第13話 1-10 出立

 凄ぇ不味い宿屋の朝飯だったが、折角の朝飯なので残したら料理人に悪いから全て食べ尽くした。

 既に、女騎士二人も残す事なく全てを平らげており、ポチットなんて嬉しそうに「朝から食べられるなんて夢のようです」とまで言っている。

 奴隷に売られる前も、相当に貧しい生活を強いられていた様だな。

 それに引き替え、精霊のくせにレイと来たら「美味しくないです」と言って、パンを残しやがった。

 スープは、何とか全部飲み干した様だが、この精霊、少し贅沢過ぎるぜ。


 ポチットが、未だ食べたり無い様子だったので、俺はレイの残した硬くて不味いパンを、ポチットへ「食うか?」と言うと「宜しいのですか?」と答えたから、レイからパンを取りあげてポチットへ渡した。

 ポチットは、嬉しそうに硬いパンを、平然と噛み砕いて瞬く間に食べ終わる。

 この世界の人々全てじゃないだろうけど、犬人族って凄えな。

 噛まれたら、絶対に2、3針は縫う事になる程の大怪我をするぜ。

 俺達が朝飯を済ませてテーブルでまったりしていると、昨夜の商人がやってきた。


「皆様、昨夜は有り難うございましたな。これから、私達は出立しますが、宜しければ、私共の馬車へ如何でしょうか?」


 へえ、馬車へ乗せてくれるのか。

 そりゃ、願ってもねぇぜ。

 普段、歩き慣れてねえから、正直言うと歩きっぱなしは、疲れるんだよな。

 でも、女騎士がどうするかなので、俺はグロリアとシルビアの方を見た。

 二人の女騎士は、お互いの顔を見ながら、頷きあっている。


「うむ、それはかたじけない。迷惑で無かったらば、お願い出来るか?」

「はい、もちろんでございます。騎士様お二人と、キー様は私めの馬車へお乗り下さい。キー様の従者の方々は、荷車の方で宜しいですかな?」

「ああ、乗せてくれるなら、何処だって良いぜ。良いよな? レイもポチットも?」

「わたしは、ご主人さまと一緒が良いのですけど、乗れないなら仕方ないのです」

「あ、あたしは、ご主人さまの指示に従うだけです」

「そんじゃ決まりだ。悪りいな、レゾナの旦那」

「いやいや、お気になさらずとも、行き先は同じ王都ですので、何の問題もございません。それでは、急がせて申し訳ないのですが、早々に出立したいと思います。何分、大きな商隊よりも先に出立しませんと、王都への入場にも手間取ってしまいます故」

