第3話 0-3 精霊のラーメン屋台
屋台改修作業は、順調に進捗し、俺はオヤジさんと二人で夕飯のチャーハンを食う。
今夜は、遅くなってしまったので、このスクラップ屋の事務所へ止めて貰う事にした。
事務所のソファーで、毛布だけを貸してもらい寝る事にする。
ダウンジャケットもあるので寒くは無いし、アパートでも暖房無しで過ごしているので、寒くて寝る事が出来ない等と軟弱な体質ではないのだ。
オヤジさんは、一人で「酒を飲まんで、何の楽しみで生きていけるか」と訳の判らない飲んべえの理屈を
俺も誘われたので、一杯だけ付き合ってやり、さっさと寝る事にした。
翌朝、朝日が事務所に差し込み、俺は目を覚ます。
今朝方見た幽霊の夢も見る事は無く、清々しい目覚めだ。
やはり、あのアパートの部屋は、事故物件の曰く付きだったのかもしれない。
今度、同じ夢を見る事があれば、不動産屋へ出向いて徹底的に追求してやる。
俺は、毛布を畳んでから、キッチンへ行き朝飯用の飯を炊く。
どうせ、オヤジさんは暫くは起きてこないだろうから、朝飯の支度も急ぐ必要は無い。
朝飯は、あり合わせの材料で作った味噌汁と漬け物だけだ。
俺は、一人で炊きあがった飯を食う事にする。
暖かい炊きたての飯さえ食えれば、俺もオヤジさんも満足してしまう典型的な日本人なのさ。
飯は多めに炊いておき、昼飯用の握り飯も作って置く。
俺の持ってきたチャーシューとメンマが少し余っているので、これを握り飯の具に使う。
後は、塩を手に振り飯を握り、海苔で包めば昼飯の完成だ。
出来上がった握り飯は、乾燥しない様に皿へ乗せてからラップで包む。
漬け物は、オヤジさんの常備品なので、それを食えば良い。
朝飯を済ませ、俺は作業中のリヤカー屋台の置いてある場所へと行く。
既に昨日の作業で、リヤカー部分の改造と溶接は済んでおり、残す作業も最後の塗装だけだ。
溶接部分の錆び止め塗装も済ませてあり、二月の乾燥した空気のお陰で、すっかり錆止め塗装も乾いていた。
リヤカーのフレームの塗装が済めば、後はオヤジさんの力作、電動アシスト装置とブレーキが追加された車輪メカをリヤカーに装着すればフレーム部分は完成だ。
ブロックの上に乗せられたリヤカーのフレームに、俺は用意して置いたスプレー式の塗料で塗装作業を開始する。
リヤカーのフレーム塗装色は、伝統の黒だ。
何が伝統かは良く判らなくても、やはりリヤカーと言えば黒でありたい。
リヤカー部分の塗装が終わり、屋台部分も塗装を行う。
こちらは、木材の素材感を生かす和ニス仕上げだ。
と言っても、素材が安物の耐水合板なので、木目を生かしたなどとは口が裂けても言えないのだが。
資金が潤沢であれば、木目の綺麗な材木を使いたかったが、貧乏人の俺には高値の花だった。
何としても少ない予算内で仕上げなければ、麺や肉、野菜などの仕入れを行う事が出来なくなってしまうので、本当に貧乏人は辛い。
リヤカーと屋台の塗装が済んだので、装備品としてベンチ型の椅子を作る。
これも耐水合板を使い、脚の部分は支柱に使ったアルミの角柱を使用。
脚は、折りたたみ式にして屋台部分へ搭載出来る構造にし、移動する際の事も考えたサイズだ。
耐水合板の残りで、二つの折りたたみ式ベンチ椅子が完成。
少し耐水合板が余ったので、一人用の椅子も作って置き、これは俺専用の椅子にしよう。
これで、ホームセンターで購入してきた材料は全て使い切った。
椅子を作り終わると、丁度良い時間だったので昼飯だ。
俺が事務所へ戻ると、オヤジさんが事務作業をしていた。
「社長、昼飯にしようぜ」
「もう、そんな時間か……。俺はさっき、朝飯を食ったばかりだから、後で食う」
