第一章 開業編

第4話 1-1 異世界へ

 俺が目を開くと、眩しく青い空が目に飛び込んできて再び目を閉じた。

 ただ、同時に心地よい風を肌が感じたので、もう一度徐々に目を開く。

 確か、俺は暴走ダンプカーに激突されて、そのまま意識が無くなったと思ったのだが身体に痛みは全く無かった。

 いや、痛みを感じない程にダメージを受けているのかも知れねぇ。

 俺は、手足を動かしてみると、両手両足全てが問題なく動き痛みも感じなかった。

 そのまま身体を起こし、立ち上がって周りを見回す。

 そして、俺が寝ていた場所が草原の様な場所で見渡す限り周りも全てが草原だ。


(ここは一体、何処なんだ?)


 すると、俺の疑問に応えるかの様に背後から声が聞こえる。


「ご主人様、気がつかれましたね。どこも痛くありませんか?」


 俺が後ろを振り返ると、そこには一人の少女が立って居た。

 そうか、俺はまた夢を見ているのか。

 その少女を見て、俺は今も夢を見ている事を確信した。

 何故ならば、そこに立っている少女は、今朝方見た夢の中に現れたラーメン屋台の精霊とか自分の事を言っていた少女だったからだ。


 そして良く見ると、最初の夢に現れた時の姿と今朝見た夢や今見ている夢では、その姿が大きく変化している事に改めて気がついた。

 先ず、幽霊の様に無かった両足が、ちゃんと有って、その足で地面の上に立っている。

 髪の毛は長く綺麗な直毛で、白髪交じりだった黒髪が今は紫がかった美しい黒髪だ。

 服装も小綺麗になっていて、継ぎ当てや綻び破れなども一切無く薄汚れても居ねぇ。

 俺は、彼女の顔を良く見直すと改めて、この娘が美人で有る事も認識した。


「ああ、大丈夫みたいだ。暴走ダンプカーに轢かれたにしては、身体の何処も痛くねぇよ」

「良かったです、間に合って」

「間に合って? 何に間に合ったんだよ。そうだ、そんな事より、俺は友達や世話になった人達と屋台のお披露目会をしなきゃ行けねぇんだ。早く目を覚まさねぇと、それこそ間に合わなくなっちまう」

「ご主人様は、もう目を覚ましております。これは夢ではありません」

「……。お前は、ラーメン屋台の精霊だよな?」

「はい。正確には中華そば屋台の精霊ですけど」

「そうかい。まあ昭和の屋台だったからな。って、そんな事はどっちでも良いんだよ。夢じゃねぇって、どういう事だよ! 早く俺の目を覚ましやがれ!」

「ご主人様、どうかわたしの話を聞いてください。何が起こったかをご説明致します」

「……判った。怒鳴って悪かったよ。お前の話を聞こうじゃねぇか」

「はい、ご主人様がダンプカーに轢かれそうになった時、わたしは……」


 それから、ラーメン屋台、いや中華そば屋台の自称精霊は、何故俺がこんな所にいるのかを説明し始めた。

 精霊が言うには、俺が暴走ダンプカーに轢かれて死ぬ寸前、精霊は神様に願って、俺の記憶と身体をコピーしてもらい、今居るこの場所へ再現してもらったのだと。

 従って、コピーされる前の俺は、当然の如くダンプカーに轢き殺されてしまっており、既に死んでいるのだそうだ。

 同時に、精霊は自らを神様に差し出したのだが、神様は慈悲深いので精霊も一緒にここへ送り届けてくれたのだとか。

 なんだか、胡散臭い話でにわかには信じられねぇ話だ。

 そもそも、神様なんて居るのかよと言いたかったが、そこは大人の俺、じっと我慢した。


「と言う訳で、わたしもご主人様と一緒に、この異世界へ来たのです。幸いな事に、元居た世界では、この様に身体を実体化する事は出来ませんでしたが、この異世界では実体化できるのです。なんて素晴らしい事でしょう。神様、有り難うございます」