「うむ、それでは直ちに出立の準備をしよう。シルビア、急ごう」

「ああ、判った」

「俺達は、もう部屋には何も置いてねぇから、直ぐに出られるぜ」

「うむ、ではコータ殿達は、此処で待って居てくれ。直ぐに戻って来る」

「ああ、判った」


 グロリアは、そう言うとシルビアと共に、自室へと戻って行った。

 そう言えば、二人の女騎士は鎧を身につけて無かったな。

 腰には、しっかりと剣を下げていたけど、部屋へ戻って鎧支度をして来るって事か。

 騎士家業も、楽じゃねぇな。

 すると、珍しくポチットが自分から喋った。


「ご、ご主人さま。あたし、外套を部屋へ置いたままなので、直ぐに取って参ります」

「ああ、悪かったな。気がつかなかったよ。それじゃ、これ鍵な。俺とレイは、何も置いてねぇから、一人で行ってきてくれ」

「は、はい。急いで行って来ます」

「そんなに、焦らなくて大丈夫だよ、多分。女騎士が鎧を着るのって、そう簡単じゃねぇだろうからな」

「は、はい。行ってきます」


 そう言い残すと、ポチットは駆け足で部屋へ向かった。

 お尻の尻尾がピンとしていて、緊張しているみたいだけど、大丈夫かよ。

 しかし、ポチットの着ていた服は、ボロボロだったな。

 外套も、それなりに補修された箇所が目立つ年期が入った代物みたいだし。

 王都へ着いたら、新しい服を一式買ってやろうか。

 なにより、この冬空の寒い中、裸足でボロいサンダルとか、有り得ねぇぜ。


「レイ、二人だけになったんで丁度よかった。この銀貨十枚を、お前の収納とやらに入れてくれ」

「銀貨をですか? 構いませんけど、どうしてですか?」

「ふふふふ、良いから入れろって」

「はい。入れました」


 レイに渡した銀貨十枚が、レイの掌から消えたのを確認した。

 よし、これで、もう金には困らねぇぜ。


「よし、それじゃ、その銀貨十枚を出してくれ」

「何なんですか? 入れたり出したり。わたしは財布じゃ有りませんよ、もう……。はい、どうぞ」

「未だ、判らねぇのかよ。これで、お前の収納とやらに、何時でも銀貨十枚が入っているだろが。ふははは……俺様の頭の良さに驚いたか」

「……残念ながら、収納の銀貨十枚は、この掌の上に有ります。収納からは消えました」

「はあ? 何でだよ? 収納に入れた物は、コピーされるんじゃねぇのかよ?」

「それは、元の世界の物に限られます。この世界の物は複写されません。単純に出し入れ出来るだけです」

「……くそっ! 本当にケチ臭え神様だな。折角、考えついたのによ……」

「ちなみに、収納にある元の世界の物は、中華そば屋台一式と、ご主人様が今、身につけている全て衣類や持ち物です」

「俺の衣服や持ち物?」

「はい。この世界へ再生される際に、神様にお願いして、ご主人さまの衣類などを収納に入れて頂きました」

「ちゅう事は、スマートフォンとか時計とかもか?」

「はい。靴や靴下、下着なども全てです」

「ふーん。そんじゃ、当面は衣食住の内、衣類と食事だけはなんとかなるって事だな。まあ、聞いといて良かったよ」

「私の衣類も、入ってますけどね」

「そう言う所は、お前ちゃっかりしてるんだな……」

「何でしょうか?」

「何でもねぇよ……」

「それと、神様が仰るには、この世界の物を入れても時間凍結されるので、食物は腐らないそうです」

「そりゃ、有りがてぇ機能だな。冷凍庫いらずって事か」

「ただ、生きているものは入れられないそうです」

「野菜なんかもか?」

「どうなのでしょう……。試してみないと判りませんね」

「そうだな。追々、試すしかねぇな」


 俺とレイが、レイの収納機能の話しをしていると、ポチットが外套を着込んで戻って来た。

 そして、少ししてから女騎士二人も、凛々しく、そして暑苦しい鎧姿で現れ「待たせたな」と言って、俺達の居るテーブル脇へ立つ。

 これで全員の支度が済んだので、部屋の鍵をフロントの女将さんへ返してから、裏庭の馬車置き場へと向かう。

 食堂には、まだ大勢の客が朝飯の真っ最中だったから、大商隊の出発は、当分先だろうぜ。

 裏庭では、既にレゾナが待っており、馬車の準備も終わっていた様だ。


「ささ、騎士様と、キー様は、この馬車へどうぞ。従者方は、あちらの荷馬車へ」

「「済まぬな、レゾナ殿。では、世話になる」」

「悪りぃな、レゾナの旦那。乗せて貰うよ。そんじゃ、レイとポチットは、あっちの馬車な」

「「はい、ご主人さま」」


 レゾナが乗る様に言った馬車は、箱形の馬車で中には対面シートで4~6人は乗れる広さがあった。

 御者って言うのかな、馬の手綱を操る席が前にあって、そこには馬の耳らしきものが頭から生えた青年が乗っていたよ。

 何だ、馬人間が、馬を操るのか。

 レイとポチットが向かった荷馬車の方にも、御者席に座っていたのは、同じ様に馬の耳が生えている少女が座っていた。

 どちらも二頭の馬が繋がれていて、その手綱を馬人間が操るって、凄ぇ光景だぜ。


 俺達が馬車へ乗ると、レゾナも馬車へ乗り込んで来た。

 甲冑姿の女騎士二人は、並んで座ったので、俺はレゾナと隣合わせで座る事になったけど、どうせなら女騎士の隣が良かったぜ。

 そう言えば、昨夜レゾナと一緒に居た使用人のバイソンって奴の姿が見えねぇけど、何処へ行ったんだ。

 レゾナへ「昨晩、一緒に居たバイソンって使用人は?」と尋ねたら、「先に荷馬車で出立しました」と言われた。

 どうやら、俺達を乗せるために、わざわざ出立を遅らせてくれたらしい。

 まあ、とにかく、これで歩かずに王都まで行ける訳だから、レゾナには感謝しねぇとな。


「それでは、出立しましょう。おい、馬車を出しなさい」

「はい」


 レゾナが御者席側に開いている小窓から御者の馬人間に命令すると、馬車はゆっくりと走り始めた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る