「なんだよ、昼前まで寝てたのかよ」
「いつまで寝ていようが、俺の勝手だ。放っておけ」
「ああ、そうするさ。じゃあ俺は昼飯食うからな」
「……朝飯の支度、済まんかったな」
「気にするなよ。そんじゃ俺は昼飯食うぞ」
全く、頑固なオヤジさんだが憎めない。
俺は、一人キッチンへ行き、作り置きしておいた握り飯と朝飯の時に作った味噌汁の残りを暖めてから、TVを見ながら昼飯を食った。
食後、勝手にお茶を入れて、ついでにオヤジさんの湯飲みにもお茶を注ぎ、事務所へ戻る。
「お茶だよ」
「うむ。ズズ……」
「屋台の修復作業は、殆ど完了したぜ。後は、社長の作ってきれた電動アシストの車輪を取り付けで、屋台の電装パーツを取り付ければ作業完了だ」
「さっき見て来た。塗装も乾いた様だから、一休みしたら俺も作業してやる」
「サンキュー。電装品の配線は、俺じゃ判んねぇから頼りにしてるよ」
「任せておけ。ズズ……」
「任せたさ。ズズ……。お茶、うめぇな」
「ふん、安物の茶っ葉だ」
午後の作業は、正にオヤジさんの独壇場だった。
手際よく電動アシスト付き車輪をリヤカーに取り付け、ブレーキ・レバーをリヤカーの引き手部分へ取り付ける。
車輪は、マウンテン・バイクのタイヤなのでオフロード・タイヤ仕様となっており格好が良い。
屋台部分には、夜間の移動にも安全な様に、廃車から取り外したLEDの赤い尾灯が二個取り付けられ、太陽電池の屋根の下には40ワット蛍光管型のLED照明が、客側と調理人側へ一本ずつ装備されている。
他にも緊急時のハザード・ライトも廃車から外したLEDで着けられていて、まるで軽トラックを改造した屋台みたいだ。
二人して屋台部分をリヤカーへ乗せ、ボルトで固定して修復作業は殆ど完了だ。
最終チェックとして、電源となるバッテリーを屋台の下へ収納して、レンタルしてきている小型LPGボンベやポリタンクへ水を入れて積み込み、重量バランスの調整も行う。
リヤカーへの積載は、車輪よりも後ろへ重心が移動してしまうと、屋台がウィリー状態となってしまうので、重量バランスが重要なのだ。
実際に、電動アシスト無しで屋台を引いてみると、引けなくは無いが動かし出すまでが大変だった。
しかし、電動アシストを働かせると、嘘の様に楽な力で引く事が出来る。
そして、流石に電気関係に詳しいオヤジさんの作業だったので、電装品は一発で問題なく動作した。
屋台の調理人側へ、廃車から外したスイッチが横一列に並んで装着されており、これが最高に格好が良い。
"中華そば"と書かれた赤い提灯も、内部は廃車から外したLEDランプで、これもスイッチで点灯、消灯が出来る仕様だ。
最後に、師匠から譲り受けた"中華そば"と白抜きされた
うん、完璧なラーメン屋台の完成だ。
これから、ずっと宜しく頼むぜ、俺の相棒よ。
俺は、ラーメン屋台の修復改造作業が終わったので、一休みしてから屋台を引いて帰宅する事にする。
オヤジさんは、遅い昼飯をこれから食うと言うので、味噌汁を温め直してやってから礼を言い、屋台を移動形態へ変形させてからアパートへの帰路を屋台を引いて行く。
帰宅の道すがら、師匠が麺を発注していた麺打ち屋へ寄り麺を仕入れる。
肉屋や八百屋へも寄り、必要な材料を仕入れた。
これからアパートへ戻り、仕込み作業を行わねばならないのだ。
未だ、保健所への認可を取らねばならないので、開業は先の事なのだが、屋台が完成したら友人、知人を集めてラーメンや俺の料理を振る舞う約束をしており、それが明日の昼だった。
明日は、日曜日なので皆が集まってくれる約束で、もちろん師匠やオヤジさんにも来てくれる様にお願いしており、特に朝寝坊のオヤジさんには念を押して別れてきた。
