第9話 1-6 宿屋

「そのまさかって、本当マジか?」

「そうだ。直ぐにと言う訳では無いが、人族の女子奴隷であれば、奴隷仲買人から娼館へ娼婦として売られる事が殆どだが、この子はな……」


 そうシルビアは言うと、連れてきた少年だか少女だか判らない子の外套のフードを外した。

 すると、現れたのは長い狐色をした髪を持った少女の顔が現れる。

 この子、女の子だったのかよ。

 そして女の子の頭には、犬の様に垂れた耳が二つ、頭のてっぺんから生えていやがった。


「えぇっ!? 何、この娘?」

「コータ殿は、犬人族を知らんのか? 獣人族でも猫人族と共に多い種族だぞ」

「いや、いや、俺の国では……そう言う格好を好きでやる奴は大勢いたけどよ」

「そうか。獣人族の者は、娼館へ売られるよりも過酷な労働場所へ売られる場合が多いのだ。だからな……」

「そうかい。もしも、もしもの話しだぞ。俺が、この娘を奴隷として引き取った場合、俺はどうすれば良いんだ?」

「簡単な事だ。衣食住を与えて、コータ殿の仕事を手伝わせるだけだ。奴隷を激しく虐待すると、法によって罰せられる事になるがな」

「……俺は、住所不定なんだけど、それでも良いのか?」

「行商を営む商人であれば、当然の事。奴隷が主に付き従うのも又、当然の事だ」

「期間は?」

「シルビア、奴隷商人の持っていた契約書は、何年になっていた?」

「ああ、10年契約だったな」

「10年だそうだ」

「10年間か……。その後は、どうなる?」

「奴隷を開放するのは、コータ殿の判断だ。その後の契約をする事も出来るが、普通はしないな」

「そうか……。俺が良いと言っても、その娘が何と言うかだな」


 俺は、フードを取り露わになっている犬耳を持った少女を見た。

 犬耳少女は、怯えきった表情をしていて、上目遣いで俺やグロリアの顔を見ている。

 そりゃ、怖いよな。

 奴隷商人に買われ、そんでもって盗賊団に襲われちまい、奴隷商人が殺された上、今度は女騎士二人による盗賊団の大虐殺劇だもんな。

 俺やレイがちびりそうになった、虐殺劇を目の当たりにしたんだから、怯えて当然だぜ。

 いや待てよ……それとも、俺が怖いので怯えてんのか。

 

「ご、ご主人さま。あ、あたしを捨てないで下さい。何でもいたします。お願いします!」


 犬耳少女が、涙声で俺に訴えてきた。

 どうやら、俺に対して怯えているんじゃ無かった様で、涙目のまま哀願してきたよ。

 この表情、何処かで見た記憶がある表情だった。

 俺は、直ぐに両親が生きていた頃、家で飼って居た犬を思い出した。

 雑種の大型犬で、この娘と同じ狐色の毛の犬で俺に良く懐いていたんだ。

 名前は、確か……。


「お前、名前は?」

「ポ、ポチ……」


 何だと!? ポチって、飼って居た犬の名前、そのまんまだぞ。


「ポ、ポチットです。今年で15歳になります。家事は得意です。数も百まで数えられます。ですから、捨てないで下さい!」

「判った。俺が引き取る。安心しろ」

「ご主人さま、ありがとうございます! あたし、一生懸命がんばりますので、よろしくお願いします!」


 ポチットと名乗った犬耳少女は、破顔して俺に頭を何度も下げてきた。

 なんだか、スマートフォンのネット通販で、ポチっと・・・・タップして、犬のペットを買ってしまった気がするぜ。

 まあ、犬助け、いや人助けになったんなら、それで良しだ。


「良し、一件落着だな。キー殿、これは死んだ奴隷商人が持っていた収納鞄だ。これも、お主の物だ。金銭や契約書、それと奴隷商人の所有物全てが入っている。ああ、ついでに盗賊団共の剣や持ち物も入れておいたから、王都に着いたら適当に売り払え」

