第6話 1-3 女騎士
俺は、腹を空かした女騎士へ食わせるため、ラーメンの麺を茹で始める。
麺が茹で上がるのを待つ間、ラーメン屋台の客側の折り畳みテーブルを開き、組み立て式の長椅子を組み立てた。
怪しい女騎士でも、客は客だからな。
俺は、組み立てた長椅子へ女騎士を座らせる。
女騎士は、手にしていた剣を腰の鞘へと収めてから、長椅子へと腰を掛けた。
女騎士の身体からは、血の臭いが漂ってきており、近くで見ると身に着けている甲冑にも、血痕らしき染みが多数付着している。
これは、何かと戦った際の返り血なのだろうか。
ひょっとすると、剣に着いていた血も人を切ったために付着した血糊だったのかもしれねぇな。
俺は、思わず背筋が少しぞくっとして、身震いしたよ。
やっぱり、この女騎士、危ねぇぞ。
俺は、女騎士に注意しながら、茹で上がった麺を丼に盛りつける。
その上に具材をトッピングして行き、少し多めに具材を乗せた。
ラーメンが出来上がったので、俺は客用の長テーブルへ差し出して大きな声で言う。
「へい、お待ち!」
女騎士は、不思議そうな顔をして、目の前のラーメンと俺の顔を交互に見つめてから口を開く。
「これは、初めて見る料理だ。如何様にして食すれば良いのかな?」
「ああ、ラーメンは初めてだったのか。そこの割り箸を使って食うんだ。それと、スープを飲むのは、丼から直接でも良いけど、そこのレンゲを使って飲んでも良いぞ」
「この棒で食すのか。レンゲ……変わった形のスプーンだ。これも初めて見た」
「棒って……。こうやって、割ってから使うんだ」
俺は、自分の食っていたラーメンを、自分の割り箸で食ってみせる。
くそっ、すっかり麺が伸びちまってやがるぜ。
「ちゅるちゅる……。判るか?」
「器用に棒を割って、食すものだ。では、私もやってみよう」
しかし、初めて割り箸を使う奴に、まともに麺が食える筈も無かった。
女騎士は、割った割り箸を不器用に使い、何度も麺をスープの中へ落としやがる。
俺は、イライラし、そして見かねて、百円ショップで買ってきた安物のフォークを取り出し、女騎士へ渡した。
「じゃあ、このフォークを使えよ。こうやって、フォークの歯の間に、麺を絡めて口に運べ」
「済まぬな、店主よ。フォークならば使い慣れておる。うむ、これは美味いな! 初めて食す味だ。しかも、このスープは美味で味に奥深さが有る。こんな上手い料理、私は食した事が無い」
「そりゃ、どーも。遠慮しねぇで、早く食えよ。三日も食ってねえんなら、替え玉いるか?」
「替え玉とは、何かな?」
「ああ、その麺を食い終わったら、新しい麺を茹でて、そのスープに入れるんだ」
「なるほど、それは良い考えだ。では、申し訳ないが、その替え玉も頂こう」
「はいよ、ちょっと待ちな」
俺は、生麺を再び茹で始める。
危ねぇ女騎士とは言え、俺のラーメンを美味いと言って、替え玉まで注文してくれるのは、気分がとっても良いよな。
異世界だか、天国だか知らねぇけど、俺のラーメンを美味いと感じてくれる客が居るのは、とっても有り難い事だよ。
俺は、茹で上がった麺の湯を勢いよく切り、女騎士のラーメン丼へと入れ、ついでにチャーシューを三枚ほど追加で乗せてやる。
「この肉も、とても美味い。これほど柔らかい肉料理も初めて食すが、一体何の肉料理なのだ?」
「それは、チャーシューだ。焼き豚とも言うが、豚肉を煮込んで作るんだ」
「豚肉とな? まるで別の肉の様な美味さだ。この肉料理だけでも、至極の美味さだ」
「へえ、そうかい。嬉しい事、言ってくれるな、姉さん。どんどん、食ってくれ。お代わりなら幾らでも作ってやるぜ」
「うむ、済まぬな。いや、本当に美味だぞ、店主よ」
そう言って、女騎士は、黙々と俺の作ったラーメンを平らげていき、結局ラーメン二杯、替え玉二個を瞬く間に食い尽くした。
まあ、三日も飲まず食わずじゃ、これでも足らねぇ位だろうから、ライスも出してやろうかと思ったが、もう腹が一杯だと言うので、水だけ出してやる。