「どうせなら、そのなんだ、元の世界で再現して欲しかったな」

「それは、権限の問題で出来ない事なのだそうです」

「神様の世界も、出来ない事があるんだな。ちゅう事は、俺はもう元の世界へは帰れねぇって事で良いのか?」

「はい……。残念ながら元の世界では、亡くなってしまったので……」

「確かに、死んじまった俺が、ふらりと現れたら、そりゃ幽霊騒ぎになっちまうからな。で、俺は第二の人生を、この異世界とやらでやり直せって事か」

「はい。わたしが居りますので、一緒に頑張りましょう!」

「ポジティブだなあ……。まあ、ネガティブだと幽霊になっちまうか」

「わたしは、精霊です!」

「冗談だよ、怒るなって。で、これからどうするんだ。何か神様が導いてくれるとか有るのかよ?」

「はい、もちろんです。神様は、わたしへは加護の半分、""をお与え下さいました。そして、ご主人様には、祝福の半分だけ""をお与え下さいました」

「なんか、聞いているとケチ臭え神様だな。半分だけなんてよ。まあ、屋台の開店祝いに"祝"を貰ったって事で何もくれねぇよりゃ良いけどな。で、何の役に立つんだ、お前の"護"と俺の"祝"は?」

「はい、わたしの"護"には、収納能力があります。しかも普通の収納だけでは無く、召喚機能も付いている優れものです」

「ふーん、収納は判るけど、召喚ってなんだ?」

「召喚は、収納に予め登録されている備品を、一日一回ですけど何度でもコピーして召喚できる能力です」

「成る程。で、何が備品に登録されているんだ?」

「はい。私の宿っていた中華そば屋台です。ご主人様が直して下さった屋台ですよ! しかも、この異世界へ来た時点の屋台なので、仕込み済みの食材や麺、スープ、プロパンガスなども満タン状態で毎日一回限定ですけど、何度でも召喚できるのです!」

「……確かに、ラーメン屋台を開業すれば、経費不要で稼ぐ事が出来るな。この異世界でもラーメン食ってくれる客が居ればの話だけどな」

「大丈夫ですよ、ご主人様の中華そばは、とっても美味しいから」

「お前、食った事ねぇだろうが……。まあ、いいや。で、俺の"祝"は、どんな事ができるんだ?」

「ご主人様の"祝"は、この異世界の言葉で会話出来る能力です。言葉が通じないと、商売出来ませんからね」

「そりゃそうだ。ふーん、日本語は通じねぇ世界だったんだな。ちなみにだけど、"祝福"だったら、会話の他に何か出来たのか?」

「読み書きが出来るようになるみたいです。詳しい事は、わたしにも判りません」

「そうか、まあ読み書き出来なくても商売は出来るし、文字は覚えりゃ済む話しだしな」

「はい、ご主人様も前向きになってくれて、わたしも嬉しいです」


 中華そば屋台の精霊だと自らの事を言う残念な少女は、言うに事欠いて俺は死んじまったと言う。

 そして、神様の計らいによって生まれ変わって別世界に蘇り、新たな人生を歩めと宣っている。

 まあ、百歩、いや千歩譲って、俺がダンプに轢かれて死んじまったとしても、別の世界で蘇るなんて事は、到底信じられねぇ話だ。

 だとすれば、ここは天国か地獄と言う事になるが、どう見ても地獄には見えねぇ風景だから、ひょっとしてここは天国なのか。

 精霊も神様に直談判したとか言っていたので、その可能性は高いかもしれねぇな。


「ところで、お前の名前は? まさか精霊って名前だなんてオチじゃねぇよな」

「わたしの名前は未だありません。ご主人様が名付けて下さい。それでわたしとの精霊契約も完了します」

「精霊契約? 俺、そんな契約した覚えはねぇぞ」

「えぇ~。もう、お忘れなんですか。今朝方、ちゃんと私の契約申し込みに『これから宜しく頼んだぜ』と、私の身体、屋台に触って仰ったではないですか!」

「……思い出した。確かに言ったな。あれで契約した事になっちまったのかよ。随分、簡単な口約束で契約しちまうんだな、精霊ってのは」

「あの世界では、精霊が実体化する事は稀ですが、この世界での精霊は実体化できるので、そこで名前を付けて頂くと契約が成立するのだそうです。神様から教えて頂きました」

「ふ~ん。まあ、名前がねぇと不便だしな、判った。それじゃ、今日からレイと呼ぼうか」

「レイ……。まさか幽霊とか精霊の"霊"だから、レイですか?」

(ぐっ、こいつ意外と鋭いかもしれねぇ)

「……いや、違うぞ。俺の苗字は紀伊だ。つまり、キーだな。だから苗字と名前でキー・レイとなる。判るか?」

「ご主人様の家名まで頂けるのですね。それは凄く嬉しいです!」

「で、キー・レイ、短く言うと、キレイとなる。なっ、お前は綺麗だからな。どうだ?」

「わたしが綺麗……。ご主人様、ありがとうございます。レイという名前、とっても気に入りました!」

(やっぱり、こいつチョロかったか……)



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