場所は、俺のアパートの近くの空き地で行う。
この催しは、屋台の使い勝手の試験も兼ねているので、実際に開業しても不具合が出ない様に、明日は開業時以上の食材や酒なども積み込んで色々と試して見る、言わば開業試験でもある。
俺は、アパートへ帰ると、休む間もなく仕込みを始めた。
そして、寝る前の仕込みが済むと既に深夜を回ってしまったので、さっさと布団に潜りこみ明日の朝の仕込みをするために即、熟睡モードへ突入する。
「わたしの命を救って頂き、本当に有り難うございます。私は一生、ご主人様へご奉仕させて頂きます」
(くそっ! また幽霊め、出やがった)
「わたしは幽霊じゃありません! 精霊です」
(精霊? 幽霊と何が違うんだ。同じ霊じゃねぇかよ)
「わたしは、ご主人様に直して頂いた中華そば屋台の精霊です」
(中華そば屋台の精霊だと? そんなの聞いた事もねぇ)
「万物には、全てわたし達、精霊が宿ります。そして、特に道具へ宿る精霊は、ご主人様に愛される程に霊力が増し、わたしの様に夢でご主人様と会話も出来る様になるのです」
(……そうか、まあ幽霊じゃ無かったんなら、それでいいや。まあ、これからは、宜しく頼むよ、相棒)
「はいっ! わたし頑張ります!」
(しかし、毎日毎朝、夢に出てこられたら、俺の睡眠時間が減っちまうぜ)
「ご主人様、もう朝ですが……」
(はあ?)
俺は、夢の世界から目を覚まし、布団から飛び起きる。
全く、朝っぱらからまたもや、本当に馬鹿馬鹿しい夢を見てしまった。
それにしても、ラーメン屋台の精霊とか、俺も妙な夢を見たものだ。
まあ、寝過ごさずに済んだので、良しとしよう。
俺は、身支度を済ませ、今日のための仕込みを開始した。
昼からの催し用の仕込みは、全て完了したので、俺は外出のための準備を始める。
催しを開く空き地までは、屋台を引いて行っても10分位なので余裕で行き着ける時間だ。
アパートから外へ出ると、晴れ渡った青空には、雲一つ無い。
北風も吹いておらず、絶好の催し日よりだった。
一応、ダウンジャケットを着込んで、ラーメン屋台の側まで行き、朝方見た夢を思い出したので、屋台を手で撫でてから言う。
「さあ、相棒。今日は、いや、これから宜しく頼んだぜ」
俺は、屋台のタイヤに掛けていたチェーン・ロックを外し、電気系統のメイン・スイッチをオンにしてからラーメン屋台を引き始めた。
しかし、精霊が宿るラーメン屋台とは、本当に
だけど、夢のお告げって事もあるからな……よし、ラーメン屋台の名前が決まった。
その名も、ラーメン屋台"
俺は、名付けたばかりの"精霊軒"のラーメン屋台を引き、空き地の手前まで来た。
既に、高校時代の友人らが空き地の中で集まり、雑談の輪を作っている。
この空き地は、アパートを斡旋してくれた不動産屋の管理する土地で、入り口となっている場所には、鎖で車が勝手に駐車しない様に締め切られていた。
俺は、ラーメン屋台を道路脇に止め、不動産屋から予め借りていた鍵で、入り口を塞いでいる鎖の錠前を開けると、友人達が「おお、幸太、腹減ったぞ~」とか、「紀伊くん、おめでとう~」と皆が声を掛けてくれる。
俺は、手を振って友人達に応え、「待たせたな。直ぐに用意するからよ」と言って、屋台へ戻ろうとした。
その時、大型ダンプカーが突然、俺に向かって凄いスピードで暴走して来る。
俺が「ヤバイ!」と思った瞬間、俺の目の前は真っ暗になり、俺はそのまま意識を手放してしまった。
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