商業ギルドって所へ行くんで、宜しくな」

「はい、お待ち申し上げております。夕刻時であれば、夕食でもご一緒に如何ですか?」

「そりゃ、有り難いな。それじゃあな」

「はい、お気を付けて」


 俺は、レゾナに礼を言ってから馬車を降りると、荷車から降りたレイとポチットが走って、此方へ向かって来る。

 グロリアとシルビアは、二人の姿を確認すると、馬車と人々の行列の脇を王都へ向かって歩き出す。

 俺とレイ、ポチットも、女騎士達の後を追い王都トメマイへと歩き始めた。






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