第12話 1-9 朝食

 王都で商人を営んでいると言う小太りのレゾナは、俺の作ってやったラーメン・ライスに満足した様で、かなり機嫌が良く代金を支払ってから王都での再会を約束して、屋台を去って行った。

 ちなみに、二人で食ったラーメン・ライスと替え玉、お代わりのライスで、銀貨を五枚を置いていったぜ。

 これは、グロリアが「一品、銀貨一枚が妥当だろう」と言ったからで、レゾナは嫌な顔一つせずに、「その価値は十分、いや安いですぞ」と言って、ニコニコして支払った。

 俺には、この世界の物価がさっぱり判らない状態なので、本当に銀貨一枚で、ラーメン一杯が妥当なのかどうかは、全く判らねぇ。

 まあ、羽振りの良さそうな旦那だったから、貰い過ぎでも構わねぇけどな。


 グロリアとシルビアもワンタン・ライスの代金を支払おうとしたので、宿屋の代金を精算すると言ったら、「それでは、その分を差し引いて支払おう」と言った。

 なんだ、宿屋の宿泊料って、そんなに安いのかよ。

 これりゃ早めに、この世界の物価と通貨の価値を調べる必要があるな。

 ともあれ、これで銀貨が十枚以上、懐に入ってきたので、無一文から出世したぜ。

 やはり、無一文ってのは、精神的に良くねぇよな。


 俺達は、夕飯を終え、それぞれの部屋へ戻る事になったので、レイに言ってラーメン屋台を収納とやらに入れて貰う。

 やはり、この世界も物騒なそうで荷物を積んだ状態だと、盗人に狙われるとシルビアが言っていたので、用心のためだ。

 商人の荷車は、殆ど荷物が満載された状態なので、従業員か奴隷が荷車で寝るのだそうだ。

 どうりで食堂にいた人数の割には、宿泊用の部屋が空いていた訳で、俺は納得したよ。

 この世界には、収納鞄と言う見た目よりも遙かに多くの品物を入れる事が出来る鞄が存在しているので、レイがラーメン屋台を収納しても女騎士二人は、驚きもしなかった。

 判っていても驚いたのは、俺だけだったか。


 グロリアとシルビアに就寝の挨拶をして、俺とレイ、ポチットの三人は宿屋の自室へと入る。

 ポチットは、「あたしは奴隷ですので、馬小屋で寝ます」なんて言うので、無理矢理に部屋へレイが引きずり込んだ。

 別に、俺が一緒に寝たい訳では無く、どうせベッドは二つあるんだから、ポチットとレイが二人で寝れば良いだけだ。

 二人とも、まだ身体が小さいのでベッドも狭くはねぇだろう。

 いや、レイは精霊だから、実体化を解けばベッドをポチット一人で使えるかもしれねぇな。

 いや駄目だ、駄目だ。

 そうすると、レイが精霊だって事がポチットに知られてしまう。


 未だ、レイが精霊だって事はポチットには黙っていた方が良いと、俺の経験値が警告してきたぜ。

 部屋の中は質素と言うか、ベッド以外は何も無く本当に寝るためだけの部屋だった。

 安いビジネスホテルよりも殺風景で、当然ながらTVも何もねぇ。

 トイレは、宿から一度、表に出ないとねぇし、風呂なんてもんは当たり前の如く有る筈もねぇ訳で、灯りすらケチなランプだけで薄暗いときたら、もうさっさと寝るしかねぇぜ。

 俺が、「そんじゃ、さっさと寝るぜ」と言うと、レイが「その前に」と喋り出した。


「ご主人さま。この身分票を、首へ掛けておいてください」

「何だ? これは?」

「この世界の身分証明書の様な物です。わたしの分もあります」

「ふーん。ポチットは、この身分票だっけ? 持っているのか?」

「あ、あたしは奴隷なので、まだ持っていません。王都で手続きが終われば首輪と一緒に頂けると聞いています」

「そうか……。えっ? 首輪? なんだ、そりゃ?」

「ど、奴隷は、必ず首輪を付けるのが決まりです。奴隷で首輪を付けていないと罰せられるか、逃亡奴隷として処分されてしまいます」

「そうなのか……。それじゃ、王都に着いたら、グロリアかシルビアに頼んで、直ぐに手配して貰わなきゃな」

「は、はい、お願いします」

「よし、それじゃ、さっさと寝ようぜ。お前達二人は、窓際のベッドな。俺は、こっちのベッドを使う。そんじゃ、お休み」

「「お休みなさい。ご主人さま」」


 なんだか、二人の声が綺麗にハモっていやがる。

 俺は、ダウン・ジャケットを脱いでから、ランプの火を吹き消して、さっさとベッドへ潜り込んだ。

 それにしても、寝心地の悪りいベッドだな、こりゃ。

 スプリングなんて入っていねぇし、中身は綿じゃ無くてわらが入っている感じだ。

 掛け布団も煎餅布団よりも薄い、単なる毛布だし。

