第8話 1-5 奴隷

 二人の女騎士と盗賊団の戦いは、激しく続いている。

 グロリアにシルビアと呼ばれた女騎士は、たった一人で10人ほどの盗賊団と戦っていたのだが、グロリアが加勢に入った事で、一気に盗賊共を切り刻んで行く。

 一対十から、一対五になったのだから、それも頷けるぜ。

 女騎士達の強さは、目を見張るものが有り、次々と盗賊団共を倒して行く。

 いや、殺して行くと言い換えるぜ。


 相手が盗賊団とは言え、手加減無く殺して行くなんて、一体どうなっているんだ。

 この世界は、犯罪者の人権などは無いのかもしれねぇ。

 確かに、日本では犯罪者に対して警察官がめったに致命傷となる発砲は行わないが、米国などで狙撃して殺すのも当たり前に様にニュースで報道していたから、この世界でもそうなんだろうな。

 俺は、女騎士二人の戦いぶりを見て、そう思った。

 戦いも終わりそうな感じだったので、俺は屋台の影から身を乗り出す。


 その時、シルビアと呼ばれた女騎士が、大柄の髭もじゃ男の首を剣で切り飛ばしやがった。

 胴体から離れた首は、俺の方へと飛んできて、目の前でゴロンと転がる。

 そして、両眼を開いたままの髭男に頭が、ラグビーボールの様に不規則に転がり、俺の目の前で止まった。

 首だけになった髭もじゃ男は、恨めしそうな目で俺を睨んでいやがる。

 俺は、思わず叫び声を「うわぁー!」とあげ、その場へ尻餅をついちまった。

 こりゃ、もう限界だぜ。


 本当に、ちびりそうになりながら、俺は尻餅をついたまま後ずさりした。

 屋台の影まで戻ると、レイは既に気を失っていやがる。

 いや、良く判るから何も言わねぇが、精霊も気を失うんだな。

 下手に意識がハッキリしていれば、レイは絶対にちびっちまっているぜ。

 何の因果で、むさ苦しい髭もじゃ男の生首に睨まれなきゃなんねぇんだよ。

 女騎士達の方を見ると、既に盗賊団を全員倒した様で、何やら二人で話していやがる。


 良く、大勢の死体の前で平然と会話ができるもんだぜ。

 しかも、首が無くなった死体や、腕、足が無い死体ばかりだ。

 生臭い血の臭いが、俺の方へも漂ってきているが、戦いの場となった街道上は、文字通りの血の海で、俺は貧血を起こしそうなくらいに気持ちが悪りぃ……。

 こんなに大量の人の血を見たのは、生まれて初めてだったからよ。

 うーっ、気持ちが悪りぃぞ。


 俺は、何とか立ち上がり、レイの元へ行き声を掛けた。


「おい! レイ、しっかりしろ! 大丈夫か?」

「……。……はっ! ご主人様、逃げましょう!」

「もう大丈夫だ。あの危ねぇ女騎士達が、盗賊団を皆殺しにしちまったよ」

「皆殺しって、それは殺人なのです。警察に逮捕されちゃうのです!」

「その警察が、あの女騎士達なんだよ」

「この世界、怖い世界です……わたし、元の世界に帰りたいです」

「俺だって同じだけどよ……。仕方ねぇじゃねぇか」

「そうですね。ごめんなさい」

「良いって事よ。さあ、立て」

「はい」


 俺は、レイの手を取り、その場に立たせて、服に付いた土を払ってやる。

 すると、後ろからグロリアの声が聞こえた。


「コータ殿、大丈夫か?」

「ああ、余り大丈夫じゃねぇけど、そっちは怪我はねぇのか?」

「うむ、あの盗賊共は、下っ端で剣術など全く知らぬ雑魚共だからな。力任せに振り回す剣など、身体を擦りもせぬ」

「そ、そうかい、そりゃ良かった。もう一人の騎士さんも大丈夫なのかい?」

「シルビアか、大丈夫だ。ああ見えても、私よりも剣術は上だ」

「知り合いの様だったけど?」

「幼い頃からの友だ。今回は、私と同じ試練を受けていたのだが、先に森を抜け出して王都を向かっていた所、盗賊団に襲われていた商人を見つけ、助けに入ったそうだ」

「商人が襲われていたのか?」