「収納鞄? ああ、鞄ね。シルビアさんも、似た様な鞄持っているけど、流行っているのか? その鞄」

「何を言っているのか判らんが、収納鞄は収納鞄だ。そう言えば、グロリアは収納鞄を魔物に奪われたんだったな。王都へ帰ったら始末書だな。はははは……」

「くっ、それを言うな。憂鬱になってしまう」

「まあ、命あっての物種だ。始末書で済めば安いものだし、鎧装備や剣を無くして無いから、判定の原点は無いから、これでお互い卒業出来そうだしな」

「うむ、後は早く王都へ帰還するだけだ。日が暮れぬ内に宿場町まで急ぐとしよう」

「そうだな。では参ろう」

「あのさ……死体は、このままなのか?」

「盗賊団の死体など、そのまま放置が鉄則だ。仲間が探しに来た時の見せしめにもなる」

「そうなのか……」

「既に、奴らの身分票と奴隷商の身分票は回収してあるから、何の問題も無い」

「身分票?」


 俺が、身分票と言う聞き慣れない単語を鸚鵡おうむ返しで言うと、レイが小声で俺の耳元でささやいた。


「ご主人様、後で説明いたします」

「判った。それじゃ、とっとと行こうぜ」


 俺は、シルビアから奴隷商人の持っていた収納鞄とやらを受け取った。

 その小さな鞄は、見た目よりもずっと重くて、俺は「えっ?」と驚いてしまう。

 いや、見た目じゃ軽そうに見えたんだけどよ。

 決して持てない重さじゃ無いが、見た目とのギャップがはなはだしかったんだ。

 俺は、鞄を持ち直してから、ラーメン屋台を引き始めた。

 すると、ポチットが俺に近寄って来て小声で言う。


「ご、ご主人さま。荷車は、あたしが引きます」

「ああ、大丈夫だぜ」

「い、いいえ、ご主人さまに荷車を引かせるなど、奴隷の経験が無いあたしでも、駄目な事は判ります」

「いいんだ。それと、これ荷車じゃなくて屋台な。まあ、似たようなもんだけどな。それじゃ、この鞄を持ってくれ。意外と重くてよ」

「ご、ご主人さま。大事な鞄を奴隷に持たせる等、余計にできません」

「そうなのか。それじゃ、このままで良いや。気にするな」

「は、はい」


 どうも、この世界の常識や良く判らねぇ。

 そもそも、奴隷の扱い方なんて、日本じゃ絶対に教えてくれねえから、幾ら無学の俺じゃなくたって、誰も知らねぇぜ。

 俺は、くそ重い収納鞄とやらを、屋台の前方に設置していある棚へ引っかけた。

 これなら、電動アシストが効いているので、俺には全く負担がねぇぜ。

 俺と、レイ、そして犬耳少女のポチットは、前方を歩く女騎士二人の後へ続いて歩いて行く。


 それから、途中一度の休憩を挟んで歩き続けると、前方に町らしき風景が見えてきた。

 どうやら、あれが目的地の宿場町らしい。

 見た目は、日本の田舎町、いや村と言った風情だけどよ。

 ただ、大きく日本の田舎村と違っているのは、町の周りを木製の壁というか柵で囲われているところだ。

 そんな疑問点を女騎士達に尋ねれば、また怪訝な表情をされてしまうだろうから、俺は口には出さなかったぜ。

 俺は学習して、空気を読む男なんだよ、ふははは。


 しかし既に、日は沈む寸前で辺りも薄暗くなってきている。

 完全に日が沈む前に、宿場町へ到着できたのはラッキーだったぜ。

 俺達は、囲いの中へと入って行き、比較的大きな建物まで行く。

 どうやら、此処が宿屋らしい。

 グロリアとシルビアの女騎士コンビは、建物の中へと入って行くので、俺も屋台を止めてから宿屋らしき建物へ、レイとポチットを伴って入って行った。


 宿屋らしき建物の扉を潜ると、そこは食堂と言うか飲み屋と言うか、多数のテーブルがあり、大勢の男女が飯を食ったり、酒を飲んだりしてやがる。

 なんだ、宿屋じゃ無くてレストランか何かだったのか。

 そんなテーブルの間を抜けて、二人の女騎士は、更に奥へと進んで行くので、俺達も後へ続く。

 食堂らしき空間を抜けて奥へ行くと、そこには受付カウンターがあり、恰幅の良いおばさんが、カウンターの中に立っていた。

 二人の女騎士は、そのおばさんに「部屋は空いているか?」と尋ねると、おばさんは「部屋はあるけど、今夜の夕食はなくなっちまったさ」と応えている。


「コータ殿、部屋は空いているそうだ。夕食が無いそうだが、コータ殿の食事を頼っても良いだろうか?」

「ああ、構わねえぜ。屋台を置く場所さえ提供してもらえれば、俺が夕飯は作るぞ」

かたじけない。では、部屋だけ取ろう。女将、二人部屋を二つ頼む」

「あいよ、朝食はどうするね?」

「朝食は頂こう」

「あいよ、そんじゃ前金で頼むよ」

「うむ」


 グロリアは、宿屋の女将さんへ小さな革の袋からコインを何枚か出し、それを支払っている。

 俺達の分まで支払っている様だが、後で精算してもらえば良いか。

 女将が、宿代を受け取りながら言うには、大きな商隊が宿泊してしまい、夕食が足りなくなってしまったと苦笑しながら言い訳をしていた。

 どうりで、テーブルの周りに客が沢山居た訳だぜ。

 予約して宿泊するなど、電話もねぇ世界だから無いのだろうから、当たり前と言えば当たり前か。


 俺は、宿で働いているらしい少女の案内で、宿の裏手にある馬車置き場らしき空き地へラーメン屋台を引いて行き、自分達用の夕食を準備するために、屋台を移動形態から商いモードへと手動変形の作業を始めるのだった。





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