第5話 1-2 初めての客

 中華そば屋台の精霊にレイと言う名を付けてやり、これで精霊契約が完了したとレイは喜んでいる。

 契約すると、どんなメリットが有るのか良く判らなかったが、この脳天気な精霊が居ないと屋台が使えねぇので俺の相棒として頑張ってもらおう。


「それじゃレイ。改めて宜しく頼むぜ、相棒」

「はい、ご主人様。レイは頑張ります!」

「それでだ……。これから、どうするんだ?」

「はい。中華そば屋台を営むなら、やはり住民が多い都市で開業するのが一番です」

「判っているじゃねぇか、その通りだ。だから?」

「ですから、王都へ行きます。ちゃんと神様に、わたしはお願いしておいたので、ここから二日ほどで王都へ行けるのです」

「二日もかかるのかよ。……まさか、歩いて行くとか言うなよ」

「その、まさかなのです」

「ふ~っ……マジかよ。何でそんな離れた場所へ神様は俺達を放り出したんだよ?」

「近すぎると、他の人に見られるから? わたしにも良く判りません」

「本当にケチ臭ぇ神様だよな。で、道は判っているんかよ?」

「もちろんです。南へ行けば王都への街道があるのです」

「ふーん。で、南はどっちだ?」

「……どちらでしょう?」

「お前なぁ~。しょうがねぇな。ったく」


 聞いた俺が、馬鹿だったようだ。

 この精霊、しっかりしているようで肝心な所が抜けている、天然属性の精霊だ。

 俺は、ダウンジャケットのポケットから、スマートフォンを取り出し画面を見る。

 案の定、電波は掴んでおらず、赤い圏外表示で使い物にならねぇ。

 地図表示のアプリを起動してみたが、当然画面は真っ白けの表示で何も表示されねぇ。

 電子コンパスのアプリを起動すると、東西南北の方向だけはちゃんと表示するじゃねぇか。

 これで、南を目指して草原を歩いて行けば、レイの言う街道へぶち当たるだろう。


「行くぞ、レイ」

「さすが、ご主人様です。文明の利器を使いこなすのですね」

「ふ~っ、お前と話しをしていると、退屈しねぇよ。ったくよ」

「わたし褒めて頂き、嬉しいのです!」

(皮肉も通じねぇ……)