「うむ、残念ながら商人は息絶えておる。しかし、連れの奴隷は無事だった。今、シルビアが側に居るから、大丈夫だろう」

「奴隷ってか……。そりゃ災難だったな。商人なら、俺も人ごとじゃねぇからな」

「いや、商人と言っても、殺されたのは奴隷商人だ。奴隷の買い取りに行った帰りらしい。詳細をシルビアが奴隷に聞いているところなのだ」

「……奴隷商人。買い取りって、誰から買うんだ?」

「近隣の貧しい村で、口減らしのために子を売るのだ」

「そうか……昔の俺の国でも同じ事が行われていた……そうだ。聞いた話しだけどな」

「昔と言うと、今は行われおらぬのか?」

「ああ、奴隷制度は、大分昔に廃止されたぜ。今やれば、それこそ成敗されちまうぜ」

「そうか。遠方の都市国家では、奴隷の売買や所有が禁止されているとも聞いておるからな。ああ、シルビアが奴隷を連れてきた様だ」


 もう一人のグロリアよりも更に危ねえ女騎士が、少年だか少女の手を引いて此方へ歩いて来た。

 少年か少女は、フードを被っていて顔が良く見えねぇが背格好から見ると14、5歳くらいだろうか。


「シルビア、紹介しよう。私の命の恩人、コータ・キー殿と、従者のレイだ」

「そうか。我が友の命を救って頂き、感謝する。我が名は、シルビア・ブルーバード。ブルーバード家の四女だ。以後、見知ってくれ」

「ご紹介、どーも。俺は、グロリアが紹介してくれたとおり、コータ・キーと言う屋台の商人だ。そんでもって、相棒のレイだ。宜しくな」

「レイです。宜しくお願いします」

「グロリアの話しでは、美味な食事を作るそうだな。今度、是非とも食させてもらおう」

「おう、何時でも良いぜ。ご馳走するよ。それにして、あんた達、強ぇなあ」

「まだまだ、未熟者だ。後2ヶ月で、正規の騎士となるまでに、より一層腕を磨かねばならぬからな。良い鍛錬となった」

「謙虚だな。俺、そう言う謙虚な姿、好きだぜ」

「ば、ば、馬鹿を申すでない」


 シルビア・ブルーバードは、俺が褒めてやると、顔を赤らめて、俯いてしまった。

 なんなんだ? うぶなのか。

 グロリアは、それを見て声を出して笑っているけど、昔からの友人って事は、こう言う性格だって事も知っていたのかもな。


「そんな事よりもグロリア、この奴隷の処遇だが、どうする? 王都へ連れて行くと、我らでは奴隷の仲買に渡すしかないが、それはあまりにも不憫だ」

「そうだな。仲買へ渡すのは避けたいな……。どうだ、コータ殿。貴殿が引き取らぬか?」

「ええぇー! 俺が何で、奴隷を引き取らなきゃなんねぇんだよ?」

「私とシルビアは、見倣いとは言え騎士なので、奴隷の所有は出来ぬのだ。我が国の法では、盗賊の持ち物は討伐者に所有権が有る。つまり、奴隷商は盗賊団により殺され、その所有物である奴隷は、盗賊団の所有物になった。判るか?」

「ああ、そこまでは判るぜ」

「そして、その盗賊を討伐したのがコータ殿で、我らはその討伐を援助しただけなので、盗賊団の所有物は、全てコータ殿に有ると言う訳だ。だから、奴隷もコータ殿のものなのだ。これで、一件落着だ。良い考えであろう」

「グロリア、それは賢いな。我らが証言してやれば、この奴隷も仲買に渡さずに済む。キー殿、そうしろ」

「はあ? 理屈は判ったが、何でその仲買に渡しちゃ駄目なんだよ?」

「仲買に渡すと、二束三文で売買され、大抵は悲惨な末路を辿るのだ。それは忍びない」

「悲惨な末路って……まさか命を落とすとか?」

「「その、まさかだ」」


 何だよ、この展開は。

 否応無しに、二人の危ねえ女騎士は、俺に奴隷を押しつけようとしているけど、この話しの流れじゃ、もう俺が引き取るしかねぇじゃねぇか。






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