 枕も、ベッドと同じで中は藁っぽかった。

 まあ、野宿よりはマシかと割り切って、俺は直ぐに寝た。


■ ■ ■ ■ ■


 翌朝、俺は窓から差し込む朝日の明るさで目が覚めた。

 寝心地の悪りぃベッドの割には、熟睡できてしまうのは、俺の育ちの悪さかもな。

 既に、窓際のベッドにはレイとポチットの姿は無く、俺よりも早く起きて何処かに行っている様だ。

 窓を開けると、冷たい風が吹き込んできて、目がバッチリと覚める。

 この世界も、日本と同じ冬の季節なんだなと思うと、身体がぶるっと震えた。

 俺のアパートと同じ暖房無しの部屋だが、遙かに寒みぃぜ。

 隙間風が、かなり吹き込んで来る安普請やすぶしんの宿屋だよ。

 俺は、さっさとダウン・ジャケットを着込み、食堂へと行ってみる。

 俺が部屋のドアを開けると、そこにはポチットが小さな桶を持って立っていた。


「おっ、おはよう、ポチット。どうしたんだ? こんな所に立って?」

「お、おはようございます。ご主人さまの、お顔を洗う水を持ってまいりました」

「えぇー。いや、有り難う。使わせて貰うわ」

「はいっ」


 俺は、ポチットが持ってきた水の入った桶を受け取り、部屋の中へ戻り顔を洗う。

 冷たい水が、気持ち良いぜ。

 さっぱりとした所で、腰にぶら下げているタオルで、顔を拭くと凄えさっぱりした。

 俺が顔を洗い終わると、ポチットは桶を持って外へと出て行く。

 そう言えば、中庭の方に井戸があったな。

 彼処で、水を汲んで来てくれたのか。


 俺は、さっぱりした顔で、食堂へ行くと既に大勢の客がテーブルを囲んでいた。

 置くの方のテーブルで、手を振っているレイを発見し、そっちへ歩いて行くと、ポチットも戻ってきて、俺の後から着いてくる。

 フード付きの外套は着ていないので、お尻からは犬の尻尾が見えていて、その尻尾が左右へ振れている。

 うん、この情景は犬を飼っていた頃の散歩を思い出すぜ。

 レイが居るテーブルに近づくと、グロリアとシルビアも既に座っていた。

 俺も椅子に座ると、俺の後ろにポチットが立つ。


「ポチット、お前も椅子に座れよ」

「い、いえ……あたしは奴隷ですから……」

「気にするな。みんなも良いよな?」

「「うむ、構わんぞ」」

「ポチットちゃん、わたしの隣に座りなよ」

「は、はい、レイ様」

「様は止めてよ」

「で、でも……」

「いいぞ、ポチット。レイもお前も俺の従業員だかからな」

「はいっ!」


 ポチットは遠慮しながら、レイの隣の椅子へ腰を掛けた。

 未だ、朝飯はテーブルには運ばれて来ていないが、従業員らしい少女達が慌ただしくテーブルを回って、朝飯を配っている。

 朝飯きメニューは、かごに入ったパンき物と、大きめの深皿に入ったスープらしき物だ。

 まあパンは、この世界のパンでも似た様な味だろうけど、どんなスープが出されるか、俺は興味津々だぜ。

 少し待っていると、少女が「お待たせしました」と言って、籠に入ったパンと、深皿に入ったスープを人数分持ってきて、テーブルの上に並べた。

 スープには、スプーンも添えられており、ちゃんとしていやがる。


「では、頂こうか」

「「頂きます」」

「キー殿、その頂きますと言うのは、何だ? 昨夜の夕食でも言っておったが」

「ああ、俺とレイの居た国では、食事前に感謝を込めて言うんだよ」

「成る程、それは良い習慣だな。では、改めて……頂きます」

「「「頂きます」」」

「ポチット、お前も一緒に食えよ」

「は、はいっ。いただきます!」


 俺は、先ずパンを口にしてみた……が、これはパンなのか?

 硬い上に、味が無かった。

 パンに見えたが、どうも違うぜ。

 次に、スープを飲んでみた。

 ……普通の野菜スープなのだが、味が極端に薄い。

 塩と香辛料が、殆ど使われていない感じだ。

 まあ、野菜の味は、しっかりと出ているんだけど、物足りない味だぜ。


 グロリアとシルビアは、パンをスープに浸してから口へ運んでいる。

 成る程、そうやって食べるのが作法か。

 ラーメン・ライスの、飯の食い方と同じだな。

 俺も、同じ様に食ってみるが、確かにパンらしき物は柔らかくはなったが、味は劇的に変わる訳では無かった。

 こりゃ、俺のラーメンやワンタン、そしてチャーハンを美味いと言って食うはずだぜ。







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