そして、他に客が来る筈も無いので、コンロの火を落としてから、俺は女騎士へ何故、三日間も飲まず食わずで森に入って居たのかを尋ねてみる事にした。
それは、やぶ蛇になるかもしれねぇと思ったが、俺の好奇心はそれを超えていたのだ。
「満腹になったところで、聞きてえんだけどよ、何で森に腹をすかして籠もってたんだい?」
「うむ、話せば長くなるのだが、良く聞いてくれた……」
女騎士は、何故森に入り込み、そして三日間も飲まず食わずになったかの顛末を俺達へ語り始めた。
要約すると、この女騎士は、王都の騎士養成所に所属する騎士見倣いだそうで、その養成所の卒業試験みたいな行事で、三日前から森の反対側から入って森から抜け出すために彷徨っていたんだそうだ。
言わば、サバイバル・ゲームみたいな事をやっていたようだな。
しかし、森へ入った初日に、5日間分の水や食料の入った鞄を、野獣に襲われて奪われてしまい、それから三日間の間、飲まず食わずだったんだそうだ。
女騎士が言うところの魔物と言うのが、俺には良く判らなかったが、森に住む猪か熊の様な野獣だと俺は勝手に想像して納得した。
しかし、5日間分の水と食料の入る鞄って、それはリュックだろうに、そんな大荷物を甲冑を着込んで背負っての単独行軍って、もの凄えハードな試験だよな。
女騎士は、森を抜けて幸運にも林を出た所が街道だった上にそこへ、俺達の屋台が有ったのは神様のお陰だとまで言っている。
俺は、それはどうかなと思ったが、大人なので口には出さねぇけど、あのケチ臭い神様が、そんな親切な事をする筈がねぇよ。
女騎士が、事の顛末を語り終えると、俺も正直言って安心した。
甲冑に付いた血痕や剣の血糊は、どうやら野獣の血液だったからだ。
正直、この女騎士が殺人鬼だったら、どうしようかと戦々恐々だったんだよ。
「店主、ご馳走になった。如何ほど、代金を支払えば良いかな?」
「ああ、未だラーメンの代金、決めてねぇんだ。逆に姉さんへ聞きたいんだが、これ幾らなら食う?」
「うむ、同じ料理を食した事が無いので、何とも言えぬが……貴族ならば、一杯に付き銀貨一枚は喜んで支払うだろう」
「……貨幣価値が判らねぇ……。おい、レイ。お前、貨幣の価値判るか?」
「わたしにも判りません、ご主人様。銀貨一枚とは、500円の事でしょうか?」
「……悪かった。お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」
「店主達は、この国の者では無かったのだな。いや、私も悪かった。それでは、これを治めてくれ」
そう言って、女騎士は見た事もない銀貨を4枚、俺に渡してきた。
まあ、言い値で良いと言ったのは俺なので、有り難く銀貨4枚を受け取り女騎士へ言った。
「へい、毎度あり~」
「うむ、美味だった。そうだ、申し遅れたな。私は、王都の騎士養成所所属、スカイライン家の三女でグロリア・スカイラインと申す。この度は、誠に世話になった。改めて礼を言う」
「これは、ご丁寧に。俺の名前は、紀伊 幸太……ああ、欧米では苗字と名前が逆だっけ。えっと、コウタ・キイだ。宜しく」
「家名持ちとは、失礼いたした。いや、家名持ちで商人とは、居ない訳では無いが珍しいのでな。宜しく頼む、コータ・キー殿」
「わたしは、紀伊 幸太様にお仕えするレイです。わたしも宜しくお願いします」
「うむ、レイは、キー殿の奴隷か?」
「ええっ? 奴隷って訳では無いです!」
「奴隷って居るのか?」
「うむ、沢山王都には居る。貴重な労働力だからな。」
「まあ、レイも元はと言えば三千円で買ったからなあ……」
「わたし、三千円の奴隷ですかぁ~、ご主人様……」
「いや、改修の材料費も入れれば、五万円はかかったな」
「わたし、五万円ですかぁ~……」
「更に、オヤジさんの電動アシスト機能が追加されてるし、技術料も考えると十万円はするな」
「えへへへ……わたし、十万円です」
(やっぱり、この精霊、ちょろかったぜ)
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