第11話 1-8 商人
俺は、チャーハンを食うのを止め、声の主の方へ振り返る。
そこには、二人の男が立っており、一人は背が低く小太りで恰幅の良い男、もう一人は背が高くてひょろ長い痩せた男だった。
凸凹コンビの男二人とは、アニメの定番では悪役コンビだよな。
この二人の親分は、大抵は美人でスタイル抜群なんだけど、後から登場してくるのか。
俺は、声を掛けてきた、恰幅の良い男に応えた。
「悪いな、商売はしてねぇんだけどよ」
「それは残念ですな。いや、宿へ到着するのが遅くなってしまいましてな。夕食が無いと女将に言われてしまったのですよ。それで、宜しければ料理を提供して頂ければと思いましてな」
「なんだ、俺達と同じだな。そうかい。何で、宿へ入るのが遅くなったんだい?」
「それがですな、町へ入る手前の街道で、大勢の死体が転がっておりまして、それで死体を調べていたので、遅くなってしまったのです。いやはや、調べてみたら、どうやら盗賊団だった様で、襲われなくて幸いだったのですがな」
恰幅の良い男の話に、チャーハンを食っていたグロリアとシルビアが、レンゲを口に運ぶ手を止めて、男の方を鋭い目つきで睨んだ。
成る程、宿へ来るのが遅くなってしまった原因は、俺達に、いや正確には二人の危ない女騎士が原因だったとは、聞き捨てる訳には行かねえ。
「そうかい、そりゃ災難だったな。いいぜ、材料の有る料理で良かったら、作ってやるよ」
「おお、それは有り難い。何分、空腹でしてな。女将が言うには、大きな商隊が町中の宿へ宿泊していて、何処の宿屋も満室の上、夕食は無くなっているだろうとの事で、途方に暮れておったのです」
「ああ、俺達も同じだったぜ。此処へ宿泊出来ただけでも幸運だったからな。それじゃ、そこの長椅子に座って、待っててくれ。直ぐに作るからよ」
「申し訳ありませんな。それでは、お願い致します」
恰幅の良い小太りの男は、そう言うとひょろ長い痩せた男に頷いてから、長椅子の腰を下ろした。
そして、ひょろ長い痩男も、太った男の隣へと腰を掛ける。
二人で座っても、やっぱり凸凹コンビだな。
俺は、チャーハンを急いで食い終わり、ワンタンを食い尽くしてから、ラーメンの生麺を茹で始める。
未だ、飯は少し残っているので、ラーメン・ライスで良いだろう。
食い足らなければ、替え玉を入れてやるしな。
「あいよ、お待ち。ラーメンとライスだ。どうせ、
「おお、手際良く調理されるのですな。もっと調理に時間を要すると思いましたが、あっと言う間でしたな」
「ああ、客を待たせちゃ申し訳がねぇからよ。さあ、熱い内に食ってくれ」
「では頂きましょう。先ずはスープから……むっ! これは、何とも言えぬ味、いや美味なスープですな」
「そりゃ、良かった。麺も良くスープに絡めて食ってくんな」
「では、パスタ……麺と言うのですな。頂きましょう。こ、これは美味い! 何とも、喉越しの良い細さと堅さ、絶妙ですな。いや、美味しい!」
「おお、そりゃ良かった。美味いと言ってもらえるのが、何よりだからよ」
「加えて、この肉や食べた事の無い食感の野菜も、美味な味付けですな」
「肉は、チャーシューと言う豚を煮込んだもんだ。その味が付いているのは、メンマって言うんだけど、竹って知っているか?」
「竹ですかな。南方の方で自生している植物ですな。しかし、あれが食べられるとは、初耳ですな」
「全ての竹が食える訳じゃねぇけど、生えてきたばかりの竹は、
「成る程……。いや、美味しいですな。それに加えて、米をこの様にして食すとは、これもまた、初めてですな。いや、いや、米がこれほど美味しいとは……」
「米を炊くって知らねえのか。まあ、いいや、飯は、レンゲで
「こうですかな……。なんと! 全く味が変わってしまう。これもまた美味いですな!」
「そうだろう、そうだろう。それがラーメン・ライスの食い方だぜ」
俺と恰幅の良い男の会話を聞きながら、無言のままラーメンとライスを食っている、ひょろ長い男も、同じ様に食いながら両目を大きく開いて、驚きながら食い続ける。
この細い方の男、全く喋らねえけど、美味いの一言くらいは言って欲しいぜ。
「そっちの背の高い旦那は、どうだい? 美味いかい?」
「とっても美味いです」