 俺達は、真南を目指して、足首まで有る草原を歩き続けた。

 一時間近く、レイと馬鹿話をしながら歩いて行くと、目的の街道らしき所へたどり着く。

 東西に延びている街道は、わだちが残されており、頻繁に往来があるようだが東を見ても、西を見ても、誰一人歩いている者は居なかった。

 この世界の時間が、日本との時差が無ければ、もう昼を回ってかなり経っている筈だけどな。

 それが証拠に、俺の腹の虫が、ぐぅ~と鳴いている。

 幸いにも、街道の反対側には、林になっていて木陰があった。


「レイ、ここで休憩しようぜ。腹が空いたから飯も食わなきゃな」

「はい。それでは、屋台を召喚しましょう」

「そうだな、頼む」

「でも、ご主人様。今、ここで召喚すると、今夜の午前零時までは二度目の召喚は出来ませんから、街道を屋台を引いて歩かねばなりませんよ」

「大丈夫だ。なにしろ平成のハイテク屋台だからな。電動アシストが付いているから、楽ちんなのだよ、ふははは!」

「そうでした。だから、わたしも全く疲れないで歩けるのですね」

「なんだ、屋台の力が、お前に反映するのか?」

「そうなのです。ですから、命も助かったし、こんなに綺麗に生まれ変わったのです!」

「……自分で、綺麗とか言うなよ。ったくもう。良いから、屋台を早く出せ」

「はい。ご主人様」


 レイがそう返事をすると、目の前に俺のラーメン屋台が出現した。

 その姿は、俺が今朝方引いて空き地まで行き、道路の端っこに止めた時のままだ。

 俺は、屋台まで行き、移動形態から営業形態へと屋台を変形させる。

 変形は、完全手動式なので、変形完了までには時間がかかってしまうが、別に商いをする訳ではないので、調理側だけを使える様にした。

 積んでいるスープ鍋と、麺を茹でる鍋のコンロに火を入れ、湯が沸くのを待っている間に、丼も用意して具材の入れたパックも準備。

 暫く湯が沸騰するまで待ち、麺をステンレス製の取っ手付きざるへ入れ、茹でる。


 ラーメン丼には、醤油だれと刻みねぎをを入れ、暖めたスープを注ぐ。

 麺が程よく茹で上がった所で笊を湯から引き上げ、勢いよく湯切りを行い、そして丼へと入れてから菜箸で麺を整える。

 最後に、具材のチャーシュー、なると、メンマ、ほうれん草、海苔をトッピングして出来上がりだぜ。

 俺は、少しこってりとしたラーメンが食べたかったので、豚の背脂を少しだけスープへ入れる。

 精霊がラーメンを食うのかどうかは判らなかったが、レイの分も作ってやった。


「レイ、出来たぞ。食え」

「いただきま~す」

(やっぱり食うのかよ)

「どうだ、美味いか?」

「美味しいです、ご主人様! これなら、王都でも繁盛、間違いなしです」

「そうか、だと良いけどな……」


 俺達は、黙々とラーメンを食った。

 俺は、替え玉の麺を茹で始め、レイにも尋ねたが一杯で満腹だと言う。

 結構、燃費が良い精霊のようで、電動アシストが体力にも効いているのだろうか。

 二杯目のラーメンを食い始め、少なくなったスープと具材へ、チャーシューを追加で乗せてスープも少し足した。

 我ながら、美味いラーメンなので幾らでも食える気がするが、ここまでの修行を考えると本当に何百杯も食ったが、俺はラーメンに飽きはしねぇ。

 俺は、ラーメンが大好きなので、だからこそラーメン屋を目指したんだ。


 その時、林の方から人の気配がした。

 俺とレイは、林の方を見ると、林の中から西洋甲冑を身につけた女が一人、よろよろとこちらへ向かって歩いて来る。

 その女は、かなりやつれた表情をしており、顔は青ざめていたが、なにより西洋の剣を片手でぶら下げており、その剣には血がべっとりと付いていたのだ。

 これりゃヤバいと思い、俺は逃げる体勢を直ぐさま取る。

 しかし、天然精霊のレイは、その危ない女騎士に向かって、事も有ろうに声を掛けやがった。


「大丈夫ですか~、大分お疲れの様ですけど?」

「……み、水をくれぬか?」

「はい、お水なら有りますよ。どうぞ」


 レイは、そう言って棚に入れてあるプラスチック製コップに、冷水をいれたボトルから水を注ぎ込み、女騎士の方へ持って行く。

 女騎士は、レイからコップを受け取りと、一気に飲み干して「もう一杯くれぬか?」とお代わりを要求して来た。

 レイは、屋台まで戻ってくると再びボトルから水を注ぎ、そして女騎士へ届ける。

 女騎士は、またもや一気飲みしてから「ふ~っ。生き返った。かたじけない」と古風な口調で礼を言う。


「一体、どうなされたのですか?」

「もう、三日間も飲まず食わずで、森の中を彷徨っていたのだ。そして、やっと森を抜けようとしたのだが力尽きそうになった。その時、とても良い匂いに誘われたので最後の力を振り絞って、やっとの思いでここまで辿り着いたのだ」

「お腹、空いていますか?」

「うむ。何か食事を提供してくれるなら、礼はするぞ」


 女騎士がそう言うと、レイは俺の方を振り返ってから俺の顔をじっと見つめた。

 全く、なんて厄介な客を呼び込むんだよ。

 とは言え、行き倒れになり損ないの女騎士が、腹を空かしているのを断る訳にも行かねぇ。

 そんな事をしたら男が廃るし、死んだ親父やお袋にも怒られちまう。

 俺は、直ぐにラーメンを作り始めた。

 それにしても初めての客が、まさか女騎士の死に損ないとは、何とも言えねぇや。






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