初めて、ひょろ長い長身の男が口を開いた。身体に似合わず超低音の渋い声だったが、まあ美味いなら良いぜ。
二人の男は、ラーメンと飯を交互に口に運んで行き、麺はもう食べきっている。
俺は、替え玉が欲しいかと聞くと、案の定、「それは何だ?」と言うので、麺を追加でいるかどうかと聞くと、「欲しい」と二人共言うので、麺を茹でてやり丼に入れてやる。
ライスのお代わりも有ると言うと、「それも欲しい」と言うので、飯も丼によそってやり、追加で飯の上にチャーシューとメンマも乗せてやった。
どうせ、残しても仕方が無い食材なので、大サービスだな。
「スープが少なくなっているけど、味に変化を付けるなら、これをラーメンに振りかけてみな。味がピリっとするぜ」
俺は、そう言って業務用のブラック・ペッパーの缶の蓋を開けて、二人の目の前に置いてやる。
恰幅の良い男は、ブラック・ペッパーの缶からラーメンの上にパラパラと挽かれた胡椒を振りかけたとたん、缶を振る手を止めた。
「……こ、これは、胡椒ですかな?」
「ああ、そうだ、黒胡椒だ。もう挽いてあるけど、香りや味がピリとして美味いぜ」
「何と! この缶の中身は、全て胡椒、しかも黒胡椒とは……」
「なんだ、胡椒くらいで驚くなよ。ラーメンに胡椒はつきものだぜ」
太った男は、俺の言葉には耳を貸さず、じっと業務用ブラック・ペッパーの缶を見つめたままだ。
すると、これまで黙っていたグロリアが口を開く。
「コータ殿。私が言ったであろう。その胡椒が使われておったから、貴族なら銀貨一枚を惜しむ事なく、このラーメンに支払うと」
「なんだよ、胡椒が珍しいからって事だったのかよ。美味いからじゃねぇのか?」
「いや、美味いからこそ、対価を支払うのだが、胡椒をふんだんに使う料理など、貴族で無ければ食せ無いのだ」
「そうだぞ、キー殿。先ほどもチャーハンを作る際、ふんだんに胡椒を振りかけておって、目を疑ったのだ」
「ブルーバード姉さんもかよ。別に胡椒なんぞ、当たり前なんだけどな」
俺が女騎士二人と話していると、凸凹コンビの男達も再び口を開く。
「こ、この胡椒ですが、沢山お持ちなのですかな?」
「いや、その缶と、もう一缶だけしか無い」
「そうですか……それは残念。この胡椒、売って頂く訳には行かないでしょうな?」
「胡椒をか? うーん、売ってやってもいいけど、今じゃ困るな」
「ええっ! 売って下さるのですか?」
「ああ、飯を食い終わったら、売ってやっても良いぜ。もう一缶は業務用だからよ、その青い缶よりも大きい奴だ」
「何と、売って頂けるとは、如何ほどですかな?」
「業務用は、幾らだったかなあ。確か、420gで2000円はしなかったな。1500円位だったかな……」
「金額が、良く判らないのですが……」
「ああ、済まねぇな。俺は、この国の通貨を知らねぇんだよ。幾らなら買ってくれるんだ、旦那の言い値は?」
「い、いや、今は持ち合わせが無いので……。それでは、王都へ行かれるのでしょうから、私めの商会で、改めて取引をさせて頂くと言う事で宜しいですかな?」
「ああ、俺達も王都へ行くから、それで良いぜ。あんたの店の名前、教えてくれよ。出向くからさ」
「おお、それは有り難い。では、王都の商業ギルドで、改めて取引をさせて頂くと言う事で、宜しくお願いを致します」
「商業ギルドだな。で、あんたの名前は? おっと、俺はコータだ。コータ・キーだ」
「はい、私めは、レゾナと申します。以後、お見知りおきを願います、キー様。この男は、使用人のバイソンです」
「バイソンと申します。以後、宜しくお願いします、キー様」
「俺も商人だから、様づけは止めてくれよ。そんじゃ、替え玉が伸びねぇ内に、早く食っちまえよ」
「「頂きます!」」
何だか、良く判らねぇけど、どうやら胡椒が貴重品らしい。
昔、苦手の歴史の授業で、ヨーロッパでは昔、胡椒が貴重品で高値で取引されたとか習ったな。
そんでもって、インドとの航路が争って開拓されたんだけっけ。
劣等生だったんで、良く覚えていねぇんだよ。
まあ、これで手持ちの資金が増えそうなんで良かったけどな。
一体、胡椒は幾らくらいで売れるんだろう。
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